馬 場 和 夫(映画人九条の会運営委員 ,元東宝映画専務)「坂の上の雲」と司馬遼太郎
09/09/11
「坂の上の雲」と司馬遼太郎
馬 場 和 夫(映画人九条の会運営委員 ,元東宝映画専務)
「たとえどんなに信頼できるプロデューサー、監督であっても、この作品の映画化は絶対にお断りする。それは映像化することによって、必ず軍国主義を肯定する結果になるからであり、それは私のこの作品の意図に全く反するからである」
「坂の上の雲」の映画化の申し入れに対して、誰にでも一貫して拒否された司馬氏の言は、すべてこの言葉に尽きていた。
私は1971年(昭和46年)、東宝が他社に先駆けた「合理化」第1号として、撮影所の映画製作部門を切り離した子会社(株)東宝映画を設立した時の専務に任じられ、企画の担当者としてこの作品を是非にと考え、企画部長でプロデューサーの故・椎野英之君や俳優座子会社「仕事」の社長の故・佐藤正之君とともに映画化の申し入れをした。当時、司馬作品の著作権関係を任されていた横浜の二橋進悟氏を介してねばり強く頑張ったが、司馬氏の姿勢は寸毫も動かなかった。
同じ頃、後に大映を引き受けた徳間康快氏も山本薩夫監督で申し入れていたし、石原プロダクションも交渉していたが、お断りの理由は全く同一であった。
映画、テレビを問わず、映像文化というものが、原作を離れて独り歩きする危険性を、司馬氏は明確に見通していられたのだと思う。
先頃上映された映画「真夏のオリオン」は太平洋戦争末期の日本海軍潜水艦と米艦の一騎討ちのドラマだが、どちらの艦長も正義漢で、「こんな立派な戦争もあったのか」と錯覚を起こさせる極めて危険な作品であった。同じ戦争でも、正しい戦争と誤った戦争がある──というような意識を与える怖れに満ちているこの作品を観て、私は改めて司馬氏の確固とした姿勢に思いを強めた。
司馬氏はこの作品の映像化拒否を遺言にまで残されていたと聞く。著作権の管理が財団に移されていて、ご遺族の意志に拘わらずにNHKのドラマは実現するようであるが、戦争ドラマの危険性をひしひしと感じる。
どんな政権になっても、国民投票法を経て憲法改悪の道は近づいている。映画人である我々は、映像文化のもたらす人心への影響力の深さ、強さを充分に意識して闘い続けなければならない。
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NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」は、今年11月29日から第1部(全5回)の放送をめざして制作が続けられている。第2部(全4回)は2010年秋放送予定。第3部(全4回)は2011年秋放送予定。