丸山重威 (関東学院大学教授)◎歴史認識を歪めるイデオロギー攻勢 NHK「台湾統治ドキュメンタリー」への右翼の攻撃09/07/19
歴史認識を歪めるイデオロギー攻勢
—NHK 「台湾統治ドキュメンタリー」 への右翼の攻撃—
日本の台湾統治を取り上げたNHKスペシャルをめぐって、 右翼組織による大規模な訴訟が起こされ、 国会では議員の会が組織されて、 NHK攻撃が続いている。 この訴訟、 実は、 NHKの番組を通じて国民の歴史認識を大きく変え、 日本国憲法を否定し、 かつての日本への回帰を目論む人たちのイデオロギー攻撃の一環だ。
日本の近現代史をどう見るのか? 一体、 日本をどうしようとするのか? アジアの中に生きる日本をどう構想するのか? 「つくる会教科書」 で目立っていた富国強兵の明治礼賛、 アジアの大国を狙う植民地主義と天皇中心の専制国家を肯定する 「自由主義史観」 は、 どうやらテレビを使って、 国民を洗脳する方向へと攻勢を強めている。
NHKについては、 松田浩・元立命館大学教授や醍醐聰東大教授らを世話人とする 「開かれたNHKをめざす全国連絡会」 も誕生、 あるべきNHKへの運動も広がっている。 子どもたちの将来にも関わる後ろ向きの攻勢を見抜き、 非戦と共存の日本を目指す運動を広げなければならない。
▼ 「台湾出兵の歴史」 に挑戦
問題にされているのは、 4月5日放送されたNHKスペシャル 「JAPANデビュー」 第一回 「アジアの“一等国”」。 放送直後に 「李登輝友の会」 が抗議声明を出し、 右派の評論家なども同調、 「日本の伝統文化の復興と保持」 を目指すという衛星放送 「チャンネル桜」 は集団訴訟の原告を募って、 キャンペーンに乗り出し、 6月25日、 8,389人による集団訴訟を提起した。
番組が取り上げた 「日台戦争」 とか 「人間動物園」 などを題材に、 番組は 「事実に反し、 一方的な『やらせ』取材をした偏向番組」 とし、 政治的公平をうたった放送法や受信契約に違反している、 として、 一万円の損害賠償などを請求。 各地でデモなどを始めた。
一方、 国会では6月11日、 安倍晋三元首相、 中川昭一元財務相などが 「公共放送のあり方について考える議員の会」 (古屋圭司会長、 稲田朋美事務局長) を結成、 NHK攻撃を開始。
安倍氏が首相時代に任命したNHKの小林英明経営委員も5月の委員会で、 「日台戦争」 という用語について 「歴史的事実がない。 報道は事実を曲げないことを規定した放送法に違反する」 と、 個別番組に干渉。
「放送された番組が法律に違反、 あるいは違反した疑いがあると考えたときは、 その番組内容について発言したり意見したりすることは経営委員の役割」 などと、 介入を公然化した。
日本軍は1874年 (明治7年) 5月、 台湾南東部に漂流した琉球藩民が原住民に殺された3年前の事件を問題にし、 軍艦2隻を派遣して台湾に上陸、 現地を制圧した。 当時欧米諸国は、 アジアで植民地獲得を進めており、 翌年、 韓国での江華島事件と並んで、 日本が植民地侵略を始めた契機となったのが 「台湾出兵」 だった。
番組は、 その後の日清戦争後から続く台湾統治を、 現地取材や歴史的資料をもとに振り返るものだった。 「日台戦争」 という言葉も、
㈰ 当時の樺山総督、 伊藤首相や閣議も 「外征」 として扱った
㈪ 開墾した土地を守る人々を倒して支配を確立した日本の初めての植民地戦争の性格を持っている
㈫ 日本軍5万に、 3万3,000の清国兵 ・ 抗日軍兵士が対抗し、 日本軍の死者の数も病死を含め9,600人に達し、 日清戦争の死者を上回るものだった
などから、 専門家の間では当然の言葉になっているし、 「人間動物園」 も、 1903年大阪の博覧会で 「学術人類館」 が造られ、 アイヌや台湾高砂族などの人々が日常生活する様子を見せ 「人類館事件」 として問題になったり、 1910年、 ロンドンの日英博覧会で、 やはりアイヌと台湾 ・ パイワン族の生活住居が作られ、 住み込みの人間の展示が行われたりした事実があるという。
知らないことは恐ろしい。 人道に反するこうした歴史が、 アジア蔑視と日本人の独善を招き、 国を誤らせていったのだ。
▼ 「明治美化」 を進める?
こうした右翼の抗議に、 NHKはホームページで説明しているが、 右翼グループは、 全く耳を貸さずに、 NHKへのデモを繰り返し、 引き続く番組への影響を狙っている。 事実、 その後の放送では、 「切り方が甘くなっていないか」 という批判もある。
NHKは、 ことしが 「横浜開港150年」、 来年が 「韓国併合から100年」、 2011年が 「太平洋戦争開戦70年」、 「サンフランシスコ講和条約60年」 に当たることから、 3年がかりの 「プロジェクト ・ ジャパン」 と題した企画を組んだ。 この 「JAPANデビュー」 のドキュメンタリーや、 秋からのドラマ 「坂の上の雲」 などはその一環で、 NHKは、 「これからの日本を考える大いなるヒントを探りたい」 としている。
しかしそれだけに、 これがどんな内容で放送され、 どんな史観が示されるかは、 実際に、 国民の歴史認識や国民意識、 世論形成に大きな影響を及ぼすはずで、 番組にもきちんとした批判が必要になる。
今回初めてドラマ化される司馬遼太郎の 「坂の上の雲」 も、 自ら国家の一分野を担う気概を持って生きた青年たちを通じて 「明治」 という時代を評価し、 日露戦争も一種の自衛戦争だとした史観が問題になり、 司馬遼太郎は生前、 映像化を禁じていたという話もある。
ことし採択される中学の歴史教科書には、 「新しい歴史教科書をつくる会」 が分裂した結果、 同会編集の教科書がこれまでの扶桑社のほか、 自由社からも発行され、 採択の目をごまかそうとしている。 ともに、 「天皇」 を強調したり、 「日本海海戦」 や 「戦艦大和」、 「昭和天皇」 がコラムに登場するなど特異なもので、 日本の歴史について、 「日本は謙虚に外国から学び、 先進諸国に追いつくことを目標とした。
ところが今や、 欧米諸国に追いつくという目標を達成したことから日本人は方向性を失っている」 と結論づけている。
いま、 若い人たちが、 アジア侵略をはじめとした歴史を知らず、 それが 「アジアの中の日本」 への視野と、 日本国憲法への理解を不十分なものにしている。
NHKの番組作りが、 そうした 「流れ」 に乗っていくのか、 それとは違う、 平和と友好につながり、 植民地主義を否定した日本国憲法の精神に沿った方向を追求するのか、 これは、 まさにNHKを支えるジャーナリストの良心と闘いにかかっている。
「台湾統治」 ドキュメンタリーに対するNHK攻撃に反対し、 NHKがまっとうな歴史観に基づいて、 事実を発掘し、 優れた番組を世に送り出してくれるよう願い、 われわれ自身関心を持っていかなければならないと思うことしきりである。2009/07/19