丸山重威 (関東学院大学教授))【いまを読む-若者のためのメディア論】(7)中川「もうろう会見」とメディア、そして同行記者 緊張感の欠如は政治と同様ではないか
09/02/22
「いまを読む−若者のためのメディア論」
◎中川「もうろう会見」とメディア、そして同行記者
緊張感の欠如は政治と同様ではないか
関東学院大学教授 丸山重威
ローマで開かれた「G7」に出席した中川昭一前財務相が記者会見で見せた醜態は、二転三転した挙げ句、中川氏の辞任で一応の決着が付いた。しかし、この一件で麻生内閣は一層信頼をなくし、政権維持さえ難しいと見られるに至った。
さすがに、最初はこの醜態を報じなかったメディアも、ようやく発言内容を詳しく報じたり、テレビも映像を見せて解説し、麻生首相の「任命責任」を問題にしているが、一体なぜこの醜態が起きたのかについて、事実をきちんと報じたものは少なかった。
ジャーナリズムの基本は、何が起きたのか、それはなぜか、そのことをどう考えるか、をきちんと事実に基づいて伝え、論じることである。
今回、中川氏のローマでの「事件」と、その後、辞任に至るまでの麻生首相を巻き込んだ「迷走」について、「日本の恥だ」とか、「政権も末期」とかの論評が続き、「麻生降ろしにつながるのは必至」と言われている。しかし、そうした論議に今ひとつ迫力が欠けているのは、この「事件」と「迷走」についての事実関係があいまいなままだからだ。
そのことを、メディア、特に中川氏に記者を同行させた社と、帰国後の取材を含めた担当記者たちは考えるべきではないのだろうか。
▼外国メディアに抜かれた同行記者たちの感覚
そもそも「もうろう記者会見」だったことについて、最初に報じたのは、外国のメディア。日本からは同行記者が行っていたはずだが、中川氏の状態をきちんと報じていない。
例えば、時事通信によると米国のABCテレビ(電子版)は、財務相が目を閉じてうつむいている様子をとらえた通信社配信の写真とともに、「15時間のフライトは確かにきついだろう。しかし、自動車大手のトヨタや日産が何万人も解雇している状況は、目を覚ますのに十分な理由ではないか」と指摘。「刺激が足りないなら、イタリア伝統のエスプレッソがある」と書いた。帰国後、中川氏の説明は「風邪薬の飲み過ぎ」だが、同行記者たちは何を見て、何を知っていたのか?
この間の事情についてメディアは、ようやく20日付になって、共同の配信なのか、東京新聞やスポーツ紙がかなり詳しく報道したが、最初に状況が分かるように書いたのは、18日付毎日新聞。「検証ローマの2日」と題し、「G7昼食会抜けだし 同行記者とワイン」との見出しで、中川氏のウソを暴いている。
中川氏は、ワインに「口はつけたが、ゴックンはしていない」と、酒のせいではない、と説明した。しかし、毎日新聞によると、中川氏は14日の朝の会合の後、昼食会に出席したが、しかし同氏は、午後1時50分まで予定されていた昼食会を1時ごろに途中退席、宿泊先の高級ホテルに戻り、ホテル1階のイタリアンレストランで、玉木林太郎財務省国際局長や日本から取材で同行した女性記者、イタリア人通訳など数人で会食。「レストランの支配人によると、中川氏らは午後2時ごろから、ビュッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文」したという。
▼記者は飲酒に「同席」していたのか
そして、毎日新聞は「中川氏は、女性記者らとの会食について『たまたまそこにいて、話を聞かれたから』と説明したが、中川氏は昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた。今回のG7でも、中川氏と麻布高校の同期で、東大法学部の同窓でもある玉木局長が一部の女性記者を招いたという」と書き、飲食後に中川氏は午後2時50分から約15分、同ホテル内でロシアのクドリン財務相と日露財務相会談に臨んだが、既にそのとき、おかしかったことを指摘している。
この記事は、「毎日新聞の記者は、中川氏との会合には、いずれも出席しなかった」と結び、この女性記者がどこのメディアの記者かは明らかではない。だが、18日夕発行の19日付「日刊ゲンダイ」は「中川大臣はG7の前日夜から未明まで、ホテルで財務省幹部や懇意の記者と痛飲。G7当日の昼食会と日ロ会談の合間には、最大手紙の女性記者などと飲んでいたようです」という「財務省関係者」の言葉を紹介、20日付同紙は「少なくとも新聞社と民放の女性記者2人と一緒」と書いている。
そうすると、少なくとも、「最大手紙」、つまり読売新聞の「女性記者」と「民放の女性記者」は、このとき、何をどう取材し、国民に何を報じたのだろうか? 中川氏の飲酒、と帰国後の発言について、どう見ているのだろうか? 読売新聞には、その説明はない。
政治家の夜回りなどで、酒が出て杯を交わしながら話を聞くことは私にも経験がある。しかし、こちらがそこで酔っ払ってしまったら、仕事にならない。恐らく中川氏に同席した記者たちもそうだっただろうと思う。それなら、もっと率直でいいのではないか。
昼食を共にして聞いたはずの「大臣、結局どういう話だったんですか?」−その質問と答えを聞きたい。例えば、「私は中川氏と同席していた」という「記者の手記」を読みたいし、「既にそのとき、おかしかった。私は、『大臣、もうそのくらいで…』と言ったんですが…」と言う民放記者のレポートを聞きたい。それがジャーナリストではないか。
▼「迷走」と「G7」の意味
問題の会見の後、健康状態が悪いはずの中川氏は、ローマにあるバチカン市国に出掛け、2時間近く「観光」をしていた事実や、国会での答弁によると、財務省からは22人が同行し、関係費用は6,000万円に上ったという事実が報道されている。
メディアは「首相の任命責任」などを問題にしているが、まず問題なのは「事実」である。酒の飲み過ぎだったのか、それともそうだったら、それはそれで大問題だが本当に風邪薬が悪かったのか、薬には問題がないが、飲み方、つまり酒と重なったからいけなかったのか? それを最も知っているはずの同席した親しい記者が「証言」しなければ、どうしようもないではないか。「身体は首相に任せる」から「予算が通ったら辞める」「辞める」まで、ころころと発言を変えて、傷口を深くしたのは、最初にきちんと「事実」が報じられなかったからである。
本来なら、この経済危機について、日本としての対策をどうするのかがもっと真剣に論じるべきだった国会の予算委員会は、この「もうろう会見」問題に終始した。もちろん「政策」より「政局」に傾く野党の問題はある。しかし、一体今回の「G7」は何だったか、これについて検証する報道と論評はどこへ行ってしまったのか。
先に引いたABCは、「自動車大手のトヨタや日産が何万人も解雇している状況は、目を覚ますのに十分な理由ではないか」と書いている。それだけではない。3月には、大量の失業者が出ることは間違いない状況にあり、その数は40万人とも言われている。
ローマの「G7」で、中川財務相は、IMF(国際通貨基金)のストロスカーン専務理事との間で、日本政府がIMFに最大1,000億ドル(約9兆円)を拠出する取り決めに署名した。このカネは、米国発の経済危機で被害を受けた加盟国への資金提供などに使われる。もちろん、貧困国支援は日本にも必要なことだ。しかし、国家予算の1割以上、税収の2割以上になる巨額な費用をIMFに拠出するより先に、国内ですることがあるのではないのか、という議論にはどう答えるのか? それをどう伝え、論じたのか?
「危機感」が不足しているのは、政治だけではなくメディアも同様である。
2009/2/20