視角/ 丸山重威 (関東学院大学教授) (JCJジャーナリストより転載)12/09/15
デモ報道と分断
毎週、官邸前での行動が続いている。金曜日の「脱原発」は、東京だけでなく各地に広がり始めた。貧困問題に取り組む「このまますすむと困っちゃう人々の会」の水曜日の行動も、TPP反対を訴える「STOP TPP! 官邸前アクション」の火曜日の共同行動も続いている▼政治的な問題の集会になかなか人が集まらず、デモもなかった東京で、会を開けば予定より人が集まり、官邸前では自発的な人々が集まっている。かつてのような「動員」ではない人々の「参加」。年寄りも若者も一緒にシュプレヒコールを上げている▼だが、権力は耳を傾けるどころか、自分たちのスケジュールで計画を進める。「暖簾に腕押し」「馬耳東風」。そこへのいら立ちが、次の行動を誘っている▼問題はこうした動きが、案外、現地に届いていないことだ。「現地では問題は全く進んでいない。家に帰れるメドはないし、今後の生活の当てもない。それなのに大飯では再稼働。原発事故は風化したのか」というのは福島の声。一方で定期的に現地に入っている仲間からは、「福島へ支援に行くには、東京の動きを伝えるのに土曜日の『しんぶん赤旗』と東京新聞が必携。通信社や地元紙はどうなっているのか」とも聞いた▼毎回毎回同じように見える人々の行動を書くのはそう簡単な仕事ではない。だが、政治の動きに敏感に変化する訴えやプラカードを切り取って現地に届け全国に広めるのはジャーナリストの責任だ。現地と、東京やその他の地方との「分断」こそ「権力の戦略」である。