桂敬一/日本ジャーナリスト会議会員・元東大教授/メディアウォッチ(54) いますぐ必要な 「モラトリアム」 という考え方―メディアは政治休戦と 「復興」 への環境整備を促せ―11/04/25
メディアウォッチ (54)
いますぐ必要な 「モラトリアム」 という考え方
―メディアは政治休戦と 「復興」 への環境整備を促せ―
桂 敬 一 (元東京大学教授 ・ 日本ジャーナリスト会議会員)
「復興構想会議」 はできたけれど ・ ・ ・
4月14日、 菅首相肝いりの 「東日本大震災復興構想会議」 の初会合が開かれた。 翌日の報道によれば、 議長の五百旗頭真 (いおきべ ・ まこと) 防衛大学校長は、 「国民全体が負担する復興税の創設」 を提唱した。 菅首相は、 「ただ元に戻すだけの復旧でなく、 創造的な復興ビジョンを示してほしい」 と要請していた。 そのせいか、 議長だけでなく、 15人の委員それぞれも、 積極的に発言、 いろいろなビジョン、 アイデアを提案する発言を行った模様だ。 ところが、 首相は、 議論の対象から 「原発問題」 は外すよう指示していた、 というのだ。 おかしな話だ。 重大な事故を起こした福島第一原発は、 これからどうなっていくか見守っていればすむものでなく、 放射能漏れを一刻も早く止めるために何をしなければならないか、 検討が急がれる段階にある。 その対策いかんでは、 原発政策全体の見直しも必要になるだろう。 特別顧問の梅原猛 (哲学者) 氏はさすがに強く反発、 これに同調する委員もいたようだ。
東電は政府にせっつかれ、 福島第一原発の第一号から三号までの廃炉は、 渋々ながら承知した。 しかし、 福島第一原発全体の廃止までは言明していない。 「復旧」 という言葉をしつこく使っている。 放射能漏出状況をチェルノブイリ並みの 「レベル7」 と認めた後もだ。 政府も、 福島第一原発そのものの事業停止 ・ 廃止を強く求める気配がない。 一応、 2030年までに14基の原発を新設するとした 「エネルギー基本計画」 は見直すとしたが、 原発全廃までを含む検討には、 踏み込む様子がない。 これでは、 福島第一原発の事故が表面的に収まり、 見かけ上これで大丈夫となれば、 またぞろ日本の 「原発村関係者」 がうごめきだし、 更地に戻した敷地に、 今度こそ頑丈な発電所を再建するとか、 ほかでも念を入れて安全対策を施し、 原発を活用していく、 というような話になりかねない。 冗談ではないと思う。 そういうカネを、 「復興税」 で出していくというのか。
カネといえば、 まず原発事故の被害補償問題もある。 放射線被曝 ・ 放射性物質汚染の危険から、 立ち退き区域に指定され、 自宅を離れ、 田畑、 家畜も見捨てざるを得なくなった人たち、 居住地を離れ、 勤め先を失った人、 家族が別れ別れになり、 生活費の負担増に陥った人などへの補償は巨額なものとなるが、 これに対して東電は補償の義務がある。 加えて原発再建投資が必要となるわけだ。 独力では資金調達不能で、 政府から公的資金が投入される可能性も大きい。 「復興税」 がそれらの原資になるのだとしたら、 それは “盗人に追銭” のようなものではないか。 税金を使って東電の不始末の尻ぬぐいと、 危ない仕事の再開にカネを用立てるなど、 政府は断じてやるべきではない。 復興構想会議の出だしから話がこのようにおかしくなるのは、 政府のこの会議の位置づけ方 ・ 役割の認識の仕方が甘く、 復興のために何から始めるかの方針がしっかりしていないせいだ。 原発の見直しはタブーにしたまま、 あとは勝手にオダをあげてください、 というのでは、 話にならない。
まずは 「撃ち方止め!」 から。 そして協議を
重要なのは、 いきなり復興のやり方 ・ 施策の中身をどうするか、 という話から始めるのでなく、 そうした話ができる条件をあらかじめどう整えるか、 ということだ。 そう考えるとき、 モラトリアムという言葉を思い出す。 この言葉の原義は、 「一時停止」 「債権 ・ 債務決済の一次延期」 「銀行支払の臨時猶予期間設置」 などで、 たとえば関東大震災のときの 「震災手形」 の決済延期 (1923年)、 昭和金融恐慌のときの取り付け騒ぎに見舞われた銀行への支払い猶予策 (1927年) が浮かぶが、 この際はもっと広い意味で捉える必要がある。 たとえば、 交戦中の複数の国が講和の可能性追求で意見が一致したら、 お互いが勝敗の決着はつけずにその時点で 「撃ち方止め!」 とモラトリアムをかけ、 交戦を停止し、 戦線を凍結する、 というようなやり方だ。 講和の中身はそのうえで話し合いに入るのだ。
今回の地震 ・ 津波 ・ 原発事故 ・ 放射能漏れという複合災害に臨んで、 どのようなモラトリアムをかけるべきだろうか。 その原則は、 復興対象地区と指定されるべき地域における、 将来にわたる被災住民の救援 ・ 復帰、 被災地の復興等の妨げとなるおそれのある政治 ・ 経済 ・ 社会的行動を一定期間禁止し、 既存法規についてもその適用に同様のおそれがある場合は、 その部分の法の執行を一時停止する、 というようなものではないか。 要するに、 地域と住民の望む復興の実現を妨げる要因が、 さまざまなかたちで復興問題という、 利権も絡む場面に飛び込んでくる可能性が高いが、 モラトリアムでそうした動きを封じ込めておくわけだ。 では、 何から始めるか。
まずは、 政治休戦が必要だ。 それは復興検討体制の整備に直結する。 検討は、 まずモラトリアムの方針決定に始まり、 その実施に関しては既存法の部分的停止や、 暫定的な新法令の策定も必要となるので、 国会審議と連動する可能性があり、 衆院に議席を持つ全党の代表が、 設けられるべき復興検討会議に参加することが望まれる。 また、 被災地域の実情や要望に添う必要があるので、 東北6県と震災被害を受けた茨城 ・ 千葉2県の代表の参加も欠かせない。 これは、 政治家の一部や新聞などが大騒ぎする 「大連合」 などの、 政界再編の問題とはまったく異なる次元の問題だ。
付言すれば、 モラトリアムとしての政治休戦には、 予定されていた選挙の延期も含め、 各党が復興計画の立案検討に集中できる環境を保障しておくべきではなかったかと、 統一地方選の白々しさをみながら、 つくづく思う。 また、 総合的な復興計画が整い、 かつ福島第一原発事故の当面の収束の見通しが立つまで、 総選挙は行わないとするモラトリアムも必要だろう。 それまでは政党 ・ 政治家は一生懸命復興のために努力し、 その姿勢や貢献度を、 きたるべき総選挙で国民に訴えていくべきであろう。 メディアはともすれば政界再編的動きへの発展に興味を寄せ、 与野党のやりとりをあれこれ取り沙汰しがちだが、 モラトリアムとしての政治休戦を重視し、 それを妨害するものを、 厳しく批判すべきだ。
モラトリアムの原則はまず被災民の生活保障
復興策に関わるモラトリアムとしては、 東電の責任主体の維持がまず大きな課題となる。 たとえば、 東電株は、 値が上がるにせよ下がるにせよ、 投機筋に狙い撃ちされる危険がある。 政府は必要があれば法的措置を講じて、 一時的な上場禁止あるいは売買禁止に処すべきだろう。 また、 銀行の対東電貸付の引き揚げ、 東電が保有する金融資産の移転 ・ 売却なども、 必要と判断される期間、 禁じるべきだ。 東電の当面の金融余力は、 すべて原発事故被害者への保障支払いに 充当されなければならない。 おそらくそれは、 東電の手に余るものとなり、 東電に対しては政府による公的資金の投入が必要となるだろうが、 そうであればなおさら、 この部分は早く確実に行われなければならない。
つぎに大きな問題として、 地震 ・ 津波被災の7県における土地取引に特別規制をかけ、 しばらくは売買禁止措置を講じ、 復興を阻害する要因の乱入を防止する必要が想定される。 被災地域は多くの景勝地に恵まれている。 また、 地盤沈下で冠水し、 地価が二束三文に下落した土地もある。 山林原野は、 今は安値だが、 先にいって高くなりそうなところもある。 大手の観光企業、 デベロッパー、 銀行、 電力事業者、 外国企業などがいつの間にかそうした土地を手に入れ、 後日、 復興利権の獲得に絡んだり、 投機的な売買に走ったりすることになる心配がある。 国と自治体が協力し、 必要なら特別な指定地域に適用する新法をつくり、 届出制 ・ 許可制などによって、 そのような攪乱要因の発生を防ぐ必要がある。
被災地住民には、 住む家をなくしたのに住宅ローンが残っており、 仕事もなく、 返済に困っている人たちが多い。 災害見舞金 ・ 補償金、 その他の救援措置は後日あるとしても、 国は早急にローン返済の特別猶予期間を設定、 これらの人が担保とされている土地まで銀行や不動案業者に取りあげられたりすることがないように、 守ってやる必要がある。 一方で、 信用組合、 信用金庫、 地銀などに対する被災住民からの預金引き下ろし、 定期解約など、 急激な資金需要が発生、 取り付け騒ぎか、 それに近いトラブルが生じるおそれもある。 そうした事態を回避するための資金供給、 支払い猶予の措置も備えておく必要があろう。
復旧を超えた 「復興」 の可能性の確保
被災地の復興計画における土地利用は、 被災経験の教訓を生かし、 将来の完璧な防災対策との両立が期せるものとされなければならない。 ところが、 被災地のまっただなか、 自宅のあったとおぼしき瓦礫のうえに、 組み立て式の仮設の小屋を自力で建て、 住もうとする人がすでに現れている。 このような任意の行動が多発すると、 居住権が発生し、 大規模な土地の一体的な都市的復興計画が成り立たなくおそれがある。 国と自治体は、 単なる復旧でなく、 新たな構想で市街地 ・ 居住区 ・ 公共施設などの復興を図っていくために、 指定地域における各人別の建設停止など、 私権制限を、 特例法によって行わなければならない。 もちろんその制限は、 土地の買い上げ、 後日の交換地の提供などで、 しかるべく補償を受けるものとされる。 港湾、 鉄道用地、 道路、 公共施設建設用地などの線引きがすめば、 それらの土地を除いては、 個人の発意による建設が可能となる。
東北6県の農業では米の生産の比重が高い。 しかし、 福島では津波被害に加え、 原発事故の放射能で圃場が汚染され、 米の生産農家は大きな痛手を被っている。 宮城 ・ 岩手でも津波の冠水による塩害で田圃がすぐには使えないところが多い。 政府は減反政策に基づく東北6県の減反数値指定をとりあえず5年程度中止し、 山形 ・ 秋田 ・ 青森での稲作面積の増加を促し、 それらを福島 ・ 宮城 ・ 岩手3県の米生産農家の希望者に、 無償で貸し出す (出向いて耕作する) というような政策をうち出してはどうだろうか。 借り手となる農家は、 繁忙期は他県に出かけて農作業をしなければならないが、 農閑期には自分の田圃の汚染除去 ・ 土壌改善などの復旧作業に従事できる。 林業、 漁業、 水産加工などの事業分野についても、 地域外協力を阻む法制度的要因があれば、 それを取り除くか、 一時停止し、 東北6県全体での協力関係を強める。
政府は4月22日、 福島第一原発から半径3キロ圏のいわば絶対的立ち入り禁止区域、 同20キロ圏の 「警戒区域」 (一時帰宅可能)、 これらの区域指定とは異なる 「計画的避難区域」 (常時放射能汚染度が高い)、 「緊急避難準備区域」 (ときどき汚染度が高くなる) の指定を行い、 政府の責任において住民に避難行動をとらせることとした。 遅きに失した感はあるが、 住民の生命の安全を考えたら適切な措置といえる。 しかし政府は、 半径3キロ圏は別として、 そのほかの区域指定は暫定的なもので、 それらは、 事故原発からの放射能漏出が止まり、 当該地区内の土壌の放射能除去が進めば、 順次住民の帰還が可能となるものである、 とする理解を丁寧に住民に求めていく必要がある。 また、 国 ・ 自治体は、 主のいない土地や、 地域内の史跡 ・ 文化財は責任をもって保全し、 区域住民の集団的な移住も、 優先的にとりはからうことを約束する。
モラトリアムに余計な争点は要らない
片山善博総務相は4月19日の衆院総務委員会で被災自治体を 「復興特区」 に指定、 税制優遇や規制緩和を認め、 復興を促すとする考え方を示した。 また、 日本経団連は20日、 企業の節電 ・ 省エネのために消防法や労基法の規制緩和を求める要望案をまとめ、 近く政府に申し入れることにした。 しかし、 これらは、 臨時措置ではあっても、 モラトリアムというような性格でなく、 すでに既得権をもつものに優遇措置を与え、 そのまま固定化されていくおそれも含んでいる。 小泉構造改革時代の 「規制緩和特区」 「民活特区」 の発想に近い。 民主党内部の 「震災チーム」 もすでに三つでき、 いろいろな復興アイデアを競い合っているが、 しっかりしたモラトリアムの下で吟味が加えられないと、 善意ではあれ、 客観的にはそれらも 「火事場泥棒」 的なものとなってしまう危険がある。
モラトリアムは、 一時的な危難を回避し、 そのために便法を講じることもあるが、 それらは先々の本格的な政策の立案を拘束するものであってはならず、 むしろ、 将来における政策論議の大きな自由度を保障するものであることが望まれる。 事態が落ち着いたら、 それは使命を終える。 その先の計画立案、 政策検討は、 住民など多くの関係者が、 自分たちの望む方向で大いに意見をたたかわして行うべきものだ。 そうした見地から将来の原発政策のあり方を考えるとき、 復興検討会議での将来の復興計画をめぐる議論の対象からこの問題は外す、 とする前提を会議設置の条件として決めておくなどのことは、 まさにあるまじきものだ。 当面は事故原発の放射能漏れ封じ込めに精一杯なのが実情だ。 だが、 それとの取り組みだけからでも、 日本の電力産業のあり方がさまざまな点から見直されだしている。 復興検討会議の本格的な施策検討では、 そうした議論を発展させ、 原発是か非かの議論も大いに行うべきだ。 モラトリアムの段階から、 原発政策の議論はしない、 とする方針を既成事実化し、 その後もそれですませようなどの姑息な方法は弄すべきでない。
また、 メディアの論議をみていると、 復興政策検討の与野党間協力を促すのはいいが、 それを将来の連立提携、 いわゆる大連立の恒久的体制発展につなげよとする議論や、 「復興税」 的なものを消費税の引き上げで実施し、 将来は欧州のような高い消費税とし、 財政危機を乗り切れ、 とする持論を展開する新聞も少なくない。 これらも、 国難に立ち向かうために政治休戦を追求する議論というより、 国難に便乗して自分が主張する政治方針を押し通そうとするものだ、 といわざるを得ない。 さらに米軍の献身的な災害救助活動、 「トモダチ作戦」 に深い感謝の意は表したいが、 少なからぬ新聞論調が、 これを契機に日米同盟の軍事的深化を追求せよ、 普天間の米海兵隊基地の円滑な名護 ・ 辺野古への移転を実現せよ、 と論じていたのはいただけない。 それとこれとは違う話ではないか。 むしろ、 共通する点を探せば、 首都圏市民は福島に危険な原発を押しつけたまま電気の利便を享受し、 その所在地の住民が電力供給は仰いでおらず、 リスク負担だけさせられていた、 という構図が、 沖縄の米軍基地問題のそれとよく似ている。 日米安保は日本全土の安全のためになっているといわれるが、 沖縄にある米軍専用施設の設置面積は、 全国のそれの75%にも達しており、 基地関係の事故 ・ 米兵の犯罪などの基地被害の件数も圧倒的に多いのが実情だ。 福島ほか日本全土の原発所在地のリスクや沖縄の米軍基地の危険をいかにしてなくしていくかこそ、 検討されるべき課題だろう。 (終わり)