桂 敬 一 (元東京大学教授・JCJ会員)2008年は「総選挙」の年か、「日米同盟」強化の年か ―マスコミが示すべき目標は「対米従属」からの脱却だ―  08/01/15

2008年は「総選挙」の年か、「日米同盟」強化の年か
―マスコミが示すべき目標は「対米従属」からの脱却だ― 

                    
桂敬一 (元東京大学教授・日本ジャーナリスト会議会員)

 

 昨年は、7月の参院選における自民大敗、9月の安倍晋三内閣崩壊と福田康夫内閣の出現という「事件」が、2001年以来の小泉―安倍コンビによる改憲・右翼ナショナリズム路線を、ようやくストップさせるかにみえた。だが、福田内閣も、不人気で滅んだ安部政権と地続きの政権と受け取られるのを嫌い、靖国、中国、教育再生会議、集団的自衛権研究、改憲など、安倍的色彩が強い政策についてはあからさまな追随は避け、煙幕を張ったものの、現実には、新テロ対策特措法案の衆院再可決による成立強行にみるとおり、安倍的路線をしっかり受け継いでいるのが、その実態だ。いや、この部分に関する限り、それができずに自滅した安倍首相より、よほどしたたかなのが福田首相ではないか。

 発足直後の福田内閣は、各紙世論調査で支持率が60%近くに達し、前政権が残した危険な不人気圏をうまく脱した観があった。しかし、防衛利権問題、年金「公約」無視の失言などでミソをつけ、さらに新テロ対策特措法強行突破でも不評を買い、昨年12月と新年1月の支持率は30%台まで落ちる世論調査が現れるなど、福田内閣も、前内閣の転落の軌跡を辿るような動きをみせつつある。日米同盟の強化と、それを最優先した国際貢献の続行を説きつつ、自衛隊のインド洋給油再開、そのための新テロ特措法実現を熱心に提言してきた読売における世論調査ですら、この給油再開は「適切でない=44%」「適切だ=43%」と、不支持が多い結果が出ていた(昨年12月11日)。しかし、どの新聞も、そこに表れた民意と政府のズレを直視し、これを一致させるにはどのような政策が必要かの議論を、まともにやろうとしていないのが現状だ。

 新聞がはっきり書かないものを、読者が明確に知り、正確に理解することは、なかなかむずかしい。しかし、意見の違う新聞でも、報じる事実は同じだということはあり得る。各紙がそろって報じる、そうした事実を批判的にみていけば、読者でも、それについていかに考えるべきかの意見や、あるいは疑問をいだくことができる。そうした視点から、新テロ特措法実現のあとに控える問題として、政府・与党が自衛隊海外派遣のための恒久法実現を考えているという事実を、今度は重視せざるを得ない。この法案に対しては、読売、日経、産経は単に賛成というより、できるだけ早く実現をと、推進キャンペーンを張っている感じだ。一方、朝日、毎日は、やるなら総選挙を先にやり、民意の信任を得た政権が、再可決というような異常な手段でなく、通常の議会的手続きで合意を形成して実現を図るべきだ、とする見解を対置する。恒久法そのものの是非についての意見は、かならずしも判然としない。これらに対して、東京などの地方紙は、自衛隊海外派遣、武力支援偏重そのものに批判的で、護憲の立場から不同意を表明する新聞もある。

 しかし、私たちは今や、安倍政権の崩壊が旧テロ特措法の延長不能で生じたこと、これに代わる新法が政権不人気のもととなるにもかかわらず、福田内閣が敢えて実現を押し切ったこと、こういう面倒を防ごうということで恒久法が検討されだした事実などを、真正面から見据え、なぜこういうことになるのだと、真剣に考えなければならないだろう。あわせて、在日米軍再編推進特措法による自治体補助金制度新設で、米軍基地・施設受け入れ自治体には補助を出し、岩国のように受け入れを拒否する自治体には不支出どころか、既存の補助も打ち切るなどのことがやられている事実、米軍思いやり予算は減額しないのに社会保障費は減額されていく事実、ミサイル迎撃ミサイルの実験成功というが、アメリカから調達するミサイル等の後年度負担は軽く1兆円を超えるだろうと推定される事実、沖縄の米海兵隊のグアム移転に伴う当初の日本側負担は3000億円近くにもなり、沖縄基地再編など在日米軍再編の日本側総費用は約3兆円にも達すると推定される事実などなども、念頭に置いておく必要がある。

 そして、もっと重大な問題が、ブッシュの最後の盟友、オーストラリアのハワード首相が退陣、有志連合のブッシュ支援体制はすでに崩壊、アメリカ国内でも大統領選の論戦にみられるように、イラク戦争政策の見直しが進んでいるのに、日本だけが小泉政権によるブッシュ追随、アフガニスタン・イラク戦争の協力を、そのままつづけているということだ。そのままどころではない。目立たなかったインド洋上での米軍への海上給油が、いったん中断したのち、大騒ぎの中、再開されるため、いまさらながら世界の注目を浴び、アメリカを敵視する世界中の武装勢力の日本に対する憎悪を、にわかに掻き立てる愚を犯したおそれさえあるのだ。また、ミサイル防衛実験の成功を喜ぶ声が防衛省関係者どころか、マスコミの中でもあがっているが、ミサイル防衛は、攻撃核ミサイルの相互確証破壊の水準を引き上げ、その分、仮想敵側の攻撃容量を増加させるので、日米共同のミサイル防衛の成功は、かえって世界の核戦争の危険を拡大するだけなのだ。さらに、これまでは国内の非核の米軍基地が外敵から攻撃を受ける危険度は低かったのに、国内にミサイル防衛基地を持つことによって、日本は容赦なく外敵の核攻撃の標的とされることにもなる。

 ここからみえてくるものは何だ。1945年、敗戦日本はよくも悪くも、占領国アメリカのいいなりになるしかなかった。そうする国内政権担当者だけが、アメリカから認められ、日本の為政者となれた。この日本が1951年、独立した。それからあとの日本は、時間が経てば経つだけ、自主性が養われ、独立の内実が強化されていってよかったはずだ。高度経済成長時代はそうした日本が現出する希望を持たせた。だが、戦後63年、独立後57年経ち、21世紀に入って10年になんなんとする今はどうか。かつてなく強い対米従属の体制のとりことなっているのが、現在の日本ではないか。対米従属に安住し、自主的にものを考えることができなくなった日本は、巨大な軍事費にあえぎ、さらに日本を敵視するようになる外国人をテロリストとみなし、治安対策の強化ばかりに励むことになりかねない。さらに、そのような方向が国益に適うとする政府やマスコミがうち出す対外政策は、アメリカが変わり、市民が軍縮、平和政策の拡大、民主主義の深化を追求するようになるのを歓迎しない。アメリカでブッシュがやってきたような政策が続けられていくことの方が、日本の為政者や財界、一部のマスコミにとっては、都合がいいのだ。

 なんとも複雑な対米従属だ。これを放置しておいていいのか。今年は総選挙の年だとは、多くのメディアがいうことだ。だが、何を国民は選ぶのか。自民と民主のどちらを選ぶかだけでは、何も選んだことにはならない。別のマスコミは、とにかく日米同盟が最優先されなければいけない、といい続けている。しかし、このままの対米従属を強めていくだけでは、国内外に反米主義を募らせ、当のアメリカの改革派勢力からも見放され、世界の中で孤立を深めるだけに終わるだろう。対米従属の実相を見極め、そこでわかった事実を国民に克明に伝えるとともに、日本のためにも、世界の未来のためにも、日本が対米従属から抜け出さなければならない道理を明らかにし、そのような政策を推進することができる政権を選出しよう、と提言していくことが、今マスコミに求められている。(了)

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