桂敬一/メディアウオッチ(15)/ 「従軍慰安婦」番組訴訟 高裁判決の意義を考える ―マス・メディアにできることが明らかになった―/07/02/01
「従軍慰安婦」番組訴訟 高裁判決の意義を考える
東京高裁は1月29日、「従軍慰安婦」番組訴訟でNHKに対して、原告の市民団体に200万円の損害賠償金を支払うよう命ずる判決を下した。言論史上、画期的な意義をもつ判決だ。
だが、NHKはこれを不服とし、ただちに上告、最高裁の判断を求めた。また読売新聞(1月30日付朝刊・社説)は、この判決がメディアの編集権を制約する判例になると、懸念を示した。これに頷きながら他のメディアも、つぎなる最高裁の判断に警戒の目を向ける空気が醸し出されているのが、報道界の現状だ。
しかし、メディアの世界で働くものは、今回の判決を、力の弱い市民団体に勝利を与えたという点で評価するだけでなく、自分たちの職業世界の自律性を強め、市民の知る権利に本当に奉仕するメディアのあり方を指し示したものとして、受け止めるべきだろう。今後はその意義を、さらに具体的に発展させていくことが望まれる。差し当たっては、今回の成果を最高裁で確定させるため、メディアの側からも原告の運動に対する支援をいっそう強めていく必要がある。
そうした考え方から今回の判決や、これをめぐるメディアの受け止め方のなかで、どのような問題の検討が残されているか、考察を加えてみた。
判決は、NHKが政治家の「発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度(そんたく)し、当り障りのないよう番組を改変した」が、それが「憲法で保障された編集の権限を乱用または逸脱して変更を行ったもので、自主性、独立性を内容とする編集権を自ら放棄」することになった、と断じている。重要なのは、こういう文脈のなかで、わざわざ「編集権」という言葉を用いた点だ。
ところが判決は、せっかく「編集権」という概念を立てておきながら、その行使者が負うべき責任の吟味を十分には行わなかったため、原告にとっての「編集権」の意味を、ほとんど不明確なままに終わらせている。
憲法が「編集権」という自由権を保障してくれているといっても、それは行使者=メディアの不断の自主、独立を貫く努力によって実現されるものであって、なにもしなくても先様が「編集権」をおそれ、向こうからこれに頭を下げ、通り過ぎていってくれるというようなシロモノではない。
読者・視聴者や、メディアの取材活動に進んで協力しようとするものは、メディアのそのような不断の努力に支えられた「編集権」の存在を信ずるからこそ、メディアの伝えることも信じようとし、また取材にも進んで協力するのだ。
今回判決のなかに位置する「編集権」の問題点は、原告がNHKの「編集権」を信じ、取材に協力したにもかかわらず、NHKは自主性、独立性をないがしろにして自己の「編集権」実現の努力を怠り、原告の信頼と協力に応える責任を果たさなかった、という関係のなかに浮かびあがってくる。憲法の保障する「編集権」は、行使者自身の利害のなかにのみ回収され、自己終息するものではない。
それが不作為のままに放置されれば、それによって不利益を被ることとなる他者に対しても、憲法規範上の責任が生じるものだ。放送の場合には、さらにこの憲法規範が、放送法第1条と第3条第1項(総則)に具体化され、責任の在り処を個別に、より明確に示している。
本質的な問題は、「編集権」の乱用・逸脱にあったわけではなく、それが必要かつ十分に遂行されなかったこと、そうした行使者の怠慢、無責任にあったのだ。
(「編集権」は
、敗戦直後の読売争議の末期、占領軍によって持ち込まれ、労組潰しに利用された権利概念で、「経営権」が専有する権利と概念化された。長らくこれがメディア界で猖獗を極めたが、この「編集権」の概念は、1960年代の10年余に及んだ山陽新聞争議の和解とともに、覆された。
山陽新聞労組は、社の「岡山百万都市キャンペーン」に反対するビラ配りをした ところ、「編集権」に対する抵触(就業規則違反)を理由に組合役員が解雇され、これに対して裁判を交え、首切り撤回闘争をつづけた。和解にいたる過程で裁判所は、「報道事業を営むものは・・・自らも他から十分な批判を受けそれに堪えるものでなければならない」と判示、報道事業のような社会的使命をもつ企業は、内部の事実が暴露されても公益に関することは受忍すべきだし、組合の情宣活動の特殊性にも顧慮を与えなければならない、とする見解を示した。
和解で被解雇者は全員、完全バックペイをかち取り、原職復帰を果たした。さらに1977年、毎日新聞は労使協議のもとに、「開かれた新聞を志向する」編集綱領を制定した。
これらの動きのなかで「編集権」は、送り手組織内の自発的かつ複合的な編集活動の集合的な権利、と考えられるようになった。今回の東京高裁判決は不分明さをたくさん残すが、「編集権」をさらに一歩進め、それを成り立たせる要因はメディアのなかだけにあるのでなく、メディアと読者・視聴者・外部の取材協力者との相互的な関係のなかにもあるのだ、と示唆したところに、潜在的ながら大きな意義が認められる。その意義を実践的に発展させ、具現化していくことが、今後の重要な課題となる。)
(2)「期待権」という考え方が必要だったのか
東京高裁は、原告=VAWW-NET
Japan(バウネット・ジャパン。「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)が「従軍慰安婦問題」の犯罪性を暴く自分たちの女性国際戦犯法廷の取材をNHK教育テレビに許し、その番組制作に協力したが、結果的に原告側の予想に反する番組の内容改変を行い、自分たちの運動の進展にとっても有益と考えて協力した原告の期待をNHKが裏切ったので、法的に「期待権」というべき原告の権利を侵害したとして、NHKに損害賠償を命ずる判決を下した。
この「期待権」に対して、前述のとおり読売はメディアの「編集権」を侵害するおそれのある権利概念だとして反発、また毎日新聞、日本経済新聞も社説(1月31日付朝刊)で、もっとはっきり同様の懸念を表明した。他の新聞も、識者のコメントを引用するなどして、たとえば取材相手が有力政治家で、彼(彼女)にも「期待権」が発生するとしたら、取材の自由や報道の際の「編集権」の自由は大きな制約にぶつかるおそれがあると、「期待権」の独り歩きを心配する記事を載せたりした。
被取材者、取材協力者、情報提供者など、一律には情報源と呼び得る、報道者の取材に応じ、情報を提供してくれる個人・団体・組織はいろいろ存在するが、取材者がこれら情報源に対する姿勢は、中間的・中立的なケースを除けば、報道の目指す方向によって大きく二つに分かれる。
すなわち、政治・経済・社会・文化などあらゆる領域でなんらかの葛藤・対立が生じた場合(それらが想定され得る場合)、報道者はその対立が、たとえば公人と私人、強者と弱者、加害者と被害者のあいだに成り立つとき、これらそれぞれの組み合わせにおける前者については、公的責任、支配力、悪意などを強くチェックする取材になり、傾向的にそれらの情報源に対しては、自己の正当性を証明する証拠を厳しく求めるものとなる。
このケースでは、取材の手段も極限的には、張り込み、追跡、気付かれぬかたちでの録音・写真撮影などの手段を用いる場合さえある。被取材者・情報源から名誉毀損等で第三者機関に訴えられたときに備え、相手の言動が事実だったことを立証する証拠を確保しておく必要があるからだ。
一方、上記の組み合わせにおける後者に対する取材は、対立相手から適切な処遇が得られず、問題が当事者間に止められている限り、事態の改善が望み得ない立場の情報源に寄り添い、問題を当事者間から解放、実情を広く世間に発信して世論に訴え、情報源を救済するようなものとなる。
この場合、弱い立場の情報源については、その人権や利益の擁護に配慮し、ときにはその存在を徹底的に秘匿するなどの倫理的義務を、報道者は負う。
今回高裁判決がメディアの重要な基本権として措定した「編集権」は、実は以上のどちらの取材行為をも含むものである。実際の取材は、上記の類型的な描写例よりもはるかに複雑なかたちをとるが、それらすべてを内包し、またそれらを内実とすることによって支えられているのが、実際の「編集権」なのである。
そして今回のケースでいえば、取材協力者(原告)に寄り添い、最も弱い立場にある究極的な情報源(原告にとっての情報源)、「従軍慰安婦」の救済に向かうベクトルのなかで、NHKは「自主性、独立性を内容とする編集権」を生かすべきだったのに、それを不作為のままに放置しただけでなく、いわば公人、強者、加害者におもねる方向へと逸脱させ、本来の「編集権」を毀損し、メディアとしての信頼まで自壊させてしまったのだ。
その結果、バウネット・ジャパンの協力を無にして信頼を傷つけ、その運動や「従軍慰安婦」の補償請求運動の停滞を招くという、二重の被害を原告に及ぼしたのだ。原告が慰謝と損害補償との二つをNHKに求めるのは、当然であるといえる。「編集権」の不作為、誤用は、そのような「報道被害」を生むともいえるのだ。
以上のように言論機関としてのNHKが負うべき債務をとらえれば、曖昧さを伴う、一般の契約関係に出現する「期待権」という考え方をここに新しく導入する必要はなかったのではないか、と思えてならない。それよりも「編集権」の考え方を発展させ、メディア固有の権利と責任の関係を精緻に整理したほうが、有益ではなかったかと考える。
(「編集権」に含まれる多様な取材方法は、ときとして不法行為責任を問われる場合があるが、それは一つには、当該報道がもたらす公共の利益に応じて免責する制度を確立すべきであろう。また一方で、この権利の堅固な擁護と十全な発現を促すために、報道界は自主的な報道倫理基準を整備する必要がある。)
(3)再確認すべき マス・メディア報道の重要な役割
画期的な高裁判決が出現する経緯を振り返るとき、2005年1月12日、朝日新聞、本田雅和記者と高田誠記者が、同日朝刊に「NHK『慰安婦』番組改変 中川(昭)・安倍氏『内容偏り』
前日、幹部呼び指摘 2氏『公正求めただけ』」とする記事を書いたことが、局面転換のすべての発端だったことを思い出す必要がある。
翌13日には、問題の番組の制作デスクだった長井暁プロデューサーが記者会見し、NHK制作トップが自分たち担当現場を飛び越して番組改変を行った背後には、有力政治家の介入が感じられた、と内部告発を行い、これもメディアで大きく報じられた。
NHKはただちに朝日に反撃、番組の変更は自主的な編集によるものであり、報じられた政治家2氏の介入はなかったと主張、朝日の報道は誤報だと、ニュースのうえで一方的に報じた。
安倍晋三氏(現首相。問題番組放送当時は官房副長官)は、問題の番組の放送前日にNHK幹部に会ったが、呼びつけたわけでなく、相手が訪ねてきたのであり、自分は「中立公正にやってくれ」といっただけで、それ以上の介入の事実はないと述べ、朝日の報道の間違いを批判した。
また中川昭一氏(現自民党政調会長。当時は衆院議員で「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」会長)は日を置いた後、あとで自分の日誌を調べたら、放送前日は議員会館にいなかった、NHK幹部に会えるはずがない、報道は事実に反すると、安倍氏同様の批判を朝日に加えた。
こうした朝日対NHKの対立局面が現出するのに伴い、報道界は、NHKの番組改変に潜む本質的な問題―放送の政治に対する独立、「編集権」の自由ををめぐる論議を冷静に行うより、朝日・NHKのどちらの言い分が正しいかを問題にする喧騒の渦に没入した。
挙句に読売、産経は、朝日が安倍・中川氏の反論を強気で無視しているのは、当初の両氏への取材や、問題のNHK幹部などの取材で無断録音を行い、彼らの発言を裏づける証拠があるせいではないか、そうだとすれば報道倫理にもとる行為だ―無断録音したのかどうか、まずそれを紙面ではっきりさせろと、激しく朝日を批判した。
そのころ、すでに高裁(控訴審)審理はほぼ終結、あとは結審・判決を待つばかりという段階に入っていた。2001年1月30日に放送された問題の番組について原告は、同年7月、損害賠償を請求する裁判(東京地裁)を起こし、その判決は2004年3月に出ていた。
原告のある種の「期待権」を認め、そう期待させたのは孫請け制作会社のドキュメンタリー・ジャパンの責任であるとして、同社にだけ100万円の支払いを命じ、NHKについては請求棄却とする判決だった。
原告はただちに控訴、高裁の判断を仰いだ。ところが高裁は、1年も経たない段階で結論を出そうとしていたのだ。だが、そこに朝日の報道が出現、局面を変える役割を果たした。
高裁は、早くも17日に控訴審の結審延期を決定した。朝日報道の5日後だ。高裁は、その報道に伴って生じた紛糾のなかに、1審の審理段階では検討に含めることのできなかった、見逃せない新しい検討要因の出現を、認めたのだ。再開された高裁審理のなかで、長井番組担当デスクがふたたび証言台に立った。また、永田浩三チーフ・プロデューサーも原告側証人として出廷、NHK幹部が政治家向け説明に利用したマニュアルは自分が作成したことを証言、さらに、「従軍慰安婦問題」に反発する「若手議員の会」会長の中川氏の番組改変への関与についても、証言した。
見逃せないのが、元共同通信社記者で、現在はフリーのジャーナリストとして活躍する魚住昭氏が、月刊誌『現代』05年9月号に「NHK対朝日新聞『番組改変』論争
『政治介入』の決定的証拠」を執筆、事実上、朝日・本田記者の取材録音を再現した内容の「証拠」を紙上で暴露したことだ。
本田記者は、問題番組の放送当時のNHK番組制作・編成トップ、放送総局長だった松尾武氏にインタビューし、さらに中川氏には電話で、安倍氏には彼の自宅のインタフォン越しに、それぞれ取材の談話を取っていた。その生々しい内容から、05年1月12日の朝日報道の事実性は、ほぼ完璧に裏づけられた。中川氏は朝日の報道後松尾氏に放送前日には会わなかったと主張した。
だが、魚住氏公表の本田記者の取材テープに残った中川氏の答えは、前日に会ったとするもの。この食い違いは興味深い。中川氏は、隠蔽の事後工作をやったか、放送前のほかの日にも松尾氏、あるいははほかのNHK幹部に会っていたので記憶に混乱をきたしたか、どちらかではないか。疑惑はまだ残されているのだ。
高裁の再開審理の期間中に明らかになったこれらの事実が、裁判官の判断に大きな影響を及ぼしたことは明白だ。判決は、「介入」といえるまでの行為は政治家になかった、というものの、NHKの側が「必要以上に重く受け止め」た「発言」や、「忖度(そんたく)」しなければならなくなった「意図」の示唆が、政治家の側からあった事実は、裁判所も認めざるを得なかった。ただ高裁は、これらの「発言」や「意図」に自ら迎合、「当り障りのないよう番組を改変した」NHKのみに非がある、と判断を下したのだ。
私たちは、高裁が指摘した政治家の「発言」や彼らによる「意図」の示唆を、「介入」と、適切に呼ばなければならない。高裁判決を知って安倍首相は、自分たちの「介入」のなかったことが立証された、と述べたが、いかにも厚顔だ。だが、読売は、判決は政治家などの介入がなかったとの見方を「明確に示した」、と政治家の肩をもち、この期に及んでまだ、明らかにされた事実を直視しようとしない。
本田記者を社員とする朝日の紙面も、率直にいって、当初の報道の意義を、あらためて読者によくわかるように紙面化したとはいいがたい。NHKにいたっては、反省の色を示すどころか不満顔だが、あまりみっともない振りはできないと、だんまりをきめこんでいる風だ。
だが、私たちはもう一度、マス・メディアがその気になってあるべき「編集権」を振るえば、どれだけ大きなこと、読者・視聴者、それに無数の潜在的取材協力者=メディアの活躍に期待する市民に役に立つことができるかを、今度の成果のなかから読み取り、そのことによって自信を取り戻すべきではないか、と思う。
原告、バウネット・ジャパンはよくたたかった。だが、そのたたかいに新局面を拓いたのは、朝日の本田記者・高田記者の報道ではなかったか。月刊『現代』編集部とジャーナリスト・魚住氏の仕事も、動き出した新しい状況を後戻りさせない、大きな役割を演じた。
それらはみな、あるべき「編集権」の実践だった。NHKの長井・永田両氏の法廷における真実の吐露も、「編集権」に責任を負うジャーナリストの営みと同質のものだ。これらの人々の存在を誇りとし、その活動に学び、大きな「編集権」の砦をメディアに携わるもの全員で築いていこう。
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(終わり)