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桂敬一/日本ジャーナリスト会議会員/メディアウォッチ(22)民的議論が必要な総務省「情報通信法案(仮称)」 ―メディア総研がパブリック・コメントで全面批判―  07/07/24

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   国民的議論が必要な総務省「情報通信法案(仮称)」

   ―メディア総研がパブリック・コメントで全面批判―

 

                日本ジャーナリスト会議会員 桂  敬 一

 

 

総務省が昨年8月に発足させた「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」(座長・堀部政男一橋大学名誉教授)は6月19日、研究の「中間取りまとめ」を発表、あわせてこれに対するパブリック・コメントを募集、今後さらに検討を進め、最終的には「情報通信法案(仮称)」の制定を政府に促す提案を行う、とする考え方を明らかにした。

 

これに対して、民間放送労働組合連合が中心となって設立した民間の研究団体、メディア総研(メディア総合研究所。所長・須藤春夫法政大学教授)は、パブリック・コメントを7月20日付けで提出、概ね「中間取りまとめ」に反対であり、結論を急がず、さらに衆知を集めて慎重に検討を進め、デジタル時代においても、これまでの放送の固有の発展が可能となる条件を、制度上確固たるものとして保障せよ、と主張した。

メディア総研のパブリック・コメント全文は、添付ファイルを参照。

 

 ◆放送法「改悪」と表裏一体の関係にある
  「情報通信法案(仮称」

 

もとより「情報通信法案(仮称)」は、総務省の方針に基づくもので、同省としては、今年12月には最終報告を受け取り、それをもとに2008年早々から新法案策定作業に入り、10年の通常国会に法案を提出、同年・NTTグループによる全国光ファイバー網の敷設完了(デジタル放送並みの映像コンテンツ全国配信がインターネットで可能)、11年・地上波テレビ放送の全国デジタル化完了(アナログ放送の停波)に合わせ、新法を施行したい、とする考え方も明らかにしている。

 

ここで忘れてはならないのが、今年の通常国会で継続審議となった放送法「改正」案だ。この改悪案は、大きな話題となった「あるある大事典」事件に端を発する、虚偽放送に対する新たな行政処分の盛り込みが、もっぱら注目を集めたが、実は、

  1. 携帯端末向けのワンセグ放送独立利用の実現、
  2. BS・CSなどの有料放送管理事業者(プラットフォーム事業者)の業務の制度化、
  3. 委託放送事業者(CS・CATVなどの施設事業者=受託放送事業者に送信を委託して放送を行う事業者)の事業権の確立、
  4. 認定放送持株制度の導入(既存民間放送事業者に課されていた放送の地域免許制や集中排除原則を事実上廃止し、総務相の認定によって持株会社方式による複数の各地放送局所有・支配を許可)

など、これまでの放送界のあり方をがらりと変えてしまう仕組みが、盛りだくさんに含まれているのだ。そして、これらの点に着目しつつ、今度発表された「情報通信法案(仮称)」を丁寧に読むと、そうした放送法改悪の中身を、もっと広い産業的な制度の造り替えのなかで受け止めるのがこの新法案であり、両法案は表裏一体をなすものであり、放送法改悪に反対するものは、必然的に「情報通信法案(仮称)」にも反対せざるを得ない、というべき関係が判然とするのだ。

 

 

 ◆なぜ従来の縦割り構造のメディア法制を
   横割り構造に変えるのか

 

いや、「情報通信法案(仮称)」の内容は、既存メディアのなかでは、確かに放送に一番密接に関係する問題点をはらむが、デジタルメディア時代、ネット時代には、すべてのメディアやそのサービスを享受するオーディエンス、さらには多様なコミュニケーション活動に携わる市民が、ありとあらゆるデジタルメディア、インターネットの利用における便益享受の公平性や、それらを満たすコンテンツに対する自由や安全の保障に対して関心を抱くことになるので、いまやだれもがこの「情報通信法案(仮称)」の行方から目が離せないことになる。実際、この「法案」の内容は極めて包括的なもので、新聞・通信、出版、映画なども含めた、これまでのマス・メディアや、電話などの電気通信、さらに娯楽・芸術・教育・研究など広範な文化のあり方、社会的コミュニケーションや、国家権力と市民との関係におけるコミュニケーションのあり方を、すっかり変えてしまう可能性、というより危険性を内包している。

 

これまでの放送と電気通信の世界は、大きくは二つの共通法=電波法(無線統括)・有線電気通信法(有線統括)の下に、@放送関連法=放送法・電気通信役務利用放送法(CS・インターネットプロトコル利用放送)・有線テレビジョン放送法(CATV)・有線ラジオ放送法と、A通信関連法=電気通信事業法(通信回線を所有する第1種通信事業とその他の通信事業を区別)・NTT法・有線放送電話法(農村などの施設)とによって縦割りに区分し、法律ごとにメディア(事業・事業者)を個別に捉え、それぞれの制度的成り立ちと事業内容・行動規律を定めてきた

ところが、新法案は、放送によるものであれ、その他のメディアによるものであれ、もはやデジタル化されれば、どんなコンテンツも、いかなる伝送インフラストラクチャー(衛星波や光ファイバーなどの通信回線保有・運用事業)、プラットフォーム(チャンネル・リースや有料顧客への配信取り次ぎ・課金徴収などのコンテンツ流通に付帯する顧客管理・サービス代行事業)によっても、同じように取り扱い、流通することができるものとなった点に着眼、コンテンツ(それと一体のメディア)事業を、放送、通信、ネットなどと、いちいち縦割りに区別することはやめることにしたのだ。

 


  代わって、以上すべての世界を、伝送インフラ、プラットフォーム、コンテンツ、三つの水平の層(レイヤー)として区分、その各層のなかではさまざまな事業が自由に展開でき、さらにコンテンツ・レイヤーに属するメディア事業は、伝送インフラとプラットフォームを、任意の組み合わせで自由に利用、縦割りのくびきから開放され、融通無碍な競争を通じて大きな発展が追求していけるとする、まったく新しい法体系として構想されたわけだ。

 

 

 ◆アナーキーな競争が放送・通信の
  
固有なメディア特性を奪う


だが、この新法案は、産業的な規模拡大を目指す独占的企業にはいいこと尽くめかもしれないが、放送と通信の見境ない市場的競争による融合の追求によって、放送が放送であるが故に、現行法制で担保されてきた公共性が、アナーキーな競争のなかで顧みられなくなったり、交信距離にかかわらない低廉な料金や、居住者の疎密にかかわらず同距離地域に同一料金が適用されてきた通信の公益性が失われたりするおそれも伴っているのが、盾のもう一つの半面である。

 

また、放送が実態として放送である以上、放送という名前がなくなったとしても、その番組編集・内容に対する規制権限を、政府が放棄するはずがない。また、通信でコンテンツを扱ってきたものも、これまでは通信の秘密厳守の原則(憲法21条)によって交信者の大きなコミュニケーションの自由を保ってくることができたが、新法案が約束する放送的世界への自由な進出ができるとなり、大々的に映像コンテンツの配信ビジネスに手を広げれば、必然的に放送と同じ扱いを受けるものとされ、政府の考え方一つによる規制を被ることになるだろう。

 

  それだけではない。コンテンツ配信を行うもの、それを受けるもの、双方の交信データのやりとりは、高度なデジタル通信技術が実現したため、その気になれば、政府が四六時中監視し、収集できるものとなり、国家権力の前で市民ひとりずつが丸裸にされてしまうおそれが、現実のものとなる。ジョージ・オーウェルの『1984年』やレイ・ブラッドベリの『華氏451度』に描かれた世界が、より完璧な装いを施され、出現するといっても過言ではない。

 

高機能化を競い合う携帯端末が人気を呼び、新しい携帯端末や、それによって得られる、自分の好みにあった情報サービスには喜んでお金を払うが、本や新聞は買いも読みもしなくなる人びと。不特定多数の受信者に同報送信する放送はみないが、好きなときに好きなだけ、自分が勝手に取り出せるコンテンツには熱中、没頭する人びと。このような人びとが市場と社会をますます多く満たすようになればなるほど、資本と国家権力は自分にとって好ましいことだ、と思うはずだ。人びとが喜んで、みずから資本と権力の操作の手中に、身を任していくことになるからだ。

 

 

 ◆政府と産業界が喜ぶデジタル・ネット社会が理想の社会か

 

 

そして、こういう社会の実現を、日本が新しい理想社会に近づくことだと、本気になって考える人たちもいるのだ。7月27日、慶應大学DMC(デジタルメディア・コンテンツ統合研究)機構は、総務省「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」(慶大DMC機構はこれを「総務省融合法体系研究会」と略称)の「中間取りまとめ」を受け、「緊急産官学フォーラム:デジタル時代の融合法体系を考える」を開催することにしたが、その討論メンバーはつぎのような人びとだ。

中村伊知哉: 中村伊知哉:慶應大学DMC機構教授。元郵政省通信政策局政策課員・大臣官房総務課課長補佐、米スタンフォード大学日本研究所所長、国際IT財団専務理事、総務省参与・総務省融合法体系研究会研究員。

松原  聡:松原  聡東洋大学経済学部教授。元竹中懇談会(竹中平蔵前総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」座長、菅義偉総務相直属の放送・通信チーム(タスク・フォース)座長。

岸  博幸:慶應大学DMC機構准教授。竹中前総務相秘書官。

前川 英樹:東京放送社長室参与、TBSメディア総合研究所社長。

阪本 泰男:総務省情報通信政策局総合政策課長。

金  正勲:慶應大学DMC機構准教授(このフォーラムのコーディネーター)

また、このフォーラムは、文部科学省から科学技術振興調整費の支援を受けて開催されるものであり、ほとんど政府と一体のイベント―総務省の考え方とその「情報通信法案(仮称)」の推進に一役買うものであることを、恥じるどころか、喜々としてさらけ出す体のものなのだ。こんなことでいいのかと、大学や学術研究のあり方にも大きな疑問が湧いてくるのを禁じ得ない。

 

メディア総研が総務省に提出したパブリック・コメントの総務省研究会「中間取りまとめ」に対する批判は、単に放送に関する問題に触れるだけでなく、デジタル時代におけるマス・メディア全体についての問題や、市民的なコミュニケーションのあり方にも言及している。

 


 各界多様な領域でこの問題に関心をお持ちの方々が、総務省や、その政策を自分の思惑に利用しようと、同省に同調するだけの産業界の勢力を、大きく取り囲んで厳しく批判する議論を起こしていくために、メディア総研のパブリック・コメントを叩き台としてご利用になることを、この際とくにお勧めしたい。

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