桂敬一/元東大教授・日本ジャーナリスト会議会員/メディアウォッチ(41)オバマで進歩追うアメリカ、麻生で退化する日本(2)―米国の守旧派は日本の政治の自壊を喜ぶ―09/03/05
オバマで進歩追うアメリカ、麻生で退化する日本(2)
―米国の守旧派は日本の政治の自壊を喜ぶ―
日本ジャーナリスト会議会員 桂 敬 一
ローマでのG7、中川昭一財務相「もうろう会見」(現地時間2月14日夕方)の無残な光景は、15日が日曜で夕刊がないため、日本では16日朝刊から報じられた。遠慮会釈なく、問題の場面を暴露した写真は、アメリカのAP通信によるものが、第一報だった(朝日・毎日掲載。日経は出所不明で中川財務相の顔だけ。読売は写真も記事もなし)。
つづいてテレビが何度も何度も、彼の表情、しゃべり、動作をつぶさに映し出すなりゆきとなったが、これまた、アメリカのABCが先鞭をつけ、さらにはロイターの動画配信が、またたく間に世界中に醜態をさらけ出していった。日本のテレビは後れを取ったのか、政府に気兼ねして遅くしたのか、報道は控え目だった。
そのくせ、辞任が濃厚となると、扱いが派手になり、彼の辞任が決まるや、問題の場面のビデオを、ワイドショーでも視聴者の怒りや嘲笑を誘うように、繰り返し映し出した。この騒ぎにぶつかったせいで、日本「重視」を謳い、就任最初の外国訪問と前宣伝も賑々しかったクリントン米国長官の訪日が、かなり霞んだ。
それらを見ているうちに、小泉首相が07年訪米のおり、メンフィスの故エルビス・プレスリー邸の訪問時、ブッシュ大統領夫妻と娘の前で、上機嫌でプレスリー踊りを真似ながら、彼の歌をうたった映像を、思い出した。これも日本のメディアは控え目にしか報じなかった。
一方、ワシントン・ポストは1面に大きく掲載、アメリカのテレビは視聴率の高い定時ニュース枠で繰り返し、映し出した。ブッシュの脇で固まり、小泉首相に見入っているローラ夫人をみると、いくら小泉嫌いの筆者でも、穴があったら入りたいほどの気分だった。
大統領が首相念願のプレスリー邸訪問に、わざわざ付き合った背景には、BSE問題で米国産牛肉の輸入を禁じていた措置を、首相の訪米直前、日本政府が解除したいきさつがあった。また、沖縄海兵隊のグアム移転に要する費用の多くを負担することも、日本政府は約束していた。
相手側は、小泉首相に気を使うわけだ。首相のプレスリー踊りを見ると、恥ずかしさとともに、大いに腹も立ったものだ。
なぜ日本のメディアは、国民の前に、自分たちの首相は、この体たらくだと、進んでありのままの事実を見せようとしないのかと、そのとき、思った。日米同盟を壊してはいけないと、気遣ったのか。もしそうだとしたら、相手に馬鹿にされたままの同盟をありがたがるようなものだ。そんなものはいつか破綻するに決まっている。自分がそのうち、我慢ならなくなるはずだ。
本当に尊敬し合える日米関係を築こうと思うのなら、自分のほうから正当な自尊が維持できるような付き合い方を、しなければならない。そういう観点から、首相であっても、というより、自分たちの首相であればこそ、そうした自覚を持つよう促すのが、メディアの役割ではないか。そして、中川財務相「もうろう会見」に対する日本メディアの気遣いも、問題だ。
外国メディアが大騒ぎしたから、やむなく自分たちも追ったが、そうでなかったら、できれば醜態は伏せたかったとするような雰囲気が、日本のメディアの周りに漂っているように感じられた。
2月16日第一報のあと、翌17日朝刊で朝日・毎日の社説は、中川問題を取り上げ、財務相と任免権者・麻生首相の責任を問題にした。そして、彼が辞任したあと、18日の両紙の社説は、これを当然とし、早期の解散・総選挙を主張した。日経も、責任への言及はやや弱いが、予算成立後の解散を麻生首相に促す、ほぼ同様の主張を展開した(17・18日社説)。
これに対して読売は、17日の社説で「不況脱出の処方箋を示せ」と、言外に中川問題でガタガタ騒ぐな、とする感じの物言いをし、彼の辞任後の18日の社説も、「予算成立へ態勢を立て直せ」と、麻生政権を叱咤するとみせて、その延命を図るかのような調子のものだった。最大部数を誇る新聞の後押しは、政権への人並み外れた執着心だけが取り柄の麻生首相にとって、ありがたいことこの上ない援軍だったはずだ。
朝日の投書欄「声」(18日)に、「居眠り会見で記者にも不信」とする70歳男性の投書が掲載されていたが、まったく同感だった。「テレビを通しても分かる中川氏の異変なのに、その体調についての質問がなかったからだ」と、「大臣、おっしゃることが分かりませんよ。どうしたんですか。酒でも飲んでいるんですか。病気で具合が悪いんですか」というような質問が記者団から出なかったことに、疑問を呈しているのだ。
記者団が本当は、原因を知っており、なぜそうなったかの事情も薄々察しているのに、敢えて事を荒立てないように気を配り、結果的に庇い立したのではないか、とする不信が表出されている投書だった。18日の毎日・朝刊は、大臣が会見前、同行記者との懇談の席でワインを飲んでいた事実をすっぱ抜くとともに、自社の記者は酒席には同席しなかった、と報じた。
20日、朝日・読売がともに朝刊でこの件について続報したが、それらによると、13日夜半から14日未明にかけて大臣は同行記者4人(うち2名が女性)と懇談しながら飲酒、ついで14日の会見1時間ぐらい前に、大臣は、女性記者1名(前夜の記者の1人)と一緒に遅い昼食をとり、ワインを飲んだが、記者は飲まなかった、ということであった。
朝日は、13日夜の酒席に自社記者はいなかった、という。大臣の2回の飲酒の場にいた女性記者は自社の記者だと、読売は認めたが、ワインのグラスに口は付けてない、と飲酒を否定、彼女は大臣がワインを飲むところもみていない、と報じた。これらの情報は、同行の財務省幹部から出たものだ。
それによると、13日夜の同席4人の記者のうち、読売の女性記者1人だけは、はっきりさせられたが、2人の男性記者は「公表を控えて欲しい」といっており、残る女性記者1人は、確認請求に対して回答がなく、いずれも公表できない、ということだ。
これでは、朝日「声」投書者の不信を払拭するどころか、それをますます深めるだけだろう。以上の情報では、4人の記者が酒を飲んだのか、飲まなかったのかは、相変わらず藪のなかだ。だれかが「大臣、もうお止めになったほうがいいですよ」といったのか、だれもいわなかったのかも、4人なら知っているはずだ。だが、だれもそれを明かそうとしないだろう。こういう「懇談」はへんな連帯責任をもたらすからだ。
そして、正確にいえば、こうした馴れ合いの実態は、そこから排除されたものでも、というより、そういうものほど、実はよく知っているのが実情だ。朝日、毎日は自社記者がそこにいなかった、というが、財務省に公表を、事実上ストップさせている3人の記者がどの社のだれであるかを、とっくに知っているはずだ。だが、それをけっして公表することはないだろう。
チクリは嫌悪すべき行為だし、潔くないからだ。しかし、本当のところは、そんなことを公表すると、中川大臣との付き合いが切られてしまうのは、もういいとしても、他の重要情報源から今後、相手にされなくなることが恐ろしい―重要な「懇談」に呼んでもらえなくなったらたいへんだ、というのが本音ではないだろうか。
しかし、そういう狡猾な情報源側の情報操作の手を阻めるようにならなければ、いつまで経っても投書者の不信を、新聞も記者も、拭い去ることはできないのではないか。
中川財務相の醜態は、彼の個性によるものであって、麻生政権全体の責任を問う性格の欠陥ではない、とみるべきなのだろうか。選挙できないがために自滅した福田政権のあとを受けた麻生政権は、即座に解散・総選挙に打って出、自公与党体制の色直しをするはずだった。
ところが、発足直後の内閣支持率が思ったほどでなかったため、解散は「定額給付金」「景気対策」で支持率を高めてからと、姑息な手段を画策しているうちに、失言・漢字の誤読などでかえって支持率の続落を招き、それは10%台にまで低落するにいたった。選挙もできず、政権の延命を図るばかりの、その日暮らしの政府。他方で、雇用の底が抜け、弱者は流す血もなくなるほど追い詰められている。
本来なら、メディアはもう、「麻生内閣は退陣せよ」と、声をそろえて叫んでもいいのに、そういう動きが大勢を制することとなる気配がない。このような事態は、政治の不在、無策の故に、またメディアがそれを放置しているが故に、生じることとなったアナーキーな国の崩落、自壊ではないか。中川問題は、そうした国の崩落現象の一つと、みなさざるを得ない。
また、これ以上、麻生政権の居座りが長引けば、もっとこの国の自壊作用が進み、国民が不幸になるだけでなく、ようやくイラク戦争後の世界平和の追求や経済危機の克服に向かう国際協力に、新しい可能性が拓ける希望が見えてきたのに、その方向に世界が進むのを日本が妨害することになるおそれがある、という点にも、メディアは大きな注意を払うべきではないか。
中川「もうろう会見」の騒ぎの影で、クリントン国務長官はさっさとブッシュ時代の日米合意を条約にまで引き上げ、沖縄米海兵隊のグアム移転に関する日本の費用負担と、その移転が普天間基地の名護移転など従来の在日米軍再編計画の実施と不可分であるとする協定の内容を、日本政府に飲ませ、去っていった。沖縄の負担は減るどころか増え、日本は国際的な米軍再編の片棒を、より大きく担ぐことになった。
政権担当能力をなくした麻生内閣の居座りと目くらまし役を担った中川「もうろう会見」の果たした役割は、犯罪的だとさえ評すべきものだ。
オバマ大統領の目指す「CHANGE」は、最終的には核廃絶を志向しており、本来は軍備縮小に向かうものだ。日本がその志を真面目に評価するなら、平和憲法の理念を生かし、彼の理想の具現化に協力していくべきであろう。だが、オバマ大統領も当面の政権運営に守旧派の協力も仰がねばならず、現在続行中の戦争も急には止められず、とりあえず自国の戦費縮小だけを急ぎ、新しい財布の役を日本に押しつけてきたというのが、クリントン訪日の楽屋裏だろう。
しかし、これは、延命を願う麻生政権と、オバマの「CHANGE」をどうしても食い止め、世界的な軍事的覇権と経済支配を維持したいと画策するアメリカの守旧派とを喜ばすだけであって、オバマを支援する世界の市民とアメリカの多くの国民の期待に背くもの、といわねばなるまい。
オバマは2月24日、ホワイトハウス初の外国首脳招待と称し、麻生首相を招き、日米首脳会談を行った。ここでも、アフガンに手を打たねばならないオバマに、日本が手を貸す約束をしたかっこうとなった。麻生政権の延命を許し、これをアメリカが手前勝手な都合で利用しようとすると、「CHANGE」はおかしなものに変えられてしまう。戦争への荷担まで加わったら、日本の国民の窮状は絶望的なものとなる。メディアよ、これでいいのかと、責任を問いたい。
以下に、北海道新聞に連載のコラム「ニュースへの視点」(2月28日夕刊掲載)を紹介する。
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日本も「チェンジ」応援を
2月16日から18日までの3日間、日本のメディアは、中川昭一前財務相の「もうろう会見」と辞任までのゴタゴタを一番大きく扱った。その騒ぎのせいで、颯爽と日本に降り立ち、明治神宮参拝、拉致被害者家族との面会、皇后陛下訪問、東大生相手のタウンミーティングなど、国民向けに数々のパフォーマンスまで演じたクリントン米国務長官の影が、薄くなった。
協定で6割負担
「日本重視を示すためにオバマ政権最初の大物特使を派遣したのに、報道が低調となり、米国側は不満を感じている」と報じたメディアがあった。だが、本当にそうだろうか。
クリントン長官が去ったあとには、沖縄駐留米海兵隊のグアム移転費用およそ100億ドルの6割、約5,550億円を日本が負担するという、両国外相の署名が入った「協定」、事実上の条約が残った。
これをみるとき、むしろ前財務相辞任をめぐって突発した日本側の混乱、大騒ぎはアメリカ側にとって、もっけの幸いだったのではないか、という気がする。これがなかったら、ブッシュ大統領時代の置きみやげ、アメリカにだけ都合のいい「日米合意」を、一気に法的に拘束力のある協定にする話が裸でさらされることになり、日本のメディアも国民も、それはなんだと、当然騒いだはずだからだ。
オバマ大統領の「チェンジ」は、ブッシュ大統領のイラク戦争に対する批判が基底にある。イランや北朝鮮にも話し合いでいくとする、戦争を回避する姿勢をうかがわせるところもある。日本の政府や政治家がこの点に着目して論議を重ね、準備を整えていれば、クリントン長官に対して、アジア・太平洋地域における軍事に頼らない平和の確保の方策を一緒に検討しよう、と問題提起することもできたはずだ。それは、オバマの本当のチェンジに期待を寄せる、アメリカの国民と世界中の人々が望む方向だ。
守旧派から圧力
これに対して、アメリカの守旧派は、戦争政策の続行やその強化で守れる既得権を手放そうとせず、そっちに進めと、オバマ政権に圧力をかけている。日本の政治もメディアも、オバマ政権がそちらにいきそうなときは、これをきちんと批判し、チェンジを本物にしようと促し、こちらに一歩を踏み出したときは、日本も協力すると激励し、アメリカの逆戻りを防ぐようにしていく必要があるのではないか。
あとのない麻生首相は23日、これまたオバマ大統領初の外国首脳会談とやらに急に招かれ、勇んでワシントンに向かった。守旧派の手伝い役を演じ、また彼らを喜ばすことになりはしないか、心配だ。(終わり)