藤田博司 (ジャーナリスト・共同通信社社友・元ワシントン支局長)週刊文春の2つの「爆弾」とメディア 12/06/27
週刊文春の2つの「爆弾」とメディア
藤田博司 (ジャーナリスト・共同通信社社友・元ワシントン支局長)
週刊文春がここ2週続けて「爆弾」を爆発させた。6月14日発売の21日号では、小沢一郎の夫人が一郎氏との離婚を支持者に伝えた自筆の手紙のコピーが暴露された。21日発売の28日号では、巨人軍の原辰徳監督が素性怪しい人物に女性関係をネタに脅されて1億円を現金で払ったことが報じられた。
小沢夫人の手紙はどうも本物らしい。夫妻の「離婚」はそれほど驚く話ではないが、昨年の3・11後に一郎氏が放射能を恐れて東京から逃げ出した、という話には驚いた。本当なら、とても与党の実力者の振る舞いとは思えない。政治家としての資質を疑われるし、人間としてもあまり信用する気になれない。
原監督は1億円の支払いの事実は認めている。四半世紀も前の女性関係を今更とやかく言うことはないが、脅されて「元暴力団関係者」といわれる人物とひそかにカネを払って口止めする、なんてことは、プロ野球界の指導的立場にある人のすることではあるまい。
小沢氏も原監督も、ともにそれぞれの仕事の分野では影響力のある人たちだから、当然のことながら大きなニュースである。週刊誌が伝えた内容がどこまで正確か、今後どのような影響がでるか、読者としてはしっかり見守っていきたいところだ。頼りは新聞やテレビ、つまりメディアの報道である。しかしメディアによる一連のニュースの扱いを見ていると気がかりなことがいくつかある。
まず、小沢氏の「離婚」「放射能」報道について、雑誌の発売直後に概要を報じたのは産経新聞だけで、毎日新聞はわずか十数行の記事、他の新聞は少なくともストレート・ニュースとしては報じていない。毎日は18日付のコラム「風知草」でこの問題を取り上げ、この「離縁状」騒動の意味するところを解説していた。
読売新聞がこの問題を報じたのは、雑誌が発売されてから10日近くたった23日になってのこと。手紙の存在が「22日、分かった」と、およそ新聞報道に似つかわしくない、のんびりした書き方をしている。同じ日、毎日はこの手紙のコピーが民主党議員の事務所などに郵送されているという話を伝え、にわかに政局がらみのきな臭さが漂ってきた。
毎日の「風知草」によると、テレビは週刊文春発売前に報道の中身について知らされていたというのだが、きわもの好きのワイドショーがこの話題を取り上げないのは「小沢系の国会議員からプレッシャーがかかった」ためらしいという。「取り上げるなら、もうオタクの番組には出ませんよ」と言われたというのだが、もしそれでテレビが恐れをなして放送を控えたのだとすれば何とも情けない。
しかし新聞の腰も引けているところを見ると、実力者小沢一郎氏の睨みはメディアに対してもまだ相応の威力があるように思われる。それに比して、原監督の話は21日の雑誌発売当日の朝からワイドショーをにぎわせ、新聞にも出ていたので、やはり政治家と著名スポーツ選手との違いが、こんなところにも表れているのだろう。
しかし小沢氏の問題に対する扱いはこれでいいのだろうか。「離婚」の問題はさておいても、「放射能」をめぐる一郎氏の行動は、夫人がいわば政治家としての資質に愛想を尽かして離婚に踏み切るきっかけになったと言い切っているだけに、読者、国民にとっても無関心ではいられない。ただのプライバシーとはわけが違うのではないか、と思われるからだ。そうであれば、メディアは一郎氏に向かって、夫人が指摘した「放射能」をめぐる言動が事実かどうか、問いただす必要があるのではないか。
いまを去ること40年近く前、田中角栄首相の金脈問題を暴露したのは月刊の文芸春秋だった。新聞は当初、雑誌の報道を無視して報道しなかった。しかしその疑惑が海外にも報道されるようになって沈黙を守りきれなくなった。そのとき政治記者たちが口にしたのは、自分たちは(金脈問題など)つとに知っていた、ということだった。知っていながら何も報じなかったのか、ということになって、政治記者の株は一段と下がった。いまメディアが沈黙しているのはなぜなのか。まさか40年前と同じようなことになるとは思えないのだが、何とも釈然としない。
原監督の不始末に関する新聞の扱いはまちまちのようだ。朝日新聞は社会面トップで詳しく伝えたが、他紙は文春報道の表面をなぞっただけですませているような印象がある。気になるのは読売新聞の報道である。巨人軍の親会社だから防御的になるのは仕方ないとしても、雑誌が発売される前日(20日)の夕刊で、週刊文春に掲載予定の記事が「原監督と巨人軍の名誉を傷つける記事になる」といって早々に訴訟を起こす意向を伝え、「原監督が反社会的勢力に金銭を払った事実はない」との、巨人軍社長の発言を報じていた。
朝日の報道では、1億円を脅し取った2人組のうちの1人とインタビューし、当人が元暴力団に関係していたことを確認している。読売も同じ取材を簡単にやれたはずなのに、それをしないで(したのかもしれないが)、巨人軍社長の発言をそのまま伝えてすませたのには、やはり首をひねらざるを得ない。またこの不始末の情報が、昨年、球団代表を解任された清武英利氏から出たとの球団社長の断定的な発言を報じているのも、情報の確認には慎重であるべき新聞の報道としては、いただけない。
「離縁状」騒動は、民主党がいま分裂危機の真っただ中にあるだけに、これから尾を引くかもしれない。読者、視聴者は目を凝らして事の成り行きを見守っている。メディアが「離縁状」騒動の扱いを誤ると、メディアに対する市民の信頼がまた一つ損なわれることになりかねない。