藤田博司 (共同通信社社友・元共同通信論説副委員長)秘密法成立とメディアの責任14/01/06

 

       秘密法成立とメディアの責任 14/01/06

   藤田博司 (共同通信社社友・元共同通信論説副委員長)

 特定秘密保護法案が先の臨時国会で紛糾審議の末、成立した。政府・与党は衆参両院での特別委員会審議を強引に打ち切り、採決を強行した。審議を尽くさず、数々の疑問や懸念を残したままで、野党の反対を押し切った。国会周辺では連日、多くの市民が反対の声をあげたが、政府・与党はそれに耳を貸そうとはしなかった。

 こうした事態に至ったことには、メディアの責任がきわめて大きい。報道の自由や国民の知る権利をめぐって重大な不安と懸念が持たれたにもかかわらず、メディアは法案に反対する足並みが揃わなかった。大多数の地方紙と主要在京紙は反対の姿勢を打ち出したが、政治の流れを止めるには立ち上がりが遅すぎた。メディアの敗北である。

 政治に後れを取った報道
  政府は2013年9月上旬に法案の概要を公表したあと、同下旬に詳細を発表1か月あとには閣議決定して国会に提出、11月初めに衆院特別委員会で審議入りするという急ピッチでことを進めた。法案は秘密の範囲から指定、期間、罰則などさまざまな点で国民の基本的権利を脅かす重大な問題を抱えていた。しかしほとんどのメディアは当初、この法案をめぐる政治の動きを表面的に報じるだけで、法案が国民の生活に深く関わる問題として伝えることはなかった。報道の出遅れは否めなかった。NHKによる10月の世論調査では、法案の内容を「知らない」 人が7割を超えていた。このことにもメディアの報道がいかに不十分であったかが表れている。

 多くの新聞は法案の国会上程以後、その中身に立ち入って詳しく伝え始めた。とくに法案に反対ないし批判的な立場をとる新聞は、その非民主的性格や国民の権利を脅かす危険性などを、具体的な事例などを含めて、総合面や社会面でも取り上げた。しかし、法案を支持または容認する読売、産経、日経の3紙は、法案をめぐる政党間の駆け引きなどを伝えるだけで、法案が国民の生活に持つ影響などについてはほとんど触れなかった。
  国会での審議や政党間の修正協議を通じて明らかになったのは、法案のずさんさ、不完全さだった。それにつれて反対・批判派の新聞報道も次第に熱を帯び、市民の間にも集会やデモの動きが目立つようになり、新聞にも大きく取り上げられるようになった。しかしそうした動きは支持・容認派の新聞にはまったく報道されなかった。

 11月以降の新聞報道が法案に対する市民の関心を高めたことは間違いない。法案に反対する人々の姿が日を追って国会周辺に増え始め、全国各地でも集会やデモが繰り返された。
  多くの新聞は10月後半あたりから、社説でも法案への反対、批判を繰り返し展開した。中には毎日新聞のように、11月5日以降ほとんど連日、法案への批判を書き連ねたものもあった。法案が衆院を通過した26日までの11月中に書かれた在京各紙の社説の本数をみると、毎日15、朝日11、東京7、読売2、日経、産経各1で、反対・批判派が繰り返し問題を論じたのに対し、支持・容認派はほとんど沈黙を守っていた。

 報道の中身、際立つ対照
  政府・与党は11月26日、特別委員会での審議を緊急動議で打ち切り、採決を強行、怒号のうちに賛成多数で可決。さらにその日のうちに本会議でも可決し、参院に送った。参院特別委員会でも12月5日、わずか20時間余りの不十分な審議の後、与党側が一方的に審議を打ち切って採決を強行、翌6日の深夜に本会議で可決、成立させた。だれの目にも、議員の数をたのんだ与党側の強引な国会運営は明らかだった。

 一連の事態を伝えた新聞の報道は、法案への反対・批判派と支持派の新聞できわめて対照的だった。反対・批判派の新聞は両院特別委員会での与党による一方的審議打ち切りと採決を「強行採決」との表現を見出しに立てて報じ、政府・与党の「数の横暴」を指摘していた。社会面では強行採決を非難する市民や有識者の声などを、国会を取り巻く市民の写真などとともに大きく扱っていた。

 一方、読売と産経は見出しにも記事の中でも「強行採決」などの表現は使わず、紙面を見た限りでは、法案の採決をめぐって特別委員会が紛糾した事実さえ読み取れないニュースの仕立てになっていた。両紙の社会面には国会周辺のデモの写真や法案反対派の市民の声などはむろん掲載されていなかった。(当初、法案容認の姿勢を示唆していた日経は、11月半ばになって不賛成の立場に転じ、強行採決に反対、批判の社説を掲げた)。

 テレビの報道も新聞と似たり寄ったりだった。11月以降、TBSやテレビ朝日のニュース番組では、法案の問題性や危険性を指摘する報道も行われたが、そのほかのネットワークではもっぱら、当たり障りのないうわべの事実を伝えることでお茶を濁していたように思われる。両院で与党による採決が一方的に強行されたときも、NTV、NHKのニュースは「強行」の表現を画面に使うことを避け、いかにも政府・与党側への配慮をにじませた、腰の引けたニュースの扱いが目についた。

 安倍首相は法案の成立後、9日の記者会見で「国民の懸念を払しょくしなければならない」「丁寧に説明し(国民の)理解を得ていく」などと語っていた。強行採決を押し通した側の首相の言葉としては白々しいが、政府・与党がどれほど拙速で事を運んだかを問わず語りに明らかにしている。

 政府側が法案の審議と成立を急いだのは、時間が経てば世論の反対、批判が強まり、法案の成立がむずかしくなることを恐れたためとされている。それは、当初法案に無関心だった世論が、遅まきながらメディアの報道によって法案に関心を向け始めていたことを裏付けている。ただメディアは本格的な報道への取り組みを始めるのが遅すぎた。読売と産経が法案支持に回り、メディアとして一致した行動がとれなかったことも、法案阻止の勢いを殺いだ。

 メディアに厳しい環境
  特定秘密保護法案は成立から1年以内に施行される。法案の成立を阻止できなかったメディアは、今後新しい状況にどう対処するのか。毎日は法案成立の翌日7日の紙面で主筆が「ひるまず(メディアの)役割果たす」との決意を表明した。朝日も8日、編成局長が「知る権利支える報道続けます」と同様の意思を確認した。

 秘密保護法が現状のまま施行されれば、メディアの取材活動は萎縮する可能性が多分にある。「特定秘密」に触れるリスクを避ければ、取材の範囲は確実に狭まる。「役割を果たす」「報道を続ける」ためには取材を手控える余裕はない。リスクを冒してあえて取材範囲の外縁を押し広げるくらいの意気込みで臨まないと、市民の知る権利を代行するメディアとしての責任は果たせない。

 秘密保護法が政府・行政当局の都合に合わせて勝手に運用されないよう、施行に先立って可能な限りの歯止めをかける努力もメディアの責任になる。国会審議の大詰めで首相や官房長官が唐突に持ち出したいくつかの「第三者機関」は、法律の施行前に政府が整備することを約束した。それらが真に独立した第三者機関として機能させられるよう、メディアとして行政や国会に促し、作業を監視しなければならない。

 秘密保護法への対処を別にしても、2014年はメディアにとって一段と厳しい環境が待ち受けている。安倍政権は国家安全保障会議(日本版NSC)の創設を受けて、次は集団的自衛権の行使を可能にする解釈改憲を進め、実質的な憲法改正のための布石を敷こうとしている。うっかりすると、メディアは政治の展開に先を越され、秘密保護法の場合と同じように、政治が作り上げる既成事実を追認するだけの状況に陥る心配もある。

 ともあれ、今回の秘密保護法案の報道で、在京有力2紙が法案支持の立場に立ったことが、いまのジャーナリズム状況の深刻さを示している。知る権利や報道の自由への脅威にあえて目をつぶり権力の側についた新聞の登場は、戦後日本の民主主義が大きな曲がり角に差し掛かっていることの表れでもある。2014年はメディア全体にとって正念場になるだろう。
(『メディア展望』2014年1月号「メディア談話室より転載」)