池田龍夫/ジャーナリスト・元毎日新聞記者/「原発推進」へ逆戻りの意図明らか―容認できぬ安倍内閣の原子力政策 13/02/06

    「原発推進」へ逆戻りの意図明らか―容認できぬ安倍内閣の原子力政策

                         池田龍夫 (元毎日新聞 ・ ジャーナリスト)

 安倍晋三首相は1月4日、伊勢市で記者会見し「1月中に政府予算原案の決定を目指す」など当面の政策課題を表明。原発推進については「直ちに判断できる問題ではない。安全技術の進歩の動向を見据えながら、ある程度の時間をかけて検討していきたい」と、やや控えめな口調だった。
  昨年12月29日、福島第1原発視察後の会見では「民主党政権が掲げた『2030年代に原発ゼロ』の目標を見直す考えだ。第1原発の廃炉作業は、スピードアップさせる。これだけ大規模な廃炉作業は人類史上初の挑戦で、廃炉が成功して初めて福島、日本の復興につながる。政府も全面的にバックアップする」と語った。翌30日の会見でも「新設する原発は、事故を起こした福島第1原発のような40年も前の原発とは全然違う。何が違うのかについて国民的な理解を得ながら、新規に作っていくことになるだろう」と述べ、新・増設に前向きな考えを示した。
  国内には未着工の原発建設計画が9基ある。安倍首相は「直ちに着工するわけではない」と断っているものの、野田佳彦前政権が掲げた目標「脱原発依存」を切り捨て、「原発推進」へ逆戻りさせる政策を意図していることは明白だ。

国民的議論を集約した「脱原発」の重み
  民主党前政権の「原発ゼロ目標」は唐突に決まったわけではない。エネルギーの将来像をめぐって各地で意見聴取会を開き、日本で初めての討論型世論調査も実施した。9万件近くも寄せられたパブリックコメントの大半が「原発ゼロシナリオ」を支持する意見だった。民主党の原子力政策には矛盾点もあったが、「30年代に原発ゼロ」の目標には多くの国民が賛意を表していたのである。
  原発事故の責任の大半は半世紀以上にわたって原発を推進してきた自民党にある。原子力ムラや安全神話を生んだ反省はどこにいったのか。原発推進へ逆戻りさせた背景には、経団連や電気事業連合会、さらに米政府の強い要請があったと推察されるが、安倍政権は、脱原発の基本目標を継承したうえで新エネルギー政策を提示し、国民に説明する責務があると思う。
  当面の焦点となる原発再稼働について、原子力規制委員会は今年7月までに安全性を審査する新基準を策定する予定で、それまでは認めない立場だ。田中俊一委員長は1月9日「再稼働審査は3年では困難」と語り、10日には「地震や津波、テロなどによる過酷事故に備え、原子炉の冷却作業を遠隔操作できる『第2制御室』の設置を義務づける」との方針を決めた。また規制委はいま地下活断層を調査しており、科学的知見にに基づいて厳格な新安全基準づくりを急いでいる。安倍政権は「安全性が確認された原発は規制委の判断を尊重して再稼働を進めていく」と稼働を急いでいるが、新基準で安全と判断できない原発は廃炉にしなければならない。

使用済み核燃料再処理のムダ遣い
  原発が徐々に減ったとしても、貯まりに貯まった使用済み核燃料再処理の難題が横たわる。「30年代原発ゼロ」の方針を掲げた民主党前政権は、再処理については「青森県六ヶ所村の再処理工場や敦賀のプルトニウムを原料とする高速増殖炉もんじゅなどの稼働は継続する」と全く矛盾する方針を打ち出し、論議を呼んでいる。再稼働を目論む安倍新政権も、この点については民主党の考えを踏襲しているようで、未だに明確な方針を示していない。
  六ヶ所村再処理工場は、使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出し、プルサーマル燃料(MOX燃料)として再利用するための工場。1993年から約2兆1900億円をかけて建設したが、事故続きで未だに稼働は覚束ない。高速増殖炉もんじゅも2兆円以上使って造ったのに、1㌔㍗も発電していないという。ナトリウム爆発などトラブルが続発。年間経費は200億円というから、とんでもないことではないか。MOX燃料を主体とする大間原発(青森県)は福島事故で中断していた建設を再開したが、これまた大問題である。

最終処分場も中間貯蔵施設も決まらず
  こんな現状なのに、使用済み核燃料の処分場が決まっていないばかりか、中間貯蔵施設も決まっていない。このため、各原発の貯蔵プールは満杯に近づいており、極めて危険である。特に福島第1原発4号機に1000本を超す核のゴミが保管されており、小規模地震でも大災害につながりかねないと危惧されている。
  ひとたび事故が起きたら、電力会社はおろか、政府にも、広範で多様な損害を満足に償うことはできまい。補償額は膨大になり、安全のための設備補強にも莫大なカネを要する。他の電力よりずっと安いといわれた原発の発電コストが、本当は極めて高くつくことも、福島原発事故が教えてくれた。
  電力会社があおる電力危機を、私たちは省エネ努力で乗り切り、太陽光や風力など自然エネルギー導入を目指す自治体や企業が増えてきている。
原発立地交付金や寄付金頼みの自治体財政は、いつまでも続くはずがない。今ある港湾施設や原発の送電網などを利用して、新しいエネルギー産業を創設し、雇用を生み出すことができれば、本当の自立につながるに違いない。故郷を未来へと進める仕組みを築く、今がそのチャンだろう。

自治体で進む「自然エネ」への転換
  朝日新聞1月13日付朝刊は、「自治体は、地球温暖化対策推進法やエネルギー政策基本法に基づき、自然エネルギーや省エネの政策目標値を記した計画を作っている。震災後に計画を新設したり、大幅に見直したりしたのは山形、東京、神奈川、長野、三重、鳥取、徳島、熊本の8都県。京都府と滋賀県も3月までに新たな戦略をまとめる予定だ。山形県は昨年3月に『卒原発社会』に向けたエネルギー戦略を作り、徳島県は同月に『自然エネルギー立県』を掲げる戦略をまとめた。鳥取県も『原発への依存を減らす』と明確に掲げた」と報じていたが、政府より自治体が積極的に新エネ政策に取り組んでいる実情を物語っている。

原子力規制委の任務は重大
  野田民主党政権は昨年7月、暫定基準に基づいて大飯原発3~4号機を再稼働させた。9月に発足した原子力規制委員会が、大飯原発を含めて新基準に照らして再活動の有無を判断し、政府が最終決定することに改正された。ところが、規制委は国会承認を得られず、野田前首相の職権でスタートさせた経緯がある。改めて国会承認の手続きをすべきだったが、安倍政権になっても実行されていない。
  規制委は公正取引委員会と同じ国家行政組織法3条に基づく「3条委員会」として独立性が担保されている組織。まだ国会承認を受けていない規制委だが、田中俊一委員長らの動きは活発で、活断層調査などを進め、公式発表を行っている。
  昨年改正された法律では、原発は40年運転が原則。新増設を含め、新基準に基づいた規制委の公正な判断を期待したい。

ハイデッガーの含蓄ある言葉
  東京新聞は1月4日付の「原子力の時代を超えて」と題する社説で、冒頭にドイツの高名な哲学者の言葉を引用した一文が実に感動的だったので、紹介しておきたい。
  「ドイツの哲学者故マルティン・ハイデッガーは『原子力の時代』に懐疑的だった。1955年、南ドイツでの講演で『いったい誰が、どこの国が、こういう原子力時代の歴史的進展にブレーキをかけ、それを制御し得るというのでしょうか。われわれ原子力時代の人間は技術の圧力の前に策もなく、投げ出されているようです。『われわれの故郷は失われ、生存の基盤はその足もとから崩れ去ってしまったのです』と、核の脅威を語っている。
日米原子力協定が調印され、東京で原子力平和利用博覧会が開幕した年で、米ソの核競争が激しくなっていたころの発言である。核兵器と原発。核は制御し難いものであることを、福島原発事故で思い知らされた。多くの人々が故郷を追われ避難先の仮住まいで、2度目の新年を迎えた苦悩。哲学者が遺した言葉は原子力の時代の次に来るもの。それは、命や倫理を大切に、豊かな暮らしと社会を築く『持続可能の時代』である」。――安倍政権は発足早々から、原発の新・増設に含みを残す発言を何度も繰り返している。どう考えても、原発推進は時代に逆行する政策だ。時代を前へ進めるため国民もメディアも粘り強く「脱原発」の旗を掲げていかなければならない。
                  *新聞通信調査会・月刊冊子「メディア展望」2月号から転載