池田龍夫/元毎日新聞・ジャーナリスト/(47)弱者救済に結束した市民「年越し派遣村」が投じた貴重な一石09/02/01


      弱者救済に結束した市民

 

     「年越し派遣村」が投じた貴重な一石

 

         (池田龍夫=ジャーナリスト)

 

 

 「百年に一度の経済危機」の中で迎えた2009年、日比谷公園「年越し派遣村」に集まった“派遣切り”労働者の痛ましい姿が、民衆から乖離した自公政権の失政を如実に映し出していた。

 

 安倍晋三・福田康夫両首相の相次ぐ政権投げ出しが国政を停滞させた罪は大きいが、それ以上に罪深いのは総選挙の洗礼を受けず、タライ回し政権の座に執着し続ける麻生太郎現首相である。昨年9月就任後の内閣支持率は下がりっ放しで今や20%前後の“危険水域”で右往左往するばかり。

 

 麻生政権発足直後に衆院を解散して民意を問うことこそ民主政治の常道だが、旧態依然たる与野党間駆け引きに終始して国会審議が停滞、不況克服や雇用改善への具体策は全く進んでいない。麻生内閣は、景気対策最優先を旗印に、例年より早く1月5日に通常国会を召集したものの、2次補正予算案の審議、特に2兆円規模の定額給付金等をめぐる混乱が続いて出口が見えない。

 

 

政府も「厚労省講堂の開放」に応じる

 

 世界同時不況下で苦悩しているのは日本だけではないが、ブッシュ大統領から政権を奪い取った米国は“Change”を合言葉にオバマ新大統領の「国家再建」へ向けて米国民が一体感を示している姿が、眩しく映る。これに比べ麻生政権の無策と時代の閉塞感が、日本国の希望と展望を遮断してしまっている。

 

 この国家的危機突破に一石を投じたのが、“派遣切り”労働者救済に立ち上がった市民運動ネットワーク。憲法で保障された「生存権」を守るため党派を超えて、政府・財界の非情な施策を弾劾した意義は大きい。

 

 貧困対策を執拗に訴え続けてきた湯浅誠氏(NPО法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長)らの呼びかけによって、大晦日開村した「日比谷派遣村」は、年末年始の日本社会を揺さぶる行動であり、派遣切り労働者や低所得者に“福音”をもたらす市民運動に発展している。

 

 「派遣村」にはNPО法人のほか連合・全労連・全労協加盟の労組、各種市民団体が相集い、民主・共産・社民・国民新党・新党大地など野党議員も応援に駆けつけ、貧困層への緊急支援、雇用の確保とともに「派遣切りをやめさせる緊急立法」などを政府に強く要求した。

 

 緊急対策を求める陳情やデモは各地で行われてきたが、厚生労働省(霞ヶ関)前の日比谷公園で、不当解雇され、住居を失った人たちがテントに肩を寄せ合って年末・年始を過ごした光景は衝撃的だった。

 

 膨れ上がる“村民”の収容に苦慮した実行委は1月2日、「『派遣村』の村民となった人たちは初日で139人、2日目の1月1日には240人を超えました。今後も続々と増えることが予想され、『派遣村』のキャパシティーは限界に達しつつある」との緊急申し入れを厚労省などに突きつけ、同省講堂での宿泊を認めさせた。5日までの限られた期間ではあったが、政府側に“緊急処置”を執らせた市民パワーに共感した国民は多い。

 

 実行委によると、年末からの入村者数は499人で、宿泊者数は489人。相談件数は353件にのぼり、生活保護申請予定は約230人に達した。5日の同申請者75人のうち10人が即日受給できたという。期間中約1,700人ものボランティアが奉仕するなど、貧困層救済へ大きな第一歩を印した意義を高く評価したい。

 

 

「生存権」を守るのは、「公」の責務

 

 「貧困の発信地としては絶妙だった。メディアがひしめく都心。貧しさとは無縁の銀行本店や高級ホテル、皇居外苑、官庁街に囲まれ、公園のテント村は異彩を放った。しかも最寄りの役所は、健康と雇用に責任を負う厚生労働省である▼足元から凍死者を出せないということか、省の講堂が『村民』に開放された。とはいえ、本日限りで、数百人が寝場所を転々とすることになる。非常時に命をつなぐのは『公』の仕事なのに、生存権は風前の灯だ▼生活防衛を争点に、政治決戦の年が動き出す。野党の面々は派遣村で『政治災害』打倒を誓った。内憂外患の年明け、首相会見の画面に流れた津波注意報に、もろもろの前途を思った」(『朝日』1.5 天声人語)の指摘どおり、「公」の積極策こそ焦眉の急だ。

 

 1月6日以降「村民」は都内4ヵ所に用意された宿泊施設に移動。国に衣食住の緊急支援、雇用の確保とともに「派遣切りをやめさせる緊急立法」などを求めた結果、ハローワークや東京都などが出張所を置き、住み込み可能な職場のあっせんや資金の緊急貸し付けなどが行われた。入居期限が12日までのため、都内の旅館との入居契約を行うなど実行委は新たな対策に奔走している。

 

 「抜本的な雇用・住宅対策を講じるのは、政治の役目だ。何よりも、企業による非正規切りの横行を許さない制度づくりが急務だ。舛添要一厚労相は『個人的には』と断りながら、派遣を製造業までに解禁した現行制度に疑問を呈し、見直しの検討に言及した。言葉だけでなく、実行に移してもらいたい。それにしても、派遣村の人々について坂本哲志総務政務官は『本当にまじめに働こうとしているのか』と述べた。深刻さを理解しない発言が政府内から出ることにあきれるばかりだ」(『毎日』1.6 社説)との指摘は尤もだ。

 

 経済評論家の植草一秀氏はブログで、

 

 「湯浅氏などのボランティア活動が、非正規雇用労働者のセーフティネットを提供したわけだが、これらの人々がこのような活動を実行していなかったなら、多数の国民が生命の危機に直面していたはずだ。国家が整えるべきセーフティネットを民間のボランティア活動に依存する姿は異常である。……政府の経済政策においては、『効率』よりも『生存権』が優先されなければならない。定額給付金のために確保する2兆円の資金があれば、セーフティネットを格段に強化することができる。毎年度2,200億円削減しようとしている社会補償費の削減を五年分取りやめても、1.1兆円だ。湯浅氏の『年越し派遣村』を日本のセーフティネット構築の出発点として活用することが大切だ。湯浅氏らが提起している問題は、単なる一過性の緊急避難的意味だけでなく、日本における政府の役割を根本から見直すうえでの重大な意味をあわせ持っている」

 

と強調、「効率優先」「弱者切り捨て」の市場原理主義を厳しく批判する。

 

 また、五十嵐仁・法大教授はブログで、

 

 「4月からトヨタの社長になる創業家の豊田章男副社長と豊田章一郎名誉会長の2人だけで、トヨタの株を1,600万株近く持っています。トヨタの年間配当が1株当たり140円だった2007年度に、2人だけで22億円を超す配当を手にしたことになるというから驚きです。その4年分程度があれば、3,000人の雇用は守れるのです。いや、ほんの一部でも、非正規労働者の雇用を春まで延長するくらいのことはできたでしょう。さらに言えば、1年間の株配当金の100分の1に当たる2,200万円を『派遣村』に寄付するだけでも、どれだけ多くの人が助かったことでしょう。この機会に、トヨタが『派遣切り』『期間工切り』を数ヵ月先延ばしし、創業家の子孫が『派遣村』に1,000万円でも寄付すれば、『さすがに世界のリーディング・カンパニーだ』との声が出たでしょうに…」

 

と皮肉っぽく指摘していた。

 

 

オバマ新大統領、米国再生への決意

 

 太平洋の彼方に目を転じると、経済危機打開の救世主の期待を担って、1月20日バラク・オバマ米大統領が誕生した。ところが「オバマ勝利」が確定した時、麻生首相が「誰が大統領になっても、日米関係は変わらない」と語った鈍感さに失望させられた。ブッシュ政権の“負の遺産”解消へ向け「米国に変化がやってきた」と熱っぽく国民に語りかけるオバマ大統領によって、大胆な政策転換が行われ、日米関係にも影響することが必至なのに、麻生首相の想像力・洞察力の欠如にはあきれ果てる。

 

 オバマ氏は勝利演説で「今回の金融危機から得た教訓というのは、メーン・ストリート(普通の町の中央通り)が苦しんでいるのに、ウォールストリートだけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということ。それを忘れずにいましょう。この国の私たちは、一つの国として共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治を余りにも長いこと毒で満たしてきた。相変わらずの党派対立やくだらない争いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう」と、チェンジを訴えた清新な姿には感動させられた。日本もまた旧態依然たる政治システムを払拭して、民生を安定させる体制への構造改革を断行しなければならない。