池田龍夫/元毎日新聞・ジャーナリスト/(50)「沖縄返還密約はあった」政府の「文書不開示は不当」と提訴09/05/02
池田龍夫(ジャーナリスト)
太平洋戦争敗北から64年、沖縄返還によって「戦後は終わった」と言われてからも37年の歳月が流れた。しかし、沖縄には米軍基地が根強く存在し、なお重大な課題・疑惑を残したままだ。「沖縄は『日米同盟』の要(かなめ)」と喧伝されているが、果たして基地を現状のまま維持すべきか否かを再検討する必要に迫られている。
1960年代後半から70年代初めにかけて行われた沖縄返還交渉での「密約」をめぐるナゾはいぜん解けず、戦後政治史に汚点を印したまま未だにホットな論争が続いている。佐藤栄作政権下の30数年前、西山太吉・元毎日新聞記者が「米国が支払うべき軍用地復元補償費400万㌦を日本側が肩代わりした『密約文書』が存在する」という衝撃的スクープを政府に突きつけたのが発端。
国家公務員法違反(秘密漏洩の教唆)に問われた西山氏は有罪判決を受けたあと故郷に蟄居していたが、2000年と02年の米外交文書公開で「沖縄返還密約の存在」が明らかになったため、05年5月名誉回復の「国家賠償訴訟」を提起した。翌06年2月、交渉当事者だった吉野文六・外務省アメリカ局長の「密約を認める」発言がセンセーションを巻き起こし、西山氏側への“追い風”にもなった。
しかしその後も歴代日本政府は「密約の存在」を否定し続け、東京地裁→東京高裁→最高裁での審理の末、08年9月2日「上告理由に当たらない」として「西山氏敗訴」が確定した。これに対し西山氏支援グループは直ちに「情報公開請求」を政府に迫ったが、10月2日これも「文書不存在」を理由に却下されてしまった。
公開された米国外交文書に動かぬ証拠
沖縄密約訴訟の経緯を簡単に振り返ってみたが、情報公開への問題意識を共有する有識者と弁護団は09年3月16日、外務省と財務省が「文書不存在」を理由に文書開示しなかったのを不服として、国に不開示処分取り消しを求める訴訟を東京地裁に提起した。原告は、桂敬一・柴田鉄治両氏を代表者に総勢25人。西山太吉・奥平康弘・我部政明・山口二郎・澤地久枝氏らが名を連ね、同時に清水英夫氏ら30人の弁護団も発足した。
公表された「情報開示請求」の趣旨は、①三文書の不開示決定の取り消し、②三文書の開示決定、③慰謝料一人10万円の支払い、である。開示を求めた3文書とは、▼1969年12月2日付「柏木雄介(大蔵省財務官)・ジューリック(米財務省特別補佐官)文書」、▼71年6月11日付「吉野文六(外務省アメリカ局長)・スナイダー(駐日アメリカ公使)文書」、▼同年6月12日付「吉野・スナイダー文書」で、これら秘密文書は2000年以降、米国外交文書公開で既に明らかになっている。
ところが、藪中三十二外務次官は、3月16日の記者会見で「日本政府の立場は明確で、密約はない」と従来の主張を繰り返し、提訴について「特にコメントすることはない」と口を閉ざしたままだ。2000年の米国公文書公開で「密約の存在」が表に出てからの流れをウオッチしてきたが、今回の「情報開示」提訴は、極めて重大な関門と考えられる。ところが、各メディアの扱いが、ほんの一部を除き冷淡だったのは何故だろうか?
“問題意識欠如”の紙面扱いが気がかり
在京6紙(3.17朝刊)の中で、東京新聞が第2社会面に「沖縄密約文書『不開示不当』と提訴/学者ら、処分取り消しを求める」との3段2本見出し。妥当な扱いと思って、他紙と読み比べたところ、『日経』が第2社会面2段扱いのほかは。朝日・読売・毎日3大紙は、中面の第3社会面に1段(ベタ)扱い。『産経』は掲載していなかった。
今回の提訴の重みをどう判断したかが、紙面扱いの差になったに違いないが、中面での「お知らせ」的ニュースで処理した点に“問題意識の欠如”を感じざるを得ない。特に『朝日』は、米外交文書公開などを精力的に報じていたのに、この〝落差〟は何に起因するのか。また「西山裁判」の矢面に立たされてきた『毎日』が、ミニニュース・最小見出しで処理した(記事量はかなりあったが)点は甚だ疑問である。各紙の扱い方の優劣を判定するつもりはないが、紙面ウオッチャーとしての感慨を率直に記したことを了解いただきたい。
なお、県紙にざっと目を通したところでは、提訴記事を掲載した新聞でもベタ扱いが多かった。突出していたのは沖縄県の2紙だったが、沖縄タイムスが1面2番手(4段見出し)とし、社会面2番手で関連記事を掲載していた。琉球新報は第2社会面2段扱いだったが、両紙とも翌3.18付社説に取り上げていた。「沖縄密約訴訟」の節目と認識して、社論を掲げた姿勢を多としたい。
「訴状は『密約』が米軍駐留に巨額負担する制度の源流であると指摘する。米軍受け入れ国の中で拠出額が突出する『思いやり予算』、そして米軍再編に伴い沖縄海兵隊8,000人をグアム移転する経費負担へと通じているとする。情報開示を求める原告は、民主国家のあり様を問う。『国民に情報を与えないか、もしくは情報を獲得する手段を与えなければ、政府は真の国民の政府とはなりえない』。米国の情報公開によって、日本に支払う義務のない返還軍用地の原状回復費400万㌦、短波放送中継局(ボイス・オブ・アメリカ)の国外移転費1,600万㌦を日本が肩代わりした、という事実が明らかになっている。さらに米公文書によると、基地施設改善移転費6,500万㌦の『秘密枠』も存在した。基地従業員の労務管理費を日本が負担することも明記されている。『思いやり予算』の鋳型がつくられた。日本の米軍受け入れ経費は全欧の2倍だ。原告が指摘する『巨額負担の源流』を政府ははこれまで否定している。ほかに疑惑はまだまだある」(沖縄タイムス社説)。
「米国で開示された文書の一部は沖縄公文書館でも開示されている。もっと言えば、密約を結んだ当事者である元外務省高官の吉野文六氏が、2006年に自ら報道機関や研究者に事実を告白し、密約の存在も認めている。……『うそつきは泥棒の始まり』という。政府が『密約』を否定する理由は何か。よもや国民の血税を盗み、米国に貢いだ事実を隠蔽し続けるためではないだろう。裁判は日本の民主主義の『実相』を問うものだ。政府は事実を開示し、きっちりと説明してほしい」(琉球新報社説)。
「国民の知る権利」に真剣な取り組みを
情報公開は民主主義国家の責務だが、30数年前の「密約」を隠蔽し続ける日本政府の壁が頑強なため、「情報開示」を勝ち取るための〝闘い〟は今後も厳しさが予想される。3月16日「密約文書開示」提訴を終えたあと、原告・弁護団は記者会見に臨んだ。原告共同代表の桂敬一氏が沖縄密約訴訟の発端から今回の「文書開示」提訴までの経緯と重大な意義を語ったあと原告・弁護団数人が決意を述べ、緊張した雰囲気に包まれた。
清水英夫・弁護団長は「民主主義の最大の要件は透明性、公開性、行政過程の公開。1999年情報公開法を作った。この国が開かれた国か否か、当訴訟の意味は重い。日本の民主主義を問う裁判が当訴訟の意味だ」と語った。30数年前から「沖縄返還密約」問題を追い続けてきた澤地久枝さんが「米国では無名の一個人でも申し出れば情報公開に応じ、コピーも出してくれる。
密約問題は過去の出来事ではない。この国の主権者は誰か、国民はもっと権利と義務を自覚して欲しい。国家が隠している結果の運命は今の、明日の家族や子供たちに降りかかる問題なのです。特にメディアの皆さんには強い問題意識を持って頑張っていただきたい」と、若い取材記者に熱っぽく訴えていた姿は、印象的だった。
弁護団によると、6月16日東京地裁での審理が始まって2ヵ月1回くらいのペース、2年くらいで第一審を終えるとの予想。いずれにせよ、「秘密文書が存在する」との原告側立証責任が争点になって、裁判は長期化しそうだ。
提訴前々日の3月14日、民主党の岡田克也副代表が次期衆院選で政権交代した場合の優先課題に関し「やりたいのは情報公開。政権が代わったら隠しているのを全部出す。米国の情報公開で密約は明らかになっており、日本政府が嘘を言ってきたかが分かる」と語ったことが、16日の原告・弁護団会見でも話題になった。
情報公開への潮流が変化してきた兆しと楽観できないものの、情報開示訴訟に弾みがつくような気がする。「戦後」を引きずってきた沖縄の基地問題は、日本の将来を左右する重大課題との認識が肝要で、今こそ「知る権利」について、真剣な取り組みを新聞・放送全般に要望したい。(了)