梅田正己／編集者／疑問の提出を忘れた マスメディア
――海上「ミサイル防衛」迎撃実験成功の報道に対して ／07/12/26
疑問の提出を忘れた マスメディア
――海上「ミサイル防衛」迎撃実験成功の報道に対して
梅田 正己（書籍編集者）
◆ライフルの弾丸をライフルで撃ち落とす
日本時間で１２月１8日早朝（ハワイ現地時間、１７日正午すぎ）、ハワイ沖で海上自衛隊のイージス艦が初めてのミサイル防衛（BMD）システムによる迎撃ミサイル発射実験を実施、成功した、と防衛省は発表した。(写真左：海上自衛隊のイージス艦「こんごう」から発射された迎撃ミサイルSM3)
実験の経過は次の通りだった。
現地時間の午後０時５分、ハワイ・カウアイ島西端の米軍太平洋ミサイル発射試験場から、まず中距離弾道弾を模した標的用ミサイルが打ち上げられた。数分後にはミサイルは高度１００キロを越える大気圏外に達し、超高速で宇宙空間を飛んでゆく。
その標的ミサイルを、カウアイ島から数百キロ離れた海域にいたイージス艦「こんごう」が探知、０時９分、迎撃ミサイル・SM３を発射、３分後の０時１２分、みごと標的に命中、撃墜した（以上、『朝雲』12月20日付による）。 (写真：下 標的の中距離弾道ミサイルを捕捉、爆破したSM3 ）
ご覧のように、水平距離数百キロ、垂直距離100キロ超の広大な空間において、わずか7分間で終わった実験である。にわかには信じがたい。
しかし防衛省は、その命中時の映像を新聞社、テレビ局に送り、またテレビでは護衛艦「こんごう」の艦内で実験成功の知らせに手を打って喜ぶ自衛官たちの姿が流された。
実験に際しては、江渡聡徳・防衛副大臣も視察のため現地に飛んでいた。実験後、副大臣は米軍施設内での記者会見でこう述べた。
「この成功は、日米両国が今後も継続する技術・運用面の協力の成果だ。同盟関係の変革を表すもので、日米同盟にとって記念すべき歴史の一ページになった」（『朝日』12月18日付夕刊）
副大臣はこのように手放しで喜んでいるが、私はいまも懐疑的である。
弾道ミサイル（BM=Ballistic Missile）は発射されるとロケットによって上昇し、大気圏外に達した後は、慣性で飛行する。
上昇中は重力に逆らって飛ぶのだから（ブースト段階）スピードはそれほど速くないが、大気圏外に達すると（ミッドコース段階）ほぼ真空中を飛ぶので超高速となる。
宇宙空間での弾道ミサイルの速度は、音速の10倍から20倍だといわれる。
音速は、秒速330メートルだから、ミッドコースでの弾道ミサイルの速度は秒速3.3キロから6.6キロということになる。 
海兵隊を描いた映画の中で、ライフルの弾丸の速度は、秒速850メートルだと言っていた。
BMはかりに秒速3.3キロ（3300メートル）としても、ライフルの約4倍の速度だ。
つまり、大気圏外を飛行中の弾道ミサイルを同じミサイルで撃ち落とすというのは、ライフルの弾丸をライフルで撃ち落とすよりもさらに難しい芸当なのだ。
しかしこの殆んど神業ともいうべき芸当に、海上自衛隊は初めての実験で成功したという。にわかに信じがたいと思ったのは、私だけではないだろう。
先ほど述べたように、イージス艦「こんごう」は大気圏外を飛行する標的ミサイルを探知して迎撃ミサイルSM3を発射、3分後に撃墜している。
標的ミサイルはすでに大気圏外での超高速飛行に入っている。それを目がけてSM3をロケットで打ち上げ、たった3分間で追尾、捕捉することなど出来るとは思えない。
それなのに超高速ミサイルをわずか3分間でとらえ、撃破したということは、あらかじめ標的ミサイルの飛行コース上の1点と、そこへの到着時刻が設定されており、その一点を目がけてSM3を打ち上げ、キャッチできたということ以外に考えられない。
じっさい、米軍関係者もこう語ったという。
「今回の実験は発射の場所と時刻を明示し、かなり初歩的」（『朝日』12・19）
現実の弾道ミサイルは、もちろん何時発射されるかも、飛行コースもわからない。
しかも発射がわかるのは、ミサイルが打ち上げられた後、米国の軍事衛星が赤外線探知によってその噴射熱を察知した後だ。
それから飛行コースを割り出し、コース上の1点を設定してSM3を打ち上げることになる。広大な宇宙空間において、正確なコースと時間がはたして割り出せるものか、門外漢の私にはとても信じられない。ちょっとでもコースが外れたら、また少しでも手間どったら、敵ミサイルは瞬時に飛び去ってしまうのだ。
それに対し、今回の実験は、発射時刻もコースもわかった上で、発射地点から数百キロ離れた海上で待ち構えていて迎撃ミサイルを発射した。「ミサイル防衛」としては、「かなり初歩的」どころか「まったく初歩的」だったのではないか。
◆防衛省は２０１０年までにBMD配備完了
それなのに防衛省は、今回実験を終えたイージス艦「こんごう」を来年（08年）１月に配備するのにつづいて、08年度には「ちょうかい」、翌09年度には「みょうこう」、さらに翌年度には「きりしま」を改修し、2010年度をもってSM3搭載のBMDシステムを装備したイージス艦4隻体制を完成させる予定だ。
防衛省はまた、同じ2010年度までに、地対空ミサイルのパトリオット3（PAC3）の配備を完了する予定である。
PAC3は、宇宙空間の飛行を終えて再び大気圏内に突入、目標地点に向け落下してくる（ターミナル段階）ミサイルを、地上から撃ち落とす迎撃ミサイルだ。
すでに今年（07年）3月に入間基地（埼玉県）、11月に習志野基地に配備済みだが、今後も首都圏と中京、京阪神、そして北九州など大都市周辺の16の航空自衛隊高射隊に配備するのだという。その完了予定が2010年度前半なのだ。
しかし、このBMD（弾道ミサイル防衛）には莫大な費用がかかる。防衛省はその関連予算を04〜10年度で総額８千億から１兆円と見積もっているが、それで収まるという保証もない。
なにしろ、今回のハワイでの実験だけで６０億円もかかったというのだ。
米国がこれまでにBMD開発に投入した費用は、１千億ドル（約１１兆円）を超すという。
しかしそこで得た成果は、新兵器の開発に応用される。つまり米国の場合、BMD開発に投じた費用は武器輸出で取り戻すことも出来る。
前出の『朝日』12・19付によると、米ミサイル防衛局のオベリング局長は次のように語ったという。
「日本は防衛システムへの投資という点で最も進んだ同盟国。日米が基礎的なコストを分かち合うことが大切だ」
日本はBMD開発に血税を「投資」しても、他からの見返りはない。「基礎的なコストを分かち合」いながら、その「投資」の成果を手にできるのは米国だけなのだ。
しかし政府（防衛省）は、BMDを日本の安全保障の最大課題として、米国の指導・援助を受けながらその配備完了をめざして邁進する。
◆「北朝鮮のミサイル攻撃」は白昼夢
以上、ミサイル防衛の「まったく初歩的」な実験成功の実態についての疑問を述べたが、BMDに関してはもっと根本的な疑問がある。
どこの国が日本や米国に弾道ミサイルを撃ち込んでくるのか、という疑問だ。
政府（防衛省）や読売新聞は、もちろん北朝鮮だと考えている。安倍前首相はそう明言したし、読売は社説で何度もそう書いている。
６カ国協議の進展は、北朝鮮の「核開発計画の申告」をめぐってもたついているが、しかし事態解決のカギとなる米朝関係はまちがいなく和解へと向かっている。
12月上旬、ブッシュ米大統領は、北朝鮮の金正日総書記に対し「親書」を送った。ホワイトハウス専用の便箋を使った親書は、これまでは「独裁者」「暴君」と悪罵していたのに、今回は「親愛なる委員長殿」と書き出されていたという。
もう一つ、来年2月のニューヨーク・フィルハーモニックの平壌公演決定のニュースがある。
公演は北朝鮮の6カ国協議首席代表の金桂冠・外務次官が、米国の同首席代表、ヒル国務次官補に「朝米間の信頼醸成が必要だ」とはたらきかけ、ヒル氏がニューヨーク・フィルを説得して実現したのだそうだ。
公演では、ドボルザークやガーシュインのほかに両国の国歌も演奏されるという。
北朝鮮をめぐる状況は、和解・和平へ向かって、このように着々と好転しつつある。
また、この12月、韓国の大統領選では李明博氏が当選したが、李氏は北朝鮮の一人当たり国民所得を10年で３千ドル（約33万円）に引き上げる、と公約している。そのために、日朝関係の改善による日本の支援金が当てにされているのも暗黙の了解だ。
北朝鮮政権が生き残るためには、６カ国協議を成功させることによって、朝鮮戦争以来の米国との“潜在的戦争状態”を解消するとともに日本とも国交を正常化し、韓国や日本からの支援によって経済を立て直す以外に道はないことは、誰の目にも明らかである（詳しくは拙著『「北朝鮮の脅威」と集団的自衛権』高文研刊、参照）。
こういう状況にある北朝鮮が、日本やアメリカに向かって弾道ミサイルを発射するなどというのは、白昼夢以外の何ものでもない。
それなのに、米国に指図され、おだてられ、巨額の血税を投じてBMDにとりくむ光景は、滑稽さを通り越して哀れとも見える。
＊ ＊
BMDについては、以上のように、技術的な面と政治的な面で、根本的な疑問がある。
にもかかわらず、メディアはそうした疑問を提示しない。
それどころか、防衛省提供の「実験成功」のニュースをそのまま何の疑問もつけずに流すだけだ。つまり、メディアもともに「実験成功」を歓迎している。
ジャーナリズムの重要な使命が権力の監視とチェックにあるなら、その活動の出発点には「懐疑」がすえられなければならない。
何ごとも、疑問を持つことなしに事実（真実）の探求はあり得ないからだ。
歌を忘れたカナリヤは、象牙の船に乗せ月夜の海に浮かべれば歌を思い出す。
懐疑を忘れたメディアは、どうすれば懐疑を取り戻すのだろうか。
写真は防衛省提供 このページのあたまにもどる