梅田正己/書籍編集者/米国、「北朝鮮テロ指定国家」解除!―なんでメディアは歓迎しないのか―08/10/16
梅田 正己(書籍編集者。近著『「北朝鮮の脅威」と集団的自衛権』他)
10月12日、米国はついに北朝鮮に対し「テロ支援国家指定」を解除した。
さる6月26日、ブッシュ大統領がこの指定解除を議会に通告、45日後の8月11日には発効の予定だったが、北朝鮮による核計画の申告と、それの検証をめぐって米朝の対立が続いたため、2ヵ月近くもたなざらしになっていたのだ。
しかし、やっと指定は解除された。あわせて、「対敵国通商法」の適用除外の手続きもとられた。
6ヵ国協議の参加国はじめ世界の国々が、これを歓迎している。
ところが、この国のメディアは、その多くが今回の指定解除に反対を表明した。
■日経は「納得できない」、毎日は「ゴネ得」
筆頭が日経(日本経済新聞)だ。
さる6月の大統領による指定解除発表の時にも、社説で「米政府は北のテロ国家解除を再考せよ」と書いた日経(6月27日)は、今回も社説で「テロ指定解除は納得できない」(10月13日)とストレートに反対している。
「ブッシュ政権は来年1月で任期が切れる。……今のうちに取れるものは取っておこうという北朝鮮の意図は明白だ。任期中の外交成果を焦っていたブッシュ政権の足元を見透かしたともいえる」
「核兵器やミサイルの脅威を振りかざし、日本人を拉致した北朝鮮をテロ支援国家から外すことは容易に納得できない」
毎日新聞も北朝鮮への不信をむき出しにしている。
10月12日付の2面の解説の見出しを大きく「『脅し』に屈した米」「ブッシュ政権末期 つじつま合わせ」とした毎日は、翌13日の社説でこう書いていた。
「北朝鮮の『ゴネ得』という構図だ」
「北朝鮮が本気で核廃棄を視野に入れている兆しは見えず、できるだけ時間かせぎをしながら利益を得ようという狙いが歴然としていたからだ」
■なぜ解除は延ばされたのか――むし返された「検証」問題
北朝鮮に対しては、米国の政府、議会の中にも当然、対立する意見、勢力がある。オバマ候補が今のブッシュ政権を継いで対話路線をとろうとしているのに対し、マケイン候補がより強圧的に対処しようとしているのがその一例だ(共和と民主のネジレ現象)。
したがって、6月26日、ブッシュ大統領がテロ指定解除を議会に通告した後、強硬派からの巻き返しがあったろうことは容易に想像できる。
そこで問題となったのが、北朝鮮による核開発の申告の中に、とくに高濃縮ウランによる核開発計画とシリアへの核技術移転問題の2点が入っていなかったということだ。
どちらも、さる7月4日にこのコラムで、すでに私が触れていた問題だ。当然、米朝間で一定の合意に達して、大統領による指定解除の発表となっていたはずである。
その解決済みのはずの問題が、再びむし返されてきた。北朝鮮側としては、前の合意をくつがえす再交渉に簡単に応じるわけにはいかなかったろう。
結局この問題は、北朝鮮側が申告した15の施設については内部に立ち入っての検証に応じることとし、他の未申告の施設への立ち入りについては「米朝双方の合意にもとづく」ということで一応の決着を見た。
たしかにあいまいで、玉虫色に違いない。しかしこれを「ゴネ得」と決めつけることが、はたして出来るだろうか。
■6ヵ国協議の3つのケルン(道標)
今回の「テロ支援国家指定解除」は、6ヵ国協議での次の3つの声明・合意にもとづく。
@ 2005年9月19日「6ヵ国協議共同声明」
A 2007年2月13日「共同声明実施のための初期段階の措置」
B 2007年10月3日「共同声明実施のための第2段階の措置」
核の問題については、まず@で、「平和的な方法による核査察を行い、朝鮮半島の非核化を実現することが6ヵ国協議の目的である」と目的が設定された。
次にAにおいて、北朝鮮は「寧辺(ニョンビョン)の核施設については最終的に放棄することを目的に、稼働の停止及び封印を行う」とともに、「共同声明にいうすべての核計画の一覧表について、5カ国と協議する」と定められた。
最後にBでは、北朝鮮が、寧辺の原子炉と再処理工場、核燃料棒製造施設の3施設を無能力化し、あわせて「すべての核計画の完全かつ正確な申告を行う」ことが合意された。
このうち、寧辺の3施設の無能力化は順調に進み、核計画の申告だけが争点となったのである。
米国はこの申告が不完全だと主張するが、その確実な証拠があるわけではない。米国は「きわめて怪しい」と言い、北朝鮮は「存在しないものは申告できない」と突っぱねている。どちらも妥協しなければ、水掛け論が永遠に続くことになる。
なお、検証問題なんかより、かんじんの核兵器や核物質の廃棄問題が残っているじゃないか、という意見も見られた。しかしそれは、「第3段階の措置」、つまり最終段階の措置として残されているのである。
■6ヵ国協議の表の主題は「核問題」、裏の主題は「米朝平和条約締結問題」
ところで、Aにおいて、核問題とあわせ、米朝間の「未解決の二者間の問題を解決し、完全な外交関係を目指すため」に「米朝国交正常化」の作業部会を設置することが決められた。
「未解決の二者間の問題」とは、7月のこのコラムで少々詳しく述べたように、朝鮮戦争の「休戦状態」はいまなお続いており、したがって北朝鮮と米国はいまも潜在的交戦状態にあることをさす。
次に、「完全な外交関係」とは、米朝平和条約を締結することによって、この潜在的戦争状態から脱出することをさす。
同時に、これによりやっと北朝鮮は、日本と韓国に10万の軍を前方展開している米国によって、いつ攻撃されるかという不安をから逃れることができる。
軍事超大国・米国に対して、北朝鮮の戦力はほとんど相手にならない。100万という巨大な陸軍兵力こそかかえているものの、近代兵器はほとんど使えない。
アジア太平洋戦争末期、日本の備蓄石油は底をついていた。町には木炭自動車が走り、松の木の根っこから松根油(しょうこんゆ)を採取するために小学生まで駆りだされた。石油の1滴は血の1滴、石油を失った日本軍はなすすべなく敗れた。
先の合意Aにおいて、北朝鮮が約束を実行すれば、他の5ヵ国は重油100万トンを提供することを約束した(日本以外の各国によって、すでにほぼ半分が提供済み)。
あえて意地の悪い言い方をすれば、他国からの石油を恵んでもらわなければ、北朝鮮の経済は立ちゆかなくなっているということだ。
このように追いつめられた北朝鮮にとって、第3段階のゴール(米朝平和条約締結)にこぎつけるための交渉カードは、「核兵器と核物質の廃棄」以外にない。
それなのに、「第2段階」において核についての一切合切をさらけだしてしまったら、自から手の内のカードをバラしてしまうことになる。もはや交渉にはならない。
北朝鮮が次の6ヵ国協議「第3段階の措置」のために、最後のカードを取っておきたいと考えるのは当然だろう。
以上のことは、少しだけ想像力をめぐらせて、北朝鮮の側から事態を眺めてみれば、すぐに分かることだ。
米朝関係が正常化されなければ、東北アジアの「冷戦」は終わらない。
朝鮮半島の非核化が達成されなければ、東北アジア非核地帯条約も夢まぼろしに終わる。
米国による「テロ支援国家指定」の解除は、冷戦体制克服への重要なステップである。
日本の平和にとっても重要な意味を持つ。
それなのに、大新聞が鼻の穴をふくらませて「ゴネ得」などと吐き捨てる。嗚呼。