梅田正己/編集者/北朝鮮ミサイル騒ぎのデマと真実 13/04/20

                北朝鮮ミサイル騒ぎのデマと真実

                                 梅田  正己 (編集者)

 4月下旬に入った今も、テレビのワイドショーは北朝鮮のミサイルをめぐって騒がしい。北のミサイルが今にも日本に飛んでくるかのような物騒な話も聞こえる。
  いや、テレビだけではない。防衛省も、市谷の本庁舎の構内をはじめ沖縄を含む全国の航空自衛隊基地に、全部で13基の迎撃ミサイルPAC3を配備した。
  19日のテレビ朝日の昼の番組に登場した元防衛大臣・石破茂氏(現自民党幹事長)は、女性キャスターに「日本はほんとに大丈夫でしょうか?」と尋ねられ、
「国民の生命と財産を守るのが政府の第一の責務です。そのために、万全の態勢をとっているのです」
と胸を張った。

 テレビには毎回、北朝鮮問題や軍事問題の「専門家」が登場して解説する。北朝鮮の映像も、繰り返し流される。
  しかし、そのなかで、誰も触れない、だが決定的に重要な問題が二つある。
  一つは、肝心の弾道ミサイルについて、それはどういう兵器なのか、ということ。
  もう一つは、北朝鮮がミサイルを撃つぞ、撃つぞと脅しながら、必死に求めているのは何なのか、ということだ。

 ◆「ミサイル防衛」は妄想の産物としか思えない

 まず一つ目の問題。
  今回、北朝鮮が発射実験するといっているのは、グアムまで届くという中距離弾道ミサイル「ムスダン」だ。それを追尾して撃ち落とすために、日米両軍は迎撃ミサイルSM3を備えたイージス艦を朝鮮半島と日本の近海に配備した。
  SM3の性能について、防衛省は4回試験して3回成功したといっているようだ。
  本当だろうか? 残念ながら、どういう形で、どういうふうに試験したのか、まったく公表されていないから、判断の下しようがない。
  一部公表されたことがあるが、それは飛んでくる標的ミサイルの方角や軌道、それに時間があらかじめ設定されていたのを、太平洋上で待ち受けて撃ち落としたということだった。
  しかし、実際のミサイルは、いつ、どの方角から飛んでくるか分からないのだ。

 弾道ミサイルは、大気圏外に出ると、ブースター・ロケット部分を切り離して、弾頭だけとなり、秒速3~7キロで飛ぶ。ざっと音速の10倍から20倍の速さだ。そいつに、SM3の、こちらも弾頭だけとなったのをぶつけて破壊するというのである。
  つまり、広大な大気圏外を、新幹線の50倍から100倍のスピードで飛んでゆくドラム缶程度の物体に、こちらもドラム缶程度の物体をぶつけて破壊する。これが「ミサイル防衛」なのである。
  そうしてみると、ライフルの弾丸をピストルで撃ち落とすという比喩は、決して誇張ではない。誇張どころか、ライフルの弾丸は音速の2倍程度だから、「ミサイル防衛」はその何倍もの速さで飛ぶ物体を撃ち落とさなくてはならないのである。

 SM3の場合、それに更なる困難が加わる。
  敵のミサイルの発射を探知した後、SM3を発射するまでには次のような段階を踏む。
  ①米軍の早期警戒衛星が3万6千キロの上空から発射時の赤外線を探知し、
  ②そのデータを米本国コロラド州の本部に送って、発射地点や弾道などをはじき出し、
  ③そのデータを東シナ海や日本海にいるイージス艦に伝え、
  ④そのデータをSM3の発射装置に打ち込んで、それから
  ⑤発射する。

 さらに、こういう問題も加わる。
  弾道ミサイルは、大気圏を最短距離で突き抜けるために、垂直に上に向けて打ち上げる。
  したがって、垂直に上昇している間は、それがどの方角へ、どんな軌道を描いて飛ぶのかは測定できない。つまり、方角や軌道、速度をはじき出すまでには一定の時間がかかる。
  それにプラス、上の①~④の操作の時間がかかるのである。

 この間、北朝鮮のミサイルは、上記のような速さで宇宙空間を飛び去っているのである。昨年12月に北朝鮮が打ち上げたミサイル(人工衛星?)は10分足らずで沖縄の石垣島を跳び越していた。
  そんなミサイルに対し、こちらもミサイルを打ち上げて追尾し、追いついて撃破するというようなことが本当にできるのだろうか?
  そう考えると、弾道ミサイルをミサイルで撃ち落とすという「ミサイル防衛」の発想自体が空想(妄想)の産物としか思えない。

 では、PAC3についてはどうか。
  PAC3は宇宙空間を飛行してきた弾道ミサイルが再び大気圏内に突入し、地上の標的に向かって落下してくるのを、下から迎撃するミサイルである。
  大気圏内に突入しているから、空気の抵抗で速度は鈍っている。が、それでも大砲の砲弾が飛び込んでくるのと同程度以上のスピードで落ちてくるのはまちがいない。
  これもまた大砲の砲弾が飛んできたのを、同じ砲弾で撃ち落とすのと困難さに変わりはない。

 ところが防衛省は、2回試験をして2回とも成功したと言っているらしい。
  テレビに出た元防衛研究所所員の軍事評論家・武貞秀士氏は、アメリカは80%から90%の成功率だったと発表している、と話していた。武貞氏自身も、それを信じているらしい。
  しかし、もしそれが本当なら、ペンタゴンも、また日本の防衛省も、大威張りで発表しているはずだ。なぜなら、北朝鮮の弾道ミサイルも8~9割の確率で撃ち落とせるとわかれば、北のミサイルの「脅威」は激減するだろうし、その分、抑止効果も発揮できるはずだからだ。

 「ミサイル防衛」がいかに難しいかは、上に述べたことからも明らかだ。
  過去の実験から見ても、北朝鮮から発射したミサイルは、10分足らずで日本に到達する。
  その間に、上に述べたような手順で軌道や到達時間等のデータをはじき出してPAC3に打ち込み、発射するのだ。間に合うかどうか、中学生にもわかるだろう。
  ミサイル防衛というのは、もともと太平洋の彼方のアメリカが、アジアからのミサイル発射を想定して考えついたものだ。同じ東アジアの圏内で隣接している国どうしの間で、ミサイル防衛はそもそも成り立たない。

 しかし、石破氏や武貞氏はそれが成り立つと思っているらしい。それも、わずか13基程度のPAC3で。
  PAC3の守備範囲はわずか数十キロだ。それに、もしも北朝鮮が本当に日本を攻撃するとしたら、防衛省や空自基地などを標的にするはずはない。
  九州から北海道まで、日本海に面して、原発が何十基と建設されている。その原発群がねらわれれば、日本は全国がフクシマになってしまうだろう。
  そう考えると、現在の日本は、もはや戦争のできない国になってしまっているのである。

 ◆米朝の「直接対話」以外に打開の道はない

 次にもう一つの問題、北朝鮮は何を求めて弾道ミサイルに執着しているか、である。
  今回、北が発射実験をしようとしているのは、中距離ミサイル「ムスダン」だ。飛距離6000キロ、米国領のグアムまで届くという。
  これが成功すれば、次は米国本土まで届く長距離ミサイルの開発へと進む手はずだ。
  北朝鮮がめざしているのは、あくまでアメリカである。

 それなのに、テレビでは、日本にミサイルが飛んできたらどうする、と騒いでいる。
  日本をねらうには、ムスダンは必要ない。すでに、ノドンという日本に十分届くミサイルを、もう200発も所持しているのだ。
  今回のムスダンと日本は、関係ない。

 では、なぜこうも北朝鮮はミサイルと核兵器にこだわるのか。
  アメリカを「脅威」で揺さぶって、交渉のテーブルに就かせるためである。
  では、なぜアメリカとの直接交渉を求めるのか。
  それによってアメリカとの「休戦協定」を「平和条約」に変え、現在の政治体制の維持を前提に、韓国や日本との国交を正常化し、両国からの経済援助を引き出すことによって自国の経済を立て直したいからである。

 今回の北朝鮮側の対応は、たしかに従来にもまして過激だった。吐き出す言葉が過激だっただけでなく、年間80億円の所得を生むケソン(開城)の工業団地を封鎖するなどの強硬手段までとった。
  理由は恐らく、最高権力者が若い金正恩第一書記に代わったことにあるのだろう。テレビの露出度も、その父親の時代とは打って変わって高まった。前線視察の様子や、望遠鏡をのぞく姿、はてはピストルを構える姿までが写し出される。
  今年30歳になったばかりの若い「最高権力者」がその地位にふさわしい権威を獲得するための懸命の演出なのだろう。
  一方また、経済状況がさらに逼迫しているということがあるかも知れない。

 そうした状況を考え合わせると、北朝鮮はいま一つの転機を迎えているとも思われる。
  アメリカとの直接交渉を求める本気度、必死さも従来にもまして高まり、強まっており、それが従来にない過激な言動になって現れているのではないだろうか。
  4月11日、韓国の柳吉在・統一相は北朝鮮に対して「対話による解決」を呼びかけ、そのあと韓国、日本、中国を歴訪したアメリカのケリー国務長官も、核の放棄を前提にしてではあるが「対話」を強調した。
  それに対し、北朝鮮も4月18日、高度の条件をつけながらも対話に応じるとの声明を発表した。

 この7月、朝鮮戦争「休戦協定」調印60周年を迎える。60年前、その休戦協定に署名したのは米軍の司令官、つまりアメリカであり、北朝鮮側が金日成司令官だった。
  休戦協定を破棄して平和条約を締結するためには、どうしてもアメリカの同意が必要なのである。
  休戦協定を平和条約に転換する以外に、朝鮮半島の危機状況を打開する道はない。
  したがって、対話への国際世論を強め、アメリカを対話へ向かわせることこそが、いま最も必要なのである。日本にミサイルが飛んできたらどうする、などという見当違いの話で事態を見る目を混濁させてはならない。                                 (了)