梅田正己/編集者/安倍首相「安保法制懇」報告の新「事例」を検証する 2014/05/17

          安倍首相「安保法制懇」報告の新「事例」を検証する

                            梅田  正己 (編集者)

 この5月15日、沖縄が復帰した日を選んで、「安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)」が報告書を発表、それをたずさえて安倍首相は記者会見を開き、予定時間をこえて30分も熱弁をふるった。
  「安保法制懇」は、首相の意見の賛同者ばかりを集めた首相の私的諮問機関である。つまり中立的・客観的な検討機関ではなく、法的根拠もない、私的なグループにすぎない。
  その私的グループの報告を、全メディアがこぞって大々的に取り上げるのには違和感を禁じ得ないが、憲法9条の実質的改廃にかかわる「歴史的な提言」(読売新聞15日付社説)だとすれば、検討しないわけにはいかない。
  朝日新聞に全文が掲載されていたので、目を通してみた。全面びっしり活字を組んで3ページ、ざっと計算して約3万8000字からなる。
  論ずべき問題は山ほどあるが、取りあえず、同懇談会が新たな法整備が必要だとして、その根拠に挙げた6つの事例を検討する。

◆武器運搬船への「臨検」
①事例1:わが国の近隣で有事が発生した際の船舶の検査、米艦等への攻撃排除等(《 》は報告書の原文)
《――我が国の近隣で、ある国に対する武力攻撃が発生し、米国が集団的自衛権を行使してこの国を支援している状況で、海上自衛隊護衛艦の近傍を攻撃国に対し重要な武器を供給するために航行している船舶がある場合、我が国は、我が国への攻撃が発生しない限り、この船舶に対して強制的な停船・立入検査や必要な場合の我が国への回航を実施できない。(略)
このような事態が放置されれば、紛争が拡大し、やがては我が国自身に火の粉が降りかかり、我が国の安全に影響を与えかつ国民の生命・財産が直接脅かされることになる。》

【疑問と批判】
  「我が国の近隣」で、「米国が集団的自衛権を行使している」(同盟国のために戦っている)となると、起きている事態は、北朝鮮と韓国の戦争(第二次朝鮮戦争)以外には考えられない。
  その際、北朝鮮への武器輸送の外国船を自衛隊が停船させ、臨検(立入調査)し、日本の港湾まで回航を命じる、つまり北朝鮮への武器輸送をストップさせないと、「やがて我が国自身に火の粉が降りかかる」ことになる、と報告書は言っているのである。
  そうだろうか? 戦争は武器の補給なしには続行できない。その武器補給を止められたということは、相手国からすれば宣戦布告を受けたことを意味するだろう。つまり「敵国」になったということだ。
  北朝鮮のミサイル「ノドン」はすでに日本列島の全域に届く。それも、10分たらずで届く。列島の日本海側には九州から山陰、北陸、北海道まで、原発が何十基とある。
  「火の粉が降りかかる」危険性は、こちらの方がよほど高いのではないか?
  そんな危険を冒せるようにするために、法制懇は「法的整備をしかるべく整備する必要がある」と「提言」しているのである。

◆米国と「対等」の軍事同盟を結びたい
②事例2:米国が武力攻撃を受けた場合の対米支援
《米国が攻撃を受けているのに、必要な場合にも我が国が十分に対応できないということであれば、米国の同盟国、日本に対する信頼は失われ、日米同盟に甚大な影響が及ぶ恐れがある。日米同盟が揺らげば、我が国の存立自体に影響を与えることになる。》

【疑問と批判】
  日米は現在、安保条約で同盟関係にある。その安保はどういうものか。
  米国は、日本の施政の下にある領域で日本が攻撃を受けた場合、日本防衛のために自衛隊と共に戦う(共同防衛)。
  そのかわり、日本は、米軍のために無償で基地を提供するほか、さまざまの便宜を供与する。(それによる米軍のプレゼンスは、アジアにおける米国の覇権維持に大きく貢献してきた。)

 こういう条件で日米両国は同盟関係を結び、それで半世紀以上やってきたのである。日本政府による、世界で最も手厚い基地・経費の提供に対し、米国は感謝こそすれ、何の不満もないだろう。
  それなのに、この安保関係を解消して、自衛隊がこちらから出かけて行って米国を支援するような(対等な)軍事同盟にしなくては、「日本に対する信頼が失われる」と法制懇は心配する。

 しかし、そういう同盟関係にするためには、当然、現在の安保条約を改定することになる。対等の同盟関係になる以上、現在、日本政府が提供している「思いやり予算」を含め、米兵一人あたり年間1000万円ほどにもなる援助は廃止することになるだろう。
  法制懇のメンバーには、元防衛事務次官も元統合幕僚会議議長も含まれている。誰よりも同盟関係の実情に通じているはずのその人たちは、こうした問題をどう考えたのだろうか。

◆自衛隊による掃海(機雷の除去)作戦
③事例3:我が国の船舶の航行に重大な影響を及ぼす海域(海峡等)における機雷の除去
《我が国が輸入する原油の大部分が通過する重要な海峡等で武力攻撃が発生し、攻撃国が敷設した機雷で海上交通路が封鎖されれば、我が国への原油供給の大部分が止まる。これが放置されれば、我が国の経済及び国民生活に死活的な影響があり、我が国の存立に影響を与えることになる。(略)
(停戦協定により)機雷が「遺棄機雷」と評価されるようになるまで掃海活動に参加できない。そのような現状は改める必要がある。》

【疑問と批判】
  原油の輸入が止まれば大変なことは言うまでもない。
  しかし、輸入停止のとたんに経済と国民生活がのど元を締め上げられるかのように言うのは(「死活的な影響」!)オーバーではないか。
  1973年のオイルショック以来、石油備蓄の態勢は相当きちんとつくられている。
  それに、太平洋戦争末期の経験もある。
  当時の日本は完全に制海権を奪われ、南方からの石油輸送は断たれた。燃料がなければ、戦闘機は飛べない。それで国民総出で、松の根を乾留して松根油(しょうこんゆ)づくりに精を出した。
  バスにまわすガソリンなどはないから、乗り合いバスは木炭を焚いて走った。
  そういうふうにして、日本は1年余りも戦争を続けたのだった。
  多くの人には信じがたいかもしれないが、後期高齢者ならだれもが知っていることである。法制懇14人の中には後期高齢者が4人含まれている。
  原油の輸送がストップすれば、たちまち日本経済が立ち行かなくなるかのように危機感をあおり、掃海作戦への参加を説くのは、一種の恫喝的説得である。

◆安保理決定があれば多国籍軍に参加
④事例4:イラクのクウェート侵攻のような国際秩序の維持に重大な影響を及ぼす武力攻撃が発生した際の国連の決定に基づく活動への参加
《……国際正義が蹂躙され国際秩序が不安定になれば、我が国の平和と安全に無関係ではありえない。例えばテロが蔓延し、我が国を含む国際社会全体へ無差別な攻撃が行われるおそれがあり、我が国の安全、国民の生命・財産に甚大な被害を与えることになる。》

【疑問と批判】
  もはや米国との同盟関係にもとづく集団自衛権の行使ではない。多国籍軍への参加を求めているのである。
  それにしても、「テロが蔓延し、我が国を含む国際社会全体へ無差別な攻撃が行われるおそれがあり」とは、いったいどんな事態を想定しているのだろうか?
  テロリストの集団が、世界中いたるところに横行・バッコするようになるかも知れない、などと本気で話し合ったのだろうか?

◆領海内の潜水艦攻撃
⑤事例5:我が国領海で潜没航行する外国潜水艦が退去の要求に応じず、徘徊を継続する場合の対応
《――2004年11月に先島群島(引用者注・沖縄の宮古、八重山地方)周辺の我が国領海内を潜没航行している中国潜水艦を、海上自衛隊のP-3Cが確認した。また、2013年5月には、領海への侵入はなかったものの、接続水域内を航行する潜没潜水艦を海上自衛隊のP-3Cが相次いで確認した。(略)
潜没航行する外国潜水艦が我が国領海に侵入してきた場合、自衛隊は警察権に基づく海上警備行動等によって退去要求等を行うことができる(2004年のケース)が、その潜水艦が執拗に徘徊を継続するような場合に、その事態が「武力攻撃事態」と認定されなければ、現行の海上警備行動等の権限では自衛隊が実力を行使してその潜水艦を強制的に退去させることは認められていない。このような事態を放置してはならない。》

【疑問と批判】
  一読して、いったい何を問題にしているのか?と思う。ここで指摘しているのも、2004年と13年の2回、領海侵入は10年間で1回である。
  空の方はどうか。外国機が接近してくると、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)する。冷戦時代はソ連機に対して年に何百回となくスクランブルをかけた。今は中国機に対してたびたび緊急発進し、領空侵犯の危険信号を送っている。
  空ではそうしているのに、海(水中)ではなんで退去要求を繰り返すことで対処できないのか? どうしてこれが、集団自衛権の議論と関連することになるのか?
  冷戦時代、ソ連の潜水艦を監視するために、海上自衛隊は米国の要求でP-3Cを、なんと200機も購入して三沢や沖縄に配備した。日本のP-3Cはソノブイを投下してソ連潜水艦の個別の音響をキャッチし、そのデータを米海軍に提供していた。
  そんな経験を持つ海自が、中国潜水艦が1回だけ領海内に入り込んできたというだけで、その対処にほんとに苦慮しているのだろうか?
  苦慮しているのは、これをなんとか集団自衛権問題に結び付けようとしている安保法制懇だけではなかろうか?

◆離島等での武装集団への対応
⑥事例6:海上保安庁が速やかに対処することが困難な海域や離島等において、船舶や民間人に対し武装集団が不法行為を行う場合の対応
《このような場合、海上における事案については(略)内閣総理大臣の承認を得て防衛大臣が命令することによって、自衛隊部隊が海上警備行動をとることができる。また、陸上における事案については(略)内閣総理大臣が命令することによって、自衛隊部隊が治安出動することができる。さらに、防衛大臣は(略)防護施設を構築する措置を命ずることができる。
しかし、このような(略)発令手続を経る間に、仮にも対応の時期を逸するようなことが生じるのは避けなければならないが(略)より迅速な対応を可能とするための手当てが必要である。》

【疑問と批判】
  この「提言」を読んで頭をかしげた人が多いのではないだろうか。
  自衛隊による事態への対処は現行法でできる。ただ対応をより迅速にするにはどうしたらいいか、ということだけだ。
  たしかに法律の整備の問題にはちがいない。しかし、①~④の事例に比べて、問題の比重が軽すぎる。事例の〝員数合わせ〟のような気がしてならない。
*      *      *
  以上、6つの事例を検討してきた。安保問題に多少関心を持ってきたとはいえ、一市民にすぎない私でも、挙げられている事例にはこれだけの疑問が生じる。
  すべての事例に、まやかしや誇張が感じとれる。
  15日の安倍首相の「演説」は多分にエモーショナルな印象が強かった。
  安全保障の問題、国民のセキュリティーの問題を語るときに最も必要なのは、事実にもとづく問題把握と理性的な思考である。逆に、最も避けなければならないのは、情緒的な訴え、美辞麗句による煽動である。
  安保法制懇が、「法的基盤の再構築」のための根拠として挙げたこの6つの事例について、安保問題の専門家や安保の現場を取材したジャーナリストが加わって、徹底した検証、議論が行われることを願っている。                                (了)

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