梅田正己/編集者/北朝鮮ミサイル発射問題をめぐる常識的な疑問 2016/02/08
2月7日、北朝鮮が予告していたミサイルを発射した。北朝鮮は「地球観測衛星だ」と言い、世界は「長距離弾道ミサイルだ」と言う。
その正否についてはここではふれない。
取り上げるのは日本政府の対応についてである。
まず、中谷防衛相が出したという「破壊措置命令」だ。この「命令」については自衛隊法第82条の3項にこうある(要約)。
「防衛大臣は、弾道ミサイル等(航空機以外の物で、その落下により人命または財産に重大な被害が生じると認められる物体)がわが国に飛来する恐れがあるときは上空において破壊する措置をとるよう命令することができる。」
これにもとづき、自衛隊は大気圏外での迎撃ミサイル・SM3を装備したイージス艦2隻を東シナ海に、1隻を日本海に配備した。
しかし今回の北朝鮮のミサイルは長距離弾道ミサイルで、南へ向けて発射されることになっている。そのため北朝鮮は、ロンドンの国際海事機関(IMO,国連の専門機関)に対し、噴射を終えたロケットなどの落下地点を通告し、了承を得ていた。(そして実際、用済みの機体はほぼ予告通りの地点に落下した。)
それなのに自衛隊は、ミサイルはもとより用済み機体が落下してくるはずもない海域に、3隻のイージス艦を配置した。一体、何のための配置だったのだろうか。
だいたいイージス艦のミサイルは、大気圏外を飛行するミサイルを打ち落とすための迎撃ミサイルだ。中谷防衛相は、自国へ向かってきもしない他国のミサイルを、宣戦布告なしに撃ち落とすつもりだったのだろうか。
一方、自衛隊は、市ケ谷ほか首都圏の2地点と、沖縄本島の2カ所、それに石垣島と宮古島にパトリオット・ミサイル(PAC3)を配備した。
たしかに今回の北朝鮮ミサイルは沖縄の南端をかすめて飛んだ。しかしPAC3は、大気圏内に再突入して飛んでくるミサイルを迎撃するミサイルだ。長距離弾道ミサイルが、こんな近くで落ちてくるはずもない。
いや、失敗して途中で落ちてくるかも、というのだろうか。
かりにそうだとしても、首都圏はもちろん、沖縄本島への配備だって、ずいぶん見当違いではないか。
要するに今回の「破壊措置命令」にもとづく2種類の迎撃ミサイルの配備は、北朝鮮のミサイル発射を利用しての自衛隊の「演習」だったと見るほかない。
それともう一つ、日本の安全保障環境が緊迫した状態にあるということを、私たち国民に「認識」させるための演出だったろうということだ。振り返れば、「戦争法」制定の第一の理由とされたのが、「わが国の安全保障環境の変化」だった。今回の北朝鮮のミサイル発射を、安倍政権はその「変化」を実証する有力材料としたわけだ。
もともと北朝鮮のミサイルは、日本なんかを標的にしたものではない。日本攻撃のためなら、すでに実戦配備しているノドン(射程1300キロ)やムスダン(同3000キロ以上)で十分だ。
日本海に面した列島の原発群に向けて、通常爆薬の弾頭でも撃ち込めば、どういうことになるか、想像するだけでも戦慄する。そういう意味で、日本はもうとうに戦争のできない国になっているのだ。
北朝鮮の長距離弾道ミサイルの目標は米国である。なぜ米国なのか。米国を直接交渉の席につかせたいためだ。1953年の朝鮮戦争の停戦協定から、すでに63年がたつ。60年以上も“潜在的戦争状態”が続いているのは、世界史上でも例のない異常・異様な状態と言うしかない。
この異常な状態に終止符を打つために、北朝鮮は米国との直接交渉による平和条約の締結を求めてきた。しかし米国は拒否し続ける。その米国を何とかして直接交渉の席につかせるため、北朝鮮は米国本土にとどくミサイルの開発に躍起になっているのである。
北朝鮮の政治状況は最悪と言うほかない。拉致問題はじめ無法・非道な行為ももちろん許せない。しかし、そのミサイル開発と核実験を非難し、責めるだけでは事態は解決の方向には向かわない。解決の糸口は、米国が直接交渉に応じることしかない。(2月8日記)