岩崎貞明/放送レポート編集長/NHK受信料「支払い督促」「義務化方針」への疑問 /07/01/15


NHK受信料「支払い督促」「義務化方針」への疑問

 

『放送レポート』編集長 岩崎 貞明

 NHKは昨年11月、東京都内の受信料不払い世帯33件に対して、簡易裁判所の民事
手続きを利用した「支払い督促」に踏み切った。NHKによると、このうち16件は
滞納分を支払ったが、8件が異議申し立てを行って、裁判所での通常訴訟に移行する
という。
 NHKは、民事手続きによる支払い督促の開始を明らかにして以降、受信料不払い
世帯の支払い再開が急増していると表明している。しかし、これをもって視聴者の信
頼が回復しているとNHKが考えているとしたら、大きな間違いだと言わざるを得な
い。職員による不祥事を踏まえた対策をNHKが発表した後も、カラ出張など職員の
不正は続々と発覚している。日本における貧困の問題を実態から告発したNHKスペ
シャル『ワーキング・プア』など、これまであまりみられなかったような番組も放送
されてはいるが、視聴者の目に見えるほどの編成構造の変化は感じられない。表現は
悪いが、司法権力を利用して脅迫的に受信料を支払わせるようなやり方だけでは、信
頼回復など絶対に望めないだろう。
 今回の支払い督促にはさまざまな疑問が呈せられている。まず、契約不履行に対す
る措置というのがその法的根拠だから、督促できるのはNHKと受信契約を結んでい
る世帯だけ。つまり、そもそも契約を結んでいない「未契約」の世帯には何の措置も
講じられない。これでは、受信料支払い拒否の大きな理由とされている「払っている
世帯と払っていない世帯の間の不公平感」は、解消されるどころかますます増大して
しまうだろう。
 そして、契約していながら受信料を払っていない世帯のすべてに支払い督促手続き
を取ることも、支払い拒否・保留世帯がまだ100万件近く残っていることからみて、
事実上不可能だ。そうすると、督促状を送られた世帯と送られなかった世帯との間で
の不公平感も、また増大することになりかねない。また、今回の督促に対して8世帯
が異議を申し立てたことで裁判が始まるが、今後も全国で支払い督促を続けて、それ
に対する異議申し立てが続出してきたら、NHKはそれなりの金額を裁判のために支
出しなければならなくなるはずだ。NHKの収入の約95%は私たちが支払っている
受信料で、自分の受信料が番組制作のためでなく受信料収納のための裁判費用として
使われることに、納得しない視聴者も少なくないことだろう。
 支払い督促の根拠そのものにも疑問がある。NHKは毎年の受信料の未収分につい
て、「当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を経験率等に
より計上」して「未収受信料欠損引当金」に繰り入れているが、この額から計算する
と、ここ数年は受信料未収額の85%〜95%が収納不能と見積もられている、と指
摘されている(醍醐聰東京大学教授の計算による)。これほどの高い率で収納不能と
見込んでおきながら、いざ督促、となったら過去分にさかのぼって受信料の支払いを
迫るのは、矛盾した姿勢ではないだろうか。また、受信料の時効についてはNHK受
信規約に何の規定もないが、NHKは何を根拠に、いつまでさかのぼって支払い督促
ができると考えているのか。
 一般の世帯ではない、事業所に対する受信料収納のあり方にも疑問がある。ホテル
や病院のように各室にテレビ受像機を設置しているところでは、建て前としては設置
している部屋の数だけ受信契約を結ぶことになっているが、実際には稼働率などを考
慮して、多少割り引いた数で契約を結んでいる。ところが、一部の新聞報道で、ホテ
ルの場合その稼働率の設定がまちまちで、5%から85%という大きな差があったこ
とが昨年末に指摘された。このほかにも、米軍の施設がそもそも受信料収納の対象に
なっていないこと(NHKは日米地位協定を理由としているようだが、地位協定には
米軍施設等の租税の免除に関する項目はあっても、NHKの受信契約に関する項目は
見当たらない)などにも、一般世帯における受信料の不公平感を増大させる要素が潜
んでいる。

 このようにNHKが受信料確保に躍起となっている一方、政府は受信料を2割程度
値下げしたうえで支払いを義務化する方向で放送法を改正する意向であると報じられ
ている。放送法では、テレビ受信機を設置した者にNHKと受信契約を結ぶことを義
務づけているが、受信料を支払う義務までは明記していない。受信料支払い義務を明
記する放送法改正案は過去2回(1966年と1980年)提出されたことがあるが、いずれ
も審議未了で廃案となっている。今回の法改正では、支払い義務を明文化して、不払
いには延滞割り増しも適用するなど、より厳しく受信料を取り立てようという姿勢が
明らかなようだ。
 筆者は大学で非常勤講師としてメディアに関する講座を受け持っているので、学生
たちにアンケートを試みた。NHKの受信料制度の理念や、NHKのあり方をめぐっ
て行われている議論などについて一通り説明したうえで、「NHK受信料の義務化に
賛成か反対か」についてレポートを提出してもらった。その結果、学生90人弱のう
ち、受信料義務化に賛成・反対いずれも40人以上と、真っ二つに意見が分かれたの
だった。この学生たちは必ずしもメディア研究の専攻でなく、一般的な視聴者の一部
と考えて差し支えなかろう。賛否いずれの意見においても、公共放送としてのNHK
の存在意義を認め、視聴率に左右されない番組作りなどを求める声が多かったことは
銘記しておきたい。
 学生たちのレポートには、NHKがもはや不要だ、というような極端な意見はほと
んど見られなかった。このように、NHKの存在や受信料制度の意義を認めている
人々の間でも、受信料義務化の是非については大きく意見が分かれているのではない
だろうか。
 これほど意見が分かれている問題についてNHKは、もっと時間をかけてさまざま
な意見を集め、それらに真摯に耳を傾ける必要があるのではないか。もちろん、職員
の不正経理の一掃や、いろいろなニーズに応える番組の制作・放送など、本当の信頼
回復のためになお一層の努力がNHKに求められているのは言うまでもない。(了)