岩崎貞明/放送レポート編集長/ワーキングプアを描いたふたつの番組 /07/07/01
ワーキングプアを描いたふたつの番組
放送レポート編集長 岩崎 貞明
「格差社会」の問題点がさかんに取りざたされるようになったこのごろ。24時間
営業のインターネットカフェをねぐらに、その日暮しの日雇い派遣でかろうじて食い
つないでいる「ネットカフェ難民」という造語まで生まれた。
たまたま同日(6月2
4日深夜=25日未明)に放送されたふたつのドキュメンタリー番組がこのネットカ
フェ難民に焦点を当てていたので、視聴してみた(もちろん録画して翌日に)。
ひとつは日本テレビ系の『NNNドキュメント07』。「ネットカフェ難民2 破
壊される雇用」と題されたこの番組は、今年1月に放送された「ネットカフェ難民
漂流する貧困者たち」の続編だ(1月の番組については河野慎二さんの番組ウオッチ
を参照)。今回は、労働組合に加入して権利獲得をめざしながらも、次第に生活が追
い込まれて、もはやネットカフェにすら泊まることができないほど困窮していく派遣
労働者に密着取材している。
Kさん(42歳)は派遣の仕事をしながら労組の役員を務め、日雇い派遣の相談に
ネット上で答えたりしている。五年前に妻子を地方に残して東京に出てきたが、仕送
りもできなくなり、家族とは音信普通の状態だ。日雇い派遣の仕事も、しばらく仕事
が入らない状態が続いたりして、ぎりぎりの生活を強いられている。
Kさんが派遣登録しているのが、介護報酬不正請求事件で物議をかもした「コムス
ン」もその一員である「グッドウイル」グループ。ここは派遣労働者から「データ装
備費」と称して一日の給料のうち200円ほどを天引きしている。就業規則では「任
意」となっているはずのこのデータ装備費は、事実上強制的に天引きされているの
だ。Kさんが加入する「派遣ユニオン」はグッドウイルと団体交渉を行ってデータ装
備費の返還を要求するが、会社側は返還しないと言ったり、返還すると言いながら過
去2年分のみと言ったりして、あいまいな態度に終始している。
入った仕事がキャンセルになることが重なって、Kさんは所持金が底をつき、ネット
カフェさえ泊まれずに24時間営業のハンバーガーショップや公園のベンチで夜を明か
す。番組は最後に、Kさんがホームレスとして保護され、施設に収容されたことを伝
える。何ともやりきれないエンディングだ。
日雇い派遣労働者の実態を、そういう労働者を「雇用の調整弁」として弊履のごとく 使い捨てる大企業の行状を鋭く突いた番組だった。グッドウイルが本社を置く六本木 ミッドタウンの威容を背景に、手作りのプラカードを掲げて生活権を主張する派遣ユ ニオン、という象徴的な構図が印象に残る。惜しむらくは番組枠が30分と短く、そ のなかでグッドウイルの問題とKさんの日常の両方を盛り込もうとして、ドキュメン タリーとしては少し中途半端になってしまった感が否めない。
いまひとつの番組はフジテレビの『ドキュメンタリー大賞』参加作品として放送され
た「ネットカフェ漂流」。フジテレビ情報制作センターの高橋龍平ディレクターが取
材・制作した番組だ。高橋ディレクターはいわゆる「就職氷河期世代」。彼の同世代
には(およそ2000万人いるといわれる)一度躓いてしまったばかりに、未だ漂流し続
けている人がたくさんいる。そういう人々の日常を追いかけた番組だ。
Tさん(男性・34歳)は27歳の時、仕事中に腰を痛めて地元の就職先を辞めざ
るをえなくなる。新たな仕事を探すが、不況だったこともあり、高校中退のTさんを
雇ってくれる企業は見つからない。人材派遣会社に登録し、ワンコールワーカーとい
われる日雇い派遣の仕事を始めたが、家賃が払えなくなり、ネットカフェ生活に陥っ
た。現在の月収は約10万円。Tさんは「一日中、誰とも会話しない日もある」「今年
こそ、この生活から脱出したい」と言う。
もう一人、短大卒業後、鉄鋼会社に正社員として就職したOさん(女性・34歳)
も登場する。26歳で結婚、退職。しかし一昨年離婚して、旅行会社でアルバイト契
約として事務の仕事についた。月収は約14万円だったが、たった一日、急病で無断欠
席したことを理由に、いきなり解雇宣告を受けてしまう。アルバイト契約だったため
失業保険も降りず、Oさんは無収入に追い込まれるが、労働組合に加入したOさん
は、団体交渉で不当解雇を訴え、復職を勝ち取った。
番組はまた、東京・蒲田にある、1時間100円と日本一料金が安い24時間営業
のネットカフェを紹介する。ここに48時間密着して、出入りする人々の生活を取材
する。取材に応じた29歳の男性は夜勤の仕事で、日中はこのネットカフェに居る。
彼は将来の目標について「普通に生活できればいい」というが、彼にとっては現在の
ネットカフェ暮らしも十分「普通」だと言う。混乱する高橋ディレクター…。
東京のホームレス支援NPO「もやい」には、メールなどで相談が次々と来る。身
元保証がないためにアパートを借りることができない人のために、身元を引き受ける
などの活動を行っている団体だ。高橋ディレクターは、冒頭に出てきたTさんに、こ
のNPOを紹介する。親から見放され、自分で生活を切り開いてきたTさんは当初こ
の話に乗り気でなかったが、話を聞くうちに自分の苦しい境遇に思うところがあった
のか、最後には「お願いします」という言葉を口にする。
ネットカフェで生活している人に寄り添ってドキュメントしたこの番組は、同世代 を取材するという高橋ディレクターの疑問や感慨が視聴者にそのまますっと入り込ん でくるようで、見るものを惹きつける番組となった。実にていねいに、豊富に取材を 積み重ねており、かかとの磨り減ったスニーカーのカットなど、巧みな映像表現も交 えている点にも好感が持てた。欲を言えば、日テレの前掲番組のように、この構造を 作り出している社会の病理、大企業の身勝手さにもっと切り込んでほしかったこと と、瑣末な点だがディレクター個人の視線で制作した番組なのだから、ナレーターに も俳優を使わずに自身のモノローグで構成すればもっと良かったのではなかったか、 ということだ。このページのあたまにもどる