岩崎貞明/放送レポート編集長/記者は「質問」しているか/08/09/08
放送レポート編集長 岩崎 貞明
9月1日夜、福田康夫首相の突然の辞任会見で、ある記者が最後に発した「総理の会見が国民には他人事のように聞こえているが…」という質問に対して、福田首相が「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と色をなして答えたことが、大きな話題となっている。
会見の直後からインターネットの掲示板やブログなどで次々と取り上げられ、福田首相の似顔絵が「あなたとは違うんです」と語っているAA(アスキーアート:パソコンの文字や記号を使った画像)も作られた。動画共有サイト「Youtube」には首相辞任会見のこのやりとりの部分が多数アップされ、ついには「あなたとは違うんです」というセリフがプリントされたTシャツやマグカップ、帽子、トートバッグ、ベビー服まで製作・販売され、飛ぶように売れているという。
下落を続け、内閣改造でもほとんど上向きにならなかった福田内閣の支持率とは裏腹に、辞任会見のセリフが巷で大人気を呼んでいるというのは実に皮肉な話だ。
この決定的発言を引き出した質問を行った記者は、地方紙=広島の中国新聞東京支社で働く道面雅量(どうめんまさかず)さんという記者だ。この質問について批判もあるようだが、道面記者がいったいどういう気持で質問を発したのか、彼自身の署名記事を紹介しよう。
元新聞労連委員長で現在共同通信勤務の美浦克教さんのブログ(ニュース・ワーカーU http://newswork2.exblog.jp/)からの孫引きだが、ご容赦願いたい。
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【記者手帳】首相の辞任会見に思う
「総理の会見は国民には『人ごと』のように聞こえる。この辞任会見も」。一日夜、福田康夫首相の辞任会見で、そんな質問をぶつけた。首相は「私は自分を客観的に見ることができる。あなたとは違う」と気色ばんだ。生意気な質問だという指摘を受けるかもしれないが、あえて聞いておきたかった。
昨年十月、米民主党のオバマ上院議員が大統領候補指名を争う中、「米国は核兵器のない世界を追求する」と発言した。首相はどう感じたか、夕方の「ぶらさがり会見」で尋ねた。返答は次のようなものだった。
「そりゃ、そういう世界が実現すれば、それにこしたことはないと思います。まあ、いずれにしてもですね、核兵器を保有する、その競争をするような世界では、あまりよくないと思いますけどね」。被爆国の首相の言葉としては、あまりに物足らなく感じた。
福田首相は確かに自身の置かれた状況を客観視し、慎重に発言する人だと思う。しかし、それだけでは務まらないのが首相の重責だろう。国民に自身の明確な意思を伝える必要に常に迫られている。辞任会見を聞きながら過去の取材経験がよみがえり、どうしても聞かずにはおれなかった。
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これを読むと、道面記者が決して皮肉や揶揄のような気持で質問したのではなく、「被爆地の新聞」に勤める記者が、「被爆国の首相」に対してやむにやまれぬ思いをぶつけた、とでも表現すべき心情がうかがえる。
ひるがえって、記者席に並んでいたほかの記者、とくに全国紙やテレビのキー局の記者たちは、どうしてこういう質問ができなかったのだろうか。内閣記者会の記者たちは、日常的に首相や官房長官らに接し、毎日の記者会見に出席している。
首相については、小泉首相時代から、1日2回、午前と午後に「ぶら下がり」のインタビューを行うことが慣例となっている。首相への質問だからといって構えることなく、いくらでもさまざまな質問をぶつけられそうに思う方もいることだろう。
ところが、この「ぶら下がり」は事前に首相側に質問を文書で提出し、事務方の了解を得たものしか質問できない原則になっているという。質問項目について追加の質問をその場で行うことはできるが、それも追加分は1回だけ。ほとんど打ち合わせ通りのやり取りしか許されていないのが実情なのである。
福田首相辞任会見の翌日、私たちは「沖縄密約」の情報公開請求を行うため外務省と財務省に赴き、その足でプレスセンターの記者会見に臨んだ。
1972年の沖縄返還にともなって、本来アメリカ側が負担すべき巨額の補償金をひそかに日本が肩代わりする密約が交わされていたことが、元毎日新聞記者の西山太吉さんが入手した極秘電信文で明らかになり、アメリカの公文書公開でも裏付けられている。
最近では、当時の日米交渉を担当した吉野文六・元外務省北米局長も、メディアの取材に答えて密約の存在を認めている。しかし日本政府だけが「密約はなかった」と閣議決定までして、これを否定しているのだ。
原寿雄さん、奥平康弘さん、筑紫哲也さんを共同代表に、作家の澤地久枝さん、高村薫さん、佐野眞一さん、ジャーナリストの大谷昭宏さん、江川紹子さん、斉藤貴男さんら60人以上が名を連ねたこの情報公開請求は、日本政府に真実を語らせようというものだ。政府が公開を拒否することを見越して、すでに清水英夫さんを弁護団長とする大弁護団もついている。
この情報公開請求を知らせる記者会見の席上で、請求者の一人である柴田鉄治・JCJ代表委員(元朝日新聞社会部長)は、次のような発言をした。
「毎日のぶら下がり会見で、記者が代わる代わる『沖縄返還に関する密約はなかったのか』と質問すればいい。政府はその分だけ国民に対して嘘を重ねることになる」
情報公開は、まさに記者が率先して行うべきことだ、というわけだ。作家の辺見庸さんは
「権力者に対しては、もっと傷つけるような質問をすべきだ」
と語っていたが、ジャーナリズムの地盤沈下が憂慮されている今、問われているのはやはり記者の「質問力」ではないか。