岩崎貞明/放送レポート編集長/民放の赤字決算はテレビメディア「終焉」の予兆か08/12/01


 

民放の赤字決算はテレビメディア「終焉」の予兆か

放送レポート編集長 岩崎 貞明

 

 十一月中旬に出そろったテレビの在京キー局の上半期(第2四半期)中間決算は軒並み業績を下げ、日本テレビとテレビ東京は赤字に転落した。日本テレビは半期ベースで三十七年ぶりの赤字、テレビ東京は中間連結決算を始めて以来初の赤字だということだが、テレ東については来年三月の期末決算予想でも約一億五千万円の赤字だという。他の在京キー局も大幅に利益を減らし、関西の準キー各局(毎日放送、朝日放送、関西テレビ、読売テレビ)もすべて中間決算で赤字転落となった。各地のローカル局でも、赤字決算が少なくないという、民放業界始まって以来の厳しい冬を迎えている。

 

 これは今年四月以降、スポットCM(番組と番組の間に流される短いCM)の販売収入が目に見えて落ち込んだ。これに加えて、今年後半に深刻化した世界規模の金融危機が民放各局の財務を直撃した格好だ。例えばテレビ朝日は、米リーマン・ブラザーズ経営破綻のあおりで、特別損失十億円を計上している。

 このような株式の評価損は民放に限った事態ではないが、放送業界がかつてないほどの変動の時期を迎えていることも疑いない。テレビCMの広告費総額はここ数年少しずつ減ってきて、インターネット広告費などが逆に急激な伸びを見せているのはご存知の方も多いだろう。これは不況の影響というより、スポンサーがテレビCMの広告効果に疑問を感じはじめていることにある。例えば、次のようなニュースがあった。

 〈「モスバーガー」を展開するモスフードサービスの桜田厚社長は十日、販売促進策見直しの一環として、テレビCMの全面廃止を検討していることを明らかにした。不特定多数が対象のテレビCMは多額の費用が掛かる割に効果が少ないと判断したためで、今後は携帯電話のメールを通じた情報発信や各店独自の販促活動、雑誌・新聞広告などを強化する〉(十一月十日時事通信)

 

 この発言を見る限り、桜田社長はインターネットでの広告展開のためにテレビCMから撤退すると表明しているわけではない。むしろ、テレビCMよりも広告効果が低いとされていた雑誌・新聞広告を強化するとも言っている。つまり、テレビCMを敬遠する最大の理由は、その「割高感」にあるというのだ。このように、上場企業の経営トップが、「テレビCMは多額の費用が掛かる割に効果が少ない」と発言したのは異例の事態と言える。これは景気変動の影響ではなく、テレビCMそのものの位置づけをめぐる構造的な変化を示していると見るべきだろう。つまり、テレビCM出稿は、仮にこれから景気回復局面を迎えたとしても増加に転じることは期待できそうもない、ということになる。

 

 この未曽有の危機的状況を迎えて民放キー局各社は、「経費の削減」と、テレビCM以外の収入源に活路を求めようとする「放送外収入への傾斜」で対処しようとしている。〇八年十月に「認定放送持株会社」に移行したフジテレビ(フジ・メディア・ホールディングス)が十一月に発表した「四半期報告書」(第68期第2四半期)には、次のようなくだりがあった。

 

 〈…営業費用は、放送事業原価のコストコントロールが奏功し大幅に減少したことに加えて、その他事業原価も減収に伴う減少や原価率の改善もあり…〉

 

 フジテレビは放送事業における〇八年年上半期の営業利益が一〇六億円余りと、キー局の中でも圧倒的な優位だ。昨年同期比でも三三・七%増で、他局が一様に昨年比マイナスとなっている中で非常に際立っている。この要因は「コストコントロール」に成功した、というわけだ。つまり、番組制作費など経費の大幅削減を断行した、ということだ。

 

 たとえば、フジテレビが日曜昼に放送している『ザ・ノンフィクション』というドキュメンタリー枠の制作費は一気に四分の一になったという。月間四本の番組のうち、三本を過去の放送分の再放送にあてて、なんとか一本分の制作費を捻出するのだそうだ。また、二〇年にわたってフジ系列のローカル局のドキュメンタリー制作を支えていた「FNSドキュメンタリー大賞」も縮小され、ドキュメンタリーを制作しようとするローカル局に対して前渡しで支出されていた制作補助金も廃止されることになった。番組制作費以外にも、社員通用口を含む本社屋の出入り口のいくつかを閉鎖、開けている出入り口を2カ所に絞り込んで警備員の人員削減を行うなど、フジテレビでは極端な緊縮財政が実行されている。

 

 放送外収入強化の典型例はTBSだろう。自ら再開発を手がけた「赤坂サカス」「ビズタワー」による不動産事業が、連結決算に大きく貢献している。上半期連結決算全体の営業利益約九十八億円のうち、DVDの売り上げなどの「映像・文化部門」が約四十九億円、続いて「不動産事業」が約四十億円と、これら二つの部門で利益の九割以上を占めた。これに対して、本業であるはずの「放送事業」の営業利益は八億円足らず。もちろん放送事業の売り上げは、減少したとはいえ一二〇〇億円以上、連結全体の三分の二を占めているが、その利益率が非常に薄くなっていることが、これらのデータから読み取れる。

 

 不動産事業の成功によって番組制作費を確保できるというのなら、それもまた一つの方策だろう。しかし、そのTBSでも、番組制作費のリストラがやはり進められている。ひとつの現れが二〇〇九年四月に予定されている報道系番組の大改編だ。ジャーナリスト・筑紫哲也さんの訃報の直後、『NEWS23』の打ち切りが明らかにされた。この枠は来年四月から三〇分枠に縮小されるという。あわせて、夕方のニュース枠については約一時間遅らせて、午後六時から八時の時間帯を報道枠にすることも明らかになった。大型報道番組のゴールデンタイム進出、という積極面もあるだろうが、制作費をかけても必ずしも視聴率が取れるとは限らないバラエティやドラマの代わりに、そこそこ視聴率が取れる報道番組をゴールデンタイムに編成すれば、番組制作費を削減できるという経営の思惑が背景にあるようだ。

 

 関西からは、朝日放送の夕方の報道・情報番組『ムーブ!』の来年三月打ち切りが聞こえてきている。生ワイドの帯番組だから、月曜から金曜まで100人規模のスタッフが出入りしていたはずだ。制作会社の社員や派遣社員などが多く働くこの手の番組の大改編は、場合によっては多くの放送労働者の職場を一気に奪うことにもなりかねない。放送業界における「派遣切り」とでも言うべき事態が迫っていると言えるのではないか。

 

 こうした番組制作費の削減は、番組の質の低下を招き、それがテレビの媒体価値をさらに下落させ、それがさらに収入減の要因になっていくという負のスパイラルに陥る危険性が極めて高い。〇八年上半期のゴールデンタイムの視聴率は、トップの座をNHKに持っていかれている。すでに、リストラによる番組の質の低下が、視聴者に見抜かれているのだ。このまま目先の利益にとらわれて番組制作費の削減に狂奔すれば、テレビはデジタル完全移行を前にして視聴者から完全に見放され、斜陽の道を転げ落ちていくことになろう。

 

 すでに、テレショップ番組の増加や、社会的影響から「謝絶」していたような類のCMの解禁など、テレビ局は自らの媒体価値を貶めるようなことばかり手がけている。テレビメディア崩壊の予兆はすでに現実のものとなった。そして、そのような事態はテレビ局自らが招いているものであることを、経営責任者は肝に銘ずべきだ。