岩崎貞明/放送レポート編集長/ 中川大臣辞任――メディアは徹底的に追及を09/02/19
放送レポート編集長 岩崎 貞明
中川昭一財務・金融担当大臣が2月17日夕刻、首相官邸を訪れ、麻生太郎首相に辞表を提出し、受理された。理由は改めて記すまでもなかろうが、イタリア・ローマで開催された先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後に、もうろうとした状態で記者会見し、ろれつが回らないなどの醜態を世界中にさらした問題で責任をとったものだ。前日の16日夕刻に中川氏が首相官邸を訪れて麻生首相に陳謝した際には続投で合意していたはずだったが、翌朝病院で検査を行った後、午後には「予算と関連法案が成立した後に辞任」と修正、そして同日夕に辞表提出と、その「ぶれ」がまた麻生内閣の迷走ぶりを示すものとなった。
とくに今回は国際的な舞台で演じた大失態だっただけに、そのダメージは取り返しのつかないものとなっている。海外での報道ぶりは、酒の上の不始末に対して寛容な日本の風習が通用しないこともあってか、日本国内の報道より辛辣だった。
〈(米国のテレビの)MSNBCはまた、記者会見の映像を流した後、女性キャスターが、「これが日本の財務相だ」と笑いながらちゃかしたうえで、「そんな国が、きょうクリントン国務長官が訪れている日本だ」とコメントした。17日付の英紙インディペンデント(電子版)は、中川財務相の記者会見を「1970年代以来最悪の危機に直面している世界第二の経済大国のかじを取る責任者が、酒酔い運転だろうか」と伝えた。英BBC放送は同日、東京株式式場の下落を伝える際に、記者会見の映像をだぶらせ、キャスター自身がろれつが回らないようなしぐさをした後、笑い転げた。KBSなど韓国の主要テレビ局も、記者会見の映像を流し、聯合ニュースは「酒に酔ったように記者らの質問に思い通りに答えられず、ちんぷんかんぷんな発言をする醜態をみせ、国際的な大恥をかいた」と指摘した。中国では17日付各紙が、「日本の財務相が『酔っぱらって』G7参加」と大きく報じた。また中国中央テレビは、16日夜のニュースから、中川財務相が記者会見でろれつが回らない状態だったことを詳報し、中川氏の釈明も紹介した〉(産経新聞2月17日配信)
批判というよりは、もはや嘲笑の対象とされている印象だ。
彼のような人物について多言を弄するのは虚しいばかりかもしれないが、メディアの問題として2点、指摘しておきたいことがある。
ひとつは、彼の飲酒癖をめぐる問題だ。例えば、
〈ヤマ場になると飲まずにいられない…中川氏、失態いろいろ〉と題された読売新聞2月18日の記事。〈昨年11月には、スペイン国王夫妻を歓迎する宮中晩さん会でワインなどを飲み、懇親会で「宮内庁のばかやろう」などとどなって途中退席。先月28日の衆院本会議で行った財政演説で、「歳入」を「歳出」とするなど、計26ヵ所を読み間違えたことについては、「体調不良が原因」と周囲に説明していたという〉。
つまり、かなり以前から中川氏には飲酒をめぐるトラブルが絶えなかったことを、当然メディアも承知していたわけだ。政治部の記者たちは、中川氏が相当以前から、早朝に開かれる閣議の後の記者会見の席に微醺を漂わせながら姿を現すこともしばしばだったことを目の当たりにしている。ただの酒好きというより、アルコール依存症に近い悪癖の持ち主だったことは、公然の秘密だったのだ。
そういう人物が国会議員に、ましてや国務大臣にふさわしくないのは言うまでもないが、その人物像をこれまでほとんどまったく報じてこなかった「平河クラブ」(自民党内にある記者クラブ)の記者たちに責任がなかったと言い切れるだろうか。
そして、今回の件については、以下のような報道もある。
〈約13時間のフライトを経て同日夕(現地時間)にローマに到着。直後のガイトナー米財務長官との初の日米財務相会談やG7夕食会は無難にこなした。その後、中川氏は男性新聞記者など「親しいひとたち」(中川氏)とサンドイッチをつまみながら、ジントニック3~4杯を飲んだ〉〈中川氏は午後1時50分まで予定されていた昼食会を1時ごろに途中退席し、宿泊先の高級ホテル「ウェスティン・エクチェルシオール」に戻った。予想外の行動に財務省同行筋は対応に追われたが、中川氏はホテルの1階のイタリアレストラン「ドニー」に移動、財務省の玉木林太郎国際局長や日本から取材で同行した女性記者、イタリア人通訳など数人で会食した。レストランの支配人によると、中川氏らは午後2時ごろから、ビッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文〉(以上、毎日新聞2月18日)
中川氏の酒癖を知っているはずのメディアの記者たちが、昼夜を問わず酒席をともにしているという事実だ。世界中の恥さらしとなったあの記者会見を演出したのは日本のメディア関係者だったということか。
テレビ局の女性アナウンサーの何人かも、中川氏にたびたび夕食やカラオケパーティの席に呼ばれている。酒の席に付き合うことの意義を否定しないし、それによって重要な情報がもたらされるケースも認めるが、問題はそういう実態を自ら明らかにしない記者たちは、国民の知る権利に奉仕していると胸を張って言えるのか、という点だ。
いま一つは、ほとんど忘却の彼方に追いやられているかもしれないが、中川氏はNHKの『ETV2001』番組改変事件でNHKに政治圧力をかけた疑惑の渦中(「うずちゅう」ではない)の人物だった、ということだ。そして、その疑惑は決して払拭されたわけではない。
今回の記者会見での失態について、中川氏は当初、酒ではなく風邪薬の飲みすぎだ、と主張していた。ところが、国会などで追及されると「口をつけた程度」「ごっくんしてない」などとニュアンスを変え、結果として飲酒の事実を認めざるを得なくなった。つまり、平気で嘘をつける人間だ、ということだ。政治家としての資質はもとより、人間性そのものも疑いたくなる人物であるが、振り返ってあの番組改変事件に際して、疑惑を問いただされた中川氏の釈明は「番組放送前にNHK側に接触していない」というものだった。
以上のような経緯を見れば、この釈明の信ぴょう性にも疑念をさしはさむ余地があるのではないか。事前接触はなかったというNHKの松尾放送総局長(当時)の証言と中川氏の証言はたしかに一致はしているものの、その発言内容は「そんな番組はやめてしまえ」と中川氏が松尾氏に向けて言い放ったという、放送前でなければありえないような内容だっただけに、この両者が虚言を弄していたことになれば、事実関係は全く異なった様相を帯びてくることになるからだ。
中川氏にいくら問いただしても、酩酊状態で本当に記憶がないかもしれないから、ここは各メディアが、中川氏の政治責任や麻生首相の任命責任の追及に加えて、NHK番組改変事件の客観的事実を改めて徹底的に追及して、番組改変の真実を白日の下にさらしてもらいたいと思う。
(放送レポート編集長 岩崎 貞明)