岩崎貞明/NHK 憲法記念日特集 06年5月3日放送「小泉外交と“世界の中の日本”を問う」06/05/16
『放送レポート』編集長 岩崎 貞明
今年のNHKの憲法記念日特集番組は、小泉政権の5年間を振り返りながら、日本国憲法とのかかわりを明らかにしてゆこうという企画だった。そういう意味では意欲的な番組ではあったが、結論から言うと、毎週日曜日の午前に放送している政治討論番組『日曜討論』の域を出ない、目新しさのない企画に終わっていた。
スタジオ出演者は、中川秀直・自民党政務調査会長、松本剛明・民主党政策調査会長、井上義久・公明党政務調査会長、小池晃・共産党政策委員長、阿部知子・社民党政策審議会長の5人で、司会は山本孝NHK解説委員。小泉政権の5年間について、イラクへの自衛隊派遣と、靖国参拝問題とアジア外交という大きく2つのテーマに沿って議論が進められた。
スタジオ討論部分は、いつものNHKのように各党の代表がそれぞれ自説を順番に展開していくというもので、新鮮味はない。お互いの意見について討論を通じて深め合うという場面はほとんどまったくみられない。日ごろの政党の主張をただ繰り返すに留まっている。
途中で、問題点の整理のためにVTRが2本流された。一つ目はイラク戦争への評価、自衛隊派遣に関するもので、論者として元外交官の岡崎久彦氏と東大名誉教授の奥平康弘氏が登場。岡崎氏は「日本の国民の将来の安全のためには日米同盟の強化しかない」と力説して、自衛隊のイラク派遣を容認、集団的自衛権行使のために憲法改正すべきだ、と主張した。憲法研究者の奥平氏は、「小泉首相は憲法前文の抽象的なメッセージで自衛隊をイラクに派遣したが、9条が無視されている」「日米安保をよしとしてきた日本の外交姿勢が今問われている」と、アメリカ追随と言われる小泉外交のあり方を根本的に批判した。奥平氏はまた「憲法は現実を批判する理念を持っている」と現行憲法の存在意義を強調した。
2番目のVTRは小泉首相の靖国神社参拝をめぐるものだったが、ここで登場した論者は富士通名誉会長の山本卓眞氏と、作家の半藤一利氏。山本氏は「天皇にとってA級戦犯はいない」「隣国と摩擦があることはある程度腹をくくって、言うべきことを言うべきだ」と主張する。半藤氏は「日本の指導者が過って、国内やアジアの人々に迷惑をかけたのは事実だ」として、近隣諸国からの批判は自然なこと、と述べた。A級戦犯については分祀が望ましい、とも述べた。
2つのVTRを見て感じるのは、紹介された意見が両極端で、大方はその中間くらいにいるであろう視聴者の参考になったのかどうか、ということだ。とくに、改憲論者の岡崎氏は「新しい教科書をつくる会」が発行した歴史教科書の監修も務めており、いわゆる「有識者」として扱っていいのか疑問符がつくし、靖国参拝派の山本氏は靖国神社崇敬者総代の一人だということで、明白な一方の利益代表者だ。はっきり言って、こうした人々の意見を公共放送で取り扱っていいのか、とまで思う。少なくとも、公共の電波に「A級戦犯はいない」などという意見が乗せられることは、新たな国際問題を引き起こしかねないのではないだろうか。
スタジオの議論では、靖国神社とは別に、国立の戦没者追悼施設を建設することについて、各党の意見は「建設は検討すべきだ」と前向きにほぼ一致していた。しかし、それで靖国神社の位置づけが変わるのかどうかは不透明だ。A級戦犯分祀について自民党の中川氏も「個人的には分祀したほうがいいと思う」と述べていたが、これも靖国神社に強制的に分祀させるわけにもいかないから、どうしようもない問題だ。いずれにしても、日本政府が戦争責任をどのように受け止め、自ら反省するという態度を本当にとることができなければ、いくら追悼施設を別に作ろうと何の解決にもならないだろう。
この問題は日本の戦争責任のとり方の問題であって、外国からとやかくいわれて対応する問題では本来ないはずだ。そういう形でしか問題にできないのは、メディアにも一端の責任があると思われる。(了)