河野慎二/テレビウオッチ11/ 安倍首相国民に挑戦、参院選で憲法改正を争点に 正念場迎えるテレビ、報道姿勢が厳しく問われる /07/01/15
安倍首相国民に挑戦、参院選で憲法改正を争点に
正念場迎えるテレビ、報道姿勢が厳しく問われる
キナ臭いというか、何ともイヤな2007年の年明けだった。元日の朝、ニューイヤー駅伝を見ようと、TBSにチャンネルを合わせた。選手たちのスタート直前、カメラが群馬大学付属小学校女子生徒のコーラスに切り替わった。すると、生徒たちは「君が代」を合唱したのだ。駅伝の前に君が代?こんなの初めてだ。胃の腑に濁り汁を流し込まれたような不快な気分になった。とても駅伝を見る気分になれない。
午後、国立競技場に、全日本サッカー選手権(「天皇盃」と呼ばれている)決勝戦を見にいった。浦和レッズとガンバ大阪の対戦だ。元日本代表・宮本恒靖選手のラストゲームということもあって、スタジアムは超満員だ。キックオフに期待を膨らませているファンに試合開始前、「君が代を独唱します。ご起立ください」ときた。隣のI君に「こんなことあったっけ」と聞くと、「いやぁ、はじめてですよ」と困惑の表情だった。NHKはこの模様をテレビで全国に生中継した。
元旦の新聞で、日本経団連(御手洗富士夫会長)の「希望の国・日本」(御手洗ビジョン)
を読んだ。安倍首相の「美しい国・日本」の財界版である。その中に「教育現場のみならず、官公庁や企業、スポーツイベントなど、社会のさまざまな場面で国旗を掲げ、国家を斉唱し、これを尊重する心を確立する」と明記されていた。駅伝もサッカーもこれを先取りしたのか。何ともはや、暗澹とさせられる気持ちだった。
1月4日、NHKの生中継で安倍首相の年頭記者会見を見た。安倍首相はこの中で「『美しい国』に向かって、たじろがずに一直線に進む」と述べ、「憲法改正をぜひ私の内閣で目指していきたい。参院選でも訴えていきたい」と強調した。同首相はさらに、「今年は憲法施行60年で、新しい時代にふさわしい憲法を作っていくという意思を今こそ明確にしていかなければならない」と述べた。また、政府の憲法解釈で禁じられている集団的自衛権の行使について研究を進める考えを重ねて明らかにするとともに、改憲手続法である国民投票法案についても、次期通常国会での成立に強い意欲を示した。改憲を、7月の参院選で争点にすることを明確にしたのである。
とかく「顔が見えない」「リーダーシップが感じられない」などとして、支持率低落を招いている安倍首相だが、7月の参院選で改憲を争点にすることを極めて明瞭に言い切った。安倍首相としては、改憲を正面に掲げて有権者の審判を仰ぐことをNHKの電波を使ってはっきりと訴えることで、「政策があいまいだ」などのマイナスイメージを打ち消し、「強い安倍」をアピールしようとしたものだ。
ただ、憲法改正を参議院選挙の争点にすることについては、永田町では疑問視する向きもかなりある。「憲法改正を最重要課題とした安倍政権としては当然だ」との声が自民党では圧倒的に多いが、改憲に対する若者の安倍離れを懸念する声も少なくないのだ・
朝日(06年11月25日)によると、自民党の「広報戦略チーム」(座長・中川秀直幹事長)が衝撃を受けた事実がある。それは、若者の「安倍離れ」である。安倍内閣発足直後、衆院補選と知事選を3勝1敗で乗り切ったが、昨秋の衆院選で小泉圧勝の原動力となった20〜30代の若者層が離反しているという。20代(広報チームは「プリクラ世代」と名づけている)と30代の「団塊ジュニア世代」は、憲法改正や教育改革には関心が薄く、景気対策や年金問題など身近な争点に反応するという分析結果が報告された。タウンミーティングのやらせ質問や郵政造反議員の復党問題も、若者の「安倍離れ」を加速した。
このままでは安倍内閣の支持率に影響するとの懸念が広がったが、すぐ現実のものとなった。安倍内閣の支持率は、朝日の調査では、9月、10月の各63%から11月には53%と急落、12月は47%と50%を割り込んでしまった。時事通信の調査では、12月は41・9%で、11月に比べ9・5ポイントも下落した。10、11月は50%台の支持率だったが、政権発足3カ月で急落した。
■支持率アップへ官邸あの手この手の作戦、迷走の末失敗
この間、官邸は、広報担当の世耕弘成首相補佐官を中心に、あの手この手で支持率低落に歯止めをかけようとした。世耕補佐官らは、メディア、特にテレビを利用しようとしたが、迷走の果てに失敗した。
12月4日、自民党は野田聖子元郵政相ら郵政造反組の衆院議員11人の復党を、世論の強い批判を押し切って決定した。支持率の低下にはね返ることを恐れた首相周辺は「テレビキャスターと生でやりとりし、真意を説明したい」と、午後6時台の各局のニュースに順次出演することを記者クラブに打診した。官邸周辺の本意は、記者からの追及が予想される記者会見に首相を出すことを避け、テレビキャスターとの質疑応答で説明責任を「演出」しようとしたものだ。これでは、記者クラブがOKするはずがない。官邸周辺の稚拙な試みは、当然のことながらボツとなった。
この件でTBS夕方のメインニュース「イブニング5」(1月5日)が世耕補佐官にインタビューしている。世耕氏は、安倍首相のテレビニュース出演計画に「自分は絡んでいない」と否定したが、「官邸の広報体制が機能していないのではないか」との指摘に対し「安倍首相は小泉さんと違って、大げさな立ち回りをしない。急にやってもうまくいかない」と、ボスの安倍首相の対応の弱さに責任を転嫁する発言をしている。
臨時国会が終了した12月19日、安倍首相が記者会見を行った。記者会見は午後6時から行われ、NHKが生中継した。安倍首相は約26分間の記者会見のうち19分余りを、臨時国会の成果や郵政造反議員の復党問題などの一方的な説明に費やした。内閣記者会との質疑応答では、改憲手続きなど幹事社が事前通告した2問が終わると、内閣広報官が時間切れを理由に会見を打ち切った。
当時、本間正明・政府税制調査会会長の官舎入居問題に大きな関心が集まっていた。記者団も首相に質問をすべく準備をしていたが、一方的な打ち切りで首相の口からコメントは聞けなかった。都合の悪い質問を封じ込めるために首相に長時間しゃべらせたと見られても、反論の余地はない。記者団からは「これでは首相の宣伝で、記者会見ではない」と不満が渦巻いた。実際、NHKは政府の広報宣伝機関として利用されたも同然だった。
世耕補佐官はTBS「イブニング5」のインタビューで「質問封じではない」と否定したが、「不手際があった」と官邸サイドのミスを認めている。小泉前首相は得意のワンフレーズポリティクスでテレビを利用して世論をコントロールしたが、安倍首相は小泉氏のような“瞬発力”に乏しく、記者団との一問一答も苦手で、記者会見は自らの「弱さ」や「頼りなさ」を露呈する結果になっている。危機感を感じた世耕補佐官ら官邸周辺は、手を変え品を変え首相のショーアップ作戦を展開しているが、その作戦自体が的外れ気味で安倍首相の足を引っ張っている。
■ テレビは改憲の問題点を徹底的に解明報道すべき
1月9日、防衛「省」昇格記念式典が行われた。この席で安倍首相は「『美しい国・日本』を作っていくためには、『戦後体制は普遍不易』のドグマ(固定観念)から脱却しなければならない」と、かなりどぎつい表現で訓示した。そして、防衛省昇格を「戦後レジーム(体制)から脱却し、新たな国造りを行うための第一歩である」と位置づけし、「いかなる場合が集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な事例に即して研究を進めていく」と強調した。改憲へ向けて、安倍首相の進軍ラッパは鳴り響く。
問われるのは、メディアのスタンスである。こうした安倍首相の政治姿勢にどう臨むのか。戦後60年の憲法を基軸に取材・報道を展開するのか。それとも、安倍政権の改憲政策を後追い報道するだけなのか。
テレビや新聞の報道を見ると、率直に言って、展望は見えてこない。TBSの「NEWS23」は、記者リポートなどで問題点を指摘し、筑紫キャスターが「自衛隊が自衛軍に変わるのか。海外派遣の機会が増えるのか。いろんな懸念が増えてくる」とコメント。テレビ朝日の「報道ステーション」も記念式典などを報道した後、加藤千洋コメンテーターが「戦前のように軍部が独走することがあってはならない。メディアがきちんと見ていかなければならない」とコメントし、古館キャスターが「防衛省昇格法案はスルっと成立してしまった。我々も反省しなければならない。反省して、今後きちんと見ていきたい」と応じてみせた。
このコメント自体が悪いというわけではない。ほとんどノーマークの他のチャンネルよりはマシだ。しかし、防衛「省」式典のニュースを「ひとことコメント」でまとめてこと足れりとするなら、単なるアリバイづくりとのそしりを免れないだろう。
新聞もそうだ。防衛「省」昇格について朝日は1月4日の社説で「憲法9条のもとで、普通の軍隊とは性格の違う実力組織を持ち、自国の防衛や世界への貢献に使う。そうしたありようは今後も変えてはならない」と指摘している。しかし、1月10日の紙面では「防衛省強まる存在感」との見出しで、「外務省より防衛省が(米国)国防総省と話をする機会が増えるのではないか」との久間防衛相とのコメントを伝えるなど、防衛省を事実上後押しする原稿を掲載している。
■後追い報道だけでは、テレビは改憲の地ならし役に終わる
安倍首相は5日の初閣議で「改正教育基本法や防衛省昇格など、美しい国づくり内閣としてその礎ができた」と述べ、「土台ができたので、今年は上をきちっと作っていく年だ」と改憲に取り組むよう閣僚に指示している。これを受けて自民党の中川幹事長は12日、改憲手続法である国民投票法案について「憲法記念日(5月3日)までに必ず成立させたい」と決意を示している。
テレビも新聞も腰をすえて取材・報道に臨む必要がある。事実をフォローする報道だけではとんでもないことになる。
参院選で過半数割れになれば、安倍政権の命運にもかかわるから、政府・自民党は勝利のためなりふり構わぬ作戦に出るだろう。一説には、小泉前首相を「安倍応援」の街頭遊説に引っ張り出す計画が検討されているという。小泉氏は依然、国民に人気を持つ。テレビや新聞が小泉氏に単独インタビューを申し入れているが、小泉氏は一切拒否している。逆にこのパフォーマンスが小泉氏の神通力を高めているという。満を持して参院選の遊説で街頭に登場すれば、テレビカメラが殺到して「小泉劇場」番外編を演出し、安倍敗北という最悪のシナリオを阻止できるというのが、検討している筋の読みと打算である。
2005年の「郵政選挙」で小泉圧勝の一翼を担ったのは、テレビのワイドショーだった。その時、テレビを利用した広報戦略の中心になったのが、世耕首相補佐官である。世耕氏が「二匹目のどじょう」を狙ったとしても、何の不思議もない。小泉前首相を担ぎ出してブームを再現し、安倍改憲の露払い役を果たさせようと計画することは、十分にありうることだ。永田町の「床屋政談」と笑い飛ばせない現実感がある。
そうなった場合、テレビはどう対応するのか。テレビがこうした動きを無批判に、大量に流せば、改憲はやむをえないという流れが作り上げられる。その時、テレビは事実上改憲の道具と化す。官邸の広報戦略はそこに狙いを定めている。
憲法は施行60年の今年、歴史的な岐路に立たされている。テレビも同じだ。憲法とともに成長・発展を遂げてきたテレビは、改憲が強行されれば分水嶺を超える。改憲されれば、テレビ存立の基礎である言論・表現の自由にも有形無形の影響が及ぶ。
テレビは憲法と同様、正念場に立たされている。夏の参院選に向けて、憲法改正の問題をどういうスタンスで取材するのか、社内討議を急ぐ必要がある。事実を後追い報道するだけでは済まされない。問題点を徹底的に明らかにしてほしい。参院選前にヤマ場を迎える国民投票法案についても、もう一度問題点を見直し、取材を強化すべきである。 このページのあたまにもどる