河野慎二/テレビウオッチ13/安倍首相「従軍慰安婦」で火ダルマ 報道責任を放棄したNHKニュースの異常 /07/03/15
安倍首相「従軍慰安婦」で火ダルマ
報道責任を放棄したNHKニュースの異常
3 月8日、NHK 「ニュースウオッチ9」が旧日本軍による従軍慰安婦問題をめぐる安倍首相の発言や関連する動きを報道した。
「強制性を裏付ける証拠はなかった」とする安倍首相の発言が発端となって、日米間の想定外のホットイシューとなったこの問題は、5日の参議院予算委員会の首相答弁でさらに重大問題化していた。
一連の安倍首相答弁の問題点やアメリカでの受け止め方、アジア諸国への影響、今後の解決の方向などについて、どう報道するのかと「ニュースウオッチ9」にチャンネルを合わせたが、期待は裏切られた。
△米下院で日本政府に謝罪を求める対日決議採択をめぐる動き△加藤駐米大使が決議採択回避に動く△塩崎官房長官会見「NYタイムズなど、誤った解釈に基づく報道には反論掲載要求など適切に対応する」△自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が首相に提言、という内容でニュースは構成されていた。
要するに、事実の羅列である。それも、米議会の動きや中国、韓国の反応、とりわけ「慰安婦」とされた犠牲者たちの声など、安倍首相に不都合な事実は報道しない。関係者のインタビューや記者リポートなどもない。なぜ、いま米議会で慰安婦問題が火を噴いているのか、ニュースの基本要件である背景説明がない。「ニュースウオッチ9」を見ているだけでは、この問題で日本がどういう状況に立たされているのか、解決の方向はどこにあるのかが全く見えてこない。
このニュースは、テレビ朝日の「報道ステーション」やTBSの「筑紫哲也NEWS23」でも取り上げた。
「報道ステーション」では、米下院での対日決議案審議をめぐる動きにスポットを当て、安倍首相の発言に抗議して元慰安婦たちがワシントンでデモ行進したり、「わたしたちも発言しないわけにいかない」などと議会で証言する姿を中心に報道した。加藤千洋コメンテーターは「この問題は中国、韓国にとどまらず、オーストラリアやオランダ、台湾、東南アジアに波及する」と指摘し、古舘キャスターも「外交問題であり、慎重な対応が必要だ」と、安倍首相に慎重な対応を求めた。
「筑紫哲也NEWS23」は、安倍首相が慰安婦問題への旧日本軍の関与を認めて謝罪した1993年の河野洋平官房長官談話を継承すると国会で表明しているが、海外からの反発は収まらないとして、韓国の反応やニューヨーク・タイムズ紙の報道などを紹介。かって、安倍首相が中川昭一自民党政調会長らと「若手議員の会」を作って、河野談話の見直しに積極的に動いてきたことなどを伝えた。そして、衛星中継でワシントン支局とスタジオを結び、米議会のホットな情報を茶の間に届けた。日野記者は「慰安婦問題をめぐる米メディアの動きは、安陪首相をタカ派政治家として取り上げる報道が目立っている。安倍首相の姿勢について、日本はホンネとタテマエを使い分けているという批判が強まっている」「去年11月の米中間選挙で民主党が議会の多数を握った。決議案が通る可能性がある」などとリポート。筑紫キャスターは「米下院外交委員長は、ホロコーストを体験した唯一の人物である。軽く見てはいけない。日本政府は誤解されることのないよう、メッセージを発信する必要がある」とコメントした。
NHKと民放2局の報道を見ると、違いがよく分かる。「報道ステーション」も「NEWS23」も完璧な報道とは言えないが、この問題を多角的に見ようとしている努力がうかがえる。慰安婦問題の本質や解決の方向などについて、視聴者が判断できる材料をそれなりに提供している。
それに比べると、NHK「ニュースウオッチ9」の扱いには驚かされた。事実の羅列だが、政府サイドに都合のよい事実を並べただけだ。報道責任を放棄したとしか言いようがない、異様なニュースの構成だった。
従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める対日決議案は、民主党が議会の主導権を握ったことから、米下院で採択される可能性が浮上していた。一気に波紋を広げ、その動きを加速したのが、3月1日の安倍首相の発言である。首相は記者団に「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と述べ、「河野談話」の見直しに含みを残した。ワシントン・ポスト紙は2日、「日本の首相は過去の政府の謝罪に疑問を投げかけ、アジアの近隣諸国との緊張緩和を危うくしている」と報道した。
3月5日、安倍首相は参議院予算委員会で「(米議会で)決議があったからといって、謝罪することはない」と開き直り、業者が事実上連れて行くような「広義の強制性」はあったが、官憲が人さらいのように連行するといった「狭義の強制性」はなかったなどと答弁した。この発言は、米下院で燃え上がった火に油を注いだ。
朝日(3月10日)によると、8日付のニューヨーク・タイムズ紙は「日本の性の奴隷問題、『否定』で古傷が開く」と1面で報道した。同紙は6日にも「率直な謝罪と十分な公的補償」を求める社説を掲載している。ロサンゼルス・タイムズ紙も7日の社説で「この問題を修復する最も適任は天皇本人だ」と書いている。米知日派も決議案反対を議員に働きかけたが、「(安倍発言の後)全員が賛成に回ってしまった」(マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級アジア部長)という。シーファー駐日米大使は9日、「この問題の米国での影響を過小評価するのは誤りだ」と述べている。
3月9日、NHKの「ニュースウオッチ9」が、慰安婦問題に関するニュースを取り上げた。8日とほぼ同じで、事実の羅列だった。ニュースの構成は@NYタイムズが改めて批判A安倍首相答弁「私どもの意見が冷静に伝えられていない。正しく伝えられないと、非生産的になる」B鳩山民主党幹事長「(安倍首相は)各方面にいいように説明して逃れようとしている。これでは被害者に伝わらない」C志位共産党委員長「軍が関与した証拠は無数にある。歴史の真実にそむくようなことは直ちにやめるべきだ」D民主党でも「河野談話」見直しを求める動きE自民党「日本の前途を考える…議員の会」の動きF安倍首相ぶら下がりインタビュー「私の意見が冷静に伝わらない。このままでは非生産的になる」−という内容。
鳩山、志位両氏のコメントをビデオで流したが、安倍首相のコメントが冒頭とラストで放送されているから、野党の主張は印象を薄められる結果になっている。なぜ同じ内容の首相発言を2回も流すのか。異様なニュース構成である。これでは、NHKニュースは政府広報なのかとのそしりを免れない。
3月10日の日本テレビ「ウエークアップ」でもこの問題を伝えた。その中で出席者の寺島実郎氏(国際問題アナリスト)が「どういう脈略で『河野談話』を出すに至ったのか。何故にそうした事態が起こったのか。日本政府はきちんと説明する必要がある」とコメント。重村重計氏(早大教授)は「中国侵略と性暴力の問題。日本政府が対応しないと、問題が広がる」。香山リカ氏(精神科医)は「謝罪は、相手に弱みを見せるとか、卑屈になると取られがちだが、事実を認めることは弱くなったり卑屈になることではない」と述べ、日本政府が事実を認めて謝罪するよう決断を促している。十分とは言えないにしても、NHKには見られない姿勢が感じられる。
安倍首相は11日、NHKの「総理に聞く」に出演、「河野談話を継承していく。慰安婦の方々に心からおわびを申し上げている」と述べた。自らの発言で燃え盛った安倍批判の火を消し、沈静化を図ろうとするものだ。
これについて中国各紙は「おわび」と伝えたが、安倍首相が4月に訪問を予定しているアメリカでは冷ややかな扱いだ。朝日(3月14日)によると、米メディアの扱いは冷めているという。同紙は「首相の『おわび』に米メディア音無し」との見出しで、「一部通信社が発言と事実関係を伝えたが、大きな扱いにはなっていない」と報じている。
16日付の読売によると、この慰安婦問題で日本政府に謝罪などを求める米下院の対日決議案の共同提案者が「1月31日の提出時には6人だったが、14日には44人に膨れ上がった」という。このうち19人が、安倍首相が「狭義の強制性はなかった」と発言した3月以降に加わったものだ。4月の安倍訪米には暗雲が立ち込めている。
河野談話は「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」「従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に心からお詫びと反省を申し上げる」と述べている。
15日付の朝日に、在日韓国人女性の投書が載っている。女性はその中で「『強制性』が『広義』か『狭義』かという定義にこだわる前に、人間の尊厳をふみにじられ、辛酸をなめた女性たちの叫びに耳を傾けてください」と訴えている。
安倍首相はこの訴えに真摯に耳を傾けるべきだ。
そして、NHKも原点に戻ってこの問題に向き合ってほしい。すべての事実に偏見を持たずに、公平・公正に取材し、放送すべきだ。そうしなければ、NHKは報道機関の責任を放棄するものとして、視聴者の信頼を失うだけだ。