河野慎二/テレビウオッチ16/テレビ「消えた年金」を積極取材、安倍政権窮地に
―「政治とカネ」「陸自国民監視」にもカメラを向けるべきだ!!― /07/06/23


テレビ「消えた年金」を積極取材、安倍政権窮地に
―「政治とカネ」「陸自国民監視」にもカメラを向けるべきだ!!―

                        河野慎二(ジャーナリスト)

 5000万件の「宙に浮いた年金記録」が安倍政権を窮地に追い込んでいる。テレビのニュースや情報番組、ワイドショーが集中的に報道したことが影響している。テレビのマイクに向かって市民が「消えた年金」の不条理を訴え、「政府不信」が増幅される。2年前の総選挙では、小泉自民党がテレビを利用して圧勝したが、今回はテレビに足を掬われている。1ヵ月前にはよもや参院選の負けなど予想だにしなかった安倍政権だが、ここに来て「消えた年金」の乱気流に巻き込まれ、墜落の危険にさらされている。
 年金問題に関するメディアの報道は、量的には評価できる。しかし、国会全般の報道については、果たして十分だったと言えるだろうか。安倍政権は20日、イラク特措法改正案と教育関連法案の採決を強行し、成立させたが、新聞・テレビはこの問題にどの程度スポットを当てて伝えたか。政治とカネの問題や自衛隊による国民監視の問題を、どれだけ掘り下げて報道したか。7月の参院選を前に、ジャーナリズムの力量が問われている。

 
 国を信用して保険料を払ったのに、「記録がない」と言われて、年金の支払いを拒否されては、たまったものではない。ある女性はテレビの街頭インタビューで、「国を信じられない。こんな不幸なことはない」と答えていた。「消えた年金」について、国民に共通する極めて率直な感想である。
 国民からカネを徴収しておきながら、「記録がないから払えない」というのは、「国によるサギだ」という批判を超えて、国の根幹が揺らいでいる、と言っても過言ではない事態だ。「日本溶解」(メルトダウン)にも等しい事態が、なぜ起こったのか。
 最大の要因は、国民を真の主権者と見て、奉仕する態度を取らない安倍政権の姿勢である。そして、日替わりのようにクルクル変わる安倍首相の軽い発言とパフォーマンスが政権の求心力を削ぎ、国民の信頼失墜を加速した。

 
 安倍首相は当初からこの「消えた年金」問題を甘く見て、対応に積極的な姿勢を示さなかった。2月の衆議院予算委員会で民主党議員が「非常事態宣言を出して、点検する」よう迫ったのに対し、安倍首相は「いたずらに不安を煽るだけ」とこれを拒否。柳沢厚生労働相は「お亡くなりになっている方が多い」と答弁し、いかにも「死んでしまったからかまわない」と言わんばかりの発言で顰蹙を買った。
 その後も、安倍首相は一国の宰相としては重さを欠いた発言を繰り返した。野党の攻撃材料と見れば、見境なく飛びつく。「年金番号を導入した時の厚生相は誰か。菅直人さんじゃないか」発言は、その典型例だ。鬼の首を取ったと、参院選ポスターにも刷り込んだが、品性がない上火の粉が自民党にも降りかかることに気づいて、慌てて回収するドタバタ劇を演じた。「申し出た人には全部払えと言うんですか。証拠もないのに」とは、党首討論も含めて、安倍首相の決め手のセリフだった。感情むき出しに気色ばむ首相答弁は、NHKの生中継や各局のニュース、ワイドショーで報道された。これを見た国民は「政府は年金を本当に払う気があるのか」と、疑いの目を持ち始めた。

■テレビ「年金」集中報道開始、潮目変わり安倍内閣支持率急落

 潮目が変わったのは、5月22日の衆院厚労委参考人質疑だ。この席で、過去の年金記録が確認できたのに支払いを拒否された兵庫県の男性(78)の生々しいケースが報告された。柳沢厚労相は「本人の申し出で調査することにしている」との答弁を繰り返すだけで、何ら誠意を示さない。「それはない」「あまりに冷たい」と怒りの声が広がった。
 このころから、テレビのワイドショーが「消えた年金」にスポットを当て始めた。5月23日の各紙テレビ欄に「あなたも減額?消えた年金$カ激怒…5000万件不明」(日本テレビ「ザ・ワイド」)のパブリシティが掲載されている。翌24日には、フジテレビ「とくダネ!」が日テレの後を追った。「消えた年金」大量報道の始まりである。

 5月28日に毎日と日経に掲載された世論調査が、首相官邸に衝撃を与えた。安倍内閣の支持率が、毎日では前月比11ポイントダウンの32%、日経では同12ポイントも急落して41%と、いずれも過去最低を記録したのだ。「急低下の背景には、公的年金の納付記録漏れが参院選の争点に浮上してきたことや『政治とカネ』の問題を巡る対応への不満などが影響」(日経、5月28日)している。国会審議の生中継やワイドショーなどで、安倍首相の答弁に接した国民がイエローカードを突きつけたのである。

 あわてた安倍首相は「年金時効撤廃特例法案」を国会に提出した。しかし、5000万件の「宙に浮いた年金記録」解明の具体策などは全く審議しないまま、わずか4時間の審議で委員会採決を強行し、参議院へ送付した。安倍首相は「1年以内に5000万件は照合する」と強弁するが、この発言を信用する人はいない。逆に「時効を撤廃してやるのだから文句は言うな」式の強権的な手法は、国民の怒りを煽るだけだった。

 安倍首相にとって大誤算だったのは、テレビ各局がニュースや情報番組、ワイドショーで連日この「消えた年金」を取り上げ、安倍政権と社会保険庁の責任を追及したことである。テレビに限らず、メディアは政権批判には及び腰になりがちだが、国民不在の行政が引き起こした今回の「消えた年金」にタブーはない。
 テレビ各局は「年金時効撤廃特例法案」の強行採決後、ニュースや情報番組などで、「消えた年金」を集中的に取り上げた。テレビは、各地の社会保険事務所に問い合わせに殺到した市民にマイクを向ける。「領収書をもってこいと言われた」「5000万件を1年で照合するというが、できっこない」「納めた5年間の保険金がどこへ行ったのかわからない。これじゃ振り込めサギだ」「50年前の給与明細を持っていったら、紙が古いからニセモノと言われた。だから払わないと言われた」「保険料を払った時に、年金手帳があるから大丈夫と言われた。それなのに、支払った証明がないとダメと言われた」などなど、国民の怒りがテレビカメラの前で爆発した。

■「安倍さんで来年の洞爺湖サミットは大丈夫か」と不安の声

 社会保険庁のずさんな管理の実態も次々と明るみに出る。コンピューターに一元化する時に、本人に確認せず名前を勝手に読み替えて打ち込む。転職、退職、結婚などで厚生年金から国民年金に変わったケースでも、読み落としや移し変えミスなどが頻発した。「パンドラの箱を開けたくなかった。それが開いてしまった」と元社会保険庁職員(TBS「みのもんた朝ズバッ」、6月7日)。年金は「本人の申し出で調査する」というこれまでの仕組みに胡坐をかいた官僚の本音が出ている。社会保険庁の正木馨元長官も「20年以上前の話で、細部にわたって記憶は定かではないが、マイクロフィルムへの移管が適切に行われなかった。大変遺憾だ」(日本テレビ「NEWS ZERO」、6月5日)と、国民の保険金をずさんに取り扱ったことを認めている。
 TBS「ブロードキャスター」(6月9日)は、その週のワイドショーで最も放送時間が長かったのは、「どうする年金問題」で3時間34分39秒だったと伝えた。2位は「コムスン不正受給」の2時間38分19秒。両方とも、年金・介護と、厚生労働省が絡むスキャンダルだ。国民の怒りが沸騰していることを浮き彫りにしている。

 安倍政権には、2005年の総選挙で自民党広報本部副本部長としてマスコミ戦略を指揮し、「小泉圧勝」を演出した世耕弘成参議院議員が広報担当の補佐官として、メディアの動向に目を光らせている。しかし、安倍首相と同じく事態を甘く見たため、安倍批判にホコ先を揃えるテレビを抑え込むことはできなかった。2年前は、テレビを「小泉劇場」の共演者とすることで圧勝に酔い痴れたが、今回は全く逆でテレビから手痛いしっぺ返しを受けている。
 安倍内閣の支持率は急落する。読売(6月8日)によると、16・7ポイントも下げて32・9%となった支持率は、28・8%(時事通信、15日)、29・2%(産経、18日)と、ついに30%を割り込んだ。
 自民党内では「このままでは参院選は戦えない」「逆風どころか突風だ」と悲鳴が上がっている。18日の同党全国幹事長会議では「ものすごい批判だ。候補者が相手にしてもらえない」などの声が相次いだ。「安倍さんで、来年の洞爺湖サミットは大丈夫か」と不安が広がっている。

テレビは「消えた年金」問題を引き続き追跡取材してほしい。政府が5000万件の年金記録を最後の1件まできちんと照合するのかどうか。社会保険庁を解体して、その照合作業が出来るのかどうか。歴代政府、厚生相、社会保険庁長官の責任はどうかなど、国民はテレビなどメディアに調査報道を期待している。
特に、安倍首相は「1年以内に照合を終える」と強弁するが、政府部内にも首をかしげる向きが多い。中には「選挙が終われば『何のことだっけ?』となるよ」と、参院選後にはうやむやになるという無責任な見方が自民党内にある。参院選が終わっても、立ち消えとさせないためには、メディアの追跡取材が欠かせない。

テレビは「年金」についで関心の高い「政治とカネ」に取材のメスを

 同時に、政治とカネの問題や自衛隊による国民監視の問題についても、テレビは「消えた年金」と同様、継続的に取材のメスを入れてほしい。あえて注文をつけるのは、こうした問題について、テレビの報道が鈍いのが気になるからだ。
政治とカネの問題については、自殺した松岡農水相の「ナントカ還元水」発言で、国民の怒りが頂点に達し、政治資金規正法改正が今国会の焦点のひとつになった。ところが、自民・公明両与党は、政治資金管理団体の5万円以上の経常経費についてのみ領収書の写しを添付することを義務付けるとした「改正」案を強行採決し、参議院へ送った。民主党は全政治団体を規制対象とする修正案を提出したが、与党は拒否した。
 国会の会期が延長されれば、この与党「改正」案が成立する情勢だが、この案は経費を他の団体につけ替えればすべて不透明な闇の中に潜りこんでしまう仕組みになっている。つまり、抜け穴だらけのとんでもないザル法なのだ。
 国民は税務申告をする場合、1円といえども領収書がなければ却下される。それが、政治家だけなぜ特権が認められるのか。しかも、共産党を除く各党は巨額な政党助成金を国民の血税の中から受け取っている。であれば、すべての経費に領収書の写しを添付するのは、イロハのイではないか。

 読売の世論調査(6月8日)によると、安倍首相が政治とカネの問題に適切に対応していないと考える人が79・7%に達している。同日の読売は社説で「安倍首相は、膨れあがった政治不信と年金不安の払拭に向けて、最大限の努力を傾注しなければなるまい」と指摘している。年金需給を求めても「記録がない」とか「領収書を持って来い」などと高飛車なのに、政治家のカネにはどうしてルーズなのかと、国民の怒りが倍加する。
 ところが、テレビは政治とカネに対する国民の怒りになかなか目を向けない。「政治資金規正法改正案が衆議院を通過しました」と事実経過を伝えるだけで、掘り下げた報道が見られない。「消えた年金」にはタブーはないが、政治とカネはあまり追求すると政府や与党からプレッシャーがかかるのか。
 この際、テレビは年金に続いて関心の高い「政治とカネ」の問題に改めてスポットを当ててほしい。この問題にカメラとマイクを向けることこそ、テレビのニュースや情報番組の信頼を高めることにつながる。

■自衛隊の国民監視は違憲 テレビの継続取材が欠かせない

 もう一点、自衛隊が国民を監視するという驚くべき事態が明るみに出たが、これに対するテレビの報道姿勢に触れておきたい。これは、共産党が6日、自衛隊関係者から入手したとして公表した「内部文書」で明らかにされたもので、陸上自衛隊の情報保全隊がイラクへの自衛隊派兵に反対する市民団体や報道機関の情報を収集していたことが分かった。映画監督の山田洋次氏や民主党の国会議員、朝日新聞記者、秋田魁(さきがけ)新報記者、さらには高校生の反対集会などが調査・収集の対象になっていた。
 朝日が社説(6月7日)で「自衛隊は国民を監視するのか」と題し、「忘れてはならないのは、武力を持つ実力組織は、国内に向かっては治安機関に転化しやすいという歴史的教訓である」「こうした事実を政府がうやむやにするようでは、文民統制を信じることはできない。国会も役割を問われている」と警鐘を鳴らしたのは当然である。

 これについて、テレビはどう伝えたか。

目についたのは、テレビ朝日のニュースや情報番組が積極的に取り上げたことだ。当日の「Jチャンネル」は会見の内容を伝えた後、大谷昭宏氏が「昔の憲兵の復活だ。日本の言論が危ない」とコメント。「報道ステーション」でも丸山重威関東学院大学教授がVTRインタビューに答え、「憲法21条の集会・結社の自由に挑戦する行為だ」と批判した。6月10日の「サンデープロジェクト」には、共産党の志位和夫委員長がゲストとして出演し、「朝日新聞記者の取材が、反自衛隊のレッテルが貼られている。これは氷山の一角だ。自由にモノが言えなくなる」と危険な監視の実態を告発した。同日の「サンデースクランブル」でもこの問題を取り上げ、「自衛隊の行き過ぎ」を指摘した。
日本テレビとTBSも夕方と夜のニュースで「陸上自衛隊が国民監視活動か」などと伝え、翌日朝の情報番組でもフォローした。TBSは、10日の「サンデーモーニング」でもラインアップし、「戦前を髣髴させる」(関口宏キャスター)、「放っておいたらエスカレートする」(岸井成格氏)などと批判した。

■疑問に感じたのは、NHKとフジテレビの報道姿勢だ。

 NHKは「ニュースウオッチ9」で1分程度伝えただけだった。この日は、柔道の井上康生選手らが自衛隊駐屯地でパラシュート降下訓練をしたという話題があったが、NHKはこれを午後7時と9時の基幹ニュースのほか、深夜のニュースでも報道した。同業の新聞記者や国会議員が監視されているというのに、NHKのニュース価値基準はどうなっているのか。「消えた年金」は積極的に伝えているが、これは例外で、政府批判のニュースは避けて通るというタブーがやはりNHKにはあるのか。
 異常なのは、フジテレビが翌日も含めてこのニュースを一切無視して報道しなかったことだ。堀江貴文被告がフジテレビ買収に動いた一昨年、フジが防衛の大義名分として声高に主張したのが「放送の公共性とジャーナリズム」だった。陸自の国民監視は憲法に違反する深刻な問題で、これを正確に報道することが「放送の公共性とジャーナリズム」を実現する第一歩ではないのか。

 安倍首相は、数の力を頼りに国会の会期を強引に12日間延長し、社会保険庁解体法案や役人の天下りを自由化する国家公務員法改正案などを強行採決してでも成立させようとしている。安倍内閣の暴走に歯止めをかけることができるかどうか。国会とジャーナリズムの力量が問われている。(了)

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