河野慎二/テレビウオッチ17/裏目に出た安倍首相テレビ単独生出演 ―日テレ、テレ朝など放送法破り、少数政党切捨てに加担― /07/07/24
参議院選挙公示直前の7月5日から10日にかけて、安倍首相はテレビ朝日や日本テレビ、テレビ東京などの番組に生出演し、「消えた年金」や赤城農水相の事務所費問題で火を噴いた「政治とカネ」の問題、消費税問題などについて、政策を訴えた。公示前とはいいながら、事実上参議院選挙に突入している。こうした中で首相が単独でテレビやラジオに出演して一方的に発言することは、放送法上許されることではない。
放送法は第3条で、放送局は番組編集に当たっては「政治的に公平であること」と規定している。各局はこの放送法に基づいて放送番組基準を制定し、公平な番組作りをしているはずだ。最高権力者である安倍首相が、法律に違反してまで単独出演を働きかけるとは、開いた口が塞がらない。「消えた年金」で支持率が暴落した焦りが、安倍首相をなりふり構わぬテレビ単独出演に走らせたのである。
しかし、テレビジャックにより反転攻勢の糸口を見つけようとした安倍首相は、その狙いを半分も実現できずに終わった。「裏目に出た」との酷評もある。
というのは、第一に単独生出演に応じたのが、日本テレビなどキー3局にとどまったのである。NHK、TBS、フジの3局はこれを断ったため、安倍首相の生出演の機会は当初の目論見から半減した。第二に、久間防衛相の「原爆投下はしょうがない」暴言と辞任、赤城農水相の事務所費問題など、閣僚のスキャンダルが相次いで発生し、安倍首相のテレビ生出演は不祥事の弁明の場と化したのである。第三に、番組のキャスターがかなり骨っぽく安倍首相を追及した点が挙げられる。キャスターの姿勢やスタンスが、最高権力者の真の姿を視聴者にキャストする(投げかける)上で、極めて重要なファクターであることを示したのである。
■安倍首相「NEWS ZERO」「報道ステーション」などに生出演
自民党は6月下旬、各局政治部の担当記者に、安倍首相生出演を打診した。その条件としたのが「小沢民主党代表との一対一の討論か、首相の単独出演」という方式である。本来なら7党党首による討論で臨むというのが政権党として取るべき最低限の筋だが、そうなると安倍首相の発言時間は限られるからと、少数政党は切り捨てた。それと、新聞やテレビの政治報道では、「二大政党の流れ」などの論調が大勢を占めているから、テレビはこの提案に飛びついてくると読んだ。
案の定、日本テレビなど3局が安倍首相の生出演を受け入れた。安倍首相は、日本テレビ5日夜の「NEWS ZERO」を皮切りに、6日午後の情報番組に生出演。日テレは、同系列のラジオ日本にも安倍首相を生出演させており(6日)、破格の大サービスだ。日テレは5月、夕方のニュース「リアルタイム」に安倍首相を生出演させ、「洞爺湖サミット」スクープの“恩恵”に浴している。3本の生番組出演という大盤振る舞いで、首相に“借り”を返したというところか。
安倍首相は、テレビ東京のニュース「ワールド・ビジネス・サテライト」(6日)とテレビ朝日の「報道ステーション」(10日)にも相次いで生出演した。
■安倍首相「政治的公平」定めた放送法を“ご都合主義解釈”
それにしても、テレビ単独出演に走った安倍首相の身勝手な法解釈は恐ろしい。
安倍首相は自民党幹事長だった2003年11月の総選挙で、テレビ朝日の選挙番組に自民党議員が出演することを拒否する方針を主導した。理由は、当時の同局「ニュースステーション」が民主党の閣僚名簿を紹介したのが、政治的公平を欠いたからというものだった。安倍氏は「選挙と報道の問題について、公正な報道を心がけなければならないテレビ局が一方に加担した」とテレビ朝日を非難したものだ。
安倍首相は、年金問題で自らの政権がピンチに立たされるや、自分の発言を弊履のごとく捨て去った。「テレビ局を一方に加担させる」単独出演を強引に押し付け、テレビを党利党略、私利私略に利用した。これは許されることではない。
もちろん、日本テレビやテレビ朝日、テレビ東京は、安倍首相の少数政党切捨てに手を貸しただけでなく、放送法を自ら踏みにじったものとして、その見識が厳しく問われることは言うまでもない。
しかし、安倍首相サイドから見れば、単独出演が日テレなど3局にとどまったことは大きな誤算だった。NHKとTBS、フジテレビは安倍首相を生出演させていない。官邸や自民党の打診を当然検討したと思われるが、生出演を見送った背景には、放送法3条の規定や各党のさまざまな対応があったことは間違いない。
NHKと民放で作る「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」は、「政治的公平」にかかわる問題を7月から審理の対象とする規約改正を行った。一方的な単独生出演の事後ではあるが、社民党は11日に申し立てを行った。
共産党も、安倍首相の単独出演の動きを察知して6月29日、「選挙企画と放送に関する申し入れ」をNHKと民放キー局など9局に行った。「特定の政党に偏らず、各党公平な扱いが必要だ」と、テレビ局に牽制球を投げたのである。
NHKとTBS、フジが首相生出演を認めなかったのは、こうした動きが影響したのではないか。BRCが放送法違反で審理を始めて、呼び出しなどを受けたら、放送局としてこんな不名誉なことはない。日テレなどとは対照的に、3局はギリギリのところで踏みとどまったと言える。
■テレビ、ピンチに立つ安倍首相の真の姿をリアルに伝える
「百聞は一見にしかず」と言う。テレビカメラは出演者の表情をとらえて、その人の本質を冷酷なまでにリアルに映し出す。
テレビ単独出演で巻き返しを狙った安倍首相に、新たなスキャンダルが襲った。久間防衛相が「アメリカの原爆投下はしょうがない」と暴言。日本列島が怒りで燃え盛り、久間氏は辞任に追い込まれた。防衛相の首のすげ替えで乗り切りを図ったが、今度は赤城農水相の事務所費問題が勃発した。安倍首相の消費税発言も飛び出して、首相は単独出演したテレビで弁明に追われることになる。
赤城農水相の事務所費問題とは、同相が実家を主な事務所としながら、2005年までの10年間で経常経費を9045万円計上していた問題だ。常駐職員がいないのに、人件費が5353万円も計上されており、疑惑が一気に広がった。赤城農水相は「公私の混同や経費の付け替え、架空計上などはない」との発言を繰り返すだけで、領収書の公開は一切拒否した。赤城農水相はその後、事務所を移転した後7年間も1250万円の事務所費を計上していたことが明らかになっている。本人は「知らなかった」と弁明しているが、こんなふざけた話はない。即刻解任すべきであろう。
事務所費問題で辞任した佐田元行革担当相、自殺した松岡前農水相に続いて「政治とカネ」に対する国民の不信感はいっそう強まった。先の国会で成立した改正政治資金規正法がザル法であることを証明する結果となった。
10日のテレビ朝日「報道ステーション」に生出演した安倍首相は、この「赤城問題」で追及される。焦点を再録するとー。
古館「国民は納得すると思うか」
安倍「何回でも説明する」
古館「いつも同じ発言だ。ならば、領収書をなぜ出せないのか」
安倍「国会議員には政治活動の自由がある。議員はルールに従って公表する。ルールに外れた人は罰せられる。松岡前農水相の問題で、新たにルールを作った。来年から施行される」
古館「自民党のルールは国民からかけ離れている。税金の確定申告でも、国民は1円から領収書を添付するのは当然の義務だ。政党が使ったカネを、きちんと領収書をつけて公表すれば、国民は納得する」
安倍「そうは言っても、ルールで決めている」
古館「政権与党である自民党総裁の安倍首相にあえて問うている。政治資金規正法をもっと強化すべきだ。領収書をつけて公表する。率先してやらないと、納得しない」
安倍「今回、議論した結果改正したのだから、まずそこをきちんとやって行きたい」
議論は平行線に終わったが、古館キャスターの追及は国民の怒りをある程度代弁していたと言えるのではないか。
同じようなシーンは、5日の日本テレビ「NEWS ZERO」でも見られた。年金の財源問題で消費税について質問されると、安倍首相は「消費税を上げないとは一言も言っていない」と発言。村尾キャスターは「であれば、参院選前に上げ幅はこうすると明らかにして審判を仰ぐべきだ」と迫ったが、首相は「参院選は政権選択の選挙ではない。いずれ問うことになる」と逃げの一手。
村尾キャスターが「国政の行方を決めるのは国民ですよ」と突っ込むと、安倍首相は目をキョロキョロさせて落ちつかない。発言も早口でまくし立て、ムキニなる。「余計なことを聞くな」と言わんばかりの不快な表情を見せる。
■国民の怒りがキャスターの背中を押し、安倍首相に迫る
国民が権力者の素顔を知る機会は、そう多くはない。国会では、本会議や各種委員会で与野党の論戦が交わされるが、テレビ中継などを通じて国民の目に触れるのは、予算委員会の質疑や党首討論などごくわずかに限られている。しかし、テレビの生出演は、たとえば15%の視聴率を取る番組なら、ざっと1500万人の人が見るわけだから、多くの国民が安倍首相の本質に接する格好の機会となる。首相の発言だけでなく目の動きや表情などから、真の姿を垣間見るチャンスだ。苛立ちの表情をあらわにする安倍首相の姿を、テレビカメラは正直に視聴者に届ける。
その場合、キャスターの役割が重要になる。国民の最も強い関心事は何か、どこにポイントを絞って問いただすのか。その点について、しっかりしたスタンスを持って臨まなければならない。あやふやな態度で首相にインタビューはできない。まして、安倍首相に迎合して、首相に不都合な問題の質問を避けたりしたら、とんでもないしっぺ返しを食らうことになる。そうなったら、テレビは権力の道具と化し、国民に敵対してしまう。
また、首相の単独出演を受け入れた3局に対しては「政治的公平を欠く」として、他局からの批判も強まっていた。それだけに、日テレ、テレ朝とも、キャスターの質問内容には「甘い発言は許されない」と神経を使ったフシが伺えた。古館、村尾の両キャスターの迫り方には、それなりの気合というか意地のようなものも感じられた。
もちろん、安倍内閣に対する国民の怒りが、両キャスターの背中を押したことは言うまでもない。「消えた年金」や「原爆投下はしょうがない」暴言、「政治とカネ」に対する不信感など、安倍内閣に対する国民の怒りは沸騰点に達している。国民の怒りがバックにあるから、キャスターも自信を持って追及できる。“真剣勝負”に近い雰囲気もあり、緊迫したやり取りが番組を面白くもしていた。
ただ、これをもって、とかく政府寄りと批判されたり、権力に弱いメディアと指摘されがちなテレビ報道批判を払拭するものではないことは、もちろんである。まして、安倍首相テレビ生出演を安易に受け入れた3局の姿勢が、免罪されるものではないことは言うまでもない。
投票日まで1週間を切って、テレビ各局は「政治的公平」を一段と重視して、選挙報道を進めてほしい。その際、国民の怒りに足場を置いた番組作りの姿勢を貫いてほしい。同時に有権者もテレビ局の報道姿勢を厳しくウオッチし、問題のある放送をした局に対しては、機敏に抗議の声を寄せる必要がある。