河野慎二/テレビウオッチ18/「1票の力」が安倍政権を追い詰め、政治を動かす 政治・国民生活に変化の予感、テレビ報道の真価が問われる /07/08/24
「1票の力」が安倍政権を追い詰め、政治を動かす 政治・国民生活に変化の予感、テレビ報道が問われる
7月29日夜。TBSの参議院選挙開票特別番組で、杉尾キャスターが「選挙に示された民意は、『安倍さんではダメ。安倍さんは辞めなさい』というものだ」と、出席した中川自民党政調会長に詰め寄った。「民意」という言葉が、妙に力強く感じられた。杉尾キャスターの発言も、従来のようにおずおずとお伺いを立てるというものではなく、確信に溢れているように見えた。
1票の力は大きい。本稿で検証するように、有権者の1票は確実に政治を動かす。同時に、テレビ報道をはじめメディアにも勇気を与え、活性化が進む。「消えた年金」や「政治とカネ」などに対する選挙前からの積極的な報道姿勢が選挙後も維持できたのは、ひとえに参院選に示された「民意」によるものであり、1票の力に支えられている。
有権者の「民意」は、直接的には政党に対し、選挙で示されるものだが、メディアにとっても重要なヒントになる。NHKの世論調査(8月13日、ニュース7)によると、 安倍内閣の不支持率が58%で前月比9?も急増(支持率は29%で9?の大幅ダウン)しているが、不支持の理由は「政策に期待できない」が35%でトップである。
この「政策に期待が持てない」の中には、高利益を謳歌する巨大企業の影で進行する大都市と地方の格差拡大や、切り捨てられる小規模農家、荒廃する医療、社会福祉、教育、「ワーキングプア」に代表される格差拡大の問題など、安倍政権が進める「構造改革」のもとで、「勝ち組」のみを優先する弱肉強食の政策に対する怒りが凝縮されている。
メディアは、こうした世論調査に示された市民の声を十分吟味・分析し、今後の取材・報道に生かすことが重要だ。有権者は、今回の選挙で大勝した民主党にも厳しい目を向けている。民主党が「民意」を尊重せず、公約した政策を実行しなければ、次の総選挙で手酷いペナルティを受けるだろう。メディアも同じで、参院選で有権者が示した審判の結果と原因について掘り下げた検証報道が求められる。きちんと報道したメディアは市民の支持を得られるが、手抜きをすればしっぺ返しを喰らう。
■元文科相ら、安倍首相退陣を公然と迫る
目を覆う「求心力」の低下
1票の力がどれほど大きいか。テレビニュースや 情報番組が伝えた、選挙後の変化を通じて考察して見よう。
第一に、最も大きな変化は、安倍首相の求心力が急落したことだ。典型例は、防衛次官人事をめぐる小池防衛相と守屋事務次官の抗争である。小池防衛相の守屋次官更迭人事は8月7日に一部メディアに報道された。以後、2002年の田中真紀子外相(当時)の更迭劇などになぞらえて、 テレビのワイドショーや情報番組などで面白おかしく取り上げられれた(TBS「ブロードキャスター」=8月18日=「仁義なき防衛次官人事痛み分けの波紋=vほか)。
いったんは、27日の内閣改造後に持ち越すことで決着を図ったが、「携帯で連絡したがつながらない」などと、子どものけんかじみた小池防衛相のインタビューが連日テレビで伝えられた。「このままでは、さらに支持率が低下する」と安倍首相が乗り出し、ひとます前倒しで決着を見たが、浮き彫りになったのは安倍首相の求心力の低下である。
ただ、ここで見落としてはならないのは、憲法が規定している文民統制(シビリアンコントロール)が危機に直面し ていることだ。守屋次官は「背広組」の文官ではあるが、防衛相の命令には従う義務を負っている。軍部が暴走して戦火を拡大した第二次大戦の反省の上に立って、憲法66条は文民統制を厳しく定めている。大臣の人事に叛旗を翻した守屋次官の行動は、厳密に言えばこの文民統制に違反する。
しかし、テレビはこの問題を正面から捉えていない。TBSの「サンデーモーニング」(8月19日)で岸井成格氏 が「これはシビリアンコントロール上重大な問題だ」と指摘したほかは、「文民統制が崩れてしまう。(守屋氏の行動は)ある意味でクーデターだ」という石破元防衛庁長官のVTRインタビューを放送する(テレビ朝日「スーパーモーニング」8月20日)程度で、ほとんどノーマークだ。
政府が定めた手順を踏まず、更迭人事をリークして訪米した小池防衛相の軽率なパフォーマンスが、文民統制形骸化に風穴を開けた最大の原因で、その責任は重い。あるテレビ局関係者は「とにかく、二人のバトルは面白いから」と話しているが、底の浅いテレビの報道は将来に禍根を残す。
第二の変化は、閣僚の靖国神社参拝が高市沖縄担当相一人にとどまったことだ。去年は小泉首相が参拝を強行し、中国や韓国の激しい反発を招いたが、参議院選挙での大惨敗が閣僚参拝に待ったをかけた。有権者の1票が、アジア各国に反発と懸念を引き起こす「靖国参拝」の愚挙を最小限に食い止めたのである。
第三は、自民党の中から安倍首相の面前で、公然と退陣を求める声が噴出したことである。8月7日の同党代議士会で、まず中谷元防衛庁長官が「(安倍首相は)一度身を引 いて、どこが悪かったか考えるべきだ」と口火を切り、小坂元文部科学相が「投手(党首)交代をすべきだ。(有権者は) ホームランを打たれた投手(党首)の交代を求めた。 政権交代 ではなく、ピッチャーの交代だ」と追い討ちをかけた。この模様は、当日のテレビニュースが一斉に報道した。苦虫を噛み潰す安倍首相。弱り目に祟り目の姿が余すところなく伝えられた。そして、翌日、翌々日の情報番組やワイドショーで繰り返しオンエアされた。「安倍さんはもうダメだ」。テレビを見た人は、大半がそう思った。
首相の目の前で「退陣しろ」と迫るのは、前代未聞のことだ。安倍首相は完全にガバナビリティを失ったと言っても過言ではない。6月初めまでは、「参院選の負けはない」と確信していた安倍首相や中川幹事長は、わずか2ヵ月で天と地ほど違った激動にはらわたが煮えくり返る思いだったに違いない。有権者の1票は実に大きな力を発揮する。
■「美しい国づくり」「改憲」立ち往生
女子高生「安倍さんはKYな人」
第四は、安倍首相が「美しい国」「戦後レジームからの脱却」のお得意のフレーズを口にしなくなったことだ。安倍首相は惨敗直後、「選挙結果を真摯に受け止め、新しい国づくりに、しっかり総理として責任を果たす」と述べている。
安倍首相が政権の命題としている憲法「改正」についても、有権者の1票は後景に追いやった。選挙中から「消えた年金」や政治とカネ、閣僚の失言・暴言の嵐に吹き消されていたが、惨敗でいっそう影が薄くなった。「憲法改正などを言う前に、生活や政治とカネの問題にしっかり取り組め」。有権者はそう審判を下したのだ。
先の国会で自公両党の強行採決で成立した国民投票法に基づき、改憲の前提となる衆参両院の憲法審査会が設置されたが、現実には野党が「首相が代わらない限り、審査会には参加しない」(民主党幹部、「毎日」8月23日)との 姿勢を維持しているため、審査会は開ける見通しが立っていない。参院選の惨敗で与党にも無力感が蔓延しており、国会での憲法論議は当面凍結状態が続きそうだ。
ただ、安倍首相がこうした問題を完全に封印したのではないことを、有権者は心にとめて厳しく監視する必要がある。首相は惨敗後も記者会見で「基本路線は多くの国民に理解されている」と強弁している。機を見て、いつでも「戦後レジームからの脱却」や憲法「改正」を持ち出す構えをくずしていない。
参院選の民意を無視した首相の政治姿勢については、TBS「サンデーモーニング」(8月5日)でも「安倍総理は 辞めることになる。辞めざるをえない。その空気が読めない人が総理である」(浅井コメンテーター)、「総理は国民が見えていない。カメラ目線は対話になっていない。選挙の結果前から続投を決めている」(目加田節子中大教授)、「安倍総理は辞めざるをえない。安倍内閣はもう成り立たない。それを自分が分かっていない」(田中秀征元経企庁長官)などと批判が相次いでいる。
話が横道にそれるが、女子高校生の間で「KY」が流行語になっているという。「空気の読めない人」という意味だそうだ。選挙後、国民から愛想をつかされたことに気がつかない安倍首相は、女子高生の嘲笑の標的になっている。
政治とカネの問題についても、新たなスキャンダルが発覚した。8月20日、塩崎官房長官の事務所職員が自民党支部の政治資金630万円を流用、これを隠蔽しようと、2005年の政治資金報告書などに同じ領収書を二重添付して辻褄を合わせていた。塩崎長官はこの日、雲隠れして説明責任を果たさなかった。
国民が見えなくなり、客観的な判断が出来なくなった安倍首相のもとで、防衛相と事務次官の抗争や、内閣のカナメである官房長官の不正経理が明るみに出た。安倍内閣は政権末期のダッチロール状態に入った。
■「テロ特措法延長」暗礁に
「国政調査権」機能発揮に期待
第五は、11月で期限切れとなるテロ対策特別措置法の 延長が、民主党の反対で成立するメドが立たなくなったことだ。異例づくめだったのは、同法の延長を求めるシーファー米大使に対する小沢民主党代表の対応である。小沢代表は1回目の大使の会談申し入れを拒否、2回目で会談したものの、大使を党本部に呼びつけて5分間立って待たせ、会談もテレビカメラを招き入れすべてオープンで行われた。
会談の様子は当日のニュースで放送され、同法延長に反対する民主党の姿勢は一段と明確な公約として国民の目に焼きついた。民主党はこれで後戻りは出来ないし、自民党と不透明な裏取引もできなくなった。民主党内には、前原前代表のようにテロ特措法延長に賛成する意見も少なくないが、小沢代表はテレビカメラを利用することで、こうした自民党寄りの声を封じ込め、あえて退路を断ったと思われる。
ただ、このテロ特措法について、シーファー大使は「VITALISSUE(ヴァイタル イシュー=非常に重要な問題)」(フジ「ニュースJAPAN」8月8日)と発言、最大限重視する立場を示している。今後、自民党は必死で切り崩しを図るだろう。テレビは厳しいウオッチを忘れてはならない。
第六は、参議院で野党が過半数を制したことで、国民の生活の立場に立った政策を実現する道が大きく開けたことである。一例を挙げれば、国政調査権に期待がかかる。参議院議長と議院運営委員長を民主党が握ったため、政府与党はこれまでのように議員の国政調査権をおろそかに扱えなくなった。
「インド洋での給油の実態を、国民は知りたい。小沢発言で明らかになるのか、ならないのか。明らかにならなければ、自衛隊は引き上げるべきだ」(鳥越キャスター「スーパーモーニング」8月9日)、「国政調査権に期待する。イラク特措法では、自衛隊がイラクで何をやっているのか分からない。今回、(同調査権が機能すれば)国民に説明できる」(江川詔子氏「サンデーモーニング」8月12日)など、国政調査権への期待が広がる。
TBS「みのもんた朝ズバッ!」(8月24日)に出演した長妻昭・民主党衆院議員は「インド洋の給油の実態については、防衛省は国防上の秘密を理由に公表を拒否している。シーファー大使は、それなら米大使館が国会に示しましょうと言っている。これはおかしい。まず、日本政府が国会に報告すべきだ」「これまでは、自公両党が多数を握っているため公表を逃げてきたが、これからは逃げ切れない」と指摘している。
国政調査権の発動で、これまで隠蔽されてきた情報が公開されれば、テレビや新聞などジャーナリズムにとってもプラスは大きい。
ただ、各省庁は国政調査権に簡単に従うのか。長妻議員は「役人は、これまで通り資料は出しますよ、と言っている」と発言している。「これまで通り」とは、これまでと同じレベルで対応するという意味だ。つまり、これまで以上の資料請求には言を左右にして応じないという構えだ。だから、長妻議員も「これからが戦いだ」と述べている。
このほか、参議院の問責決議案が、野党にとって重要な武器になる。かって、額賀防衛庁長官が防衛庁をめぐる不祥事で問責決議案が可決され、辞任に追い込まれたケースがある。仮に安倍首相問責決議案が可決された場合、計り知れない打撃を受ける。
■記者が首相をズバリ追及
「1票の力」はテレビ報道も活性化する
有権者の1票は、テレビの報道番組や記者の取材にも活気を与えている。テレビは、「消えた年金」や「政治とカネ」など国民の怒りを背に、積極的な選挙報道を展開した。この流れは選挙後も続いている。ただ、テレビニュース全体が一足飛びに進んでいるとは言えない。従来型の古い発想にとらわれたニュースも少なくない。一進一退を繰り返しながらジグザグで進んでいくのではないか。
首相に対する「ぶら下がり取材」でも、記者の質問に変化が見られた。8月1日、安倍首相は政治とカネをめぐる不祥事で赤城農水相を更迭した際、記者から「自分の身を守るために大臣のクビを切ったのですか」「人心一新に自分自身を含めない根拠は何ですか」との質問が飛んだ。
首相の「番記者」がこんなストレートで、かつ手厳しい質問をしたのは、これまでにはないことだ。1票の力が番記者の背中を押した。おそるおそる尋ねるというスタンスは影を潜めていた。参院選の民意をバックにした率直な質問である。安倍首相は「選挙結果を厳しく受け止めている。その上で、政治の空白を作るべきではないと判断した」とすり替えたが、テレビカメラが捉えた首相の表情はこわばったままだった。
キャスターやコメンテーターの発言にも、活気が感じられた。TBS「ブロードキャスター」(8月4日)で、御厨 貴東大教授が「安倍内閣は持たない。民意とずれている。野垂れ死にか。果たして(安倍首相は)解散ができるのか」 とずばりコメントしていたが、1票の力を踏まえたものだ。
年金問題と「政治とカネ」、閣僚の失言の「逆風3点セット」について、内閣と与党の「危機管理能力が欠如」していたことが自民党惨敗の原因―。これは8月22日に自民党がまとめた参院選総括案だが、小泉政権以来の「構造改革」が自民党支持基盤を掘り崩してきたことにも若干触れている。
永田町では、「振り子の論理」説が、結構説得力を持って通用している。自民党の失政が目に余ると、選挙で野党に票を投じて自民党にお灸をすえる。ほとぼりが冷めれば、次の選挙で自民党に票を戻し、安定多数を与える。その「有権者の微妙なバランス感覚」を指して、自民党の大物政治家が記者たちに「解説」したものだ。
今回の自民惨敗でも、「振り子の論理」に期待をかける自民党政治家は少なくない。しかし、どうも今回は思惑通りにうまく行きそうもないというテレビのリポートが、少数ではあるが、TBSとテレビ朝日で報道された。
■TVカメラ、地方切捨てが自民党基盤を掘り崩す
実態をリポート
TBSの「ブロードキャスター」(8月4日)は、青森と 高知にテレビカメラを出して自民党惨敗の構造的要因を追った。青森では、自民党候補落選の原因に「自民党の農政改革がある」とリポート。自民党が推進した「農政改革」は、補助金を大規模農家に限定し、小規模農家を事実上切り捨てた。農民がインタビューに答える。「私ら、6反の農家は対象じゃない。補助金を受けられない。民主党に期待するしかない」。
高知では、大都市と地方都市との格差にスポットを当てる。カメラは市内のシャッター通り≠映し出す。建設業者にマイクを向ける。「生き残れるかどうか。今年は、受注はたった1件だ」。小泉「構造改革」の結果、有効求人倍率は0・48ポイントで、全国ワースト2位。市民の声。「これまでは自民党支持だったが、今回は民主党に入れた」。30年も町議会議員を務める自民党員が「地方切捨ての政治は割に合わん」と吐き捨てる。
「何があっても自民党、という岩盤が崩れてきた」(片山善博前鳥取県知事)、「自民党が絶対に負けたことがないところで負けた。農村で浮動票が出た」(御厨貴東大教授)のコメントが自民党深部で崩壊が始まっていることを指摘する。
テレビ朝日の「サンデープロジェクト」(8月5日)は、 公共事業費の削減が自民党の支持基盤を根底から掘り崩している実態をリポートした。取材の対象にしたのは、農水省の土地改良事業の受益者を地盤とする段本幸男候補である。土地改良事業は、農地の水路や農道などの整備に公共事業費を充て、その見返りとして受益者である農民票を自民党に集めてきた。1977年には110万票を集め、2人の参議院議員を誕生させた。
ところが、小泉「構造改革」と公共事業費削減で、ガラリと様相が変わった。段本候補の出陣式には、青木自民党参議院議員会長や野中元自民党幹事長ら大物政治家が顔をそろえたが、テレビカメラは空席と力の衰えが目立つ実態を否応なく映し出した。
カメラは、青森県西津軽地区と岡山県高梁市備中町、北海道で段本候補を追った。西津軽地区では、櫛の歯が抜け落ちるように自民支持が激減する。街頭遊説に立っても集まる支持者は少なく、拍手もまばら。異変は、青森だけではなかった。岡山県備中町では、6年前の選挙から町長自ら段本議員を応援していた。「2001年には、町のパイプラインに農水省の予算がついた」。01年には備中町で段本候補に170票を出したが、今年は静かだった。
段本候補は結局12万票余にとどまり、落選した。40年間、13回の選挙で議員を送り出した土地改良政治連盟は今回、議席を失った。西津軽地区の森土改連会長のインタビュー。「自民党の農政に対する不満がある。土地改良事業を、農家が負担金を出してまでやる必要はない。もう、いい加減にしてくれと言いたい」と怒りをぶちまける。
■「参院選の民意」掘り下げる報道へ
テレビは発想の転換図れ
参院選で大勝した民主党については、政策の裏づけとなる財源に根拠が乏しいとの批判があり、この問題で躓けば次の選挙で自民党への「回帰現象」が皆無とはいえない。しかし、TBSとテレビ朝日の取材は、自民党が自らの政策で敗北の墓穴を掘り、ダメージを回復するのは絶望的に近いことをリポートしている。小泉「構造改革」が、自民惨敗の構造的要因となったことを浮き彫りにしている。
もちろん、こうした優れたリポートは少数で、従来型の古い発想で編成されるニュースや情報番組の方が多いのが現実だ。
8月12日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」は、森元首相を生出演させ、田原キャスターとの間で次期安倍政権の組閣人事についての対談を放送している。森元首相は、新聞が後追い取材をすると読んだ上で、「挙党体制が必要」などと、安倍首相応援の弁説を展開している。日本テレビの「ズームインSUPER」(8月14日)も、「塩 崎官房長官が金融財政担当相に、小池防衛相が官房長官に」などと、根拠の薄弱な先走り人事報道に時間を費やしている。
8月13日のテレビ朝日「報道ステーション」では、2005年の総選挙で小泉首相が刺客候補≠送り込んだ岐阜1区と静岡7区にカメラを出し、自民党の公認争いや「割って入る」民主党の動きなどを特集した。加藤千洋キャスターは「自民党はやれ人事だ、やれ次の公認は誰だなどとやっているが、参院選にこめられた民意とは、ちょっと違うんじゃないか」とコメントしていた。この企画自体は不要とは言わないし、加藤キャスターのコメントもその通りだ。
ただ、両選挙区とも刺客候補≠フ女性議員を追っているから、ワイドショー的な「面白さ」はあるのだろうが、少し興味本位に過ぎるのではないか。 13日には、4〜6月期の国内総生産(GDP)が、年率換算で0・5%増(前1〜3月期は年3・2%増)と、大幅に減速したというニュースが入っている。雇用者報酬は実質で前期比0・1%減と落ち込み、「6月の住民税負担増の影響が7月から出てくる」(「読売」8月14日)ため、所得が伸びないことがGDP減速の大きな要因だ。
つまり、小泉、安倍両政権が進めている弱肉強食の「構造改革」が、非正規雇用や偽装請負、ワーキングプアを拡大して賃金と個人消費の伸びを抑え、日本の経済にも深刻な影響を与えていることを、このGDP減速が示している。こうした政策に対する国民の審判が、参議院選挙で示されたのだ。
加藤キャスターが「参院選にこめられた民意と、違う」とコメントするなら、刺客候補≠スちの選挙区事情を面白おかしく伝えるだけでなく、「参院選にこめられた民意」を素材として、掘り下げた取材を進めてほしい。GDPの数字の背景には、テレビが取材・報道すべきテーマがいくつもあるはずだ。 「絵にならない」とか「視聴率が取れない」などと決め付けるのではなく、カメラとマイクを向ければ、視聴者の共感を得られる映像が取材できる。そのとき、テレビは「参院選にこめられた民意」を名実ともに体現できるはずだ。