河野慎二/テレビウオッチ19/安倍無責任辞任と総裁選に踊らされたテレビ 自衛艦インド洋給油、政治とカネ報道で真価が問われる 07/10/03
安倍無責任辞任と総裁選に踊らされたテレビ
自衛艦インド洋給油、
政治とカネ報道で真価が問われる
福田首相が10月1日、衆議院本会議で初の所信表明演説を行った。安倍前首相の突然の辞任表明と自民党総裁選で国会審議が約3週間にわたって空転し、その間1日3億円の税金が無駄に費やされたが、漸く本格的な審議がスタートした。この演説で首相は、臨時国会最大の焦点である、インド洋での海上自衛隊の給油活動について、「直面する喫緊の課題」として、活動の継続を示した。
本稿では、安倍前首相の政権投げ出しと国会を二の次にした自民党の総裁選、それにテロ対策特別措置法延長問題などの重要な政策課題に、テレビメディアがどう取材のメスを入れ、真実に迫ったのか。あるいは、2005年の総選挙のように、自民党に利用されることはなかったのかを、検証してみたい。
安倍前首相は、テロ特措法の延長を最重要課題としていた。外遊先のシドニーでブッシュ米大統領と会談し、テロ特措法延長に「職を賭す」と発言していた。それが、所信表明演説直後の9月12日、突然政権を投げ出した。ぶざまな辞任表明は、「武士道ではない。臆病者(チキン)だ」(英フィナンシャル・タイムズ)と酷評された通り、安倍氏は国際的に「失格者」との烙印を押された。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という安倍氏のキャッチフレーズは地に堕ち、安倍氏を押し立てて戦前回帰路線を推進する極右グループに計り知れない打撃を与えた。
それにしても、国会をないがしろにして、総裁選に血道をあげた自民党の党利党略は目に余る。政府自民党は、臨時国会の最重要課題は11月1日で期限切れとなるテロ特措法の延長問題であると強調していた。であれば、直ちに首相臨時代理を置いて、審議を急ぐべきであるのに、臨時代理を指名せず、国会をいたずらに空転させた。その間、自民党は14日から23日まで総裁選を実施した。
自民党の狙いは、メディアを利用して総裁選の記事や映像を大量に報道させ、安倍氏の「野垂れ死に」辞任が引き起こすダメージを最小限に食い止めようとしたものだ。併せて民主党など野党に傾いていた国民の関心を自民党に引き寄せようと計算した。案の定、メディアはこの自民党の作戦にまんまと乗せられてしまった。特にテレビはあたかも、自民党にハイジャックされたかのような様相を呈した。
■「NHKは自民党放送局か」
無批判大量報道に批判強まる
中でもNHKは、連日ニュースや各種特番で、自民党総裁選を事細かに報道した。15日の総裁選受付生中継に始まり、共同会見や外国人特派員協会の会見、「立会い演説会」の中継など、総裁選のイベントをスケジュール通り逐一報道した。福田康夫、麻生太郎両候補については、16日の「日曜討論」生出演に続いて、20日にも「NHKニュースウオッチ9」に生出演させ、1時間の番組時間のうち半分近い26分を事実上自民党の政策宣伝に提供した。
この「ニュースウオッチ9」で取り上げたテーマは、格差是正、消費税、年金問題などのほかは、党3役や閣僚人事、臨時国会の運営、解散総選挙で、政治とカネの問題やインド洋の給油問題など、国民の最も関心の深い問題についてはまったく触れなかった。キャスターの質問も、福田、麻生両氏にお伺いを立てるというスタンスの枠内にとどまり、両氏が真に首相としての資質を備えているかを問いただす切り込みは皆無に近く、ジャーナリズムの使命という視点から採点すれば落第と言わざるをえない。
これ以外にもNHKは、通常のニュース番組で手厚い総裁選報道を展開した。NHKのニュース報道はこの間、「自民党放送局か」と見まごうばかりだった。
■民放も総裁選に大サービス
テレビは自民に救命ブイを与えるのか
民放も「福田・麻生」を煽るという点では、NHKと五十歩百歩だった。20日は、NHKに続いて、TBS「NEWS23」が福田、麻生両氏の生出演。21日は、日本テレビ「NEWS ZERO」が、22日はテレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」があいついで両氏を生出演させ、歩調をそろえて宣伝に努めた。
各局は、ニュース以外でも、各種の情報番組で総裁選を集中豪雨的に報道した。フジテレビの「報道2001」とテレビ朝日の「サンデープロジェクト」はいずれも9月16日に、「どうなる?ポスト安倍 総裁候補が緊急生激論」などと銘打って、福田、麻生両氏の生出演で大量の時間を自民党にサービスした。
それ以外でも、朝の情報番組では「どうなる小泉チルドレン?」「ファーストレディ候補の福田喜代子さんはこんな人」「麻生は安倍を裏切ったのか?」などと連日、総裁選をもてはやす報道を繰り返した。
TBS「ブロードキャスター」(9月22日)によると、各局のワイドショーがその週に放送した「自民党総裁選」は9時間47分03秒で断トツの1位だった。2位は「長嶋茂雄さんの奥さん死去」で2時間4分6秒だったというから、民放各局がいかに大量の時間を自民党総裁選報道に割いたかが分かる。
福田内閣の支持率が読売(9月27日)では57・5%、朝日(同)も53%と、ご祝儀相場≠割り引いたとしても、比較的高い数字が出ている。ニュースではトップ項目で取り上げられ、どのチャンネルの情報番組やワイドショーでもあの手この手で「福田VS麻生」報道を競い合う。
こうした洪水のような「総裁選情報」を連日テレビで見せられれば、視聴者が「福田なら安倍よりましか」と刷り込まれても不思議ではない。福田内閣の高支持率が、テレビの大量報道に多く起因すると見て間違いはない。
テレビメディアは2005年9月の総選挙で、小泉首相(当時)の「郵政民営化」一本に絞った選挙戦術に便乗し、「刺客」「ホリエモン」を大量に報道して、自民圧勝の片棒を事実上かついだ苦い経験を持つ。2001年の自民党総裁選でも、小泉氏と田中真紀子氏を異常に持ち上げて、小泉政権誕生の地ならしをしている。
今回の総裁選報道は、そうした報道に対する反省が見られないどころか、ジャーナリズム本来の使命を放棄して、参院選でNOの審判を受けた自民党に救命ブイを与えようとする愚を繰り返している。
■最大の焦点はインド洋の給油継続か否か
イラクに「転用疑惑」浮上
臨時国会最大の焦点は、11月1日で期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題である。この特措法延長には、参議院で過半数を制した野党の反対が強く、政府はこれを断念し、給油と給水に絞った新法を出す構えだ。
臨時国会は11月10日で閉幕するため、審議時間が少ない。福田内閣は会期を大幅に延長して、参議院で否決されても、衆議院で再議決するのか。そうなると、衆議院解散の機運が急速に高まるから、来年の通常国会で審議する方針に転換するのか。その場合、インド洋での給油は半年以上中断される。
日米同盟を最重視する福田内閣としては、アメリカに顔向けできなくなる方針転換は何としても避けたい。読売の世論調査で「給油継続」賛成が47%で反対の40%を初めて上回ったことなどを背景に、民主党を説得したいとしているが、ここに来て新たな難題が浮上した。
それは、海上自衛隊の補給艦が提供した油を、米艦船がイラク戦に使っているとされる給油の「転用疑惑」である。 テレビ朝日「報道ステーション」は9月20日の特集で、この疑惑を取り上げた。特集では冒頭、「自衛艦の給油は対アフガニスタンが原理・原則だが、間接的にイラクに使われていた記録が出てきた」とナレーション。
バックの映像は、海自補給艦「ときわ」がパキスタン艦に接近し、給油するシーンが使われている。これは初めて見る映像だ。「このほど、報道陣に公開された」とナレーション。9月10日から14日まで、NHKや日本テレビ、テレビ朝日など、テレビ各社と、朝日、読売、毎日、産経、共同など新聞・通信各社など、防衛記者クラブ加盟12社がインド洋での給油活動を取材している。
「報道ステーション」によると、イラク戦争が始まる1ヶ月前の2003年2月25日6時37分、米給油艦ペコスがときわに接近。6時40分に給油を開始し、1万8740バレルを補給する。ペコスは7時間後の同日17時03分、米空母キティホークに接近し、17時45分から給油が行われた。ペコスは20時04分に米ミサイル巡洋艦カウペンスに接近し、給油を終えた。
キティホークとカウペンスはペルシア湾に展開。キティホークは最初にイラクにミサイルを撃ち込み、イラクを3000回空爆した。ときわからペコスを経由してキティホークなどに給油されていることが、公開記録で明らかになった。市民団体「ピースデポ」の梅林宏道代表が「自衛艦の給油はオイルロンダリングで、テロ特措法違反だ」とインタビューに答える。米軍の准将が「自衛隊から給油を受けた後、別の作戦に参加する可能性は高い」と証言する。
■イラク戦参戦の米空母司令官「自衛艦から
頻繁に給油受けた」と証言
TBSの「サンデーモーニング」(9月23日)も、この給油問題を特集した。特集の中心テーマは、インド洋の給油がアフガニスタン支援のみに使われたのかどうかである。その中で、政府はこれまで、自衛艦が給油したのは20万ガロンで、アフガニスタンに使われたと公表していた(2003年)が、防衛省が21日、それを80万ガロンと訂正したことを明らかにする。給油燃料が対アフガニスタンだけでなく、イラク戦争にも使われたことは、米軍が公表した資料からも判明している。番組では、米空母キティホーク司令官が「自衛艦から給油を受けたと証言している」とリポート。
インド洋で海上自衛隊が給油活動に従事しているのは、米国主導の「不朽の自由作戦」(OEF)の一環。アフガニスタンで続けられている国際テロ組織アルカイダなどに対する掃討作戦だが、国連安保理の承認がないことなどを、番組は指摘する。
番組には、2003年から04年にかけてアフガニスタンで兵士の武装解除・社会復帰を指揮した経験を持つ伊勢崎賢治・東京外国語大学大学院教授が出演し、「OEFはテロリスト殺害を目的とし、空爆で拠点を攻撃する。空爆によりテロリストだけでなく、一般市民も殺害される。2次被害が、今年だけで400人に上っている。これに対する反発が広がっている。その作戦に協力しているのが、日本の給油だ」と批判し、海上自衛隊はインド洋から撤退すべきとの考えを強調した。
金子勝・慶応大教授も「イラン情勢が緊迫している。イラクのバスラに展開しているイギリス軍がイラン側に移動している。自衛艦から給油を受けたキティホークが攻撃する可能性がある。日本のメディアはそのことを殆ど伝えていない」と指摘している。
この問題については、朝日新聞も22日夕刊で報道している。2005年1月、米軍揚陸輸送艦ジュノーの艦長としてペルシア湾に展開していたロナルド・ホートン米空母エンタープライズ艦長が朝日のインタビューに応じ、「当時は、今よりも頻繁に海自の補給艦から給油を受けた。日本の貢献は絶大だった」と述べたという。
■アメリカいいなりの政府見解
福田氏テレビで答えに窮する
問題は、こうした事実が9月以前は、メディアに明らかにされていなかったということだ。政府は情報を一切公開せず、ウソをついていた疑いもある。参院選後のニュースや情報番組で、キャスターが「インド洋の給油には不明な点が多い」とは指摘していたものの、具体的な映像や情報は明らかにされず、雲をつかむような話に終始していた。
それが、臨時国会が近づく過程で、「政府は情報を公開すべきだ」という声が強まり、野党が国政調査権の機能活用に動き出すと、インド洋の「無料ガソリンスタンド」と言われる給油の実態が少しずつ明らかになったのである。9月10日からのインド洋給油取材も、防衛省は「情報公開」の声に押されてセットしたものだが、同時にそれを逆手にとって自衛艦の活動を宣伝しようとした。しかし、安倍首相の政権投げ出しで、防衛省の思うようなスペース(紙面や画面)を確保できず、目論見が完全に外れた。
インド洋での給油で政府がウソをついていた疑いについて、フジテレビ「とくダネ!」(10月1日)が、福田首相が官房長官時代の発言をVTRで紹介した。福田氏はその中で「20万ガロンですよ、1日分。あっという間に消費してしまう。イラクに使うという懸念は全くないんですよ」と断言している。
この点については、「サンデープロジェクト」(9月23日)でも取り上げられ、田原キャスターが「2003年、官房長官だった福田さんは、20万ガロンと発表しましたね」とただすと、福田氏は「あの当時、そう聞いていました」。田原キャスターが「アメリカにだまされたということか」と突っ込むと、麻生氏は「品のないことは言わない」と逃げ、福田氏は「軍事活動は公表できないことになっている。この点は、アメリカともよく話し合わなければならない」と答えに窮し、田原氏の指摘を事実上肯定した。
福田内閣は、海上自衛隊の活動内容を給油・給水に限定する「新法」を、10月中旬に国会に提出する。活動内容を具体的に特定していることを理由に、法律の成立が活動の承認と同じだとして、改めての承認は必要ないとしている。
これまで情報をひた隠しにしてきた上に、ウソをついてきた疑惑が持たれている政府がよくもそんなことを言えるものだ。「新法」を政府提案通り成立すれば、シビリアンコントロール(文民統制)は危機に瀕する。「新法」は絶対に認める訳にはいかない。
インド洋の給油は、イラク戦争と密接に関連している。TBSの「筑紫哲也NEWS23」(9月24日)で、星浩・朝日新聞編集委員が「(この給油問題は)イラク特措法とも絡んでくる。200人の航空自衛隊員が輸送活動をしている。しかし、実態が分からない。そっちの方が問題だ」と指摘している。テレビは、この問題についても、実態解明につながる情報を掘り起こして、伝えてほしい。
■福田首相にも「政治とカネ」疑惑
テレビは「給油」と併せ解明報道を
臨時国会ではこのほか、政治とカネをめぐる問題も最重要課題として審議される。この問題に関連して、福田首相の政治団体の2006年政治資金収支報告書で、添付された領収書のあて名が書き換えられていたことが明るみに出た。朝日(9月28日)によると、判明しただけで17枚、約570万円分になるという。
このほかにも、渡海紀三朗文部科学相が03年と05年に、国の公共事業受注業者から計200万円の寄付を受けていた。石破茂防衛相も05年、国の補助金を受けている建設会社から10万円の寄付を受けていた。公職選挙法は、これらの行為を禁じている。石破防衛相はこのほかにも、政治資金規正法が定める上限を超えた寄付処理をして、入閣が決まった25日に、政治資金収支報告書を訂正している。
7月参議院選挙で、テレビは「消えた年金」や政治とカネ、閣僚の暴言などを積極的に取材し、有権者の怒りの声を丹念に拾った。その結果、民意は安倍自民党に極めて厳しい審判を下した。生出演した安倍首相にキャスターが食い下がり、官邸での「首相ぶら下がり」取材でも、記者がかつてないほど辛らつな質問で首相を問いただし、テレビ報道の活性化に弾みをつけたことは、前号、前々号で指摘した通りだ。
しかし、今回の自民党総裁選をめぐるテレビ報道は、一歩前に進めた自らの歩みに冷水を浴びせるものと言わざるをえない。「福田VS麻生」を無批判に、集中豪雨的に報道することで、参院選の民意にも背を向けたキャンペーンの一翼を、事実上担ったのである。
その一方で、インド洋の給油をめぐる疑惑については、積極的に取り上げる番組も見られた。この点は、テレビ報道の今後に、展望を感じさせる。
政府は2日の閣議で、海自補給艦が03年2月にキティホークに間接給油していた問題について、「補給を受けた後の活動の内容は、各国が決定するもので、政府として承知する立場にない」との答弁書を決定している。
このように、政府は国民の声に全く耳を傾けようとしない。福田内閣になってもその本質は何ら変わらない。
それだけに、テレビの役割はますます重要になる。政治とカネの問題と併せて、インド洋の給油の問題について、積極的に取材して情報を国民に伝えてほしい。このページのあたまにもどる