河野慎二/テレビウオッチ19/インド洋給油継続がアフガン和平につながるか、 テレビは政策転換へ世論喚起の報道を強化すべき07/11/02
海上自衛隊がインド洋で米艦などに給油活動を続ける根拠法となってきた「テロ対策特別措置法」が11月1日で期限切れとなり、失効した。石破防衛相は補給艦「ときわ」と護衛艦「きりさめ」に撤収命令を発令、2001年10月から6年にわたって継続した自衛隊の給油が終わりを告げた。
インド洋の給油は、テロ特措法が支援対象とする「海上阻止行動(MIO)」だけでなく、米軍のアフガン空爆やイラク戦争も実質的に支援するもので、明白な憲法違反である。政府は、実態を隠蔽し国民を欺いたまま、これまで3回にわたって同法を延長し、米軍を支援してきた。
しかし、この夏の参院選が政治を変えた。野党が過半数を制したため、政府は延長断念に追い込まれた。国民の1票が政府の方針を覆し、インド洋から自衛艦を引き上げさせた。こうした事態は、史上初めてではないか。極めて画期的なことだ。政府自民党は、参院選に示された民意の強さを思い知らされている。
政府は、給油と給水の補給に限定した「テロ対策新法案」を提出し、23日の衆院本会議で審議に入った。福田首相は「日本だけがテロ阻止行動から脱落していいのか」と述べ、法案成立を訴えた。しかし、防衛官僚による給油量の隠蔽問題に加えて、守屋前防衛事務次官と防衛専門商社との癒着問題が一大疑獄事件に発展する様相を示し、新法案成立の見通しは立っていない。
新法案については、国会で徹底的に審議をして、問題点を国民の前に明らかにすべきである。新法案がアフガニスタンの平和と安定に真に役立つのか。憲法9条を掲げる日本として、米軍の空爆と報復戦争に盲目的に付き従う以外にアフガン和平の道を探る方策はないのか。審議を尽くせば、廃案以外にないことが明らかになる。給油量隠蔽問題と、守屋前次官のスキャンダルを徹底解明することが、当然新法案審議の前提となる。
その際、メディアが掘り下げた取材・報道を展開して、真実を明らかにすることが欠かせない。特に、映像取材のパワーで大きな影響力のあるテレビは、問題の核心に迫る取材で国民の知る権利に答えてほしい。
給油量の隠蔽は、憲法が定めたシビリアンコントロールを根幹から揺るがす大問題だ。
給油量の隠蔽とは、2003年2月に自衛艦が米艦に80万ガロンを給油したのに、その事実を隠し「20万ガロン」とウソの発表で国民をだましていたというものだ。
この給油量隠蔽については、福田官房長官(当時、現首相)が「20万ガロンですよ、1日分。あっという間に消費してしまう。イラクに使うという懸念は全くないんですよ」と断言して、イラクへの転用疑惑を否定している。しかし、防衛省は10月21日「給油問題報告書」を発表し、官房長官の大見得がウソだったことを認めたのである。
それによると、@海上自衛隊補給艦「ときわ」が03年2月25日に米補給観「ペコス」に約80万ガロンを給油、A海幕運用課の担当者がパソコンに「ペコス」への給油を取り違えて入力、B同年5月9日、海幕の防衛部防衛課長が誤りに気づいたが、「キティホーク」への間接給油(燃料の転用)問題が沈静化しつつあったので、上司に報告せず、訂正もしなかったという。
80万ガロンの給油を20万ガロン給油と取り違えたというが、米艦への補給量は最も基礎的なデータである。これを入力ミスするというのは、通常の社会常識では考えられない。この説明をまともに信用する人がいるだろうか。それとも、自衛隊は日ごろから、そんな杜撰なデータ管理を認めているのか。
補給艦とわだの航海日誌(03年7月から同年12月分)が焼却処分されたというのも、その杜撰さに唖然とさせられる。自衛隊の規定では、航海日誌は1年間艦内に据え置き、その後3年間当該艦船の在籍する地方総監部で保存することになっている。それを、いとも簡単に廃棄するとは、杜撰批判を通り越して、海自にとって都合の悪い情報を隠しているのではないかと勘繰られてもやむをえない。
防衛省はなぜ、このような給油量隠蔽に走ったのか。「イラクの自由作戦」(OIF)に参加したキティホークの司令官は03年5月に「海上自衛隊から80万ガロンの燃料補給を受けた」と発言している。データ隠蔽がすぐばれるのは、子どもでも分かる。
にもかかわらず、データを防衛官僚が捏造したのは、80万ガロンと正しく発表してはまずい事情があったからと見るのが妥当だ。80万ガロンと発表すると、イラク転用を否定できなくなると判断したというのが真実なのだろう。
このように、憲法が定めた文民統制(シビリアンコントロール)は掘り崩され、空洞化が進んでいる。制服組が「転用問題は沈静化しつつある」などと勝手に判断し、事実を隠蔽して世論を操作しようとする。航海日誌も保存規定を無視して焼却してしまう。補給艦「とわだ」がどういう活動をしていたかが闇に葬られる。
この問題を軽視し、放置しておくと、事態はとんでもない方向に進む。
8月10日のTBS「筑紫哲也NEWS23」で、イラクに派兵された自衛隊の先遣隊長だった、“ヒゲの隊長”こと佐藤正久・自民党参議院議員(46)が、味方の他国部隊が攻撃された際に、その場に駆けつけて応戦する「駆けつけ警護」に関連して次のように発言している。
「(戦闘に)巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況は作れませんから、目の前で(敵の攻撃に)苦しんでいる仲間(この場合はオランダ軍)がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだという時は(警護に)行ったと思いますよ」。「駆け付け警護」は、正当防衛や緊急避難の武器使用を超えるとして、憲法違反とされている。しかし、佐藤氏は正当防衛や緊急避難の状況を作り出すため、あえて「巻き込まれる」形で武器使用にまで踏み込もうとしたものだ。
「NEWS23」はナレーションで「佐藤さんは、情報収集の名目で現場に駆け付け、あえて巻き込まれるという状況を作り出すことで、憲法に違反しない形で(オランダ軍を)警護するつもりだったといいます」と補足している。インタビューに答える佐藤氏の表情から、「駆け付け警護」の実績作りのチャンスを逸した悔しさが読み取れる。
朝日新聞が、夕刊で「新聞と戦争」を連載しているが、その中で昭和6年(1931)9月に関東軍が奉天郊外の柳条湖で満鉄線路を爆破し、これを中国側の行為とデッチ上げて総攻撃したことを、朝日の記者が知りながら記事にしなかったことを反省している。軍部の独走や政治への介入を許すと、国に甚大な被害をもたらすことを、第二次大戦は厳しく教えている。その事実を報道しないメディアも、大きな責めを負うことを、戦前の痛切な経験で学んでいる。
だからこそ、憲法は66条第2項で「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と、文民統制(シビリアンコントロール)を厳しく定めている。今回、給油データ隠蔽、航海日誌破棄、「駆け付け警護」実現の試みと、シビリアンコントロールを揺るがす問題が3件、判明した。
メディア、特にテレビはこの問題をどう伝えたか。本誌前号で報告したが、テレビ朝日の「報道ステーション」やTBSの「サンデーモーニング」など、一部のテレビが報道している。政府は給油データをひた隠しにしていたのだが、市民団体「ピースデポ」の活動などをもとにようやくその一端を伝えたものだ。
政府が給油データの隠蔽を認めた以降、テレビメディアの扱いはどうか。各局のニュース番組は総じて言えば、政府や政党が発表する事実は伝えるのだが、その裏に潜む問題点を掘り下げて真実に迫る報道は少ない。テロ対策新法案については、要綱の閣議了承、法案の閣議決定、首相や関係閣僚と野党の談話、本会議や予算委員会審議のダイジェストなどが「定番」のように報じられる。
テロ対策新法案とインド洋の給油がアフガニスタンの平和と安定にどんな影響をもたらすのか。それを掘り下げるのがテレビニュースの本筋だと思うのだが、ニュース番組ではそうした報道は皆無に近い。「国際貢献から脱落していいのか」という政府の主張に沿ったニュース作りが多い。その典型的な例を、NHKと日本テレビのニュースに見てみよう。
テロ対策新法案が審議入りした23日、NHK「ニュースウオッチ9」はまず、急浮上した守屋前防衛事務次官のゴルフ接待疑惑を報じた後、鉢呂吉雄民主党衆院議員の「20万ガロン給油は実際は80万ガロンだった。イラク戦争に転用されていた」との質問と、福田首相の「私が謝ったデータで答弁したのは遺憾。シビリアンコントロールに反する」などの答弁を型通りに伝えた。
その後、番組は「どうする?日本の国際貢献」というサブタイトルで高村外相と鉢呂氏(民主党「次の内閣」外相)とのVTR対談に移行。高村外相は「日本が退いてしまって、米国がインド洋の平和維持活動をやって、そこを通るのが日本のタンカーとなると、由々しきことになる」などと発言。鉢呂氏も反論するが、終始高村外相ペースで「海上自衛隊がインド洋から撤収するのは、国益上まずい」という印象を視聴者に植え付ける。スタジオの政治部記者も「1回でも撤収して、テロとの戦いから日本が抜けると、日米関係に微妙な影響を与える」と、政府のスタンスを支援する解説でニュースを締めくくった。
日本テレビの「ニュースZERO」(10月19日)は、石破防衛相を生出演させた。村尾キャスターは「新法が成立しないとどういう影響が出るのか」と、のっけから政府が待ち望むヨイショ質問。石破防衛相は「40カ国がテロと戦っている。日本が欠けていいのか」。村尾「給油をやめると、拉致問題などにも影響があるかと」と水を向ける。石破「いろんな形で影響を受ける」。村尾「参議院で否決されたら、衆議院で再議決か」。石破「憲法はいろいろ規定している」。世論調査では、国民の約半数は、自衛隊はインド洋から撤収すべきと考えているのに、日本テレビのニュースは政府に強行突破をけしかけている。
もちろん、イラクへの転用疑惑について触れた報道がゼロではない。テレビ朝日「報道ステーション」(10月18日)は、米「キティホーク」ホセ・コーバス参謀長の「給油された油については使用制限はない」という発言を伝えている。「戦争が始まってからイラクを空爆している。ペルシア湾に配備されているからね」とコーバス参謀長。
しかし、こうした独自取材もオンエアの本数はごくわずかで、シーファー米大使や石破防衛相の「給油はOEF(米国の「不朽の自由作戦」)以外に使用されていない」などのインタビュー報道に埋没し、インパクトが弱くなる。
このように、ニュース番組では、掘り下げた報道がほとんど見られないが、情報番組では、テロ対策新法案とインド洋給油継続がアフガニスタンの平和と安定にどう影響するかという問題に迫った特集が放送された。
日本テレビの「ウエークアップ」は10月20日、アフガニスタンを最もよく知る中村哲医師がスタジオに生出演し、この問題を特集した。
中村医師は1991年に戦火のアフガンに渡り、以後25年余にわたって、診療活動を続けている。2001年10月からは、米軍の空爆にさらされる。戦闘の影響で東部の二つの診療所が閉鎖に追い込まれた。
番組は、温暖化と砂漠化が進むアフガンで、旱魃や貧困と格闘する中村さんにスポットをあてる。中村さんは「アフガンは大旱魃の真っ最中。国民の半分が食っていけない」と語る。温暖化で春先になると、山岳地帯の雪が一気に融け、洪水や土石流になって農民を襲う。「これが本当の恐怖」と中村さん。
中村さんは医療活動のかたわら、食糧支援のための巨大な用水路づくりに取り組んできた。クナ―ル川から14キロの用水路を建設した。資金は寄付などで集めた9億円。2003年に着工した。用水路の護岸工事は土と石で作りあげる。農民が一つずつ石を積み上げて行く。「近代建設とは別世界」と中村さん。アフガンの石の文化が用水路を支える。
アフガン国民を救済するための用水路建設工事も、米軍の攻撃対象になることがある。中村さんは「輸送用ヘリ3機が突然旋回して、機銃掃射してきた。危なかった」と、恐怖の体験を語る。丸腰の援助を続ける中村さん。着工から4年。今年4月、用水路が完成し記念式典が行われた。
用水路の先には麦畑が広がる。草一本生えなかった不毛の地で食糧を収穫できる。約900ヘクタールの土地で、数万人が飢えることなく暮らしていける。「こんな嬉しいことはない。難民にならずに済む。ナカムラは素晴らしい」と農民。「平和への道しるべは戦争では実現しない」と語る中村さんの言葉には重みがある。
番組では、海上自衛隊の給油問題と、それをベースに展開されている米軍の空爆などにも議論を広げる。中村さんは「NATOが指揮するアフガン国際治安支援部隊(ISAF)も米軍も似たり寄ったりだ。毎日、多数の生命が失われている。米軍空爆の油が日本から来ているというのは、(アフガンの人には)面白くない」と指摘。米軍とISAFはアフガンから撤退すべきとの考えを強調した。
中村さんは、TBSの「サンデーモーニング」(10月21日)にもVTR出演し、「アフガン政府の発表では、民間人の犠牲は1000人を超え、去年の倍以上になった。アフガンの人たちの反発につながっている」と指摘した。
同番組に出演した伊勢崎賢治東京外国語大学大学院教授も「不朽の自由作戦(OEF)による米軍の空爆で、一般の住民が死亡する。ここまで民間人の2次被害が増えると、親米のカルザイ政権は大変な影響を受ける」と警鐘を鳴らす。
伊勢崎教授によれば、カルザイ政権とタリバンとの政治的和解が進みつつあるという。カルザイ大統領は9月23日に国連で会見し、「アフガニスタンでは『平和と和解のプロセス』が進んでいる。アルカイダではないタリバンと接触している」と述べている。軍事作戦では出口は見えない。EUも密使を派遣して、穏健派と交渉し、過激派を孤立させようと試みている。「日本にも活動の余地はある。日本は信用されている」と伊勢崎教授は語る。
「ウエークアップ」では、他の出演者から「給油活動は必要」などの意見も出されたが、辛坊キャスターが「平和でないと、何もできません」と特集をまとめ、中村さんが「(10月)25日からまたアフガニスタンに出かけます」と発言して終わった。
砂漠化と旱魃と貧困を防止するため、中村さんは今年4月に完成した用水路の延長工事に取り組むという。そして、伊勢崎教授が指摘する日本の役割への期待。
メディアは「国際貢献から脱落していいのか」という政府の主張に振り回される必要はない。テロ対策新法案がアフガニスタンの平和と安定にどう影響するのか。インド洋の給油継続が支える米軍の空爆が、アフガンの人たちの幸せにつながるのか。こうした点にメディアはもっと取材の目を向けるべきだ。
国会では、守屋武昌前防衛事務次官の証人喚問が行われ、防衛省の最高権力者が防衛専門商社から200回を超えるゴルフ接待を受けるなど、接待漬けの日々を送っていたことが明らかになった。接待の宴席に、防衛庁長官経験者が同席していた事実も明るみに出ている。前次官のスキャンダルは一大疑獄事件に発展する様相を示している。
このように、巨悪の一端があぶり出されたのも、夏の参議院選挙で有権者が非自民・公明に1票を投じたからだ。参院選の民意が野党に多数を与えなかったら、前次官の証人喚問は実現しなかっただろうし、巨悪は国民の前にその姿を現さなかっただろう。もちろん、テロ特措法もすんなり延長されていたはずだ。
メディアは、参院選に示された民意を吟味し、そこに軸足を置いた取材を展開する必要がある。証人喚問で明らかになった守屋前次官の疑惑については、テレビはカメラとマイクを駆使し、その闇に分け入って解明を進めてほしい。
テロ新法案やインド洋の給油問題についても、「ウエークアップ」や「サンデーモーニング」のように、情報を多角的に提供してほしい。政府は「国際貢献」や「国益」論を振りかざし、危機感を煽っているが、その土俵に乗って報道するだけではなく、独自の目線で問題点を明らかにすることが求められる。そうなれば、テロ新法案に拠らないアフガン和平の道も見えて来るし、参院選の民意が活きて来る。このページのあたまにもどる