河野慎二/テレビウオッチ6/小泉首相、8・15靖国参拝強行 その時テレビは… /06/08/23
小泉首相が8月15日、靖国神社参拝を強行した。「総理は15日に靖国に行きますよ。混乱を避けるために早朝、6時の開門時間を15分位繰り上げて行くんじゃないか」という情報が前日、某社の政治部長からあったので、午前5時半からテレビでウオッチしていた。新聞のテレビ欄を見ると、日本テレビ、TBS、フジ、テレビ朝日の朝の情報番組がこぞって「靖国神社今日参拝か」「放送中にも靖国参拝か」「靖国参拝XデーSP」などとPRしている。官邸筋から事前に情報が流されていたのだろうか。
とりあえず、日本テレビの「ズームインSUPER」とTBSの「みのもんた朝ズバッ!」にチャンネルを合わせてウオッチ開始。靖国神社からのLIVE中継の映像が飛び込んでくる。各社がテレビカメラを設置し、小泉参拝に備えてスタンバイしている。警備の警官やカメラマンがあわただしく行き交い、緊迫した雰囲気が伝わってくる。
午前5時40分、TBS「みのもんた」柴田キャスターが、「今、一報が入りました。小泉総理が今日靖国神社を参拝します。何時に行くかは決まっていませんが、たった今一報が入ってきました」と伝えた。日テレ「ズームイン」はやや遅れて5時46分に「小泉首相今日靖国神社参拝へ」という速報スーパーで報じた。
TBSは早速ソウル支局からライブ中継。「韓国のメディアは、小泉参拝を予測して連日特集を組んできた。しかし、今日8月15日は対日戦争に勝利した光復節の日。この日に小泉総理が靖国神社に参拝する意味は重大だ。ソウル市民は強く反発するだろう」などとリポートした。
フジの「めざましテレビ」が6時37分、「小泉総理は午前7時30分公邸を出発して、午前7時40分ごろ靖国神社に到着、参拝する」と伝えた。
午前7時半、小泉首相を乗せた車が公邸を出る。各テレビ局はヘリコプター中継で車列を追い、リポートする。日テレの「ズームイン」では、記者が「総理は、ついに8月15日の靖国神社参拝を決行しました」とリポートしていた。「決行」とはオーバーだが、それほど違和感はない。昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を示していた富田宮内庁長官メモが明らかになるなど、首相にとっては逆風が吹き荒れる中での参拝だから、「決行」とは案外首相の本音を伝える表現だったかもしれない。
午前7時40分、小泉首相は靖国神社に到着。モーニング姿で到着殿から本殿に上がり参拝した。「1985年の中曽根総理が参拝して以来、21年ぶりの8月15日参拝」「1978年に、靖国神社にA級戦犯が合祀されて以来、昭和天皇が『私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ』などと発言した富田長官メモが発見される中で、あえて8月15日の参拝に踏み切った」などの中継リポート。
NHKなど各局は、10時からの閣議前に小泉首相が行った“ぶら下がり会見”を生中継した。同首相は、靖国参拝に反発する「勢力」、批判する「勢力」など、「勢力」という表現を5回も使った。自分の「構造改革」に反対した自民党内の動きを「抵抗勢力」と決めつけて、世論誘導に成功したことに味を占めた手法だ。
この日も小泉首相は「A級戦犯のために参拝したのではない」などと、一方的に持論を展開して会見を打ち切ろうとした。官邸スタッフが「これで終わります」とキューを出しても記者からの質問が相次ぎ、首相はマイクの前を離れられない。閣議が数分ずれ込むという事態になった。「いつ行っても問題にして、混乱にしようとする勢力がいる。それはもう仕方がない。むしろ、こだわっているのはマスコミじゃないか」。メディアの報道に不満を露わにして会見は終わった。
首相の8月15日靖国参拝をめぐるテレビメディアの報道で目についたのは、これを機会に、先の太平洋戦争やA級戦犯の問題を正面から見直そうとする動きが出てきたことだ。また、先の大戦を止められなかったばかりか、逆に戦争を煽った新聞やラジオのありかたにも目を向けるチャンネルも出てきている。
TBSの「みのもんた朝ズバッ!」でみのキャスターは、「(第2次世界大戦とは何だったかという議論を)これまで避けてきた。どこかで、はっきり議論しなければならない」とコメントした。これは、同番組に出演した加藤紘一・自民党元幹事長の「第2次世界大戦とは何だったのか。国民で議論すべきだ」との指摘を受けてのコメントだ。岸井成格・毎日新聞特別編集委員も「今度の自民党総裁選はいいチャンスだ。A級戦犯をどうするか。太平洋戦争をどう考えるか。特に今の若い人は歴史を知らない。(今の教育は)歴史を消そうとしている。A級戦犯を消そうとしている」と指摘した。
テレビ朝日の「スーパーモーニング」(8月15日)は、靖国神社の「遊就館」に改めてスポットをあてた。「遊就館」は、太平洋戦争をアメリカに追い込まれて戦わざるをえなかった「自存自衛のための戦争」と位置づける戦争博物館だ、極東軍事裁判(東京裁判)が認定した史実を否定する情報発信基地ともなっている。
「スーパーモーニング」は、鳥越俊太郎キャスターによるスガモプリズン跡地などの取材をおりまぜながら、A級戦犯合祀に踏み切った松平永芳宮司(当時)の「東京裁判の戦犯史観を否定しなければならない」というインタビューを紹介する。その上で、「太平洋戦争は自存自衛の戦争だった」とする「遊就館」の歴史認識と展示物について、「意外な国からも反発がある」と、アメリカのアーミテージ元国務次官のインタビューをオンエア。「遊就館には、アメリカ人にとって不愉快な言葉が展示されている。中国人にとっても不愉快だ。歴史の事実に忠実な展示に変えるべきだ」とアーミテージ氏。シーファー駐日米大使も「遊就館の展示は間違っていると思う」と語る。
政治評論家の岩見隆夫氏は「自衛戦争でも侵略戦争になるという二面性がある。その二面性を認識することから始めるべきだ。(次期首相就任が有力な)安倍晋三氏も認識は小泉首相と同じだ」と指摘。渡辺宣嗣キャスターが「A級戦犯をどうとらえるかがポイント」とコメントした。
15日正午からは、全国戦没者追悼式が日本武道館で行われ、NHKが生中継で放送した。河野洋平衆議院議長が「新生日本の『目覚め』を信じ、そのさきがけとなることを願って犠牲を受け入れた若い有為な人材たちに思いをはせるとき、戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」と述べた。追悼式のあいさつで、先の大戦の責任論に踏み込んで言及するのは極めて異例のことだ。
同日午後6時前、言論を暴力で封殺しようとする卑劣な事件が発生、全国をりつ然とさせた。山形県鶴岡市の自民党加藤紘一氏の実家から出火、隣接する同氏の事務所と合わせ全焼した。現場には、東京に住む右翼団体の幹部(65)が腹部を切って倒れていた。この幹部はヤケドのため話が出来ないというが、自民党内で小泉首相の靖国神社参拝に反対する代表的存在である加籐氏の言動に対する政治テロであることは明らかだろう。
言論を暴力で脅迫し、圧殺しようとするテロは絶対に許されない。テレビ局は夜のニュースで大きく報道した。しかし、日本では政治的な問題が大きくなると、しばしばテロが発生する。右翼に対する取締りが手ぬるい警察当局の捜査姿勢にも問題があるが、根は深い。現実に、放火までして加籐氏を葬り去ろうとした被疑者の思想的背景や右翼団体とのかかわり、犯行に及んだ意図などは依然明らかにされていない。幸い人命には影響がなかったが、これで一件落着ではない。問題の全容解明と再発防止のため、メディアがひきつづき報道に全力を挙げてほしい。
テレビ朝日「報道ステーション」。妙に説得力のあるインタビュー出くわした。山崎拓・元自民党副総裁のインタビューだ。山崎氏は「みんなが選んだ総理が参拝した。みんなの責任だ」と答えていた。確かに、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示した富田メモが発見された直後の7月調査では、53%が「参拝すべきではない」と答えていたが、小泉首相の8月15日参拝については48%が「賛成」と答え、「反対」を12ポイントも上回った(日経、8月21日)。ネットの掲示板サイト「2ちゃんねる」などを介して、靖国神社を参拝する若い世代の姿が目立ったと、朝日(8月16日)は伝えている。
山崎氏の指摘は「自民党内の問題じゃないか」と切り捨てるだけでは済まない問題を含んでいる。小泉氏を総裁に選んだのは自民党だが、その後の選挙で大きな支持を与えたのは国民だ。そして、国民の小泉支持を加速したのは、新聞やテレビ、週刊誌などのメディアである。とりわけ「小泉劇場」の盛り立て役を買って出て、視聴率を稼ぐという形で利益を共有したのがテレビであった。山崎氏の言う「みんなの責任」の中には、新聞や雑誌が入るのはもとよりだが、テレビは特に大きなシェアを占めるのではないか。
「報道ステーション」の古館キャスターは「靖国参拝について、こうまで意見が分かれるのは、戦争責任の問題がある」とまとめた。TBSの「筑紫哲也NEWS23」の筑紫キャスターも「そもそもあの戦争をどう捉えるか、はっきりしていなかった。どう決着をつけるか、やってこなかった。これからも、靖国問題に決着をつけるには、この問題についてはっきりさせなければならない」とコメント。今後の靖国問題の報道のあり方について、ひとつの方向性を問題提起した。
戦争を止められなかった新聞やラジオなど、戦前のマスメディアのあり方に焦点をあてたのは、8月14日のテレビ朝日「スーパーモーニング」である。「なぜ止められなかった?思想統制と国民、太平洋戦争」というタイトルで特集を組んだ。
特集では、1931年(昭和6年)、中国東北部の柳条湖で関東軍が満鉄線路を爆破、これを中国側の仕業とでっち上げ、総攻撃を開始した「満州事変」を取り上げた。当時の新聞は関東軍の謀略であることを知っていながら、記事にしなかった。「新聞がその事実を記事にすれば、歴史は変わっていたのではないか」と指摘。
しかし、事実を書く勇気を失いペンを曲げた新聞に、軍の圧力をはね返す力は残っていない。治安維持法などによるマスコミ統制が一気に進む。最初は共産党員が取り締まりの対象だったが、その後戦争に反対する者すべてが対象となる状況を、たいまつ新聞のむのたけじ氏のインタビューを交えながら明らかにする。2006年は、太平洋戦争開戦(1941年12月8日)から65年目の節目の年である。
鳥越キャスターは「戦前の日本は、坂道を転げ落ちる雪だるまのように、ナショナリズムに突き進み、戦争に突入した。メディアの責任は大きい。いま、北朝鮮、ミサイルときなくさい。1人となっても、非国民と言われても、戦争はダメだと言えるようにしようと考えている」としめくくった。
このコメントは、今のメディア状況に対する自省の発言であるが、同時にポスト小泉の有力候補とみられる安倍晋三氏を念頭に置いたものとも考えられる。
安倍氏の「靖国観」は、小泉首相以上に保守的である。同氏は4月15日に密かに靖国神社を参拝しているが、「参拝したか、しないかについて、申し上げるつもりはない」と、明言を避けている。A級戦犯についても小泉首相とは考えが違う。首相はA級戦犯を「戦争犯罪人」としているが、安倍氏は「日本において彼らが犯罪人であるかといえば、それはそうではない」と国会で答弁している。A級戦犯容疑者として罪を問われた岸信介元首相を祖父に持つ安倍氏は、A級戦犯を「犯罪人」とは認めていない。戦争責任についても15日の記者会見で「戦争指導者に一番重い責任があるのは事実」としながら、「歴史家が判断することではないか」と、判断を逃げている。
安倍氏は22日横浜市で、自民党の総裁選に事実上の立候補宣言を行った。その中で安倍氏は「日本の新しい国の形を示すため、私たちの手で新しい憲法をつくっていく。次なるリーダーは、新しい憲法を政治スケジュールに乗せていくリーダーシップを発揮しなければならない」と述べた。憲法改正を次期政権の最重要課題と位置づけたものだ。
安倍氏の発言は、憲法に対する宣戦布告である。安倍氏は、9月1日に公表する政権構想の中で、憲法9条に「自衛軍」の保持を明記し、集団的自衛権の行使も容認する方針を打ち出すとみられている。
安倍氏の基本的な考えは、日本をアメリカやイギリスと同様、「普通に」戦争が出来る国に作り変えようとするものだ。2003年3月、ブッシュ政権がイラクを侵略攻撃した時、イギリスが即時呼応して参戦したように、日本もアメリカの戦争に常時、積極的に協力する体制にしたいというものだ。日米同盟を米英同盟のランクにまで格上げするために、憲法が障害になっているというのが安倍氏の持論である。
自民党総裁選がスタートすれば、テレビは「総裁候補に聞く」などの特集を、ニュースや情報番組で編成することになるだろう。その際テレビ各社は、憲法9条を中心とする憲法改正の問題、日米軍事同盟の問題、日中・日韓などの対アジア外交の問題などを、性根を据えて問いただしてもらいたい。肝心の問題を尻込みして、候補者をヨイショすることは許されない。特に、次期首相就任が有力とされる安倍氏については、憲法改正はいうまでもなく、あいまいにしている「靖国観」や、小泉首相以上にアメリカに忠実と言われる政治姿勢などについて、その全体像を徹底して明らかにしてほしい。
テレビは、「小泉8・15参拝」を機会に太平洋戦争の問題や戦争を煽った戦前のメディアのあり方を見直す報道姿勢を示した。自民党総裁選報道でも、テレビはその姿勢を貫いてほしい。まかり間違っても、「小泉劇場」の一翼を担った去年の総選挙報道の二の舞を演じるようなことが二度とあってはならない。「憲法9条制御機能」を一段と確かなものにするには、安倍氏の「真実」に迫るテレビの報道が欠かせない。