河野慎二/テレビウオッチ7/テレビは安倍政権をウオッチし的確な情報提供を /06/09/29

 


 

憲法改正、教育基本法改正、集団的自衛権容認…
   テレビは安倍政権をウオッチし的確な情報提供を

安倍晋三自民党新総裁が9月26日、衆参両院の首相指名投票で第50代首相に選ばれた。

1954年生まれの52歳。戦後最年少で、初の戦後生まれの首相である。安倍氏は前日の25日に自民党3役を決定したが、政調会長に中川昭一前農水相を据えたことが注目される。中川氏は安倍首相と同じ戦後生まれながら、日本の植民地支配や侵略の過去を率直に認めることを「自虐史観」と批判するなど、復古的な国家観を共有する点で安倍首相と最も深く気脈を通じあうタカ派政治家である。
 安倍新首相は早速組閣に着手。自民党総裁選で、率先して安倍氏支持に動いた人物を多く登用した。安倍合同選対本部長の柳沢伯夫氏が厚生労働相に、「再チャレンジ議員連盟」会長の山本有二氏が金融・再チャレンジ担当相に、それぞれ就任した。「安倍支持」の旗を振って閣僚のポストを手に入れた議員は他にもたくさんいるが、省略する。とにかく、露骨な「論功行賞」内閣である。
 安倍内閣にはもうひとつ、別の顔がある。安倍首相の政権公約である憲法改正と教育基本法改正をにらんだ、保守色の極めて強いタカ派内閣の顔である。
 安倍内閣は、教育基本法の改正を臨時国会の最優先課題としている。この改正は、戦後の民主教育を否定し、事実上の戦前回帰に等しい「教育再生」を図ろうとするものだ。安倍内閣は、教育基本法の改正を憲法改正の前段と位置づけて、何としても成立させようとしており、その狙いは二重の意味で危険と言わなければならない。
党3役と内閣の顔ぶれを見ると、中川政調会長は97年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を旗揚げし、会長に就任した。この時、事務局長になったのが安倍氏で、中川・安倍両氏は二人三脚で「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書採択を働きかける役割を主導してきた。この会からは、高市早苗氏が沖縄・北方担当相として入閣、事務局次長だった下村博文氏が官房副長官に、山谷えり子氏が教育再生担当の首相補佐官に就任した。完全な教育基本法「改正」シフトである。

 

■安倍首相「敗戦国の詫び証文」と憲法を攻撃、ライス長官「過去の問題を認めてこそ前進」


安倍首相が「タカ派」「強硬派」「ナショナリスト」の政治家としての本質を際立たせたのは、9月1日に発表した政権公約においてである。その中で同首相は、まっ先に憲法改悪と教育基本法改正を掲げた。同日の記者会見で安倍氏は憲法改正について「戦後レジーム(体制)から新たな船出をすべきだ。21世紀にふさわしいあり方を示す新憲法制定のため、リーダーシップを発揮していく」と強調、臨時国会で国民投票法の成立をめざす考えを明らかにした。安倍氏は近著「美しい国へ」の中で、「憲法前文には、敗戦国としての連合国に対する“詫び証文”のような宣言がある」「妙にへりくだった、いじましい文言になっている」などと口をきわめて攻撃している。
教育基本法については、政権公約では「教育の抜本的改革」の1行にとどめているが、「教育基本法は憲法といわばワンセット」(「安倍晋三対論集」06年4月)、「占領下で成立した教育基本法、憲法から我々は脱しなければならない」(「日本の息吹」05年2月号)などと本音は明らかになっている。
外交関係については、「主張する外交で『強い日本、頼れる日本』」と題し、「『世界とアジアのための日米同盟』を強化させ、日米双方が『ともに汗をかく』体制を確立。経済分野でも同盟関係を強化」するとしている。安倍氏は会見で「(日米の)双務性を向上させていく努力が必要」と強調。安倍内閣は小泉内閣以上にアメリカへの従属関係を強化することを懸念させる。
靖国神社参拝問題では「行くか行かないかは、外国から指摘されるものであってはならない」とした上で「あえて政治問題化、外交問題化するのであれば宣言するのは無用なことだ」と述べている。靖国神社参拝について安倍氏は、「一国のリーダーとして当然の責務」として肯定していたが、首相のポストが近づくにつれあいまいな態度で切り抜けようとしている。
同じように、あいまいにごまかそうとしているのが、歴史認識の問題と「村山談話」踏襲の問題である。安倍氏は9月7日の記者会見で、「日本の植民地支配や侵略」の事実を認め、「アジア諸国に反省と謝罪」を表明した村山首相談話(95年)を「踏襲するか」と繰り返し質されたが、明言はしなかった。談話の中にある「植民地支配と侵略」が「アジア諸国に多大の損害を与えた」とする歴史認識の根幹部分については「歴史家に任せるべきである」として明言を避け続けている。
安倍首相周辺では「10月にも中国と首脳会談」などの情報をリークし、新聞紙面に活字が躍っているが、基本的な問題をあいまいにしたままで打開できるのか。
こうした安倍首相の態度には、中国や韓国だけでなく、欧米からも強い懸念が示されている。NEWSWEEK日本語版(8月20日号)は、「霧に包まれた『美しい国』Asia‘s Mystery Man」との大見出しで特集を組み、「わかっているのは『タカ派』であることだけ すべてが未知数の安倍にアジアは懸念を隠せない」と伝えた。
米ワシントンポスト紙は9月25日、「安倍氏は過去を美化することでは小泉首相を上回る」と懸念を示した。英紙タイムズも27日の社説で安倍内閣発足を受け、「過去をごまかさず、毎年の靖国神社参拝で中国を愚弄せずに、戦争の犠牲者に哀悼の意を表す方法はある」と指摘し、安倍首相は東アジア諸国との関係を悪化させない方法を見つけなければならないと強調した。
ライス米国務長官は26日、メディアの質問に対し、日中関係の打開には「過去に問題があったことを認めてこそ前進がある」「政治的意思が必要だ」と述べて、歴史認識などの問題にあいまいな態度をとり続ける安倍首相に注文をつけた。米政府高官が公式の場でこうした発言をするのはじめてのことだ。

 

■NHK総裁選報道、公共放送の原則踏み外す、「二ュースウオッチ」の看板が泣く

メディア、特にテレビはこの安倍氏が自民党総裁に選ばれ、首相に就任する一連の動きをどのように報道したのか。
まず、NHK。主な放送内容をフォローしてみる。
▼ 9月1日、安倍氏広島で立候補。NHK、午後5時からのニュースで安倍氏演説を14分間流す。民放は4~6分程度で、スタジオ解説。

  1. 9月3日、「NHK日曜討論」3候補陣営議員による討論。
  2. 9月3日、「NHKスペシャル “ポスト小泉”の300日〜安倍・麻生・谷垣総栽候補に密着取材・本音に迫る」。核心に迫るインタビューや問題の本質に切り込む取材は見られなかった。
  3. 9月8日、3候補共同記者会見を1時間生中継。
  4. 9月9日、自民党主催の立会演説会を1時間生中継。
  5. 9月10日、「NHK日曜討論」。3陣営代表による討論。
  6. 9月11日、日本記者クラブ主催の「自民党総裁選・公開討論会」を2時間生中継。
  7. 9月17日、「日曜討論」。候補の「生激論」。 

 NHKの「報道」は、一部(「NHKスペシャル」など)を除いて、3候補や陣営の主張を流すだけ。反対意見や批判的な見解を持つ評論家などは出演しないから、3候補の意見が一方的に放送される。報道番組というよりは、自民党の広報番組と言ったほうが正確である。NHKは公共の電波を自民党に明け渡してしまったのか。
9月13日の「ニュースウオッチ9」では「3夜連続自民党総裁選特集」と銘打って、安倍晋三氏を取り上げたが、地元下関など各地で街頭演説したり、ホームレス経験者の話を聞いたりする安倍氏をカメラで追いかけるという内容。憲法改正や靖国参拝、歴史認識などの肝心の問題については全く触れずじまいだった。
「ニュースウオッチ9」の「ウオッチ」とは、「監視」の意味である。権力者を「監視」するのは、報道機関として最低限の義務である。次期首相の最有力候補が憲法や靖国参拝などをどのように考え、日本をどういう方向に持っていこうとするのか。この点に迫らずに報道機関とは言えない。これでは「ニュースウオッチ9」の看板を下ろさなければならなくなるのではないか。

 

■テレビ朝日、安倍氏に切り込む、核心に迫る姿勢が番組を面白くする

民放テレビの報道はどうだったか。NHKのように「垂れ流し報道」はなかったが、安倍氏の全体像を明らかにするという点では、十分だったとは言えない。
今回の総裁選では、ワイドショーなどの情報番組での取り上げ方が、小泉時代に比べて大きく減った。テレビ朝日の朝の情報番組「スーパーモーニング」を例に取ると、小泉前首相が靖国参拝を強行した時には、太平洋戦争やA級戦犯の問題にまで視点を広げて積極的に特集を組んだが、今回の総裁選では目立った報道をしていない。
あるテレビプロデューサーは「安倍が勝つことが決まっている“出来レース”を報道しても意味がない。大体、意外性がないネタは、番組にならない」と言っている。垂れ流しの放送をするよりは、しない方がいいかもしれない。しかし、繰り返しになるが、安倍政権は日本を極めて危険な方向に舵を切ろうとしている。安倍政権の本質に切り込み、全体像を明らかにする作業は、テレビメディアの重要な責務である。
数は多くないが、目についた報道があった。
9月1日、総裁選に立候補した安倍氏がテレビ朝日の「報道ステーション」に生出演した。

国の財政や公共投資、格差社会、BSE問題などに触れた後、古館キャスターがが「安倍さんは4月に靖国神社を参拝したが、行くか行かないかは言わないと言っている。ということは、総理になっても(参拝には)行かないということか」と切り込んだ。安倍氏は「いつ行くかと言うことで外交問題化することは国益に反するので、言わない」とかわす。古舘氏が「靖国神社の遊就館には行ったことがあるか」と問うと、「行ったことはある」と安倍氏。ほう、やっぱり行っているのか。核心に迫るやりとりは、ある種の迫力がある。緊張感が走り、番組も面白くなる。
興味深かったのは、ゲストコメンテーターの佐山展生・一橋大学大学院教授との討論である。以下、再録風にまとめるとー
佐山「日本の防衛問題で聞きたい。日本は、自衛隊の海外派遣については、後方支援だけにとどめているが、安倍さんは一歩踏み込んで考えているのか」
安倍「例えば、イラクのサマワで自衛隊が活動している。自衛隊が武装勢力に襲撃された場合には、オランダ軍が守ってくれる。しかし、自衛隊は海外では武力行使ができない。オランダ軍が攻撃された時、自衛隊は戦えない。それでいいのか」
佐山「自衛隊が反撃することになれば、相手を殺すことになる」
安倍「自分が攻撃された時は助けてもらう。逆の場合、日本は憲法上海外で武力行使ができないから、助けなくて本当にいいのか」
佐山「もしそれを認めるとなると、恨みの連鎖になる」
安倍「日本を守るためのオランダ軍に対する攻撃を助けなくていいのか」
佐山「自衛隊の海外派遣については後方支援にとどめて、武力行使は絶対やるべきではない」
安倍「私とは意見が違う」
 古館キャスターはこのほか、A級戦犯の問題や戦後体制と日米同盟の問題も取り上げた。この点については、安倍氏に言わせっぱなしに終わったが、他の局には見られない積極性が感じられた。
 テレビ朝日ばかりになるが、9月17日の「サンデープロジェクト」は、スタジオに安倍、麻生、谷垣の3候補を招いて、田原キャスターが戦争責任と「村山談話」に絞って安倍氏に論戦を挑んだ。「村山談話に賛成か」と田原氏が迫ったのに対し、谷垣氏は「賛成」と答えたが、安倍氏は「賛成、反対というのではなく、閣議決定で出したのだから、それでやっていく」と拒否。侵略戦争の認識についても、言及を頑なに避けた。
 田原氏が「安倍さんは憲法を改正したいと言う。それならば、戦争責任を明確にすることが前提だ」と迫ったが、安倍氏は「政治家がやるべきことか」「戦争の結果については指導者が責任を感ずるべきとは考えるが、誰が云々と人民裁判的にやるのは生産的ではない」などと繰り返すにとどまった。安倍氏から「村山談話」を肯定する言質を取ろうとした田原氏の試みは実を結ばなかったが、年は若いのに古色蒼然とした安倍氏の超「タカ派」体質を一段と浮き彫りにした。
 TBSの「筑紫哲也NEWS23」(9月13日)は、別の角度から新政権の外交政策のあり方に問題提起した。筑紫キャスターが、2002年の「小泉訪朝」で北朝鮮と交渉に当たった田中均・前外務審議官とスタジオで討論。田中氏は@日本は米国との「距離」を考える必要があるA朝鮮半島問題でリーダーシップを取るべきB中国との関係を大きく作り変えるチャンスC日本の将来設計として東アジア共同体構想を進める必要がある、と指摘した。田中氏は「日本は孤立している。海外の友人からは、なぜ靖国にこだわって大きな問題を失うのかと言われる。日本はヘンな国だ、日本には言論が封殺されているんじゃないかと言われる」と指摘。新政権は外交政策を抜本的に改めるよう提言した。
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安倍首相は29日、首相就任後初の所信表明演説を行い、現行憲法について「日本が占領されている時代に制定され、既に60年近くがたった」と述べ、憲法改正の必要性を強調。憲法改正の手続きを定める国民投票法案の早期成立を訴えた。また「いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、研究する」と述べ、歴代首相として初めて、容認に向けた検討に着手する考えを表明した。
 いよいよ、戦後民主主義体制に対する「タカ派」安倍政権の挑戦のゴングが鳴った。メディアはこの挑戦に、性根を据えて向き合う必要がある。特に、テレビは大きな影響力を持つ。テレビは「ウオッチドッグ」として安倍政権をしっかり監視し、情報を的確に視聴者に届けてほしい。