河野慎二/テレビウオッチ9/ NHKは「命令放送」を返上すべき 、国策放送化で「NHKブランド」は地に堕ちる /06/11/17
11月15日午前1時、NHKニュースを見ていたら、片山虎之助・自民党参議院幹事長(元総務相、現自民党通信・放送産業高度化小委員長)の発言を取り上げていた。NHKのラジオ国際放送に対する総務相の「命令」に関する発言である。
NHKニュースは「片山氏は、総務大臣が必要な事項を指定して、NHKのラジオ国際放送で放送するよう命ずることができるとしている放送法の制度について、『政府が放送に対して命令を出すのはそぐわない』と述べ、見直しが必要だという考えを示しました」とタイトルで報じた。
(右写真:片山虎之助自民党参議院幹事長)
その上で本記では、「菅総務大臣が先週10日、北朝鮮による拉致問題に特に留意するよう求める命令書をNHKの橋本会長に手渡しました。これについて片山氏は東京都内の講演で次のように述べました」として、片山氏の講演を録画放送した。
再録するとー。「いつまでもあんな制度は残しておかない方がいい。命令というのは良くない。放送や報道にはそぐわない。意図さえ分かればいいんだから。政府・与党は国際放送そのもののあり方を見直すため、放送法の改正の検討に入ることにしているが、私はこの中で今の命令放送の仕組みについても見直した方がいいと考えている。最低限『命令』という言葉は直した方がいい」。
このニュースを見て私は、11月12日のNHKの番組を思い返していた。その番組は12日午前11時から放送された「あなたとNHK」である。番組にはNHKの石村英二郎・報道担当理事が出演し、アナウンサーの質問に答える形で総務相の「命令放送」に対するNHKの対応について説明していた。石村理事は「政府には、放送法33条に基づいて、NHKにラジオ国際放送で必要な事項を指定して放送を行うよう命令を出す権利があります。NHKは放送法に基づいて運営していますので、これを拒否する権限はありません」「NHKとしては、命令が出されても、自主判断に基づいて報道する基本的立場に変わりはございません」(大要)などと説明した。
不可解だったのは、同理事が「命令放送」の「廃止」や「見直し」に一言も触れないことだった。政府から「命令」されて放送するようでは、NHKの「自主判断」も根底から揺らいでしまう。報道機関であれば、政府からの「命令放送」拒否は絶対に譲ることのできない一線だ。「命令放送の見直し要求」発言はあって当然である。
ところが、石村理事は一切言及しなかった。同理事は「北朝鮮に関するニュースは年間2千数百本放送し、そのうち千数百本は拉致問題のニュースです」と説明した。これだけたくさん放送しているのだから、「命令放送」などと大げさなことを持ち出して“寝た子を起こしてくれるな”と言わんばかりの説明だった。
いまどき、放送法に「命令放送」が生きていること自体おかしいし、それに異を唱えないNHKの態度はどう見ても異常だ。ナベツネこと読売新聞社の渡邉恒雄会長は11月18日、日本テレビの「本音激論!」に出演し、「命令する必要はない。命令という形はとらなくても、拉致報道に反対はない。命令なんてグロテスクだよ」と発言、中曽根元首相も「(命令とは)古い時代の発想で出来ている。直す必要がある」と応じていた、これこそ、21世紀のコモンセンスである。
NHKは何をビビっているのか。本来、廃止要求の口火を切るべきNHKが沈黙し、メディアの報道には常に眼を光らせ、事あるごとに介入・統制しようとする政府与党の幹部が声高に「見直し」を発言する。完全な逆転現象である。いったいどうなっているんだと思うのは、私一人ではあるまい。とにかく、NHKの弱腰ぶりには驚かされる。
「命令放送」の問題点については、このRESCUE9でも多くの筆者が指摘しているので詳細は省くが、この「命令」が放送だけでなく、言論・表現の自由に及ぼす影響は深刻である。この「命令」は放送法33条、35条を根拠法としているが、これまでの抽象的な事項から大きく一歩踏み込んで、「拉致」という極めて具体的なテーマを対象に「命令」を出すということは、政府が直接放送に介入する突破口になることを意味する。放送法1条、2条が定める「放送による表現の自由の確保」は完全に危機に瀕し、憲法が保障する表現・報道の自由が直接侵害される。
さらに菅総務相はこの「命令」をNHKの短波ラジオ国際放送にとどまらず、NHKのテレビ国際放送にまで拡大する考えを、10月26日の衆議院総務委員会で明らかにしている。そして、2009年度までに、NHKと民放による新たなテレビ国際放送の組織をつくる方針が、今年6月の「通信・放送に関する政府与党合意」の中で示されている。つまり、政府与党はテレビメディアを挙げて国策プロパガンダ機関として利用することを狙っていると、正確に捉えることがこの問題のポイントなのである。
特にNHKはこの「命令」問題をきちんと受け止め、毅然とした態度で対処する必要がある。「放送法に基づく政府の権限だから、拒否できない」などとして、唯々諾々と受け入れるようでは将来に重大な禍根を残す。
NHKの橋本会長は11月2日の記者会見で「命令放送の変更を提起する考えはないのか」とする記者の質問に対し、「新しい国際放送を考え出そうという動きの中で、NHKブランドで放送を出すことが実効的な国際発信の強化につながると主張している」と答えるにとどまっている。大変な自信だが、「命令放送」を受け入れて国策放送機関化の道を歩めば、国際的な信用は失墜し「NHKブランド」も地に堕ちる。そのことに橋本会長は一刻も早く気づくべきである。
この問題を軽視できないのは、メディアへの介入、統制にことのほか熱心な安倍首相のもとで「命令放送」が出されているということだ。
安倍首相は、首相就任以前からメディアに対する超攻撃的な姿勢で知られている。
安倍首相をメディア抑圧の急先鋒として際立たせたのは、2001年1月に起きたNHK「ETV2001 問われる戦時性暴力」改変事件である。この番組改変は、NHKの松尾武放送総局長(当時)が安倍官房副長官(当時)と面談した直後に発生した。安倍氏は「偏っている報道と知るに至り、NHKから話を聞いた」(2005年1月14日、朝日)と述べ、介入の事実は否定した。しかし、政府の権力者がNHKの幹部と会談した後、番組が大幅に改変されたという、これだけの事実がそろえば、安倍氏が「介入はしていない」といくら強弁しても通用しない。
安倍首相は、自民党幹事長に就任した2003年9月、テレビに対し一段と強硬な姿勢を示した。衆議院選挙投票直前の同年11月、安倍氏はテレビ朝日の「ニュースステーション」が民主党の閣僚名簿を長く報じたことに抗議し、衆議院選投開票日の同局の特番に党幹部の出演を拒否。「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)に審理を申し立てた。BRCは、報道被害者の権利救済のためにNHKと民放がつくったもので、自民党の幹事長が申し立てるのは異例を通り越して、常軌を逸している。
安倍氏のメディア攻撃はテレビだけでなく、新聞、雑誌、パロディにまで及ぶ。安倍氏はメディアを細かくチェックし、意に沿わない報道には抗議文を送りつけ、取材拒否で情報を遮断する。訴訟も辞さない。
安倍氏が幹事長代理時代の2005年8月に、NHK番組改変問題の取材資料が「月刊現代」に掲載されると、流出元とされる朝日新聞にクレームをつけ、記者会見以外の朝日の取材を事実上拒否。
2002年5月、「小型原子爆弾を持つこと自体は憲法上、問題はない」との安倍氏の講演を「サンデー毎日」が報じたのに対し、安倍氏は同誌に抗議すると同時に、国会で「『サンデー毎日』は盗聴器や盗聴ビデオをしかけた」などと答弁した。「サンデー毎日」は事実無根と反論している。
こうした強面(こわもて)の姿勢は、メディアに萎縮効果をもたらす。「タテをつくと、朝日新聞やテレビ朝日のようにするぞ」という脅しが効く。出演拒否や取材拒否などという面倒なことは避けて、という空気が大手メディアの中にじわじわと広がる。安倍政権への批判的な記事は徐々に影を潜める。そうなれば、安倍首相の思う壺だ。
今回の「命令放送」は、憲法が定める言論・表現の自由を2の次、3の次としか理解しない安倍首相のメディア観と無縁ではない。「拉致」というテーマを入り口に、政府の「命令」で放送を実施させることにより、まずNHKの事実上の国策放送化を画策し、民放を巻き込む。そして最終的には、メディア全体にその効果を広げる。
NHKは「命令放送」を返上すべきである。