河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ23/「日米軍事同盟」で対照的な2本の番組
NHKスペシャルは「日米同盟」強化の旗を振り
日テレ「ヤンバル」は沖縄米軍基地を静かに告発
「日米軍事同盟」で対照的な2本の番組 NHKスペシャルは「日米同盟」強化の旗を振り 日テレ「ヤンバル」は沖縄米軍基地を静かに告発
日米の軍事同盟は、国民に実態が明らかにされないまま一段と 強化されているが、この問題を取り上げた番組が1月27日、2 本放送された。 1本は、NHKスペシャル「日本とアメリカ 第1回 深まる 同盟関係」。もう1本は、日本テレビのNNNドキュメント08 「音の記憶U ヤンバルの森と米軍基地」である。
NHKスペシャルは、憲法を無視して拡大・深化を続ける日米
同盟関係を、イージス艦「こんごう」や日米軍事産業の実態、在
ワシントン日本大使館の防衛駐在官の活動などを取材した映像を
をもとに伝える。「初めて、撮影を許可されました」とキャスタ
ーがコメントするだけあって、これは、と思う映像も放送される。
通常は、対立する意見も紹介して、キャスターが「皆さん、どう
考えますか」とまとめるのが、NHKの手法だが、この「深まる
同盟関係」はそうではなかった。
三宅民夫キャスターは「きちんと議論を進めないと、舵を失っ た船のように流されてしまう」とまとめた。日米同盟はこれだけ 深化しているのだから、国会はもっと現実にあわせた議論を進め ろと言わんばかりのコメントだ。日本政府が事実上アメリカの言 いなりになって拡大させてきた日米同盟の現実に、NHKが国民 を強引に誘導しようとしている。 とにかく、放送法も「客観性」「公正さ」も一顧だにしないN HKスペシャルには恐れ入る。
これにひきかえ、日本テレビの「音の記憶U」は、NHKスペ シャルとは対極の位置にある。Nスペのように「初めて許可され た」映像はない。ヤンバルクイナが生息する地域が徐々に減って いる現実を取材し、米軍基地との関係を対比することで、「日米 同盟」の問題点を静かに語りかける。正面切って米軍基地に切り 込まない半面、意外な訴求力を感じさせる。
■ミサイル迎撃技術で米に従属するイージス鑑「こんごう」
NHKスペシャル「日本とアメリカ 深まる同盟関係」を簡単 に振り返ってみよう。 番組ではまず、イージス艦「こんごう」が昨年12月、ハワイ 沖で米軍とのミサイル発射テストに成功したことを伝える。とこ ろが、ミサイル打ち落としの技術は「こんごう」乗組員には与え られていない。コンピューターソフトウエアのプログラムも日本 に明らかにされていない。すべて米軍の情報に頼るしかない。
つまり、「こんごう」は完全に米軍の指揮下に入っている。独
立した軍隊ではない。NHKのスクープ映像は、日米同盟の実態
が、日本がアメリカに従属する形で急速に進んでいることをリア
ルに描き出す。
番組は、日米のミサイル防衛(MD)が「日本が長年守ってきた
一つの原則を踏み外す可能性がある」と指摘する。日本は戦後6
0年余、集団的自衛権の行使を否定してきたが、驚いたことに
Nスペはこの大原則を見直して、集団的自衛権の行使に踏み切
るべきだとする方向へ展開する。
Nスペは、日米軍事一体化を先取りする防衛産業にスポットを
あてる。「日本政府は、MDに総額1兆円以上を投入する」とナ
レーション。それに群がるメーカー、商社と国会議員。米国でミ
サイル基地や軍事産業を訪ね歩く姿が放送される。
日米防衛産業で、ある共同プロジェクトが進んでいる。日本が ミサイル先端部分の「おおい」を製造する。日本政府はこれも長 年堅持してきた武器輸出禁止3原則に例外規定を設け、「おおい」 を米に輸出し発射テストを行った。「日米同盟は新たな段階に入 った」とナレーション。武器禁輸3原則の空洞化、形骸化を批判 するコメントはゼロだ。
三宅キャスターが「日本は今後、11ヵ所に迎撃ミサイルを配 備する。今や日本は、日本だけでなく、アメリカを防衛すること が出来るくらいのところまで進んでいる。集団的自衛権をどうす るのか。議論が追いついていないと感じる」と、前のめりの中間 コメント。番組の狙いがいよいよ明らかになる。
「議論進めないと、舵を失った船になる」と
三宅キャスター、前のめりの締めくくりコメント
番組後半の主役は、日本大使館(ワシントン)の防衛駐在官。参 議院選挙の民意が、インド洋の給油を中断させた。カメラはこの 民意に背を向けて、米政府との関係を取り繕おうと駆け回る防衛 駐在官を追う。ゲーツ国防長官が「日本は役割を果たす義務があ る」と攻め立てる。
Nスペは、昨年11月の福田首相訪米について、ブッシュ大統 領の「冷ややかな対応が目についた」と、給油中断によるマイナ スの影響が殊更に大きいと強調する。
三宅キャスターが「特別に撮影した」と自讃するペンタゴンで
開かれた会議。防衛駐在官が出席したこの会議で、米側は「新海
洋戦略」を提案した。核心は「台頭する中国を責任ある国家にす
るため、日米が共通した戦略で(中国と)向き合わねばならない」
(アーミテージ米元国務副長官)という認識だ。
軍事面からも、中国との対決色を強める米戦略に日本を組み込
もうとする協議に防衛駐在官が進んで参加している。
軍事、外交、経済を意のままに進め、世界制覇を目論むブッシ ュ大統領の政策が失敗しようとしている今、日本が中国との関係 をどうするかは、決定的に重要な戦略ポイントである。それが、 実務ベースで日米一体化、従属化が進められているのは由々しい ことだ。Nスペは、その実態を映像で肯定的に伝えるだけで、問 題点などの指摘は一切ない。
画面は、1月15日、防衛駐在官が米中央軍司令部を訪問する シーンに変わる。各国の連絡官に給油再開決定を伝える。祝福を 受ける駐在官。「ホッとしている」と感想を述べる。仲間外れに ならなくてよかったという安堵感。憲法をかえりみず、アメリカ に付き従ってきた日本政府の姿勢が二重写しになる。
そして、まとめのキャスターコメント。「日米が揺れた半年間。 同盟関係が深まる中、日本の役割は広がろうとしている」「一貫 して見えてきたのは、同盟関係をより深めようとする日米両政府 の姿勢だ。日米同盟はどうあるべきか。キチンと議論を進めない と、現実の変化のスピードは極めて早いから、舵を失った船のよ うに流されてしまうのではないか」。三宅キャスターがこう締め くくって番組は終わった。
少し長くなったが、NHKスペシャルの問題点を整理する意味 からも、詳しく振り返ってみた。 NHKでは、ニュースは「政府の広報か」などと批判されるこ とが多いが、NHkスペシャルは昨年のワーキングプアの特集を はじめ、高く評価される作品も少なくない。
それは、NHKが放送法の規定などを遵守し、事実を客観的に
伝え、意見を公正に反映させるというスタンスを堅持してきたか
らに他ならない。
ところが、今回の「深まる同盟関係」には、そうした姿勢が微
塵もない。「客観性」や「公正さ」をかなぐり捨て、放送法を踏
みにじってまで、対米従属の「日米同盟深化」を煽る番組を制作
したNHKの動機は何か。背景に何があったのか。
■ヤンバルの森と米軍基地を「音の記憶」で対比
もう1本のNNNドキュメント08「音の記憶U ヤンバルの 森と米軍基地」である。 番組では、絶滅が危惧される天然記念物ヤンバルクイナを求め て、沖縄本島北部のヤンバル地域をカメラが追う。映像と並んで テレビの重要な構成要素である音声技術を最大限活用しているの が特徴だ。
ヤンバルの森にはヤンバルクイナをはじめ、同じ絶滅危惧種の ノグチゲラなど多くの生きものが生息している。臨場感あふれる 5・1chサラウンドの録音が、ヤンバルの森を生き生きと描き出 す。そこへ、米軍ヘリコプターの音が飛び込んでくる。番組はヤ ンバルの森が奏でる幻想的なシンフォニーと、それを圧殺せんば かりの米軍大型ヘリのごう音を対比させる。
ヤンバルクイナは、1981年に発見された日本で最も新しい 鳥で、沖縄本島北部のヤンバル地区のみに生息している。ヤンバ ルクイナは日本で唯一飛べない鳥だが、飛べなくても済む豊かな 餌がヤンバルの森にはある。しかし、ヤンバル地区に縦横に走る 道路と交通量は、ヤンバルクイナを交通事故の犠牲にする。20 00羽と推定されていたが、現在は1000羽に半減したと見ら れている。
玉城スミさん。大正8年生まれの88歳。11歳までヤンバルの 森に住んでいた玉城さんには、幼いころに聞いたヤンバルの音の記 憶がある。「おばあ」と呼ばれる玉城さんの耳に太古からの森の音 が残る。「それがいま、かき消されようとしている」とナレーショ ン。米軍大型ヘリのごう音がヤンバルの森を切り裂く。
「おばあの記憶をたどって、森へ入った。ヤンバルクイナ。戦 争。森の精気。そこで聞いたのが、未来に伝えたい音の記憶」と ナレーション。番組の主題である。
再び玉城さん。「父はヤンバルクイナじゃない、ヤマボーと呼ん だよ。クォ、クォ,クォと鳴くんだよ」。おばあはこんな音も聞 いた。「艦砲射撃。海からヒューッと来るよ。早いね。ヒューッ と山に来る。ピカピカと照明弾が来るの。戦(いくさ)って絶対し たらいかん。人民が死ぬんだよ、みんな」。
おばあの住んでいた森では、ヤンバルクイナをとらえることが 出来なかった。取材班は、奥ヤンバルと呼ばれる東村向江に向か った。ここはヤンバルクイナが生息する南限の地といわれる。し かし、ここにもヤンバルクイナの姿はなかった。
■太古から続くヤンバルの「音の記憶」を未来に伝えたい
スタッフはさらに北上し、国頭村の森に5・1chサラウンド の機材をセットする。360度すべての方向から聞こえてくる森 の音を忠実にキャッチする。 夜の森。月と雲。鳥や虫の鳴き声。水のせせらぎの音。ヤンバ ルの森に風が走る。精巧なマイクが音を拾う。ヤンバルの幻想的 な交響曲だ。しかし、ヤンバルクイナの姿は見えない。
そして、これもヤンバルの音。米軍大型ヘリのごう音。森をか すめるように飛ぶ。山の尾根をつたう飛行訓練だ。米軍機はヤン バルの空を頻繁に飛び交っている。 ヤンバルには、米海兵隊の北部訓練場がある。ヘリが離発着す るヘリパット(ヘリ着陸帯)は20ヵ所ある。訓練は24時間、い つでも行われる。
1996年、日米両政府は北部訓練場の一部を返還し、6ヵ所 のヘリパットを移設することで合意した。その6ヵ所は東村高江 に近いヤンバルの森の中。 去年7月、ヘリパット移設工事は、騒音に苦しむ住民の反対を 押し切って、着工が強行された。
ヤンバルクイナの姿を求めて、2度目の満月の夜。飛べない鳥、 ヤンバルクイナは夜、木の枝の上で寝ている。満月が森を照らす。 風が強く、木が大きく揺れる。懐中電灯の弱いライトの中に、ヤ ンバルクイナの目が赤く光る。 「いた、いた、いた」。スタッフがヤンバルクイナをカメラに 捉える。地上3メートル。太い枝の上でじっとしている。おばあ の言っていたヤマボーだ。
ヤンバルクイナの目に、人間のいとなみはどう映るのか。鳥の 声、水の流れ。朝焼け、日の出に染まるヤンバルの森。豊かな森 にわたる風の音。蜜をついばむ小鳥のアップ。 太古の世代から変わらぬヤンバルの朝。そこにあの音、未来に は伝えたくない米軍ヘリのごう音。画面をヘリが横切り、再び静 寂なヤンバルの森が戻る。
イージス鑑「あたご」とNスペ「深まる同盟関係」
法律に違反して平然、深刻な問題、NHKは検証を
2月19日未明、房総半島野島崎沖の太平洋で海上自衛隊のイ ージス護衛艦「あたご」がマグロはえ縄漁船の「清徳丸」と衝突、 乗組員2人が行方不明となった。 「あたご」は12分前に漁船を確認しながら回避義務を怠り、 漁船を撃沈≠オた。7750トンのイージス艦がわずか7トン の小型漁船と衝突したのだから、たまったものではない。まさに、 小船は自分で避けろと言わんばかりの、そこのけそこのけ「あた ご」が通る、である。
この驚くべき「あたご」の事件は、NHKスペシャル「日本と
アメリカ 深まる同盟関係」と同質のものを感じさせる。行方不
明者を出した事件と同列に扱うのは飛躍があるとの批判も予想さ
れるが、法律を破って平然としているという点では大差はない。
Nスペ「深まる同盟関係」にとって、「政治的な公平さ」など
を定めた放送法は、イージス鑑が衝突した小型漁船同様、考慮す
る必要のない存在なのか。
NHKと民放連は「放送倫理基本綱領」を定め、「放送の公共
性を重んじ、法と秩序を守り、国民の知る権利に応える」「報道
は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫る」と謳って
いる。Nスペのスタンスはこの綱領に反していないか。
日本テレビの「音の記憶U ヤンバルの森と米軍基地」は、N スペのようにゴールデンタイムで放送されたわけでもなく、深夜 の時間帯でオンエアされた地味な作品だ。 しかし、少数意見がなかなか反映されにくい現在のメディア状 況の中で、ヤンバルの森と米軍ヘリを「音」を中心に取材し、問 題点をアピールした異色の手法は評価されてよい。荒れた海にピ カリと航路を示す小さな灯台の灯りのような番組である。
NHKスペシャルといえば、テレビドキュメンタリーの世界で は、一方のリーダー的存在と言っていい。そのNスペが対立する 意見を排除して「日本とアメリカ 深まる同盟関係」という一方 的な番組を制作した意味は決して小さくない。 NHKは、その理由を視聴者に説明する責任がある。同時に、 市民と視聴者による監視と検証も今後の重要な課題になる。