河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ24/イラク戦争は「遠い国の戦争」ではない テレビは「米侵略5年目」の真実に迫る報道を08/04/05
イラク戦争は「遠い国の戦争」ではない
テレビは「米侵略5年目」の真実に迫る報道を
アメリカのイラク侵略戦争が3月20日、開戦から5年を迎え
た。ブッシュ大統領は「この戦争は、米国にとっても、世界にと
っても良かった」と強弁したが、それを信ずる者は誰もいない。
世界保健機構(WHO)は、イラク市民の犠牲者は昨年5月まで
に15万人を超えたと推計結果を発表した。実数はそれを上回る
ものと見られている。米軍の死者も4千人に迫っている。イラク
は出口の見えない内戦状態に投げ込まれ、アメリカは完全なドロ
沼にはまりこんだ。ブッシュの歴史的大失政の罪は重い。
前日の19日付毎日新聞「つむじ風」欄に「遠い国の戦争」と
題するコラムが掲載された。米軍がイラク侵略攻撃を開始した0
5年3月の1ヵ月間、日本とイギリスの議会で「イラク」を巡る
論戦を検証したものだ。日本の国会は95件、英議会では972
件の論戦が交わされたという。英国は戦争当事国だから、単純比
較は出来ないが、記者は「(日本の議員の発言は)戦争が日本のエ
ネルギーにどう影響するかなどが中心だった」として、「あの戦
争は『遠い国のできごと』だったと感じた」と書いた。
このコラムは国会のあり方を批判したものだが、同じ指摘はメ
ディアに対しても共通する。新聞は、国会とは違って「遠い国の
戦争」とは捉えずに、イラク戦争の真実に迫る報道を展開してき
たか。テレビも同じだ。そのことを自ら問わずに、国会のあり方
だけを批判しても、説得力はない。
5年目を迎えたイラク戦争を、テレビメディアはどう報道した
か。テレビ報道が政府や権力サイドの発表を鵜呑みにして、真実
に迫る努力を怠りがちだと、その劣化が叫ばれて久しいが、今回
はどうだったか。視聴者の期待に応える内容だったか。
バグダッドから生中継した局と見送った局に別れ、取材の姿勢に
差が見られた。米軍の撤退か駐留継続かについても微妙な温度差が
あり、スタンスに疑問を感じさせる報道もあった。
■NHKと日テレ、バグダッドから生中継
米軍撤退か駐留継続かで微妙な差
テレビメディアは20日、夜のニュースで「イラク戦争開戦5
年」を取り上げた。
NHKは夜7時の「ニュース7」で、チベット騒乱、円高ドル
安に次ぐ第3項目で特集した。再現ビデオで5年間を振り返った
後、バグダッド市内の広場に、5年前に引き倒されたフセイン銅
像に替わって建てられた「自由の喜びを表現する」彫像のシーン
がオンエアされる。イラクの実態は「自由の喜び」とは似ても似
つかない米軍の暴虐と内戦の恐怖に支配されているから、皮肉な
ショットだ。
04年から2年半、派兵された陸上自衛隊が復興支援をした浄
水場が今も使用されている。しかし、フィルターは砂まみれにな
って故障したが、部品が無く修理できない。故障したまま、使い
続けている。
バグダッドから、記者が生中継でリポートする。「イラクの内
部は分断が進んだ5年だった。シーア派とスンニ派の対立は一段
と激しくなった。宗派ごとの対立が進んでいる。マリキ政権は対
応できていない」。市内北部チグリス川の周辺を5キロにわたって
高さ3メートル半の巨大な壁が囲む。スンニ派の住民が住んでい
る。周りはシーア派地区だ。ブッシュ政権は「治安回復」を強調
するが、住民は自爆テロの恐怖におびえながら暮らしている。
続いて、ワシントンから中継リポート。「米兵の死者は400
0人に上り、戦費も75兆円に達した」。大統領選挙の重要な争
点になっている。オバマ、クリントンの民主党候補は早期撤退を
主張している。共和党マケイン候補は駐留を続ける方針。「戦争
に疲れ、撤退を求める一方、ベトナム戦争の英雄マケインに期待
する見方もある。有権者の選択が、イラク戦争にどう関わってい
くかを決めることになる」と、ブッシュ路線支持をにじませた記
者リポートで終わった。
日本テレビ「NEWS ZERO」も、フリージャーナリスト
の佐藤和孝氏がバグダッドから生中継でリポートした。現地で防
弾チョッキを身につけ、警備会社6人のスタッフの護衛で市内の
取材に向かう。車内ではAK47を携え、「いざという場合には、
すぐ撃ってください」と緊張感が漲る。バグダッドでは待ち伏せ
が多い。何重にも検問を受ける。
佐藤氏とスタッフは市内の繁華街に向かった。有数のスーパー
マーケットに入る。冷凍食品など品数は多いが、肝心の客はまば
ら。物価上昇で手が出せない。灯油は200倍も値上がりだ。失
業率が40%に達し、仕事がない。毎日、どこかでテロ攻撃が起
きている。市民が「ここで爆発があったし、あっちでは114人
が死んだよ」。あっけらかんとインタビューに答える姿が、逆に
ブッシュに対する腹の底からの告発となっている。
佐藤氏のライブリポート。「人目につくと、誘拐など非常に危
険な状況です。カメラを隠して中継しています」「バグダッドは、
水道や電気の供給が極めて悪い。仕事もない。フセイン時代より
悪くなっている。アメリカ憎しの気持ちは根本的に変わっていな
い」「シーア派のマリキ政権は、同じシーア派の隣国イランの強
化を招き、内戦の激化につながる」。
これを受けて、スタジオでコメンテーターの星野仙一氏がコメ
ント。星野氏は野球監督で、戦争問題は門外漢だが、ズバリ本質
を衝いた。「アメリカの民主主義をあの周辺の国に押しつけよう
とするのは無理がある。米兵が4000人死んでいるが、いった
いどんな意味があるのか」。
■「憲法9条を持つ日本なりの平和感を生かせ」
TBS「サンデーモーニング」で伊勢崎教授が指摘
テレビ朝日「報道ステーション」とTBS「筑紫哲也NEWS
23」もイラク開戦5年を取り上げたが、現地バグダッドからの
報告(中継リポート)がない。「報ステ」は、米軍がイラクに駐留
を継続するか、撤退すべきかが、大統領選挙で大きな争点になっ
ていることを中心に伝えただけ。
特に、「1年以内の撤退と答えたのは、わずか7%」で、「63
%が米軍の撤退はイラクをテロの巣窟にすると答えた」という米
世論調査結果を大きく報じた。これでは、「報ステ」は米軍駐留継
続にスタンスを置いているのかと疑問を抱かせる。
TBS「NEWS23」は、イラク戦争に反対する元米軍兵士
やイラク人医師らによる座談会で特集した。電話回線でバグダッ
ドとつなぎ、市民の悲惨な生活の実態やブッシュに正当性がない
ことなどを伝えたが、生中継リポートがないため、かなりの時間
を割いた割には、インパクトが弱い。
TBSの「サンデーモーニング」(3月23日)では、日本が今
後採るべき政策のあり方について、問題提起があった。米国防総
省は、イラクの大量破壊兵器は発見されず、フセインとアルカイ
ダは無関係との報告書を公表している。正当性がないブッシュの
イラク戦争に、日本政府は盲目的に従っている。その実態がVT
Rで放送された。
これについてコメンテーターは「米大統領選で民主党が勝利す
れば、米軍は撤退を開始する。全体に、軍事行動拡張主義が見直
しの方向にある。日本はいつまでも米国に付き従うのか。どこか
で、そうはならないことを想定して、政策対応する必要がある」
(浅井信雄氏)。「こんなバカな政策にいつまで付き合うのか。憲
法9条を持っている日本なりの平和感を(外交政策に)どう生かし
ていくかが大事だ」(伊勢崎賢治氏)などと指摘した。
■テレビはイラクでの航空自衛隊の活動を取材し
国民が判断できる正確な情報を放送すべき
2つほど注文をつけておきたい。第1点は、イラク戦争の報道
を一過性の通過点で終わらせてはならないということだ。各局と
も、20日には取り上げたが、21日以降はニュース項目から姿
を消している。開戦5年という「節目」だから特集するが、それ
以外はノーマークというのでは、20日の特集は「通過儀礼か」
との批判を免れない。イラク戦争を継続してフォローし、情報を
切れ目なく視聴者に届けてほしい。
第2点は、現在イラクに派兵されている航空自衛隊がどんな活
動を行っているのか。防衛省は何も明らかにしていない。実態は
闇に包まれたままだ。20日の報道ではこの問題について一切触
れられていなかったが、テレビは取材を強化して、その実際の姿
にスポットをあててほしい。
昨夏の参院選で野党が多数を占め、議員の国政調査権が政府の
情報隠しに風穴を開けた。インド洋の給油がアフガニスタンだけ
でなく、イラクにも流用されていたことが分かり、大問題になっ
た。イラクの空輸活動についても国政調査権による情報の提供が
緊急に求められる。
3月28日、朝日新聞夕刊で1年間連載された「新聞と戦争」
が終わった。先の太平洋戦争で朝日が軍部の弾圧を恐れて、真実
を知りながらペンを折り、後退を重ねた結果、結局戦争に全面的
に協力する経過を検証したもので、特に「社論の転換」シリーズ
や「南京」シリーズなど意欲的な企画だった。
この連載を終えた朝日は3月30日、「メディアが戦争を阻止
することは可能なのだろうか」として、特集を掲載した。
その中で、A・ゴードン・ハーバード大学教授は、「大量破壊
兵器が存在する(中略)という証拠は一つもないのに、米メディア
は事実であるかのように報じた。満州事変で関東軍の謀略に乗せ
られて中国側を非難した日本の新聞と、基本的に同じだ」と指摘
し、「自国の戦争に際してメディアが担うべき役割は、『その戦争
の正当性の有無を判断できる正確な材料を提供すること』に尽き
るはずだ」と寄稿している。
イラクの戦争は「遠い国の戦争」ではない。航空自衛隊は、戦
闘行為には加わっていないとされてはいるが、内戦状態の国に派
兵されている軍隊であることに変わりはない。その意味で、間違
いなく「自国の戦争」である。
しかも、5千万件の年金記録やインド洋給油の情報隠蔽など、
日本政府の情報隠しは枚挙にいとまがない。航空自衛隊がどんな
活動をしているかを知るには、テレビや新聞の取材が欠かせない。
テレビは20日の特集をその日限りで終わらせずに、継続的に情
報を取材し、国民に正確な判断材料を提供してほしい。