河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ27/テレビは洞爺湖サミットをどう報道したか  温暖化、投機マネー、貧困、G8は機能不全

08/07/18


テレビは洞爺湖サミットをどう報道したか

 温暖化、投機マネー、貧困、G8は機能不全

 

 北海道洞爺湖サミットが9日、閉幕した。地球温暖化対策が最大のテーマだったが、削減の数値目標を明示できずに終わった。原油・食糧暴騰阻止策や、その原因となっている投機マネー規制対策、アフリカ支援策などについても、G8は実効性のある具体策を打ち出せず、サミットの限界を浮き彫りにした。

 

 メディア、特にテレビは、この洞爺湖サミットをどう報道したのか。サミット期間中は、ブッシュ米大統領や福田首相らG8首脳会合や、中国・インドなど新興国を加えた拡大会合など、会議の内容や「G8首脳宣言」、「議長総括」など、洪水のようにブリーフィングされる発表のニュース処理に追われるのが実情。サミットの問題点を掘り下げる報道は少なかった。

 

 その中で、「アフリカからサミットを見る」を企画した、TBS「NEWS23」や、地球温暖化対策でアメリカの横暴ぶりをスクープしたNHKスペシャルなど、サミットが抱える問題点に迫ろうとする番組も見られた。

 本稿では、テレビが洞爺湖サミットをどう伝えたかを検証してみたい。

 

■TBS三沢キャスター、アフリカからリポート

  「G8首脳は最貧国の声をどう聞くのか」

 

 「ボトム・ビリオン」という言葉がある。1日1ドル以下の収入で暮らす最貧困の人たちのことだ。最底辺の10億人と訳されるが、実際には13億人を超えるという試算もある。TBS「NEWS23」の三沢キャスターは、世界最貧国のひとつ、アフリカ・ブルキナファソを取材、7月8日に放送した。

 

 ブルキナファソはここ数年、地球温暖化による気候変動と投機マネーによる食糧危機の直撃を受けている。ウスマン・サーロさんは8年前、農村を離れ街角のカフェで1日19時間働いているが、収入は700セーファーフラン(170円)。すべての稼ぎは食費につぎ込むが、食事は1日1回しかとれない。理由は「コメもトウモロコシも小麦も、すべて値上がりした」(ウスマンさん)からだ。この国では、国民の約半分が、ウスマンさんと同じか、それ以下の暮らしを強いられている。

 

 なぜ住民は農村を離れるのか。ある村では、6つの井戸のうち5つが枯れていた。雨が降らないので、ここは水が無い。サハラ砂漠の南サヘルと呼ばれる半砂漠地帯は、カラカラに乾いている。温室効果ガス排出による気候変動がアフリカの大地から水を奪った。「先進国のアフリカ支援は聞いたことはあるが、見たことはない」と村民のスレイマンさんが訴える。

 

 実際この1年、コメは2.6倍、トウモロコシ2.3倍、小麦1.4倍と急騰している。G8はこの問題にどんな処方箋を示したのか。福田首相は9日の「議長総括」で、「食糧価格の高騰問題について深刻な懸念を共有」するとし、「あらゆる対策をとる」とまとめたが、具体策は何もなかった。

 

 G8の首脳たちは、アフリカが先進国の責任に帰せられるべき原因で貧困に苦しんでいるとき、豪華な夕食を楽しんでいた。NHKの「ニュース7」(7月7日)は、首脳の夕食会を念入りに伝えた。北海道産のウニや毛ガニ、アスパラガスなどのメニューを紹介。毛ガニについては、麗々しく生中継までしていた。英ガーディアン紙は「食糧危機を議論したその日、G8の指導者は最高級の御馳走を楽しんだ」と報じた。NHKの無批判な夕食会報道とは対照的なスタンスである。

 

 TBS「NEWS23」の三沢キャスターは、現地ブルキナファソから、「世界最貧国を食糧危機が襲っている。原因は私たち先進国にある。G8の首脳たちはこの国の声をどう聞くのか」とリポートした。アフリカの貧困の現場にキャスターを派遣して実態に迫ろうとした番組は、私の見落としがなければ、「NEWS23」以外にはなかったと思う。その姿勢は評価されてよいのではないか。

 

■G8、温暖化防止の数値目標 首脳宣言に盛り込めず

 

 洞爺湖サミット最大の焦点は、地球温暖化を阻止するため、2050年までに温室効果ガス排出を半減する目標で、G8がどう合意するかだった。肝心カナメの数値目標については、ブッシュ大統領の反対で「首脳宣言」に盛り込むことが出来ず、「目標を共有する」という文言でお茶を濁した。テレビ各局は、「ブッシュ大統領は終始上機嫌」と報道したが、自分の主張を強引に押し通したのだから機嫌が悪い訳がない。

 

 ブッシュ政権は、洞爺湖サミットでヨーロッパ各国が温室効果ガス半減目標の合意を迫ってくると読んで、これを潰すために中国やインドを巻き込む戦略で臨んできた。その半年間の攻防をNHKスペシャル「極秘交渉―シェルパたちの180日間を追う」(7月7日、以下「Nスペ」)が明らかにしている。

 

 世界最大の温室効果ガス排出国はアメリカだ。Nスペによると2005年時点で21%。以下、中国19%、EU12%、ロシア6%、日本5%、インド4%と続く。排出量は271億トンに達し、そのうち44%をG8が占めている。

 

 最大の排出国であるアメリカが削減の旗を振らなければ、温室効果ガスが減らないということは、小学生でも分かる。そのことを熟知するブッシュ政権は、中国やインドを抱き込んで責任逃れを図ろうとした。

 

 シェルパとは、G8首脳の交渉代理人を指す。ヒマラヤ登山の案内人を引用したものだ。首脳の信頼が厚い側近がシェルパ役を勤める。福田首相の「シェルパ」は、河野雅治外務審議官。Nスペは河野審議官にスポットを当てて、取材を開始した。議長国日本の取り組みをPRする狙いが込められている。ところが、現実にはブッシュ米大統領のシェルパが、数値目標の合意潰しに動く姿をリアルに描き出す結果になっているのは、皮肉と言うほかはない。

 

■「温暖化」数値目標、米が合意潰しに動く

 NHKスペシャル「極秘交渉」がスクープ

 

 シェルパ会議は、サミット本番まで今年1月から4回、東京や京都など日本で開かれた。「これまで公開されたことのない会議室での会議も、今回初めて(カメラ取材が)許可された」とナレーションでスクープ映像≠強調する。

 

 米国のシェルパはダニエル・プライス大統領補佐官。ブッシュ政権の通商交渉を任されている辣腕の企業弁護士だ。会議は削減の数値目標で合意を迫るヨーロッパ各国と、これに反対するプライス補佐官との間で、冒頭から激突した。

 

 プライス氏は3月の第2回シェルパ会議で、早くもブラフをかませる。「これ以上、数値目標受け入れを迫るなら、サミット合意を決裂させてもかまわない」と開き直ったのだ。

 

 ブッシュ政権は、「先進国の枠組みそのものを作り直すことを画策」(ナレーション)し、去年米主導で立ち上げた「主要経済国会議」(MEM)に中国やインドを加えて、「アメリカが損をすることのない合意をサミット前に作ってしまおうと考えた」(同)。

 

 4月下旬の第3回会議でプライス氏は、新たな手を打った。洞爺湖に中国やインドなどの新興国を招いた、首脳級のMEMを同時開催しようと提案した。温暖化問題の結論は、G8のサミットではなく、MEMで出してしまおうというのだ。

 

 日本としては、サミット最大のテーマの主導権を奪われかねない提案だ。しかし、日本はこれに異は唱えなかった。Nスペは、「米との事前打ち合わせに沿って」というナレーションで、河野審議官がプライス提案を受け入れたことを明らかにする。米国に従属する日本政府の姿が浮き彫りにされる。

 

 しかし、米国の横車に等しい野望は挫折する。6月21日にソウルで開かれたMEM。プライス氏は、温室効果ガスの2050年までに半減させる合意を新興国から取り付けることに「自信をもって臨んだ」。

 

 しかし、MEMも米国の思惑通りには行かない。Nスペのマイクが「数値目標という大問題で簡単に妥協はできませんよ」というインド代表の声を拾う。アメリカと新興国は結局折り合うことなく、具体的な数値目標については決裂した。

 

 6月24日、洞爺湖で第4回シェルパ会議が開かれた。会議は紛糾し、EUのシェルパ、アルメイダ欧州委員会官房長は「数値目標を首脳宣言に入れないなら、サミットの意味はない」と発言し、会議の途中席を蹴って飛び出した。「会議は決裂寸前の攻防が続いた」とナレーション。

 

 「何かコメントを」と迫るNスペスタッフに、「今回は勘弁してくれ」とプライス補佐官。その背中に、米の思惑を押し通せない無念さがにじむ。

 

 番組では、主役のはずの河野審議官の影が薄くなる。ヨーロッパ各国からは「議長国として米を説得すべき」と迫られるが、ブッシュ政権のシナリオに沿った取りまとめの姿勢が、次第に信頼感を失わせる。サミット本番で、議長としてのリーダーシップを十分発揮できなかった福田首相と二重写しになる。

 

 G8首脳会議では結局、「半減目標を共有」というあいまいな決着で世界を失望させることになるが、NHKスペシャル放送の時点では、その決着点はまだ見えていない。

 

■グローバリズムの害に背を向け加速する首脳宣言

 

 もうひとつの焦点は、暴走する資本主義、その象徴であるグローバル経済と投機マネーをどうコントロールするかという課題である。経済のグローバル化は、一部富裕国と貧困国との格差を拡大し、「ボトム・ビリオン」と呼ばれる10億人以上の最貧困層を生み出した。米国のサブプライム危機で行き場を失った投機マネーが、原油や食糧市場に流れ込み、ガソリンやコメ、トウモロコシなどの価格暴騰を引き起こした。

 

 諸悪の根源とも言うべきこの問題に、G8首脳はどう対応したのか。G8首脳宣言では、世界経済について「経済の長期的な強じん性、将来の世界の経済成長に引き続き肯定的」と、楽天的というか、むしろノー天気な認識を表明した。

 

 グローバル経済については、「グローバリゼーションは世界の経済成長の重要な推進力。すべての者にグローバリゼーションの恩恵をもたらすため様々な政治的、経済的、社会的な試練に取り組む」と宣言している。

 

 株式市場や債券市場を食い荒らし、原油・食糧の価格暴騰を引き起こす巨額の投機マネーの主要な側面は、世界規模で生活を破壊する病原菌のような存在だ。この悪性ウイルスを退治しなければ、地球自体の生存に影響が出る恐れがある。

 

 洞爺湖に集まった首脳は、極めて遺憾なことに、この危機的な問題を正視しようとしなかった。むしろ、グローバリゼーションを加速する宣言にゴーサインを出した。これでは、機能不全を通り越して、犯罪的と批判されてもやむをえない。

 

■テレビ、グローバリズムを掘り下げる報道に消極的

 

 テレビはこの実態をどう伝えたか。

 7月7日、テレビ朝日「報道ステーション」は、「サブプライム発『危機の米国』」というミニ特集を組んだ。「すべての危機は米国のサブプライム金融危機に原因がある」という基本認識だ。

 

 サブプライムの「震源地」といわれるカリフォルニア・ストックトンを取材する。ストックトンは、差し押さえられた家が全米トップの住宅地だ。食糧配給所には、「中流」家庭の人たちが押し寄せている。「マネーの猛威は巡りめぐって、アメリカ人の首を絞めている」と記者リポート。

 

 これを受けて古館キャスターが「世界の首脳が、マネーに手を出せない。すべて市場任せにするしかないという現状がある」とコメント。

 

 洞爺湖サミットに関連して、サブプライムや投機マネーを多少でも掘り下げた番組は、私が視聴した限り、この「報ステ」だけである。それ以外は、G8の発表をそのまま伝えるだけの型通りのニュースと、投機マネーやグローバル経済を散発的に批判する記者やキャスターのコメントのみだった。

 

 NHK「ニュースウオッチ9」(7月9日)が、「原油価格高騰の一因とされる投機マネーについて、首脳会議は情報公開を進め透明性を高めることで一致したが、即効性のある対策は示せなかった」と伝えたのがその典型だ。他のテレビ局も大同小異で、こうした報道では問題の所在がさっぱり分からない。

 

 問題は、投機マネーやグローバル経済について、なぜ踏み込んだ取材をしないのかという点だ。これだけ、世界経済に害をまき散らしている投機マネーについて、「情報公開を進める」だけというG8の宣言は、その驚くべき身勝手かつ貧困な認識という点でむしろニュースじゃないか。テレビメディアとして持って来いの取材ネタであるはずだ。

 

■「財務省、カジノ資本主義ひそかに検討」と日経報道

 

 日経(7月10日)は、日本の財務省が「カジノ資本主義のあり方について」という討議テーマ案を内部でひそかに検討した事実を明らかにしている。「世界で大きく膨らんだマネーが実体経済を振り回す『カジノ型』のグローバル危機について踏み込んだ議論をしようと用意した」という。

 

 結局このプランは「米国の反対で葬り去られ、日本の財務官をはじめ各国の通貨マフィアの姿は洞爺湖にはなかった」と日経は伝えている。

 

 テレビはこうした動きにカメラの眼を向けることは出来なかったのか。「カジノ資本主義」で財務省が動いたというのは、ニュースではないか。テレビカメラでフォローすれば、NHKスペシャル「極秘交渉」に匹敵する取材が可能なはずだ。

 

 洞爺湖サミットが終わって、サミット限界論、不要論が勢いを増している。日本テレビの「NEWS ZERO」(7月8日)でタレント出身の女性キャスターが「もうG8だけでは、重要なことを決められなくなっているんですね」とコメント。妙に説得力があったが、不要論が強まる所以だろう。

 

 1975年にフランス・ランブイエで第1回サミットが始まって、今年で34回目。サミットを巨視的に見ると、ミルトン・フリードマンの新自由主義経済理論をベースに、G6(初期、現在はG8)の「金持ちクラブ」諸国が自国の国益を最優先として、世界にグローバリゼーションの枠組みを押し付け、ついに原油・食糧の価格暴騰にとどまらず、温室効果ガスの排出により地球の生存そのものを危うくするに至った歴史といえるだろう。

 

 一例をあげると、2000年の九州・沖縄サミットは、「すべての人に対するグローバリゼーションによる利益を最大化するために創造的であり続ける」と宣言している。

 

 グローバリゼーションに対する批判はますます強まっているのに、洞爺湖サミットはその路線をさらに加速している。

 

 歴代G8首脳が敷き詰めた新自由主義のレールの上を、グローバル経済と投機マネーが暴走している。

 

■世界の市民、札幌で「もうひとつのサミット」開催

 テレビはサミットの問題を継続して取材強化すべき

 

 機能不全に陥ったG8に、最早地球の将来を託すわけにはいかないのは、誰の目にも明らかだ。

 

 TBS「NEWS23」が7月7日、札幌で開かれたオルターナティブ・サミット、「もう一つのサミット」を取材した。世界各地からNGO市民組織が集まり、「G8主導の弱肉強食のグローバリズムに反対。G8だけでは決められない」と訴えた。

 

 後藤キャスターのマイクに、スーザン・ジョージさん(フランスの市民運動家)が訴える。「G8は世界人口の14%を占めるにすぎないが、核保有国であり、軍事支出の4分の3を支配している。しかし、世界全体を反映している訳ではない」。

 

 市民が求めているのは、G8が進めるグローバリゼーションではなく、地球規模で正義を実現するオルターナティブ・グローバリゼーション、「もうひとつのグローバリゼーション」である。

 

 地球温暖化防止に対するG8の取り組む姿勢は極めて弱い。グローバリゼーションも投機マネーも、洞爺湖に集まったG8首脳は制御する意思を失っていると言わざるを得ない。「ボトム・ビリオン」もG8任せにしては解決しない。世界各地で、草の根から運動を盛り上げて行くことが必要だ。

 

 テレビメディアも、サミット開催時に集中豪雨的に発表を伝えるだけの一過性の報道ではなく、継続的に取材を強化し、映像の訴求力を活かして、情報を的確に伝えてほしい。