河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ28/米政界NO3ペロシ下院議長、初の広島訪問
テレビは核廃絶へ、世論喚起の番組制作図れ 08/09/01
G8下院議長会議(議長サミット)という聞き慣れない会議が9
月2日、広島市で開かれる。G8サミット参加8カ国の下院議長
(日本は衆議院議長)が出席して、G8サミットで議論したテーマ
を議会サイドから追認する形で話し合っている。新味のない内容
に終わるから、メディアは見向きもしなかった。
ところが、今年はやや様相を異にしている。第1に、平和と軍
縮をテーマに選んでいること、第2に、被爆地広島市で開催され
ること、そしてこの点が最大の特徴だが、第3にアメリカのナン
シー・ペロシ下院議長が出席することである。
政府・議会を問わず、戦後63年、広島を訪れた米政界の現職
首脳は一人もいない。ペロシ下院議長の広島入りは、米政界の要
人が初めて原爆投下の地に足を踏み入れるということだ。
下院議長は、米国憲法で大統領継承順位第3位と定められてい
る。正副大統領に万一の事態が発生すれば。ペロシ議長は大統領
職をになうことになる。女性初の下院議長であり、米政界NO3
のペロシ氏が広島を訪問するのは画期的なことだ。
ペロシ議長の担ぎ出しには、自民党元総裁のハト派、河野洋平
衆議院議長の説得のよるところが大きかったという。毎日「近聞
遠見」(8月16日)によると、河野議長は昨年9月の「ベルリン
議長サミット」でペロシ議長に、08年は平和と軍縮をテーマに
広島で開催することを提案した。
これに対しペロシ議長は「大量破壊兵器や核の軍縮は非常に重
要な問題で、広島という場所についてもこれ以上適切なところは
ない」と即座に快諾したという。
議長サミットは9月2日、平和記念公園で原爆慰霊碑に献花し、
原爆資料館を視察した後、広島国際会議場で「平和と軍縮」を議
題に意見交換する。河野議長は「核軍縮や核廃絶がテーマになる」
と、核拡散防止条約(NPT)などを俎上に乗せる考えだ。
議長サミットに参加する8カ国の議長は会議前日の9月1日夜、
記念コンサートに出席。広島交響楽団が演奏する、被爆二世の佐
村河内(さむらごうち)守さん(44)作曲の「交響曲第一番」を鑑
賞する。
核廃絶へキッシンジャー氏ら新たな動き
広島と長崎に原爆が投下されて63年、核兵器廃絶を目指す流
れに新たな動きが加わった。
アメリカのキッシンジャー元国務長官らが昨年発表した「核兵
器のない世界に向けて」と題するアピールに今年6月、イギリス
のハード元外相らが呼応し、「最終目標は核のない世界であるべき
だ」との主張を英タイムズ紙に寄せたのだ。
米民主党の大統領候補、バラク・オバマ氏は「(核のない世界
という)ビジョンを現実にするために力を尽くすのは米国の責任
である」と述べ、共和党のマケイン氏も「思い切って世界の核
を減らす時がきた」と応じた(朝日、8月6日)。
米民主党は26日、デンバーで党大会を開き、大統領選に臨む
政策綱領を決めた。その中で、核政策について「核兵器のない世
界をめざす。米ロの核兵器を劇的に削減、包括的核実験禁止条約
(CTBT)の批准への超党派の支持が実現するよう努力する」と
強調している。ちなみに、ナンシー・ペロシ議長は、民主党の重
鎮である。
米国新大統領の誕生に期待」とアピール
こうした流れを受けて、秋葉忠利広島市長は8月6日の平和宣
言の中で、「今年11月には、人類の生存を最優先する多数派の
声に耳を傾ける米国新大統領が誕生することを期待します」と異
例の訴えを行った。
このアピールは、NHKが生中継したのをはじめ、テレビ各局
がニュースなどで報道した。
田上富久長崎市長も、「世界の核弾頭の95%を保有している」
アメリカとロシアに対し「核兵器の大幅削減に着手すべきだ」と
呼びかけると同時に、核を保有するすべての国名を挙げて、「核
軍縮の責務を真摯にはたしていく」よう強く求めた。
この長崎平和宣言については、TBSの「サンデーモーニング」
(8月10日)で、「各国語に翻訳して全文を核保有国に送付すべ
きだ」という指摘があった。
中国新聞積極対応、G8議長にインタビュー取材
この「広島G8議長サミット」については、地元紙の中国新聞
が積極的な取り組みを見せている。
中国新聞「ヒロシマ平和メディアセンター」は、国内外の市民
や非政府組織(NGO)にインターネットを通じて核兵器に関する
アンケートを実施。18カ国から寄せられた210件の回答から
は、核廃絶に向けて日本政府が有効な役割を果たしていないとい
う指摘が圧倒的に多数を占めた。
同紙は、G8議長サミットに出席する議長にもメールでインタ
ビューを実施し、全員から回答を得た。8月1日の紙面で、ペロ
シ議長のメッセージを掲載した。
その中で同議長は、初めての広島訪問で「平和記念公園や原爆
資料館を訪れ、計り知れないほど廃墟となった都市がどう再建さ
れ、繁栄したかを学びたい」と希望。広島での開催を「核兵器が
もたらした破壊や命の喪失をありありと思い起こさせる」と評価
した。その上で、「会議では、核不拡散や管理の行き届かない核
物質への対処が重要な議題となる」と述べ、議長サミットへの意
欲を示している。
ペロシ議長の初の広島訪問と、メッセージに示された、核廃絶
への積極姿勢は、キッシンジャー氏らの提言とハード元英国外相
らの呼応、大統領選に向けた米民主党の政策討議など、核兵器削
減・廃絶への流れと無関係ではない。
ペロシ「初訪問」には積極取材姿勢見られず
テレビの対応はどうか。現地からの情報では、特別番組を編成
するなどの積極的な動きは聞こえてこない。ストレートニュース
で報道するのが現状のようだ。
それにしては、少しもったいないのではないか。米政界ナンバ
ースリーのVIPが初めて広島を訪問するのだから、核廃絶にカ
メラを向ける絶好のチャンスではないのか。
63年目の夏、テレビは北京五輪特別編成体制の中で、今年も
原爆に関する意欲的な番組を編成した。それだけに、ペロシ「広
島初訪問」への消極姿勢は惜しまれる。
「原爆の日」関連の特番を振り返ってみよう。
民放では、日本テレビが「NNNドキュメント08」で8月2
4日、「洋次郎の夏〜29歳・バーテンダーが伝える戦争〜」を
放送した。広島で小さなバーを経営する富恵洋次郎さん(29)は
毎月6日、原爆の証言を聞く会を開いている。今年で3年目、会
は30回を超えた。会には、若者が多く参加し、原爆を生き残っ
た人から体験談を聞く。語り継ぐことの大事さが伝わってくる。
TBSの「NEWS23」(8月6日)は、ピョンヤンに住む被
爆者リ・ケソンさん(66)を取り上げた。リ・ケソンさんは63
年前、広島で被爆したが、被爆者手帳は貰えていない。韓国人や
日系人には援護措置が取られるようになったが、北朝鮮に暮らす
被爆者は置き去りにされたままだ。
テレビ朝日の「原爆〜63年目の真実」(8月2日)は、広島に
原爆を投下したエノラ・ゲイ号の乗組員にスポットを当てた。花
形パイロットのクロード・エザリーは戦後ビキニ環礁の核実験で
被爆したのを契機に、原爆投下で惨劇をもたらした広島に謝罪す
る。エザリーは、原爆投下を正当化する米退役軍人の会でも孤立
を恐れず「炎の中を逃げ惑う女性や子供の夢をよく見る。本当に
地獄だ」と訴え続けた。
NHKスペシャル「解かれた封印」が大きな一石
NHKスペシャルが8月7日、「解かれた封印〜米軍カメラマ
ンが見たNAGASAKI」を放送した。敗戦1ヵ月後の長崎に
占領軍カメラマンとして入ったジョー・オダネルは、原爆の被害
を受けた少年・少女や市民を撮影し、本国に持ち帰った。しかし、
これは軍の命令に反していたため、オダネルはトランクに入れて
封印し、43年間屋根裏部屋に隠しておいた。
オダネルの運命を変えたのは1989年、偶然立ち寄った修道
院で反核運動の彫像と出会ったことだ。彫像には、被爆者の写真
が貼られていた。オダネルに長崎の記憶がよみがえった。オダネ
ルの声が録音テープに残っている。「彫像を見て衝撃を受けた。ま
さに啓示だった。自分も、撮影した写真を伝えなければならない
と」。
1990年、オダネルは全米各地で写真展を試みたが受け入れ
られず、出版計画もすべて拒否された。95年のスミソニアン博
物館での原爆展も中止に追い込まれた。
母国アメリカの「正義」の前にオダネルは孤立を深めたが、「人
が暮らした文明の跡形もないほど、破壊しつくされた」長崎の地
を踏みしめたオダネルの信念は動じなかった。
オダネルの録音テープ。「1945年、あの原爆はやはり間違
っていた。それは100年たっても間違いであり続ける。絶対に
間違っている。絶対に。歴史は繰り返すというが、繰り返しては
いけない歴史もあるはずだ」。
昨夏オダネルが85歳で息を引き取って1年、写真展は息子が
引き継いでいる。この夏には長崎で初めて開かれた。アメリカで
も徐々に変化が現れている。イラク帰還兵からは、「原爆の写真で
こんなに心を動かされたことはなかった」と評価する声が寄せら
れた。
録音テープのオダネルの声で番組を締めくくる。「たとえ、小
さな石であっても、波紋は広がっていく。それは少しずつ広がり、
いつか陸に届くはずだ。アメリカという陸にも届く日がくる。そ
して、誰もが平和を実感できる日が来ると信じる」。
テレビは「核問題」の継続的な積極取材を期待
多くの被爆者で組織する「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」
は8月25日、アメリカが核廃絶に政策転換するよう、米国政府
と議会の説得を求める手紙を、ペロシ下院議長に送った。
その中で、1945年末までに約20万人の命を奪った、広島
と長崎への原爆投下によるホロコーストは、「二つの『人道に対す
る罪』すなわち無差別爆撃と大量虐殺に相当する」と指摘。
そして、米国内で大勢となっている「戦争終結のための原爆投
下正当論」については、「原爆が市民に対して行った無差別、大
量虐殺の犯罪性を合法化することはできない」と批判している。
アメリカ政府はこの「人道に対する罪」について、日本人に公
式に謝罪していない。手紙ではペロシ議長に謝罪を求めると同時
に、「核兵器廃絶こそが米国と全世界を安全で平和にするための
最善の方法であると、政府および議会を説得してほしい」と要請
している。
核廃絶をめぐる世界の動きは、底流で変化が始まっている。こ
の流れをより確実なものにするには、国際世論の一層の盛り上が
りが必要だ。唯一の被爆国日本でも、政府の後ろ向きな姿勢を転
換させるには、世論の喚起が不可欠である。
そのためには、メディアの取り組みがポイントになる。特に影
響力の大きいテレビに、積極的な取材が期待される。
NHKスペシャル「解かれた封印」は大きなインパクトを与え
た。この番組以外にも、Nスペは、「入市被爆」にスポットを当て
た「見過ごされた放射線」(8月6日)を放送している。
原爆の惨禍がもたらしている2次、3次被害については、テレ
ビはこれからも粘り強く取材を継続すべきだ。
同時にテレビは、核廃絶にも目を向けた番組づくりを強化する
時機に来ている。
ピーク時(6万9千発)より削減されたとはいえ、核兵器は現在
も世界に2万5000発あるといわれている。イラク戦争などで
は「劣化ウラン弾」が大量に使用され、放射能汚染による犠牲者
が多数出ている。
こうした被害に歯止めをかけ核廃絶を実現するには、国際的な
動きの底流に変化が見え始めた中で迎える2010年の核拡散防
止条約(NPT)検討会議が、核兵器の世界状況を変える大きな転
換点になるとみられている。
テレビが2010年のNPT検討会議をターゲットに、核廃絶
の問題にカメラを向け、番組を通して情報を提供すれば、世論も
動く。ナンシー・ペロシ米下院議長の初の広島訪問は、その足が
かりになると思うがどうだろうか。