河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(30)/世界金融危機をテレビはどう伝えたか 背景、解決の方向を深める報道を期待/08/11/18
アメリカが、第44代大統領に民主党のバラク・オバマ氏を選んだ。オバマ氏は、共和党のジョン・マケイン氏をダブルスコアの大差で破った。人種差別を「もうひとつの顔」として歩んできた米国に、史上初めてアフリカ系(黒人)の大統領が誕生する。人種の壁を超えた、歴史的な選択である。
オバマ氏に地滑り的大勝をもたらした最大の要因は、ブッシュ政治への拒否と大恐慌以来と言われる米国発の世界金融危機である。米国では約8割の国民が「アメリカは悪い方向に向かっている」と感じている。イラク侵略に走ったブッシュ大統領の単独行動主義は、米国国民の怨嗟の的となった。不支持率は歴代大統領としては最悪の76%を記録。ブッシュ氏は史上最低、無能な大統領の汚名を刻んでホワイトハウスを去ろうとしている。
9月半ばのリーマン・ブラザーズ証券の破綻に始まった世界金融危機は、「ブッシュ亜流」のマケイン氏に回復不可能のダメージを与え、オバマ圧勝の決め手となった。
だが、この金融危機克服は簡単ではない。オバマ氏自身勝利演説の中で、金融危機対策を「待ち受けている膨大な課題と理解している」と述べ、「道のりは遠く、険しい」と解決に時間がかかるとの認識を示している。
オバマ氏を待ち受ける難題は、イラク戦争とアフガニスタン戦争を「前門の虎」とすれば、「後門の狼」は底の見えない世界金融危機だ。今回の金融危機は、国際金融システを正真正銘のメルトダウン一歩手前にまで陥れている。
オバマ次期大統領の眼前に立ちはだかるのは、サブプライムローン以上の難敵だ。一例を挙げると、企業の損失を肩代わりする金融取引(CDS=クレジット・デフォルト・スワップ)や、CDSを組み込んだ債務担保証券(CDO)が世界中にばら撒かれている。CDSは1,500兆円以上、CDOは推定不可能と言われている。
オバマ氏は大統領就任早々、正念場を迎える。
■NHKスペシャル「アメリカ発世界金融危機」
金融資産2京2兆円、実体経済の4倍に膨張
さて、未曾有の世界金融危機を、メディア、特にテレビはどう報道しているのか。
テレビ各局は、リーマン破綻以降、それまでトップ項目で伝えていた自民党総裁選を世界金融危機に切り替えて報道を強化した。しかし、日々起こるニュースをフォローするのに追われ、原因や解決の方向などを掘り下げた報道は少なかった。
10月11日、NHKが「NHKスペシャル アメリカ発世界金融危機」を放送した。
番組では、まず金融バブルの実態がリポートされた。1990年には実体経済(各国GDP=国内総生産)が3,100兆円で、金融資産が5,500兆円だったのに対し、2007年になると、金融資産は実体経済(6,400兆円)の4倍にあたる2京2,000兆円に膨れ上がったのである。
この巨大なマネーは利益を求めて世界を徘徊し、株式や証券化商品に群がり、時には原油や食糧にも襲いかかった。
だが、リーマンの破綻で世界同時株安が火を噴き、株価はこの1年で震源地のアメリカが40%、イギリスが41%、日本が52%、それぞれ暴落した。
番組は、今回の金融危機の引き金を引いたサブプライムローンを組み込んだ証券化商品を解説する。低所得者向けのサブプライムローンは貸し倒れの危険があり評価はCだが、リスクを分散させる証券化商品を何回も組み合わせ、リスクの所在すら分からない証券化商品を作り上げ、証券会社や投資銀行が世界中に売りまくった。
安全と偽って汚染米を販売した日本のインチキ商法と酷似している。日本では農水省が見て見ぬふりをした。アメリカでも金融当局がペテン師同然の証券化商品を黙認した。日米両国で官民ぐるみの詐欺ビジネスが同時進行した。
■「少ない資金でボロもうけ」レバレッジに狂奔
ウオール街、疑心暗鬼の信用収縮に震え上がる
サブプライムを組み込んだ証券化商品が紙切れ同然に暴落。ところが、証券化商品が複雑で、サブプライムがどこに、どう組み込まれているのか、誰が、どのくらい損失を抱えているのか分からない。サブプライム危機は、たちまち銀行間の信用収縮を引き起こし、世界金融危機が拡大する。
銀行同士が資金を貸し借りする短期金融市場に、Nスペのカメラが入る。「スイスの銀行から大急ぎだ」「ワコビアも欲しがってるぞ」「いったい、いくら欲しいんだ」。
「信用収縮が市場全体に広がり、みんな震え上がっている」と青ざめるトレーダー。不安が不安を呼び、疑心暗鬼が信用収縮を加速した。
破綻したリーマン・ブラザーズの元会長、ピーター・コーエン氏にマイクを向ける。「アメリカの信用収縮を引き起こしたもうひとつの要因はレバレッジだ」とコーエン氏。
レバレッジとは「梃子(てこ)の作用」という意味で、少ない資金でも、借入金で巨額の利益を得る手法のことだ。手持ち資金10億jの場合、利益は10%で1憶jだが、30倍借り入れて運用に成功すれば利益は30億jになる。
失敗すれば損失は膨大になるが、狂気が支配するウオール街ではこの危険なギャンブル商法が当たり前になっていった。コーエン氏が「歯止めが利かない状態だった。今、その代償を払っている」とインタビューに答える。
民放各局もこの米国発金融危機を連日、トップニュース級で伝えた。ただ、金融危機を巡る各国の動きや首脳の発言など、デイリーのニュース処理に手一杯で、原因の解明や問題解決の方向などに焦点をあてた報道は、残念ながら皆無に近い。
■ブッシュはなぜ金融システムを野放しにしたのか
「報道ステーション」核心に迫るチャンス逸す
テレビ朝日の「報道ステーション」は10月20日、米大統領選後に金融危機サミットを緊急に開催することで、米仏大統領が合意したニュースを伝えた。その中で、サルコジ大統領が「金融危機はニューヨークから始まった。これまでのようなヘッジファンドのやりたい放題は、止めなければならない」と強調。
ブッシュ大統領の反応について報ステは、「ファンドへの規制強化には慎重姿勢」と伝えるに留まっていた。100年に一度と言われる金融危機の震源地の大統領が、なぜ規制強化に「慎重」なのか。視聴者が最も知りたいニュースのポイントに、報ステはメスを入れようとしなかった。誤報とは言わないが、底の浅い報道という批判は免れない。
ブッシュ氏だけでなく、米大統領は「自由主義経済と小さな政府」を金科玉条として、ヘッジファンドなどへの規制には拒否し続けてきた。今回、ブッシュ大統領が「この危機を繰り返さないために必要な規制と制度的な見直し」の重要生を指摘して、緊急サミット開催を受け入れたのは、自分の主張は多少曲げてでも対応せざるをえないほど、世界金融危機が深刻であることを改めて浮き彫りにするものだ。
視聴者は、金融危機を招いたブッシュの政策について、その背景、失政の原因と責任、解決の方向と日本の取るべきスタンスなどについて、掘り下げた報道を期待するのだが、報ステに限らずNHKも含めた各局のニュースは核心に迫る報道が少ない。
■民放2局、ゴールデンタイムに報道番組新設
TBS「水曜ノンフィクション」は切り込み不足
民放では、秋の番組改編でTBSとテレビ朝日が報道番組をスタートさせた。ゴールデンタイムの報道番組編成だから、その意気込みは評価できるが、世界金融危機を取り上げた特集は、消化不良感がついて回るニュースの二番煎じの域を出ていない。折角の時間枠を有効に使いこなしていないのが惜しまれる。
TBSの新番組「水曜ノンフィクション」は10月29日、世界金融危機を特集した。リーマン倒産の煽りを受けて経営危機に陥った品川の京品ホテルや、米3大自動車メーカーGMの経営危機で料金回収ができなくなった愛知県の自動車金型工場、「40%受注量が減った」東京大田区の中小企業などを取材。香港の銀行取付け騒ぎや国ぐるみで破綻の危機に見舞われているアイスランドなどの実態もリポートしたが、新番組ならではの取材が見られず、切り込み不足が目立った。
番組では、今年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授が「事態は1931年の世界大恐慌に似ている。クラッシュにならねばいいが」と警告する。
コメンテーターの生井元TBS経済部長が「今回の金融危機で3,000兆円が失われた。米国製の金融化商品が大爆発した。これは大量破壊兵器だ」「サブプライム問題で、米英型資本主義は終わった。これからは日本型の規制を強化すべきだ」と強調。的を射たコメントだが、それを裏付ける取材が弱いのが難点だ。
ブッシュ大統領が自由市場任せの金融システムにこだわる背景を、テレビ朝日「サンデープロジェクト」(11月9日)が取材している。
ブッシュ氏は「繁栄をもたらした自由市場」と自画自賛するが、ウオール街が売りまくったのは、「NINJA(NO INCOME NO JOB ASSETの頭文字)ローン」と揶揄されるサブプライムローンを組み込んだ証券化商品だ。
番組では、世界金融危機を引き起こしたウオール街に、反省の認識が見られない実態をリポートする。取材したコメンテーターの財部氏は「ウオール街があまりにも楽天的なのには驚いた。インタビューでは口論になったほどだ」とスタジオでコメント。
取材した3人のエコノミストは「破綻したのは、一部の投資銀行だけ。アメリカの金融システムは安全」「新たな投資銀行は必ず現れる」「今回の事態は、1980年代のブラックマンデーほど深刻ではない」などと、強気一点張り。異常としか言いようがない、こうした思考のウオール街がブッシュ政権を支えてきたのだ。
■金融サミット「すべての金融市場、商品を規制」
中国、ブラジルなど新興国、G20で存在感
ワシントンで開かれた金融サミット(G20)は15日、投機マネーなどの動きに一定の規制を強化する必要があるなどとした首脳宣言を発表して閉幕した。
首脳宣言では、「一部の先進国では、当局がリスクを適切に評価、対処せず、金融革新についていけなかった」と指摘。これは米国を念頭に置いて断罪したもので、G20がこのような宣言を採択するのは極めて異例のことだ。
金融規制については「すべての金融市場、商品、参加者が、適切に規制され、監督の対象になる。格付け会社への強力な監督を実施する」とした。
EUは投機資金集団のヘッジファンドや租税回避地(タックスヘイブン)などへの規制も必要としており、これらの課題は今後の行動の中で具体的に実現を迫る構えだ。「適切に規制」とは表現が弱いが、今夏の洞爺湖サミットでは素通りした問題での合意だから、それなりに重要な第一歩と言えよう。
金融サミットで、中国やインド、ブラジルなどの新興国が存在感を示したのも大きな特徴だ。14日の夕食会では、金融サミットの議長であるブッシュ大統領の両隣を中国の胡錦涛主席とブラジルのルラ大統領が占めたテレビの映像が強い印象を与えた。
ルラ大統領は「G8サミットが存在する意味はもはやない。既存の国際機関とルールは、歴史によって拒否された」と演説。先進国側も、IMFなど国際金融機関での新興国の権限強化を受け入れざるを得なかった。
その中で、麻生首相はどう動いたのか。テレビのインタビューでは「アメリカの市場万能主義も、ヨーロッパのしゃにむに規制強化もダメ。その中間を取るべき」などと述べていた。だが、実際には「ドル基軸通貨の維持」を各国に説いて回り、ブッシュ援護射撃に汗をかいていたのだ。
「どこまでもついて行きます下駄の雪」ではないが、米国一極支配が音を立てて崩れようとしている時に、旧態依然のブッシュ追随ぶりは他国の信頼を落とすだけだ。
IMF(国際通貨基金)に10兆円拠出の大見得を切って、中国にも同調を促した。しかし、胡主席との首脳会談は実現せず、中国からは何の反応もなかった。
麻生首相は、来年春の第2回金融サミットを日本で開きたいと働きかけたが、相手にされなかった。首相は「日本への期待は大きい」と力んで見せたものの、主導権は欧米と新興国に握られ、存在感は薄かった。
■「米国一極支配」転換期、オバマ氏早くも正念場
テレビは日常取材だけでなく、系統的な報道を
ロンドンで開かれる予定の第2回金融サミットには、オバマ大統領が出席して本格的な対策が検討される。
世界融危機の大津波は、先進国経済を軒並みマイナス成長に陥れた。オバマ氏が大統領に就任する来年1月以降、さらに厳しくなるだろう。オバマ氏は深刻さが増す米自動車最大手GMの経営再建を「足元にある最大の危機」としている。実体経済への打撃をどう最小限に食い止めるのか、早くも力量が問われる。
サブプライム以上に正体が不明で、販売金額も巨額な債務担保証券をどう制御するか。さらには、その後に続くと懸念されるドル暴落をどう未然に食い止めるか。この問題が破綻すれば、世界は究極の危機に直面する。
この問題は、米国一国で解決する問題ではない。サルコジ仏大統領が「世界経済の危機に対処するため、先進国と新興国が初めて一致した歴史的会議」とG20を総括した通り、これからは各国が協調して対処することになる。
この際、テレビをはじめ、メディアに注文したい。来年、一層激化が予想される世界金融危機について、日々起こる事態を細切れ的にフォローするだけではなく、長期的な視点で、系統的に報道してほしいということだ。
視聴者は、「株が暴落した、世界同時株安だ」「GMが破綻寸前だ」「どの金融機関に公的資金が注入された」などのストレートニュースだけでなく、そのニュースの原因、背景や全体像、そしてそのニュースが金融危機にどういう影響をもたらし、どこに解決の方向があるのかを知りたいのだ。
そのためには、テレビは日常的に記者の知識、分析能力を向上させ、映像素材をストックしておくべきだ。
問題が起きると、評論家やエコノミストのインタビューでお茶を濁すやり方は、今回の金融サミットを伝えたニュースでも見られたが、やはり自前の記者が問題を分析し、現場からリポートすることで説得力が増す。
そして、折り目、節目で定時ニュースでも特集を組み、重要な時点では特別番組を編成し、視聴者の期待に応えてほしい。
(以上)