河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(33)/ テレビはグアム協定、海賊対処法の取材徹底図れ
「北のロケット」垂れ流しと誤報騒ぎに猛省を09/05/06
「北のロケット」垂れ流しと誤報騒ぎに猛省を
河野慎二(ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長)
総選挙を間近に控えた今年前半は、例年にも増して世論に与えたメディアの影響力の大きさを思い知らされている。
その内容には、二つの特徴がある。一つは、当局のリークでトップ記事を競い合う報道手法と、政府発表を鵜呑みにして、無批判に垂れ流す集中豪雨的な大量報道である。後者は、テレビ報道に端的に現れている
もう一点は、国民生活に極めて重要な影響を与える政府の政策について、必要な情報と問題点を報道しないという特徴だ。新聞やテレビなどメディアが本来的に持つ「ウオッチ・ドッグ」(権力の監視役)としての役割を放棄しているという点で、政府・与党の宣伝役を買って出る以上に、罪は深い。
第一の特徴は、小沢一郎民主党代表の公設第一秘書の逮捕・起訴を巡る報道と、北朝鮮の「ミサイル」発射(北朝鮮は人工衛星打ち上げと主張)を巡る報道に、典型的に現れている。
3月3日、東京地検特捜部が、小沢代表の大久保隆規公設第一秘書(47)を逮捕し、24日に西松建設からの企業献金であることを知りながら、政治資金報告書に虚偽の記載をした政治資金規正法違反の罪で起訴した。
秘書逮捕後、東京地検はメディアに、情報を小出しにリークする。逮捕後、なぜか千葉県知事選の投票が行われる29日までの約1カ月間、新聞各紙とテレビはほぼ連日、地検のリークによるとみられる記事をトップで報道した。以下、朝日と読売の記事を中心に、実態を検証してみよう。
「献金『ダム受注目的』西松前社長ら供述」(3月4日、朝日夕刊)、「『西松』献金元秘書の要求発端 小沢氏参考人聴取へ」(3月6日、読売)、「二階経産相側も捜査へ 西松事件『個人献金』仮装か」(3月7日、読売)。
「二階氏側へ年300万円社員名義『西松隠し』ATMから献金」(3月10日、読売)、「東京地検石川議員参考人聴取へ 陸山会元事務担当」(3月10日、読売夕刊)。
この間、テレビも同じような情報をニュースのトップ項目で連日、大量に報道している。
24日の起訴後も、地検の情報リークが続いた。「大久保容疑者 西松に献金続行を要求」(3月24日、読売)、「二階氏側に事務所提供 西松、家賃分を献金」(3月26日、読売)、「小沢氏秘書 違法献金認める供述」(3月26日、朝日夕刊)。
奇妙な符合だが、29日の千葉県知事選を境に、地検の情報リークによると見られる記事が、新聞の紙面やテレビニュースからプッツリ姿を消している。
■小沢秘書逮捕「検察による歴史的政治介入」
麻生不支持率ダブルスコアで支持率を上回る
この地検による情報操作は、小沢民主党に深刻なダメージを与え、早速3月29日の千葉県知事選で、麻生政権に願ってもない結果をもたらした。自民党県議らの支援を受けた候補が、民主党が推す候補を大差で破ったのだ。
4月12日の秋田県知事選で、民主党が推す候補を破り、連勝した。自民党への追い風は止まらないのか。
20年前の政治状況がデジャヴ(既視感)のように甦る。1989年の参議院選で社会党(当時)が第一党になり、与野党逆転を実現した。土井委員長が「山が動いた」と評した。
その直後の同年秋、社会党にパチンコ業界からの多額の献金疑惑が浮上、参議院選勝利を帳消しにし、翌90年の衆議院総選挙で自民党は過半数の議席を手中に収めたのだ。
9月までの間に、衆議院の総選挙が行われる。
小沢代表秘書の逮捕以前は、自民党敗退は必至の情勢で、現有300議席は激減し、200議席割れも現実視されていた。
ところが、大久保容疑者の逮捕で、政治の流れが大きく変わった。ある民放キー局の政治部デスクは「検察による、歴史的な政治介入だ」と話している。
ただ、一直線で自民党に有利に展開しないのが、20年前とは違う2009年の政治状況だ。
4月26日に行われた名古屋市長選では、民主党の候補が自公両党が推す候補に23万票もの大差をつけて当選し、「衆院選の前哨戦」と位置づけられた千葉、秋田知事選に次ぐ大型選挙で連敗を止めた。
朝日(4月28日)によると、4月の「ミニ統一地方選」で、14県、17市の現職市長が落選した。そのすべてが4年前の「平成の大合併」を経験していた市長で、小泉自民党の強引な市町村合併に対する有権者の根強い反発が背景にある。
麻生内閣の支持率が4月に入って上向いている。NHK(12日調査)によると、前月比12ポイント上がって30%。FNN調査(26日)も28・2%(+7・4P)だった。
だが、不支持率はNHKで60%、FNNで58・2%と、いずれもダブルスコアの大差がついている。
つまり、麻生内閣には依然として、有権者の厳しい目が注がれているのだ。
■北朝鮮「ロケット発射」テレビ集中豪雨的大量報道
4月5日、北朝鮮が人工衛星を搭載したと主張するロケットを発射した(日本の新聞、テレビは「ミサイル発射」と伝えているが、国際的には「ロケット」とするのが客観的)。
この「ロケット発射」を巡るメディアの集中豪雨的な大量報道は目に余るものがあった。連日洪水のように流されるテレビの大量「ロケット」報道は、「北の脅威」を煽るのに十分過ぎる役割を演じた。
テレビの、北朝鮮「ロケット発射」大量報道は、千葉県知事選投票直前の3月27日頃から始まっている。
「韓国『ミサイル設置確認』北朝鮮、発射台に」(朝日、3月26日)、「初のミサイル破壊命令 北朝鮮『衛星』東北に迎撃弾」(朝日、3月27日夕刊)。このおどろおどろしい見出しを見ると、日本は戦争状態に突入したかのような錯覚に陥る。
浜田防衛相の命令により、自衛隊が27日夜、地上配備型のパトリオットミサイル3(PAC3)の展開を開始した。
日本テレビのニュース「ZERO」(27日24時10分)が、航空自衛隊入間基地から防衛省内市ヶ谷基地などに向け、出発する約30台の車両を映し出した。迎撃ミサイルを搭載した発射機(ランチャー)やレーダー装置などが積まれている。
高速道路を進む不気味な自衛隊の車列は、否応なく「北の脅威」を煽り立てる。
北の「ロケット発射」はその後ニュースだけでなく、情報番組やワイドショーで、連日取り上げられた。
全番組の評価はできないので、ここでは発射前日までのNHKのニュースを中心に検証してみよう。
■NHK「万一に備え、万全を期せ」
「北の脅威」煽り、MDシステム誘導のニュース
北の「発射予告」前日、4月3日午後9時のNHKニュースウオッチ9(NW9)。冒頭で秋田県男鹿市の漁港、男鹿市役所をはじめ、青森県鯵ヶ沢町、山形県酒田市など、北のロケットが上空を通過するとされる地域を取材。
男鹿市役所で連絡会議。「50メートル以内には、落下物に近づくな、風下には行くなと放送しては」など鳩首協議。発射情報を伝えるEm-netの訓練風景などの映像が放送される。
この映像を受けて、スタジオで田口キャスターが自衛隊の迎撃体制を解説する。イージス艦を2隻展開、PAC3を東北2ヵ所、首都圏3ヵ所に配備。「落下への対応だけでなく、北の発射能力と技術力を分析する。1兆円に上るミサイル防衛(MD)システムが正常に機能するかを詳細につかむ目的がある」と解説。
「NW9」は、ロケットが落下する海域や発射を確認する日米のシステムの解説、麻生首相や李明博韓国大統領のコメント、国連の動きなどを型通り伝えた。
そして、田口キャスターが「ミサイルの一部が日本に落下する可能性は低い。しかし、万が一に備え、万全を期すこと、情報を速やかに伝えることが重要です」と締めくくった。
北の「ミサイル発射まで14時間」のニュースは「NW9」のトップ項目で、午後9時から15分間放送された。全体を通じて「北の脅威」を煽り、「1兆円のMDシステム」肯定へ誘導する項目編成とキャスターの解説を強く印象づけた。
■政府「誤探知」テレビ情報吟味せず飛びつく
NHK「Em-Netは自動的に流す」と解説
4月4日12時、NHK昼のニュース。ローカルニュースに入った12時17分、アナウンサーが「政府は先ほど、北朝鮮から飛翔体が発射された模様だと発表した」と速報した。
そして、「万が一、近くに何かが落下した場合には、物体には近寄らずに、警察や消防に連絡する」よう、呼びかけた。
ところが、わずか5分後に誤報であることが分かる。12時22分、アナは「発射情報は誤探知との情報が、今入りました。政府は発射されたとの情報は、誤探知であると発表しました」と伝えたのだ。
スタジオで政治部記者は「Em-netで情報が来ると、自動的に流すことになっている。だから、流してしまった。パソコンでクリックすると、1800自治体に流れる。報道機関にも流れる」と解説した。「2日ほど前、私どもも訓練があった。その時は順調だった」と、官邸とのáÄ速報訓練á≠タ施していたことを明らかにした。
「自動的に流すことになっている」とはどういう意味か。政府発表を吟味せずに、自動的に報道するとは、垂れ流しの政府広報ではないか。報道機関としては、あってはならないことだ。
日本政府の「誤探知」情報に飛びついて誤報騒ぎを演じたNHKや民放の報道が、国際的にも混乱を広げた。
ロイターやAFP通信、中国国営新華社通信はNHKなどの報道を引用し「北朝鮮ロケット発射」を配信。5分後に「日本政府発射声明を撤回。誤情報と発言」と速報した。
韓国でも、テレビ局が特別番組に切り替えた直後に通常番組に戻すなどの混乱が発生した。原因はNHKの速報である。フジテレビのソウル特派員も「日本の誤探知騒ぎが大きく取り上げられています」とリポートしていた。
朝日(4月11日)に、露骨なマスコミ批判が掲載された。久間章生・元防衛相が朝日のインタビューの中で、「日本中がこんなに騒ぎになると思っていたか」との問いに、「騒ぎにしたのはおたくら(マスコミ)でしょう」と言ってのけたのだ。
政府が大量の情報を流しておいて、「騒ぎにしたのはマスコミ」とは、とんでもない発言だが、情報を十分チェックせず、垂れ流し同然の報道を繰り返したメディアはどう反論するのか。久間氏に言われなくても、「騒ぎ過ぎ」の批判を免れない。
■テレビ、グアム協定審議を報道せず
在沖米海兵隊「8千人削減」はいつわり?
小沢氏関連や「北のロケット」などで、メディアの集中豪雨的報道が際立つ中、国民生活や今後の日米関係に重大な影響を与える「沖縄駐留米海兵隊のグアム移転に関する協定」の批准審議については、ほとんど報道されていない。
協定の批准承認案は、4月3日に衆院外務委員会で審議が始まったが、朝日が短信のベタ記事で伝えただけで、筆者が見る限りテレビは報道していない。
しかし、委員会審議では、政府の方針変更と見られる重要発言が飛び出している。
グアム協定は、在沖米海兵隊員8千人、家族9千人の削減を明記しているが、麻生首相は「実数は分かるはずがない」と述べ(19日)、協定通り実現しないこともあり得るとの考えを示した。
また、グアム移転後に沖縄の海兵隊員がグアムで行う活動経費を日本側が負担する可能性が明らかになっている(3日)。
■「海賊対処法案」も報道しないテレビ
海外派兵恒久法、海外武器使用認める違憲立法
今国会の重要法案である「海賊対処法案」についても、法案の問題点を掘り下げるメディアの報道は、皆無に近い。
「自衛隊派兵ありき」を前提とするこの法案は、㈰国益を旗印にした自衛隊の初の海外派兵㈪自衛隊の海外での武器使用に道を開く㈫自衛隊の恒久的派兵を可能にする㈬文民統制の空洞化を招くーなどの重大な問題を孕んでおり、掛け値なしの違憲立法だ。
テレビニュースはこの「海賊対処法」案をほとんど伝えなかったが、TBSの「サンデーモーニング」(4月26日)が取り上げた。「憲法との整合性に問題はないのか。戦争を放棄した憲法の存在意義が問われる」とキャスターが冒頭のコメント。
番組では、02年にアフガン後方支援で自衛隊をインド洋に派兵、03年にイラクに自衛隊を派兵したケースでは、いずれも特措法を根拠にしたが、「海賊対処法」は恒久法であることが問題であると指摘。
コメンテーターの寺島実郎氏は「政府は基本問題をなおざりにしている。戦後日本は、憲法でしっかり足元を踏み固めてきた。日本はその理念を大切にして、21世紀に新しいルールを目指して進むのか。オバマ大統領は、核廃絶へ決意を表明している。日本こそ、そこを大事にして進むのか」とコメント。
他のコメンテーターからも、「日本は、自衛隊は海外に出せないというところから始めるべきだ。恒久法にしていること、武器使用に道を開いていることは重大な問題だ」(岸井成格氏)など、「海賊対処法案」批判のコメントが相次いだ。
■グアム協定、海賊対処法案、バラマキ予算案…
問題の本質抉り出すテレビの報道を強化すべき
問題は、こうした批判的な見解が、この番組以外では放送されていないことだ。毎日の基幹ニュースでは、「サンデーM」のような視点から取り上げた「海賊対処法案」報道は見当たらない。
地検のリークや政府の発表については、無批判にニュース時間を提供し、政府広報垂れ流し同然の報道を競い合う一方で、国民生活や憲法などに関わる重要な問題の報道はおろそかにするテレビ局の姿勢は、テレビ報道の劣化を示す以外の何ものでもない。
次の衆議院総選挙は正真正銘、21世紀の日本の針路を左右する選挙になるだろう。アメリカの国民がオバマを大統領に選んでCHANGEを選択したように、日本の有権者も07年の参院選に続いて、自民党に代わる政権を選択するのか。
そのためには、麻生政権が打ち出す政策について、メディアの正確な吟味、分析に基づいた情報提供が欠かせない。
グアム協定の批准承認案や「海賊対処法案」については、その狙いや問題点を掘り下げて取材、報道してほしい。
総額15兆4千億円に上る「経済危機対策」を盛り込んだ09年度補正予算案が国会に提出されているが、総選挙目当ての露骨なバラマキ予算であることは明白だ。この予算についても、テレビは取材のメスを入れ、問題点を抉り出してほしい。
メディアは現在、4月24日に世界保健機構(WHO)が発表したメキシコの豚インフルエンザ問題を連日、大々的に報道している。世界的大流行も懸念されているというから、的確な報道は必要だが、過剰な報道は不安を煽るだけだ。そのことは、北のロケット発射騒ぎで、思い知らされている。
その「豚インフル」騒ぎで、グアム協定や「海賊対処法案」などの重要な問題が、テレビニュースや新聞の紙面から姿を消すようなことがあってはならない。
総選挙が間近に迫るいま、メディアの公正、客観的な報道姿勢が問われている。