河野慎二/元日本テレビ社会部長・ジャーナリスト/テレビウオッチ(46)「ポスト菅」政権は脱原発を引き継ぎ推進せよ…テレビは原発推進翼賛体制から脱却すべき11/08/12

「ポスト菅」政権は脱原発を引き継ぎ推進せよ

テレビは原発推進翼賛体制から脱却すべき

河野真二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 菅首相が10日の衆議院財務金融委員会で「3つの法案が成立したら、代表選を速やかに行い新代表が選ばれた時には、総理の職務を辞して、新たな総理を選ぶ段階に入る」と述べ、初めて辞任の意向を明言した。これで、東日本大震災の復興や福島原発災害の被災者対策などは二の次にして繰り広げてきた「菅降ろし」の醜態劇も幕を閉じる。

 となると、気になるのは、誰がポスト菅の後釜に座るのか。それと、後継首相が菅の脱原発政策を引き継ぐのかどうかである。朝日新聞の世論調査(8日)によると、原発に依存しない社会をめざす菅の姿勢を、次の首相も「引き継いだほうがよい」と答えた人が68%に達している。ポスト菅の立候補者はこの高い数値を謙虚に受け止めねばならない。

 なぜ、7割近い国民が次期政権に脱原発政策を引き継ぐよう求めるのか。言うまでもなく、東京電力の福島原発災害が収束する見通しが立っていないことへの不安、不信、怒りが背景にある。それどころか、放射能汚染が東北や北関東の食用牛にも広がり、国民の主食である新米も汚染検査の対象になるなど、被害が拡大していることも見逃せない。今後は、土壌汚染の拡大、地下水の汚染、海洋の魚貝類への汚染拡大なども懸念される。

 もうひとつの背景として、ポスト菅の候補者たちが「脱原発」を否定していることへの危機感があると考えられる。菅の「原発に依存しない社会を目指す」という発言(7月13日)に対し、財務相・野田佳彦は「原発ゼロは個人の夢」、前外相・前原誠司は「脱原発はポピュリズムに走りすぎ」と切って捨てた。国民の多くは、脱原発が次期政権によって立ち消えにされると危惧し、「継承せよ」の意見が68%に達したのではないか。

 脱原発を求める国民の声は、メディアの世論調査に示されている。朝日の調査(8日)では、「原発を段階的に減らし、将来やめることに賛成か」という問いに、72%が賛成と答えている。原発推進の論陣を張る読売の調査(8日)でも、菅の脱原発に賛成という答えが67%に達している。4月の同紙調査では42%だったから、4カ月で6割近く増えたことになる。NHKの調査(8日)は最も低いが、57%が「評価する」と答えている。

 驚いたのは、このニュースを伝えるテレビ報道の内容だ。テレビ各局のニュースは、菅の退任表明や、代表選出馬予定者の動きを伝えるにとどまっている。肝心の代表選の争点はボツである。テレビ朝日の「報道ステーション」の報道が一つのパターンだ。まず、菅の退任意向表明をVTRで流し、「28日の代表選で新代表を選出、今月末に新首相を決める」と日程を伝える。そして立候補に意欲を見せる野田のほか、前国土交通相・馬淵澄夫、元環境相・小沢鋭仁らを報じ、「140人の議員を率いる小沢一郎がカギを握る」とまとめる。永田町の政局報道のスタイルに安住したニュースづくりである。

 NHKの「時論公論」にも唖然とする。10日深夜「ポスト菅政局は」と題し、最後のコーナーで「代表選の争点」を解説した。その中で解説委員は「争点は復興増税問題」と指摘。野田を「増税派」、馬淵と小沢鋭を「増税先送り派」に区分けして「19兆円と見込まれる復興費用をどうするか」を解説し、自民党との大連立にも言及した。菅の脱原発をどう引き継ぐかには一切触れない。この解説委員は、脱原発が争点にならないと本当に考えているのか、だとすれば余りにも能天気ではないか。疑問と違和感を残した。

 翌11日の新聞も前日のテレビニュースと大同小異の紙面づくりだ。朝日、毎日、東京の3紙は後述するように先月から今月にかけて、「脱原発」に社説の舵を切ったが、11日の紙面を見るとそうした大転換の姿勢が反映されていない。唯一、東京が「脱原発・増税が争点」と題して、「震災後の代表選では、国家の危機をどう乗り越えるのかが争点となる。最も注目されるのが福島第一原発事故を受けたエネルギー政策のあり方だ」「首相の『脱原発』路線をどこまで継承するのか議論になりそうだ」と指摘している。

 今回の民主党代表選は通常の代表選とは根本的に異なる。それは、代表選の結果が、脱原発の行方を左右するからだ。現在の時点で菅の脱原発を引き継ぐと表明している候補者はいない。国民の大多数が脱原発の継承を求めているのに、代表選はそれに背を向けようとしている。新代表は国会で首相に指名されることが確実だから、「民主党の党内問題」として代表選を座視する訳にはいかない。脱原発の引き継ぎを最大の争点として、国民に開かれた代表選が行われるよう、声を上げる必要がある。

 そのためにはメディアの掘り下げた取材が欠かせない。野田や馬淵、小沢鋭らが脱原発についてどういうスタンスで、どんな考えや政策を持っているのか、国民にはほとんど情報がない。とりわけ、原子力発電に群がって利益を貪ろうと蠢く「原子力村」との関係はどうなのかは、国民の最も知りたいところだ。メディアはこれらの点を中心に、代表選立候補者の全体像を徹底取材し、画(紙)面を通じて明らかにすべきだ。

■再生エネ法案、フジテレビ調査71%が「導入すべき」
  永田町情報に矮小化、一過性のテレビ報道、本質伝わらず

 脱原発と菅降ろしを巡る一連のテレビ報道を振り返ると、「菅はいつまで居座るのか」とか「深まる管と海江田の確執」など、永田町情報に矮小化して面白おかしく伝えるという旧来の手法にどっぷり浸かった報道が目につく。重要なニュースでは、政府発表の本記だけでなく関連取材は行うものの、継続してフォローしないから横並びの一過性報道にとどまり、問題の本質がなかなか読者・視聴者に伝わらない。

 管退陣3条件の一つである再生エネ法案は26日までに成立する見通しだ。同法案は7月14日、審議に入った。自然エネルギー電力の全量固定価格買い取り制度の実現を目指すもので、フジテレビの世論調査(7月24日)では、71%が「導入すべきだ」と答えている。極めて関心の高い法案である。しかし、法案を巡るニュースを見ると、テレビ報道が抱える弱点が克服されていないことが浮かび上がる。

 テレビ各局はこの「再生エネ法案審議入り」を基幹ニュースで報道した。NHK夜9時の「ニュースウオッチ9」(NW9)は、千葉県旭市の風力発電から入った。旭市の事業者は1000KW(500世帯分)を発電している。「買い取り価格次第で、事業継続が決まる」と期待と不安。衆院本会議での与野党の質疑を伝えた後、スタジオで自然エネルギーのメリットと、日本でなぜ進展しないのか、デンマークの実態に触れながら報告する。

 しかし、「NW9」は再生エネ法案のニュースをまとめる段階で、「電力会社が自然エネ発電を買い取ると、コストが上昇するので、電気料金に上乗せする」として、経団連会長・米倉弘昌のコメントをVTRで流す。曰く「地域経済の弱体化や雇用にも影響しかねない」。脱原発と自然エネルギー推進に対する露骨なブラフである。

キャスター・大越健介がニュースをしめくくるコメント。「自然エネルギーを増やすのは、国民的合意だ。与野党合意も困難ではない。新たなエネルギーの一歩を踏み出すのか。それとも、キナ臭い政争の具に使われるのか。政治家が問われている」。きっぱり「政争の具に使うな」となぜコメントできないのか。米倉の脅しのコメントに引っ張られたのか。「NW9」も大越も、脱原発と自然エネルギーにしっかりしたスタンスを持たないから、結局再生エネ法案を否定的に伝えるニュース構成で終わった。

 民放の場合も、審議入り本記と現場取材にキャスターコメントでまとめる、という構成は変わらない。「報道ステーション」は東電横須賀火力発電所の再稼働などを取材している。東電は移動式ガスタービンを13基米国から輸入し、120万KW、40万世帯分の電力を供給する。被災した福島県広野火力発電所も復旧。7月末で5680万KWの電力を確保したと報道。

 NHK同様、電気料金上乗せの影響を大田区の町工場、上島熱処理工業所を取材。電気料金は1カ月450万かかる。値上げはダメージになる。経済界も取材。ローソン社長「雇用に影響する」。アサヒビール社長「コストも計算できない」。これを受けてキャスター・古館伊知郎が「命とコストは別。自然エネルギーは少しでも増やす必要がある」とコメントして締めくくった。まともな感覚である。

 TBSの「NEWS23クロス」は、本会議で「法案を一刻も早く成立させ、一刻も早く辞めていただく」との民主党議員の質問を伝え、菅の退陣時期や代表選の見通しなどの政局報道に終始。再生エネルギー法案の内容や関連取材はゼロだった、それでいて、キャスター・松原耕二は「総理が辞める辞めないに拘わらず、日本にとって必要だから、成立させるべきだ」とコメントした。キャスコメ以外、見るべき内容のないニュースだ。

 日本テレビの「ZERO」は、茨城県神栖市で風力発電の現場を取材。「待ちに待った法案」と業者の期待が膨らむ。温泉旅館が急流を利用して小規模水力発電を供給する。「制度が成立すれば、さらに推進できる」。ここまでは法案に肯定的な取材だが、他局と同様この後「電気料金値上げ」で冷水を浴びせる構成だ。

 番組は、2020年には毎月150円以上上がると試算。鉄鋼業界だけで870億円アップするという。視聴者はビビる。ここで登場するのが米倉だ。「(自然エネルギーは)中長期的な政策で、緊急の対策ではない」。キャスター・村尾信尚が解説。「(再生エネルギーの)メリットは▽安全である▽CO2は下がる▽雇用は増える。デメリットは▽電気料金がアップする▽企業コストが上がる▽景気や雇用に悪影響懸念。自然エネルギーに反対は少ないが、デメリットをどうするか、国会で十分議論してほしい」。インパクトが弱い。

 ところが、テレビはその後、再生エネ法案についてはほとんど報道していない。同法案の本格審議は、27日には衆議院経済産業委員会で再開されたが、NHK「NW9」、日本テレビ「ZERO」、テレビ朝日「報ステ」はこのニュースを完全にボツ。TBSの「NEWS23」が一言触れただけだった。結局、再生エネ法案の報道は審議入り後1カ月近くの間、画面から姿を消した。テレビの「一過性報道」の病は、早急の治療が必要だ。

■「政策の大転換を」朝日、毎日、東京が脱原発へ舵を切る
  東京、メディアの責任に言及「真実伝える任務、再確認を」

 8月1日、福島第一原発1、2号機の原子炉建屋の西側にある排気塔の配管付近で、毎時10シーベルト(1万㍉シーベルト)の放射線量が検出された。人が被爆すると必ず死ぬといわれる極めて高い数値だ。翌2日には、1号機の建屋内で5シーベルト(5000㍉シーベルト)の高い放射能が検出されている。つまり、福島原発災害は依然として収束のメドが立っていないのだ。

 その中で、日本の新聞にも変化が起きている。朝日は7月14日、論説主幹・大軒由敬が「いまこそ政策の大転換を」と題して、「提言原発ゼロ社会」を公表した。大軒はその中で「日本のエネルギー政策を大転換し、原子力発電に頼らない社会を早く実現しなければならない」とし、「原発から脱し分散型の電源を選ぶことは、エネルギー政策をお任せ型から参加型へ転換し、分権型な社会をめざすことにつながる」と強調した。

 そして、同紙はオピニオンページに「社説特集」として4本の社説を同時掲載した。一本目は「「高リスク炉から順次、廃炉へ」と題し、「脱原発への道筋」を提起。「最も古い日本原子力発電の敦賀1号機(福井県)と関西電力の美浜1号機(同)は国が19年間の延長を認めているが、いずれも活断層に近いことも考慮すると、廃炉を急ぐべきだ」と主張。運転を停止した浜岡原発は「このまま廃炉にするのが賢明だ」と提言する。

 原発が生み出した大量の使用済み核燃料、「原発のゴミ」は六ケ所再処理工場(青森)の貯蔵スペースが満杯に近づき、原発内にあるプールの容量も7割が埋まっている。「廃棄物の処理」に言及した社説は、使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で燃料として再利用する核燃料サイクル計画は、原発ゼロを目指せば「続ける意味合いもなくなる。撤退するしかない」と提言する。

 3本目の社説は「風・光・熱 大きく取り上げよう」と題し、「自然エネルギー政策」に焦点を当てる。日本には風力、太陽光、バイオマス、小型水力、地熱発電など、自然エネルギー資源が豊富にある、政府が有効な支援策をとれば、自然エネルギーは飛躍的に伸びると、社説は主張する。

 「分散型へ送電網の分離を」と題する4本目の社説は、「原発を減らしつつ、電力を確保する。キーワードは『電源の分散』と『発電と送電の分離』だ」と提起。欧米では発電と送電が別会社化されている。「日本の東と西で周波数が別々なのも、世界の非常識」と指摘した上で、「『脱原発』『集中から分散へ』という電力改革は、依存型のエネルギー確保から誰もがエネルギーのあり方にかかわる自立型の社会への転換を意味する。エネルギー政策の主権を、消費者側に取り戻す作業と言い換えてもいい」と提言している。

 毎日新聞は8月2日から3日間、「原発から再生可能エネルギーへ転換すべきだ」(論説委員長・冠木雅夫)と題する社説を連載した。基調は朝日と同じで、第1回(2日)は原子力政策を取り上げ、「危険な原発から廃炉に 核燃サイクル幕引きを」と主張。第2回(3日)は「原発代替は十分可能だ」と題し、再生可能エネルギーの活用を訴えた。3回目(4日)は、「送電網開放で分散型へ」として、「電力体制改革」を提言している。

 東京新聞も6日、「原発のない国に向かうべきだ」(論説主幹・深田実)と題して、論説特集を組んだ。「原発に頼らない国へ」「なぜ脱原発か 崩れた三つの神話」「自然エネ普及 自由な電力市場を」「核のごみ処理 世界に〝正解〟がない」「老朽は順次廃炉に」「行政の刷新 自然エネ庁をつくれ」「情報公開 不透明では稼働できぬ」の7本の論説を掲載し、脱原発をアピールしている。

 その中で目を引くのは、「自然エネ庁をつくれ」の論説で、論説委員・豊田洋一がメディアの責任に触れていることだ。豊田は「原発事故が収束しない今、メディアにも厳しい目が向けられている」として、「(メディアが)結果として原発推進の翼賛体制の一角を担わされたことには、じくじたる思いがある」と反省の弁を述べている。

 原発推進の利益共同体である「原子力村」に集まった、政官業学にメディアを加えた“ペンタゴン”体制が、今回の原発災害の背景にあると指摘される。豊田の論説はまだ十分とは言えないにしても、メディア自身の責任に言及したのは異例であり、評価できる。豊田は「メディアも、真実を伝えるという本来の使命を再確認したい」と提言している。豊田が提起する認識をメディア全体で共有し、原発報道に当たることが求められる。

■メディアは国民の声に耳澄ませ「脱原発」に軸足置き報道を
  読売の「原発再開」緊急提言は歴史の針を逆戻しする暴論

 だが、現実は簡単ではない。NHKの「NW9」(8日、21時)の「ポスト菅動き出す」は、テレビの政治報道が抱える病弊の根深さを浮き彫りにした。問題点は二つある。ひとつは、NHKの世論調査結果を菅の早期退任に利用したこと。もう一点は、国民にとって真に必要な調査結果を報道せず、翌日の朝ニュースに回したことだ。

「NW9」は菅退陣後の人事にスポットを当てた。この時点で菅はまだ退任の意向を明示していない。「NW9」は、菅退陣を煽る野田や前原らの発言をVTRで流し、その直後に「誰が次の総理に最もふさわしいか」の世論調査結果を伝える。前原5・6%、石破4・2%、小沢2・7%…。衆院予算委員会の菅答弁を挟んで、「首相退陣の時期は今月末までにと答えた人が45%で、最も多かった」と再度世論調査結果を報道。菅を辞めさせたいとするNHKのスタンスが露骨に出ている。

 実はNHKは、脱原発の菅発言についても調査していたのだが、「NW9」は報道しなかった。翌9日の「おはよう日本」(午前7時)は、「原発依存から脱する」との菅発言について「大いに評価 16%」「ある程度評価 41%」合計57%で、過半数を超えたと伝えている。重要な調査結果を伝えずに、菅降ろしに好都合な数値だけを取り出して、菅に早期退陣を迫る「NW9」の報道は公平・公正と言えるのか。

 新聞も朝日、毎日、東京の「大転換」はあるものの、原発推進を主張する新聞の巻き返しも激しい。読売は、菅が退任意向表明をした翌11日の一面トップに「新政権で復興急げ」と題する「緊急提言」を掲載した。原発については、「電力危機を直視すべきだ 国の責任で原発再開せよ」として、「ストレステスト(耐性検査)などで安全が確認できた原発は、政府が責任をもって再稼働させるべきだ」と主張している。これは大多数の国民の願いに敵対し、歴史の針を逆に巻き戻そうとする暴論だ。

 間もなく幕を閉じる「菅降ろし」は、「場当たり」「思いつき」批判のレベルから、「原発に依存しない社会」か「原発に依存し続ける社会」かを選択する争いに、質的な変化を遂げて今日に至っている。民主党の代表選もその深層において、日本の近未来のあり方を選択する底流が渦巻く中で行われようとしている。朝日、毎日、東京と読売の対照的な紙面は、脱原発か否かを問う本質的な争いの“代理戦争”と見ることもできる。

 テレビの基幹ニュースや情報番組の解説者が、代表選の争点として脱原発を指摘しないのには、疑問と不信感を禁じえない。今なお「原子力村」のペンタゴン構造の呪縛に捉われているのか。国民の7割近くが「菅が辞めても、脱原発は引き継げ」と考えている調査結果は極めて重い。テレビも新聞も国民の声に謙虚に、真摯に耳を澄ませ、「原発に依存しない社会」の実現に軸足を置いて取材・報道に当たってほしい。