河野慎二/ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長/テレビウオッチ(49)原発再稼働反対!市民の声、テレビを動かす―「報道ステーション」、積極取材で他局をリード12/07/11

原発再稼働反対!市民の声、テレビを動かす

「報道ステーション」、積極取材で他局をリード

河野真二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 6月22日夕刻、首相官邸前は市民の熱気で溢れていた。勤め帰りのサラリーマンやOL、主婦、学生、浪江町の原発被災住民らが集まり、政府が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決定したことに抗議し、撤回を要求した。人々の波は、東京・霞が関の経済産業省の前から財務省脇の汐見坂を通って、首相官邸前へ続き、地下鉄国会議事堂駅付近を埋め尽くした。その数は4万5000人に達し、官邸前は「再稼働反対!」「原発やめろ!」のシュプレヒコールで騒然となった。

 野田首相は25日の衆院社会保障・税特別委員会で、「シュプレヒコールはよく聞こえている」と答えた。野田首相は同氏地元の千葉県・船橋市で24日に行われた集会とデモについても「よく承知している」。その上で「国民が昨年の原発事故を踏まえ、大変複雑な思いを持っていることは十分承知している」と述べ、脱原発を求める市民の声に神経をとがらせている姿を浮き彫りにした。

 首相官邸前デモは、市民グループ有志の「首都圏反連発連合」がTwitterやFacebookなどネットで呼びかけ、毎週金曜日の夜に行われてきた。当初3月頃は、300人程度だったが、野田首相が再稼働決定の記者会見を行った8日には数千人規模となり、関係4閣僚協議前夜の15日には1万人を超えた。呼びかけ人の一人、平野太一さんはテレビ朝日の取材(22日)に対し、「デモといえば組織動員だったが、ツイッターで呼びかけた。こんなに集まるとは当初、全然考えていなかった」と驚きを隠さなかった。

 この抗議デモは、テレビにとっては持って来いのネタだ。官邸では野田首相らが「大飯原発がフル稼働すれば、節電を見直す」などと協議している。そこへ「再稼働反対!」と抗議の声が響く。組織動員ではなく、正真正銘自発的に集まった普通の市民が、野田首相に翻意を迫っている。これはホットニュースだ。しかも「絵」になる。各局とも、カメラに収めて夜のニュースに追い込むと見たが、NHKと日本テレビはボツ。TBSとフジテレビもその他ニュース扱いでお茶を濁した。

 比較的まともに取り上げたのは、テレビ朝日「報道ステーション」である。官邸前から霞が関方面へ1キロに及ぶデモの隊列をカメラが捉える。「歩道を埋め尽くしています」と小川キャスターがリポート。「大飯原発再稼働反対!」「反対!」と抗議の声。マイクが市民の声を拾う。「いても立ってもいられないので来た。日に日に列が長くなる」「安全が確認されていないのに再稼働するのは、納得がいかない」。会社帰りのサラリーマンの姿が多い。「ツイッターで知った」「普通の人がデモに来ている。国民の怒りの声だ」。

 首相官邸から記者が「官邸の中にまでデモのシュプレヒコールが響き渡っています」とリポート。「夏の節電」会議を終えた閣僚に記者がマイクを向ける。「官邸の外では再稼働に反対するデモが行われていますが」。枝野経産相「・・・」。細野原発担当相「ちょっと急いでいるので」。閣僚を乗せた公用車が逃げるようにデモの間を走り抜ける。参加した大学生が「少々経済が縮小しても、原発は動かしてはいけないと思う」とピシャリ。

 コメンテーターの寺島実郎氏が「市民の発言は大きい」としながらも、「海外には日本は不可解な国という印象に見える」とコメント。その理由は「日本は限りなく原発に依存しない社会を目指すと言う。その一方でオバマ大統領とは日米原子力共同体を唄い、外国に原発を売り込もうとしている。原子力発電と安全、国防は絡みついている。野田政権はどういう位置関係で整理するか、きちっと考えを示さないと、(日本は不可解という)この種の海外のいら立ちは消えない」と〝不可解〟な解説。

 これに珍しく古館キャスターが噛みついた。「寺島さんとは全く違うんですが、福島原発事故については、東電や政府の情報隠ぺいに不信感が広がっている。その中で原発を輸出して行くことの問題点をしっかり議論すべきではないのか。日本の放射能汚染は、国際的にも大きな迷惑をかけている。そこを議論して行くことが肝要だ」と強調した。また、原子力基本法に「安全保障条項」を盛り込んだ問題についても「国会を延長するなら、その問題をきちんと議論してほしい」とコメントした。

■60年安保闘争以来、半世紀ぶりの官邸前道路〝占拠〟
  TBS、ネットによる「自分なり参加の新しいデモ」に焦点、取材

 大飯原発再稼働強行が2日後に迫った29日、官邸前の抗議デモはさらに拡大した。TBSは、「主催者発表によれば、20万人が参加」と伝えた。市民が最も多く集まった午後7時半過ぎには、官邸前から国会正門までの道路、財務省脇の汐見坂が、再稼働に抗議する人々で溢れた。官邸前の道路をデモ参加者が〝占拠〟したのは、60年安保闘争以来52年ぶりのことだ。日本の支配層を震撼させる事態である。

 前週ではテレビ朝日に後れを取ったTBSが取材を強化し、汚名返上を図った。「NEWS23クロス」は「デモの参加者が爆発的に増えたのは、ツイッターやフェイスブックにある」と着目、「自分なりに参加する新しいデモの形」に焦点を当てた。デモの参加者がカメラ付きのパソコンでデモを撮影し、官邸前から映像をリアルタイムで配信する。ツイッターなどのインターネットは相乗効果が大きい。

 ツイッターなどを使ってデモを呼び掛ける手法は、中東などで起きた「アラブの春」と同じだ。カメラが躍動する参加者の表情をとらえる。「愛知から来ました。何か協力できればと」。官邸前の一角にファミリーエリアが設けられ、子ども連れの主婦やお年寄りが集まっている。「孫を連れているのは珍しかったが、先週から増えました」と高齢の女性。何としてでも、原発再稼働は阻止したいという気持ちが伝わって来る。

 番組は、横浜市内の「ママ友」の集まりを取材する。配信されるデモの映像を一緒に見ようと集まったのは、幼い子どもを抱えるヤングママたちだ。官邸前のデモには行けないが、離れている場所からネットでデモに参加する。気になるのは、子どもたちへの放射能の影響だ。「ここに集まっている人たちがいるということを発信することで、一緒になれるかなと思います」。自分たちの集まりや思いをフェイスブックなどで発信する。

 官邸前のデモ参加者は、予想をはるかに超え混乱が予想されたため、主催者は終了予定時刻の午後8時前に解散を決めた。しかし、デモ隊はじりじり官邸に迫る。このままでは不測の事態も懸念される状況となった。主催者が「10万人では原発は止められない。大事なことは、このうねりをもっと大きくすることだ」とよびかけた。「NEWS23」は「デモの終了後、参加者たちは霞が関をゆっくりと後にした」と締めくくったが、原発再稼働に抗議する市民のエネルギーは着実に蓄積されている。

■不可解なNHKの「ニュースウオッチ9」項目編成
  20万人デモ、効果半減狙う?それとも何らかの圧力か

 レベル以下の報道に終始したのがNHKである。22日の「ニュースウオッチ9」(NW9)は、4万5千人が集まった官邸前デモを一言も報道しなかった。「NW9」は「公正取引委員会が電気料金値上げで東電に注意」や「政府、夏の節電計画一部見直し」は伝えている。官邸に押し寄せた再稼働反対の動きは、当然追い込むべきホットニュースだ。野田首相にも届いた抗議の声をボツにした理由は何か。ぜひ聞きたいものだ。

 29日の「NW9」は、官邸前の抗議デモを取り上げている。参加者が22日の4倍以上に膨れ上がっているから、さすがに2週続けてボツには出来ない。ところが、その取り上げ方が意味不明なのだ。「NW9」はこのニュースをトップ項目で取り上げたが、「東電トップが福島で謝罪」という項目と、「大飯原発あさって再稼働」という動きの間に、挟み込む形で報道したのである。

 構成をざっと振り返ると、まず東電の広瀬直己新社長が「国と相談し、責任を果たすと謝罪した」と伝えた後、画面が官邸前のデモに切り替わる。「人、人、人です。多くの人が集まっています」と記者リポート。「意思表明しないと、国は何をやるか分からない」「再稼働は止めてほしい」など市民の声を伝える。どうまとめるのかと見ていると、突然テーマが大飯原発3号機の再稼働に変わる。「大飯原発では、運転再開の準備が進んでいる。明後日午後9時から、起動させる」と伝えて終わった。全体で5分の構成だったから、「官邸前市民デモ」に割いた時間は1分強だった。

 この「NW9」を見た視聴者は目を白黒させたに違いない。NHKは何を考えているのか。NHKのニュースの価値判断は一体何なのか。原発推進は推進、反対は反対と、項目を別にして情報を正確に提供するのが、ジャーナリズムのイロハではないのか。官邸前の6車線道路が一時的とはいえデモ参加者の〝広場〟と化した抗議行動は、それだけで大きなニュース価値がある。NHKはそれを独立項目で伝えず、あたかも「大飯原発あさって再稼働」の〝露払い〟的な位置づけで扱ったのだ。官邸前20万人デモの効果半減を狙ったのか。それとも何らかの圧力があったのか。

 テレビは、原発再稼働に反対する市民の動きに、漸く重い腰を上げ、カメラを向け始めた。降りしきる雨の中、15万人が集まった7月6日の官邸前デモについても、8日のテレ朝「報ステSUNDAY」が詳しく伝えていた。長野智子キャスターが官邸前を取材し、生後1年の幼子を背負った若い母親や長野から参加した18歳の大学生らを追った。「自分の思いを伝えたい」「何かのアピールになれば」「ここに来て、声を上げないといけない」。野田政権の強引な再稼働に対する危機感が伝わってきた。

■テレビは原発反対デモを「一過性の報道」で終わらせるな
  金平キャスター「旧来の惰性=イナーシアにしがみつくな」と警鐘

 テレビはこれからも市民の声に寄り添った報道を続けて行くだろうか。この問いにイエスと答えるのはかなり難しい。「一過性の報道」とは、テレビや新聞など大手メディアに共通する悪弊だ。大手メディアは、記事の大半を記者クラブで独占的に入手する発表ネタや外電ネタ、事件、事故などの発生ネタでカバーしているから、継続して追いかけるのはよほどのネタでない限りやらない。原発に反対する市民のデモなどは、さらに大きく盛り上がらなければ、すぐ無視され取材の対象にすらならなくなる。

 TBS「報道特集」の金平茂紀キャスターが、TBS「調査情報」(7・8月号)に「今、目の前で進行している<反動>について」という一文を寄せている。その中で金平氏は「僕らの目の前でいま起きていることは、認識の転換どころか、旧来の慣性・惰性=イナーシアにしがみつくことだったりする。それをあからさまに<反動>と呼んでもさしつかえないだろう」と指摘する。

 金平氏は「それはどういうことか」と問いかける。それは「<3・11>を忘れ去ること。<3・11>がなかったことのように振る舞うこと。<3・11>以前と同じように生きること。<3・11>以前と同じ価値観に従って生きること」と分析。金平氏は具体的な事例として、福島第一原発の事故現場を挙げる。政府と東京電力は5月26日、福島第一原発4号機の建屋内を初めて、プレスツアー方式で代表4名のみに公開した。建屋内はいまだに瓦礫片が散乱し、これをもって「収束」と言えるには程遠い状況だった。

 金平氏は、「だが、プレスツアーが実施されたという事実そのものによって、プロセスは次へと進み、このような疑問はいつのまにか拡散していく仕組みが進行しているのである。まるでベルトコンベアによる流れ作業で工程が定まっているかのように」と述べる。そして「この期に及んで<脱原発>を志向することさえできない日本は、結局、旧来の慣性・惰性=イナーシアに逃げ込むのだろう」と批判し、メディアのあり方に警鐘を鳴らす。

■大手メディアの「情報独占」の時代は終わった
  高まる市民の声、インターネットで情報発信回路を創出

 テレビや新聞などメディアは今、重大な岐路に立たされている。
  大飯原発再稼働反対を訴えて20万人の市民が官邸前に集まった6月29日、フリージャーナリストらがヘリコプターをチャーターし、官邸上空でデモを収録。「官邸前再稼働撤回アクション空撮ライブ」(実際は航空法との関係で疑似生中継)と題して、NPO法人「アワープラネットTV」などがインターネットで配信した。

 この「空撮ライブ」は、ジャーナリストの綿井健陽氏や作家の広瀬隆氏らが設立した「正しい報道ヘリの会」が実施した。背景には「これだけの人が集まっているのに、なぜ報道しないのか」というメディア不信がある。資金カンパを求めて、同会が城南信用金庫に開設した口座には、5日時点で860万円が寄せられた。インターネットを通じて、あっという間に全国に広がった。「振り込んでくれた人のほとんどは、私が知らない人。これが大飯原発を止めていく意思だと感じた」と広瀬氏は語る(東京新聞、7月6日)。

 29日の「正しいヘリ中継」で官邸上空からリポートした俳優の山本太郎氏は「この市民の声を野田総理は無視するのか。マスコミはこの声を封殺するのか。そうした世の中は正常なのか。しかし、いま、少しずつ変えられつつあります」と伝えた。そして「今、私のヘリの周りに、9機のヘリが飛んでいます。マスコミがヘリで取材しています。市民がマスコミを追い込んだのです。あとは、どれだけ放送させるか。報道機関のみなさん、聞いてください。市民の声がたくさん伝わるように」と結んだ。

 山本氏が言う通り、市民がメディアを動かした。参加者1万人の時は無視したが、4万5千人が集まった22日にはテレ朝「報道ステーション」が動き、翌週はTBS「NEWS23クロス」が後を追った。キイワードは「市民の力」である。今回と同じように市民が官邸前を占拠した60年安保の時は、大手メディアが情報伝達手段を独占していた。その大手メディアが「7社共同宣言」などで政府に屈服すると、情報発信手段を持たない市民の力も挫折を余儀なくされた。

 しかし、メディアを巡る状況は大きく様変わりしている。インターネットの普及で、大手メディアによる情報の独占が崩れ、市民が情報を入手し発信する新たな「情報回路」を手にする時代に入った。それだけでなく、インターネットは運動を創出する。官邸前のデモが、ツイッターやフェイスブックなど、ネットによる情報伝達で2倍、3倍の相乗効果を発揮し、官邸の肝を冷やす運動を作り上げたのだ。

 16日には、「さようなら原発10万人集会」が東京・代々木公園で開かれる。「正しい報道ヘリの会」はこの集会も上空から撮影し、中継する予定だ。テレビは、大飯原発再稼働撤回を求める市民の願いに真摯に向き合うべきだ。「情報は独占している」との錯覚に安住し、市民の声を軽視するなら、そのテレビは「旧来の慣性・惰性=イナーシアにしがみつく」だけの時代遅れの存在として、やがて落伍を免れないだろう。