河野慎二/ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長/テレビウオッチ(50)「普天間完全封鎖」無視、メディア不信ピークに―テレビは日米安保の核心に迫り信頼を取り戻せ12/12/17

「普天間完全封鎖」無視、メディア不信ピークに

テレビは日米安保の核心に迫り信頼を取り戻せ

河野慎二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 テレビや新聞など大手メディアの劣化が叫ばれて久しいが、この1年を振り返ると、事態は改善されるどころか、一段と深刻になっている。3・11東日本大震災と福島原発災害で大手メディアは「政府や東電の発表を鵜呑みにして伝える大本営発表報道」との批判と不信の集中砲火を浴びたまま、その汚名を返上出来ていない。むしろ、メディア不信はピークに達しようとしている。

 新聞通信調査会のメディアに関する全国世論調査(8~9月)で、メディアへの信頼度が調査を始めた2008年以降最低を記録した。各メディアへの信頼度は、NHKが70・1点、新聞68・9点、民放60・3点だった。NHKが昨年よりマイナス4・2ポイントで下げ幅が最も大きく、新聞はマイナス3・1、民放はマイナス3・5ポイントと、軒並み信頼度が低下した。

 信頼が大きく失墜したのは、メディア全体が原子力村寄りの報道姿勢から脱却できなかったためであることが、調査結果から読み取れる。原発報道に対する印象度調査では、「政府・官公庁や電力会社が発表した情報をそのまま伝えた」との答えが、NHKに対して66・1%に達している。新聞も63・1%、民放は52・4%と高レベルだ。インターネット報道については、28・5%だった。

 事件、事故だけでなく、政治、経済、外交・防衛等の政策策定過程の現場に、記者が足を運んで、起きている事実をありのままに伝え、言わなければならないことをきちんと言うことは、ジャーナリズムの鉄則であり、メディアが信頼を獲得する原点だ。3・11以後、その原点を置き去りにした姿勢を厳しく批判され、不信が高まっているのに、メディアはその教訓を活かしていない。

オスプレイ配備強行、県民怒りの「普天間基地完全封鎖」
  琉球朝日放送、ドキュメント「標的の村」で克明に報道

 12月1日、琉球朝日放送(QAB)が「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~」を放送した。この番組は、高江のヘリパッド建設に反対する安次嶺現達さん一家を軸に、オスプレイ配備強行に抗議する県民が普天間基地のゲート前に座り込み、9月29日午後4時から22時間にわたって同基地を完全封鎖した行動を描いた、迫力あるドキュメンタリーである。

 オスプレイ配備を目前にした9月27日、普天間基地の〝表玄関〟大山ゲート前の道路に市民が座り込んだ。オスプレイ配備を電話一本で通告してきた政府の対応が、抑えに抑えてきた県民の怒りに火をつけた。真っ先に座り込んだのは、先の沖縄戦や復帰前の沖縄を知る世代の人たちだ。伊波義安さんが「ただ、反対と声を上げるだけではダメ。議会で反対決議をしてもダメ。じゃ、どうするか。実力行使、普天間基地の機能をマヒさせる、ストップさせるしかない」と真情を吐露する。

 沖縄を襲った台風17号の余波で強風が吹き荒れる29日午後4時、普天間基地の全ゲートが封鎖され、米兵は基地に閉じ込められた。沖縄67年の戦後史の中で、初めての異常事態だ。出入りが出来なくなって動揺した米兵が、市役所前のゲートを開けようとして市民と衝突した。カメラが、銃で武装した米兵と市民のもみ合いを捉える。「GET OUT OF HERE!THIS IS OUR LAND NOT YOURS!」と、フェンス越しに米兵に叫ぶ市民。

 徹夜で座り込みを続けた市民に30日、警官隊の強制排除が入った。ゴボウ抜きで座り込みの市民を排除する。警官の暴力はメディアにも向かう。現場で中継放送をしていたQABの棚原記者は「私たちのカメラも警察官に抱えられました。おかしいでしょ!何でやるんですか!危ないのは警察でしょう!」と、メディア排除の実態をリポートした。野嵩ゲート前では新聞記者や弁護士まで排除された。

 警官隊が道路を封鎖した車のレッカー移動を始めた。1台の車の中から「安里屋ユンタ」
の歌声が響く。安里屋ユンタの元歌は、権力に屈しなかった八重山農民の抵抗の歌だ。凛とした女性の歌声が市民を鼓舞するが、警官隊に一人ずつゴボウ抜きにされ、大山ゲートの封鎖は午後3時前に解除された。市民による歴史的な普天間基地完全封鎖は、22時間で幕を閉じた。

 10月1日。オスプレイが普天間基地に飛来した。安次嶺さん夫婦も6人の子どもを連れて、抗議に駆けつけた。東村・高江で安次嶺さんとともにヘリパッド反対を闘う伊佐真次さんが「踏ん張りどころです。沖縄はB52だって追い返したんだよ、過去にね。やんばるではハリアーパッドを阻止し、恩納村でも都市型戦闘訓練施設を追い返したこともある。県民がひとつになれば、出来る」と決意を語る。

 番組の紹介がやや長くなったが、実はこの「標的の村」は、QAB系列キー局のテレビ朝日がネットしていないため、東京など本土では放送されていない。番組が克明に伝えた普天間基地の完全封鎖を、沖縄以外の視聴者は視るチャンスがない。テレビ朝日には深夜時間ではあるものの、「テレメンタリー」という番組枠がある。テレビ朝日は、やむに已まれず立ち上がった県民の怒りを取材した「標的の村」を是非放送してほしい。

  * 封鎖についてのドキュメントは下記に詳しく紹介している
「普天間を封鎖した4日間 2012年9月27日〜30日」宮城康博・屋良朝博 著
                            定価1100円 高文研刊

■NHKニュース「普天間完全封鎖」を黙殺
  「オスプレイ配備1カ月」特集では日米地位協定に触れず

 普天間基地封鎖については、これをほぼ完全に黙殺したNHKのニュース報道の在り方に、重大な疑問が残されている。22時間の普天間基地封鎖が解除された9月30日、NHKの「ニュース7」は「オスプレイ 明日にも沖縄へ飛来」と伝えた。しかし、市民の姿はゲート前に集まった雑感を映し出しただけで、警官隊が市民をゴボウ抜きにして座り込みを排除したシーンは一切報道しなかった。民放は、ニュースや情報番組で伝えたものの、部分的、断片的な報道に終始し、封鎖行動の全体像は明らかにされていない。

 NHKの報道姿勢に疑問が深まる中、「ニュースウオッチ9(NW9)」が11月1日、「オスプレイ普天間配備1カ月」を特集した。大越キャスターが沖縄から生中継で伝えた。NHKとしては相当力が入っている。1カ月前の普天間封鎖をボツにしたことへの反省と教訓をどう活かしているか、若干の期待もありチャンネルを合わせたが、裏切られた。期待をかけたのが間違いだった。

 特集はタイトルとは裏腹に、大半をオスプレイ配備直後に起きた米兵による女性暴行事件に焦点を当てた。31年前に米兵に暴行された80歳代の女性を取材した。犯人の米兵は賠償金も払わずに、米本国に強制送還されて幕引きされたという悲痛な体験を背負わされている。女性は「またしても同じ問題が起きてしまった。何も変えられないのは、メディアも含めた全体の責任」と訴える。

 軍用地主の一人である伊礼幸子さんを取材。伊礼さんは、これまで米軍基地を容認する立場だったが、「いつかは断ち切らないといけない」と、女性暴行事件抗議集会への参加を呼びかけている。伊礼さんは「いつまでも基地に頼るわけにはいかない。基地を早く返してもらいたい」と語る。繁華街で米兵にインタビューし、本音を語らせるなど、暴行事件についてはそれなりの取材をしている。

 ところが、オスプレイ配備ついては、「編隊訓練をする。低空飛行で、騒音がひどい」などの取材にとどまる。制限時間の午後11時過ぎまで夜間訓練を行うなど、「ルールが守られていない」と指摘するのみ。「配備1カ月」を特集するなら、日米両政府を震撼させた普天間基地完全封鎖の追跡取材を軸に据えるのが筋だが、「NW9」のデスクや大越キャスターにはそういう問題意識はハナから無いようだ。

 女性暴行事件に絞ることで「配備1カ月」を特集したと言うなら、「NW9」は後を絶たない米兵による暴行事件を根絶する核心に迫る必要がある。核心とは、日米地位協定の抜本的な改定である。〝公務中〟なら日本に一次裁判権はなく、事実上治外法権を認める同協定の元で、米兵は高を括ってレイプ事件を繰り返す。世界にも例のない不平等条約にメスを入れない限り、問題は解決しない。

 しかし、大越キャスターは、日米地位協定の見直しには一言も触れなかった。同キャスターは「米軍駐留が日本の安全保障の代償と言うなら、日本全体で負担すべきという声が増えている。問われているのは、国民全体の姿勢であると感じた」とコメントして、特集をしめくくった。これには驚いた。二重の意味で羊頭狗肉である。「オスプレイ配備1カ月」と謳いながら、配備の実態を殆ど取材していない。女性暴行事件に焦点を当てながら、日米地位協定については頬被りし、「国民全体の姿勢」にすり替えている。これでは、NHKへの信頼度が低落するのは避けられない。

■テレ朝「モーニングバード」日米地位協定を取り上げる
  前泊沖国大教授「日本は裁判権を米に売り渡し治外法権に」

 メディアにとって、日米地位協定は触れることの出来ない聖域なのか?対米従属の実態を暴いた孫崎享元外務省国際情報局長の「戦後史の正体」がベストセラーになっているのに、メディアは日米安保条約の核心に切り込めないのか?そうした疑問が広がる中、テレビ朝日の「モーニングバード」が12月13日、日米地位協定を取り上げた。基幹ニュースではない情報番組だが、各局がタブー視する問題を伝えたのは異例のことだ。

 番組では、玉川キャスターが沖縄国際大学の前泊博盛教授を取材する形で、日米地位協定の問題点を明らかにする。この中で前泊教授は、1974年7月に起きた「伊江島事件」が「日本政府が裁判権を米側に売り渡すきっかけになった。それ以来、治外法権状態になった」と指摘する。「伊江島事件」とは農作業中の青年を米軍の四輪駆動車が、〝狐狩り〟のように追いかけ回し、2人の米兵が狙撃して重傷を負わせた事件だ。

 アメリカは当初、「公務外」であるとして一次裁判権を日本に渡すとしたが、途中で「公務中」と方針転換し裁判権はく奪を図った。日本政府はこれに屈服し、日本が裁判権を放棄することに合意する「覚書」を非公式に取り交わした。歴代政府はこの事実をひた隠しにしてきたが、国際問題研究家の新原昭治さんが2008年5月、米公文書館から入手し売国的密約外交の一端が33年目に明らかになった。

 番組は米軍関係者の起訴率を取り上げる。犯罪を犯したとして起訴される比率は、日本人が48・6%、2人に1人は公判廷で裁きを受ける。ところが、米軍関係者の起訴率は17・6%と異常に低い。犯罪を犯しても、基地に逃げ込んだり、「公務中」として身柄の引き渡しを拒否され、起訴にまで持ち込めないケースが多いためだ。10月の米兵による女性暴行事件も、基地外で逮捕したから捜査が進んだものの、基地に戻ってしまえば捜査は日米地位協定の壁に阻まれて頓挫したことも予想される。

 前泊教授は「韓国で米兵の犯罪が多発している。アメリカでは、イラク戦争などの影響で兵士が集まらない。入隊条件を緩和して、前科を持つ者でも入隊させる。韓国で米兵によるレイプ事件が激増している。米軍内のレイプ事件も増えている」と指摘する。日本には沖縄以外にも、横須賀、三沢など米軍基地が多い。今後市民が危険にさらされる懸念が強まっている。日米地位協定を改定して、当面裁判権だけでも日本に取り戻すことが必要だが、政府にその考えはない。佐々江新駐米大使は11月27日の就任会見で「日本政府としては、修正せずに対応するという立場だ」と語っている。

 前泊教授は「沖縄では事実上占領状態が続いている。アメリカは軍隊を置き続ける。日本の国土を基地として自由に使える。日米安保条約と日米地位協定が裏付ける。あたかも水戸黄門の印籠のように、日本政府は(地位協定に)ひれ伏している」と、対米従属の実態を告発している。日米地位協定は国会審議や批准を必要としない政府間の密室合意だけで決めるから、密約も増える。外務官僚が国の重要な方針の決定権を握る。官僚の力の源泉になっている。番組はこの構造を打破することが必要だと訴える。

■「いま伝えなければならないことを、いま、伝える」
  テレビは日米地位協定の問題点を継続的に報道すべき

 12月15日、民放九条の会で孫崎享・元外務省国際条約局長の講演を聞いた。孫崎氏は、オスプレイの強行配備について、「日米地位協定がポイントだ」と指摘した。同協定締結時の米側責任者のダレスが1951年、「我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」との米国の基本方針を日本に受託するよう迫った。吉田政権はこれを拒否することは許されず、屈辱的な条項を受け入れた。この時から、沖縄の苦しみが始まった

 地位協定第2条は「日本は合衆国に対し、必要な施設および区域の使用を許すことに同意する」と規定する。「施設および区域」とは基地のことだ。これにより、米国は在日米軍基地を半永久的に使用できる法的根拠を手に入れた。しかも、17条で裁判権も日本からはく奪し、実質的な治外法権をせしめている。吉田内閣が売国政権と言われるゆえんである。孫崎氏は、オスプレイ問題を解決するには、日米地位協定の改定に着手することが欠かせないと訴えた。

 テレビが22時間の「普天間完全封鎖」をまともに報道しなかったことは、汚点として残る。その中で、QABがドキュメント「標的の村」で克明に伝えたことは高く評価できる。テレビ朝日「モーニングバード」の日米地位協定報道も、問題の核心に迫る取り組みとして一石を投じた。同番組は「問題は、日本政府が毅然とした姿勢を採っていないこと」と指摘した上で、「どうやったら、それが出来るかが次のテーマ」(玉川キャスター)と締めくくり、次に意欲を見せている。

 問題は、こうした取り組みを「点」で終わらせることなく、「線」から「面」へ広げて行くことだ。NHKや民放キー各局は、この問題を積極的に取材し、正確な情報を継続して伝えることを求められている。沖縄タイムスは4日の社説で「公示までのテレビ報道や全国メディアの扱いを見ると、普天間問題がすっかり争点から消えたような印象を受ける。基地を一方的に沖縄に押しつけ、争点からもはずすーその姿勢こそ『構造的差別』である」と批判している。

 大手メディアはこの批判に、積極的な取材で答えなければならない。ジャーナリズムの先達、故新井直之さんは「ジャーナリズムの定義」として次の言葉を遺している。「いま伝えなければならないことを、いま、伝え、いま言わなければならないことを、いま、言うこと」。テレビや新聞など、大手メディアは今こそこの言葉を噛みしめて、オスプレイ撤去や米軍基地問題の報道にあたってほしい。