河野慎二/ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長/テレビウオッチ(52)「改憲はナチスに学べ」麻生暴言、信頼失墜加速 夜の基幹ニュースでボツにしたNHKの異常 13/08/10

「改憲はナチスに学べ」麻生暴言、信頼失墜加速

夜の基幹ニュースでボツにしたNHKの異常

河野慎二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 放言癖があるとはいえ、副総理兼財務相・麻生太郎の「改憲にはナチスの手口に学べ」発言は、国際社会における日本の信頼失墜を加速する暴言として、世界に衝撃を与えた。麻生暴言への反発が米国に広がると、安倍政権は世界を敵に回すことになりかねない。首相の安倍晋三が火消しに奔り、麻生が「撤回」を表明、政府は「一件落着」を決め込んだ。しかし、麻生の「撤回」は「完全撤回」には程遠く、謝罪も拒否している。麻生暴言と安倍政権の歴史認識に対する国際社会の疑念と不信は深まるばかりだ。

 麻生の発言を簡単に振り返っておこう。麻生は7月29日、憲法改定を巡り、ナチスを引合いに出し「ヒトラーは民主主義によって、議会で多数を握って出てきた。ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下にヒトラーは出てきた」「憲法はある日気づいたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」などと発言した。麻生は改憲を靖国参拝に絡めて次のように述べている。「今度の憲法の話も狂騒の中でやってほしくない。靖国神社も静かに参拝すべきだ」「いつからか騒ぎになった。騒がれたら中国も騒がざるを得ない。韓国も騒ぎますよ。だから(改憲は)静かにやろうや、と」。

 メディアの中には、「一知半解の知識を振り回して墓穴を掘った。事の本質はそれに尽きる」(毎日「風知草」、8月5日)との指摘も見られるが、これでは麻生暴言の本質を見誤ってしまう。麻生発言の全体を読めば、麻生がナチスの手口を改憲に利用しようとしていることは明らかだ。実際、安倍政権は内閣法制局長官を違憲の集団的自衛権容認派の人材にすげ替えた。その先に「国家安全保障基本法案」がある。これが成立すれば、ナチス政権の「全権委任法」のように、憲法9条の精神を「骨抜き」にし、集団的自衛権も「合法的に」行使することが可能になる。

 麻生暴言に対する欧米諸国の反発は早かった。ナチス戦争犯罪の追及を続けるアメリカの「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」は30日声明を発表し、「どんな手口をナチスから学ぶ価値があるのか。ナチスドイツの台頭が世界を地獄の底へ導き、人類を恐怖に陥れたことを、麻生氏は忘れたのか」と批判した。ドイツの週刊誌「ツアイト」は31日、「ナチスの時代を肯定する発言で、国際的な憤激を引き起こした」と伝えた。

 安倍政権の歴史認識や尖閣、竹島問題などで最悪の関係になっている韓国、中国も厳しい反応を示した。韓国外務省の趙泰永報道官は30日、「過去の帝国主義による侵略の被害を受けた周辺諸国を傷つけるのは明らかだ」と批判。中国外務省の洪磊副報道局長も31日、「アジア諸国と国際社会の警戒心を呼び起こさないわけがない」と批判した。中国共産党機関紙・人民日報は31日「全人類に対する公然たる挑戦だ」と伝えた。

 麻生は8月1日、「ナチス政権を例示したことは、誤解を招くので撤回する」と述べ、収拾を図った。だが、同時に「私の意見と異なり誤解を招いたことは遺憾」述べ、さらに「私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは明らか」と開き直っている。なぜナチスを引合いに出したのか、発言の核心部分については説明を避け、謝罪もしていない。

■「安倍任命責任問う」TBS、テレビ朝日が積極的に報道
  権力の監視役放棄、NHKの報道姿勢に疑問広がる

 麻生暴言をテレビはどう伝えたか。テレビ朝日とTBSが比較的まともに取り上げた反面、夜の基幹ニュースで一言も伝えなかったNHKの異常な報道姿勢が際立った。テレビ朝日の「報道ステーション」(1日)は、トップ項目で約10分、麻生暴言を伝えた。まず、入手した録音テープで、麻生暴言の核心部分を報道。「(ナチスの)手口に学んだらどうかね」の部分ではドッと沸き起こる笑いとどよめきがリアルに伝わる。

 「報道ステーション」はアメリカや中国、韓国など、海外の反応を伝えた後、「ナチス政権を例示したことは撤回する」との麻生のコメントをVTRで報道。「ウオール・ストリート・ジャーナル」紙東京支局長が「ナチスを引合いに出したのは政治的に間違いだ。麻生氏はナチスを否定的な例示と言っていない」とインタビューに答える。これを受けて、コメンテーターの惠村順一郎が「ナチス肯定発言をすれば、欧米では即辞職モノ。日本は指導者がまっとうな歴史認識を持っていない国ではないのかという懸念が広がる。安倍首相の任命責任と歴史認識も問われることになる」とコメント。

 TBSの「NEWS23」(1日)も麻生暴言に、比較的長めの時間を割いて報じた。構成は「報ステ」とほぼ同じで、録音テープで麻生暴言の〝さわり〟の部分を紹介する。「護憲と叫んで平和が来ると思うのは大間違い」「靖国神社も静かに参拝すべきで、騒がれると中国も韓国も騒ぐ」などと放言。ナチスを引合いに「あの手口に学んだらどうかね」とエスカレートする。安倍の指示を受けて、官房長官・菅義偉が「誤解を受けている」と撤回を進言。麻生がナチス例示発言「撤回」に追い込まれる動きを伝えた後、コメンテーターの岸井成格が「麻生氏の釈明は各国に通用しない。外相、首相の時も失言を繰り返している。いくら釈明しても通用しない。国の将来にかかわる発言だ」と指摘した。

 TBSとテレビ朝日は4日の情報番組でも麻生暴言を取り上げている。TBSの「サンデーモーニング」は、麻生暴言の発端から「撤回」に至る経過をVTRで振り返り、コメンテーターの寺島実郎が「民主主義とは相いれない、単純で浅はかな発言」と指摘。法政大学教授の田中優子も「麻生さんの本音が出た。ドイツでは、ヒトラーの全権委任法で政府が立法権まで握り、大騒ぎになった。麻生さんは、ナチスへの憧れと称賛があるのではないか。今後、監視が必要だ」と的確なコメント。

 テレビ朝日の「報ステサンデー」と「サンデースクランブル」は、麻生暴言で「東京オリンピック招致ピンチ?」と伝えた。麻生暴言は、2020年のオリンピック招致を東京と争っているスペインとトルコで大きく報道された。麻生暴言の影響を問われた東京都知事の猪瀬直樹は「撤回したから、もう終わりですよ」と平静を装ったが、苛立った表情が逆にショックの大きさを浮き彫りにしていた。

 ヒトラーは戦前、ベルリンオリンピックを政治利用した。歴史の汚点として、ヨーロッパでは厳しく引き継がれている。「ナチスの手口に学べ」とは、絶対に言ってはならない禁句である。東京オリンピック招致のプレゼンを行った麻生が、禁句を破って平然としていることにヨーロッパで衝撃が走り、東京オリンピック招致に暗雲が広がった。「サンデースクランブル」のコメンテーターは、「麻生さんは9月の五輪決定までにしっかりした態度をとるべきだ」(テリー伊藤)と、麻生に閣僚辞任を迫った。

 これと対照的なのが、NHKだ。8月1日の「ニュースウオッチ9」(NW9)の項目編成を見ると、①北陸、鳥取に大雨、太平洋岸は猛暑、仙台など東北は低温、②CIA元職員スノーデン容疑者、ロシアに入国、③ネット依存の中高生50万人に、④愛知県のトンネルで天井が崩落、「背面空洞」が原因、⑤生活保護費引き下げ、⑥東電福島原発事故、田村市の住民120世帯、自宅で3か月間宿泊許可、⑦スノーデン元CIA職員詳報、ロシア1年間の亡命認める、⑧車のご当地ナンバー「世田谷ナンバー」紛争、⑨気象情報。麻生暴言のニュースはどこにもない。

 NHKは1日と2日の正午のニュースでは取り上げているが、夜の基幹ニュースでは完全にボツにしている。政権の基盤を揺るがしかねないニュースの扱いとしては、一貫性を欠き、不可解を通り越して、異常なニュース編成である。視聴者の反発が十分予想されるが、それを承知の上でボツにした判断の基準は一体何か。権力の監視役というメディアの基本を放棄したNHKの報道姿勢には重大な疑問が残る。

■麻生の「撤回」、TBSの世論調査60%が「納得できない」
 麻生は謝罪し辞任すべき。テレビは継続して取材強化を!

 民主党や共産党など野党5党は7日、「ナチズムを肯定する暴言であり、安倍首相の任命責任は重大」として、麻生の辞任または罷免を求める共同声明を発表した。国対委員長が首相官邸に声明を届けようとしたが、官邸は受け取りを拒否するという暴挙に出た。参院選大勝を背景にした強権的な政府の対応が目に余る。しかし、国民の多くは麻生暴言に厳しい目を向けている。TBS「昼ニュース」(8月6日)の世論調査によると、麻生のナチス発言「撤回」について、「納得できない」との回答が60%に達している。

 国際的な批判も止んでいない。米ユダヤ人人権団体は「ナチ犠牲者すべてに謝罪」を麻生に要求している。朝日(1日夕刊)によると、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」のE・クーパー副代表は7月31日、「21世紀の民主主義にナチスの手口をもたらし、憧れを呼び起こそうとしたことは全く理解できない」と麻生を改めて批判。その上で「謝罪が必要なのはユダヤ人に対してのみではない。日本人やナチズムの犠牲になった世界のすべての人々に対してだ」と、麻生に謝罪を求めている。

 米議会調査局は2日、日米関係に関する報告書を公表し「安倍首相や閣僚が8月15日に靖国神社を参拝すれば、地域で緊張が高まる恐れがある」と懸念を示した。報告書はさらに「(安倍政権の)歴史問題に関する発言と行動は、周辺国との関係を不安定にさせ、米国の国益を損ねる懸念を高めてきた」とし、米国政府高官が日本にその懸念を伝えて来たことを明らかにしている。今回の麻生暴言は、米国議会に存在する日本の軍国主義的な潮流への不安感、不信感を一段と強めることになるだろう。

 ドイツの元大統領、ヴァイツゼッカーは「自らの歴史に向き合う用意がないと、今日自分がなぜこの場に置かれているのか理解できない。過去を否定すると、これを繰り返すことになる」と語っている。麻生はこの際、歴史と正面から向き合い、発言全文を取り消して謝罪し、閣僚を辞任すべきである。テレビメディアも、麻生の「撤回」で一件落着とせず、安倍の任命責任を含めて、継続して取材を強化することが求められる。(敬称略)