河野慎二/ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長/テレビウオッチ(56)安倍政権、集団的自衛権で前のめりの暴走 テレビは9条破壊阻止へ、掘り下げた報道強化を図れ 14/05/10

          安倍政権、集団的自衛権で前のめりの暴走

        テレビは9条破壊阻止へ、掘り下げた報道強化を図れ

                  河野慎二 (ジャーナリスト ・ 元日本テレビ社会部長)

 日米首脳会談が終わり、政局の焦点は集団的自衛権を巡る安倍政権の憲法破壊攻撃をどう阻止するかに移る。首脳会談では、TPP(環太平洋経済連携協定)問題で首相・安倍晋三が米大統領・バラク・オバマに譲歩を重ねた。尖閣諸島への日米安保条約適用を日米共同声明に盛り込んだが、これは米国政府の従来の立場と何ら変わらない。逆に安倍はオバマから、中国と話し合いで解決を図るよう、しっかり釘を刺されている。

 新聞やテレビは、TPPや尖閣への安保適用を大々的に取り上げている。特に、TPPについては日米両政府が情報を明らかにしないため、首脳会談が行われた4月25日の夕刊では、朝日が「TPP日米合意先送り」、読売が「TPP実質合意」と、真っ二つに分かれた。テレビでは、TBS「報道特集」が「独自」と銘打って「TPP事実上合意」と打ち出したのが異彩を放った。

 もう一つの焦点である集団的自衛権について日米は「米国は日本の検討を歓迎し、支持する」と共同声明に盛り込んだ。歴史認識問題については、議題としては取り上げなかったが、記者会見で安倍が靖国参拝正当化を強弁し、ソウルでのオバマの慰安婦発言に火をつける。これらの動きについて、テレビは掘り下げた報道を殆どしない。新聞では、日米同盟推進派の読売、産経は言うに及ばず、朝日(4月25日)が「集団的自衛権『歓迎』大統領声明、公明に焦り」と報道するなど、安倍政権寄りの論調が目立つ。

 集団的自衛権については、5月第3週にも首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が、憲法解釈を変更し行使を容認する内容の報告書を提出する方向だ。安倍は、共同声明でオバマから〝お墨付き〟を得たとして、まず与党の公明党に攻勢をかける。「有事」の前段階の〝グレーゾーン〟なる概念を誘い水に公明を籠絡し、閣議決定に持ち込む構えだ。憲法9条はまさに累卵の危うきに瀕する。正念場の闘いを前に、今回の共同声明に対するテレビ報道を検証する。

■「日本は、集団的自衛権行使容認を急ぐ必要はない」
  推進圧力急先鋒のアーミテージが一転、石破に慎重論

 集団的自衛権についての共同声明を確認してみる。「米国は集団的自衛権の行使に関する事項について日本が検討を行っていることを歓迎し、支持する」(外務省発表)と書き込んでいる。記者会見で安倍は「大統領から歓迎、支持するとの立場が示された」と胸を張ったが、オバマはコメントをしなかった。逆にオバマは「我々の立場は新しいものではない」と強調、中国との関係が悪化することが無いよう安倍に強く念を押した。

 テレビは日米首脳会談をどう伝えたか。24日の首脳会談と記者会見、25日の共同声明について、いずれもTPPと尖閣諸島への安保条約適用に多くの時間を割いたため、集団的自衛権の問題は事実を伝えるだけで終わった。特に26日には、オバマが韓国で従軍慰安婦の問題で発言。NHKを除く各局が大きく取り上げたことから、集団的自衛権問題を掘り下げた報道は皆無に近かった。

 共同声明を読むと、集団的自衛権の前段には「日本による国家安全保障会議の設置及び情報保全のための枠組みの策定を評価する」と盛り込まれている。つまり、日米両政府は昨年成立した日本版NSCと特定秘密保護法を、集的自衛権と三位一体のものとして公式に位置づけている。特定秘密保護法を廃止させる闘いがいかに重要かということを共同声明は示している。だが、テレビはこうした重要な問題点について一切報道していない。

 東京(4月29日)が、外務省発表の「集団的自衛権行使に関する事項の検討」について解説記事を掲載している。それによると、「検討」は英語版では「Consideration」となっている。「よくよく考える。熟慮(検討)する」という意味だ。つまり、集団的自衛権についてオバマは安倍に「しっかり考えてくれ」「国民の理解を得ないまま、決定を急ぐな」と表明したと読み取れる。

 元米国務副長官・アーミテージは4月22日に自民党幹事長・石破茂と会談し「日本は集団的自衛権行使を急がなくていい。個別的自衛権の対応を進めるべきだ」と述べた。アーミテージは日本に集団的自衛権行使を迫る米国の代表格だ。アーミテージと同じ立場をとる元国務次官補のジョセフ・ナイも「政策には反対しないが、ナショナリズムのパッケージで包装することに反対している」(朝日、3月16日)と懸念を示す。

 24日の記者会見でオバマは尖閣諸島への日米安保条約適用に関連して、「安倍首相にも申し上げたが、この問題がエスカレートし続けるのは深刻な過ちだ」と述べ、中国との対話や信頼醸成措置を講じるよう強く求めた。「深刻な過ち」という異例の表現で安倍を牽制した背景には、アーミテージやジョセフ・ナイら知日派(ジャパン・ハンドラ―)が指摘する安倍の前のめりの政治姿勢に対する懸念がある。

■「集団的自衛権で、安倍は拙速に過ぎる」
  テレ朝ワシントン支局長、米政府の懸念をリポート

 こうした米国の変化については、テレビ朝日の「報道ステーション」(以下、「報ステ」)が4月22日に特集している。日本政府に圧力をかけ続けてきたアーミテージが考えを変えたのは何故か。アーミテージは「日本は中国や韓国から右傾国家と見られている」と指摘する。米研究機関アナリストのJ・ショフは「集団的自衛権行使について、安倍はなぜ国民のためになるのか、なぜ今なのかを、国民に説明していない」と分析する。

 仮に尖閣諸島で、日本と中国が軍事衝突したらどうなるか。米ブルックリン研究所シニアフェローのマイケル・オハンロンは「オバマは強い行動に出ると言うが、プーチンに対するのと同じで、軍事行動に出て中国兵士の血を流すことはしない」。テレビ朝日ワシントン支局長の新堀仁子は「集団的自衛権について安倍首相は拙速に過ぎるとアメリカは見ている」とリポート。オバマ訪日のポイントについては「大統領が日本で得たい土産は、日韓関係改善を自分の目で見届けたいこと」と伝える。

 昨年暮れの安倍の靖国参拝で、米政府は日本に「失望した」と表明、日米関係は揺らいだが、オバマとしては日本が信頼できるパートナーであることを確認して、韓国に向かいたい。中国と韓国、日本を含めた東アジアが安定した関係を醸成することがオバマの最大関心事だ。コメンテーターの惠村順一郎が「アメリカは安倍に不安を感じている。アメリカが望まない戦争に巻き込まれる恐れはないのか。アメリカが望むのは、中国牽制ではなく東アジアの安定だ」と解説した。

■オバマ、ソウルで会見「従軍慰安婦はおぞましい人権侵害」
  NHK「ニュース7」と「ニュースウオッチ9」、オバマ重要発言をボツ

 尖閣への日米安保条約適用と集団的自衛権検討の支持表明で「満額回答」と手放しで喜んだ官邸と外務省は、25日のオバマ記者会見(ソウル)で冷水を浴びせられる。オバマは記者の質問に対し「従軍慰安婦問題はおぞましく、ひどい人権侵害だ。女性がショッキングな被害を受けた。彼女たちの言葉を聞くべきだ。安倍首相と日本国民は過去についてより正直に、公正に理解すべきことを認識しているだろう」と発言したのだ。

 外交上、異例の強い表現でオバマが従軍慰安婦の問題に言及したのは何故か。日米首脳会談を終えての会見で、安倍が「靖国神社参拝は国のために闘い、倒れた方々に手を合わせ、冥福を祈るためであり、世界の多くのリーダーに共通する姿勢だ」と従来の主張を繰り返した。首脳会談では封印した歴史認識について、安倍は一方的に持論を展開した。オバマはこの時、安倍の隣で苦々しい表情を崩さなかった。この安倍発言がオバマの慰安婦発言の引き金になったのではないか。

 テレビはこのオバマ発言をどう伝えたか。驚いたのは、NHKの扱いだ。NHKは基幹ニュースの「ニュース7」(4月25日、午後7時)と「ニュースウオッチ9」(NW9、同午後9時)で従軍慰安婦に対するオバマ発言を伝えなかった。「テーマは北朝鮮への対応」(ニュース7)、「北朝鮮への抑止力強化で一致」(NW9)と、NHKの報道は「北への対応」のみに終始し、肝心のオバマ発言をボツにしたのだ。

 NHKのニュース判断基準は不可解の一語に尽きる。NHKの夜7時と9時のニュースは視聴率も高く、多くの国民がそのニュースから情報を得ている。今回、NHKは米大統領が初めて従軍慰安婦に言及するという極めて重要なニュースを、国民から遮断した。オバマ発言をボツにしたNHKの判断は、到底国民の理解を得られない。NHK会長・籾井勝人の暴言が物議を醸しているが、「NW9」は萎縮したのか。いずれにせよ、国民の知る権利の侵害であり、恥ずべき行為だ。

 一方、民放は強弱の違いはあっても、一斉にオバマ発言を取り上げた。「報道ステーション」はオバマ発言を詳しく伝えた。極めて厳しい口調で「おぞましい人権侵害」と発言するオバマの表情は、東京の会見で靖国参拝を反省しない安倍に厳しい視線を送ったオバマの表情と二重写しになる。「オバマはそこまではっきり言ったのか。それにしても、何でNHKはボツにしたのか?」と衝撃が広がった。

 コメンテーターの岡本行夫(外交評論家)が、オバマが言及しなかった強制連行についてコメントした。「慰安婦問題について、アメリカは奴隷制度に重ねて見るところがある。かって、奴隷商人がアフリカの黒人をアメリカに強制連行して持って行った。アメリカは深く反省し、直してきた。慰安婦制度については、(朝鮮人女性などを)強制連行してきたことを、オバマは強く認識している」。

■「報ステ」、砂川判決の元裁判官「集団的自衛権は争点ではなかった」
  古館キャスター「日本が戦争に1ミリでも近づくのは反対する」

 5月2日、「報ステ」と「NW9」が集団的自衛権を特集した。「報ステ」は、安倍が持ち出している「砂川判決」の勝手な解約による集団的自衛権行使容認のロジックにメスを入れ、集団的自衛権の危険な本質を浮き彫りにした。一方、「NW9」の特集は、反対派のインタビューなど公正さを保証する体裁を整えてはいるが、全体を通して見ると、安倍政権の集団的自衛権行使容認を事実上肯定し、推進する内容になっている。

 「報ステ」は、砂川事件の一審判決を書いた元東京地裁の裁判官・松本一郎(83)をインタビュー取材した。砂川事件は1957年6月、米軍立川基地拡張を巡り同市砂川町で反対派と警官隊が衝突、学生ら7人が起訴された。松本は「砂川事件では、集団的自衛権とか個別的自衛権は、全然話題になっていなかった。問題はアメリカの駐留軍が(憲法9条で禁止している)戦力に当たるのかどうか。その一点にあった」と証言する。

 松本ら一審の裁判官は1959年3月、「日本が費用負担する米軍基地は、日本の戦力に当たり、憲法違反」(伊達判決)として、無罪判決を出す。当時の最高裁長官・田中耕太郎は駐日米大使・マッカーサーと密談を重ね、跳躍上告を受けた最高裁は同年12月、一審判決を破棄、差し戻す。その判決の中で最高裁は「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために、必要な措置を自衛のために取りうる」との判断を示す。自民党副総裁の高村正彦が鬼の首を取ったかのように触れ回っているのが、このくだりだ。

 これについて松本は「何とかごまかして、砂川判決に根拠を求めて、解決しようとするのは、やり方が汚い」と憤る。自民党衆議院議員の村上誠一郎も「今は9条しか見ていないが、いったんこのやり方で突破口が開かれると、主権在民とか基本的人権の尊重などの原則まで変えられる危険がある。憲法が有名無実化される」と警鐘を鳴らす。牽強付会も甚だしい高村の手法だ。メディアはその騙しとからくりを暴かないといけない。

 キャスター・古館伊知郎とコメンテーター・古賀忠明が解説する。古館が「戦争に1㍉でも近づくことには反対する」。古賀は「集団的自衛権とは、アメリカの間違った情報で日本が戦争に巻き込まれるという、最も危険なものだ」「政府は戦争という究極の悪に、無茶苦茶なやり方で突っ込んで行こうとする。それを止める立憲主義が踏みにじられようとしている。これは絶対に許してはならない」とコメントした。

■「NW9」、「集団的自衛権限定行使で最終調整」と政府寄り報道
  NHK世論調査「容認反対」急増を台無しにする報道に疑問沸騰

 これに対し「NW9」は冒頭から「安倍政権は憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使容認を目指します」と、1日の石破・バイデン(米副大統領)会談から入る。石破が集団的自衛権行使容認を説明したのに対し、バイデンは「日米同盟をより強固にする必要があるとして、理解を示した」と伝える。石破の会見は長めにVTRで流すが、バイデンがどういう文脈で「理解」を示したのか、韓国や中国との関係に注文をつけたのかどうかは、バイデンへの直接取材がないから、皆目わからない。

 それでも「NW9」は重要な情報を二つ放送する。一つは、集団的自衛権に関するNHK世論調査の劇的な変化である。4月18日から20日まで行われた世論調査で、集団的自衛権の行使について、憲法改正や解釈変更により「認める」が34%、これまでの解釈通り「認めない」と集団的自衛権そのものを「認めない」が41%になった。去年同時期の調査と比較すると、「認める」が48%から14ポイントも急落し、「認めない」が26%から15ポイント増え、「認める」と「認めない」が完全に逆転したのだ。

 2点目は、集団的自衛権行使容認に反対する東京外語大教授・伊勢崎賢治にインタビュー取材したことだ。伊勢崎はアフガンで軍閥の武装解除などに尽力。その際、憲法9条が役立ったと言う。「9条の下で育った自衛隊の特質は、国連PKOで現地の人間から大変好かれている。集団的自衛権行使で台無しにするのは惜し過ぎる」「経済大国で戦争をしていないのは日本だけだ。非武装の監視を日本のお家芸にすれば、世界はもっと良くなる」。伊勢崎のコメントには説得力がある。

 NHKの世論調査結果は、かなりのニュース価値がある。何しろ、集団的自衛権を「認める」が29・2%も減り、「認めない」がプラス57・7%と急上昇したのだ。普通のデスク感覚なら、この世論の劇的な変化をトップ見出しに採る。ところが、「NW9」は違った。キャスターの井上あさひは「安倍総理は今月中旬、有識者懇談会の報告を受けて記者会見し、集団的自衛権を限定して容認する政府方針を示す方向で最終調整に入っている」と締めくくった。

 これでは、「NW9」は最初から〝結論ありき〟でニュース項目を編成していると勘ぐられてしまう。特定秘密保護法の報道でも同じ傾向が見られたが、外交・防衛や安全保障など国民の間で意見が分かれる政策になると、政権寄りの報道が増え、当該政策の狙いや影響など問題点を掘り下げる報道が少なくなる。その一方、政策や人事を巡る与党内の駆け引きや野党を巻き込んだ攻防では、「NW9」に限らず、NHKのニュースはたっぷり時間を割く。永田町の政局はNHKにとって持って来いの腕の見せ所なのか。

 しかし、こうした〝政局報道〟に浮き身をやつしているばかりで、ニュースの本質に迫らない報道を続けていては、視聴者の信頼を失うだけだ。筆者はNHK会長・籾井勝人と経営委員・百田尚樹、同・長谷川三千子の罷免要求署名活動に取り組んでいるが、「NHKのドキュメンタリーはいいが、ニュースがダメだ」「あれじゃ、国営放送だ」などの声をよく聞く。NHKは官邸や自民党を忖度(そんたく)する報道姿勢と決別すべきだ。それこそがNHK信頼回復の本道であることを肝に銘じ、NHK報道を立て直してほしい。                                               (敬称略)