戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)
社会正義を守るのが裁判所のはずだが、これは一体どういうことだ。8月22日最高裁が「上告不受理」を決定したフジビ「恫喝」訴訟。組合が張った横断幕が会社の「信用棄損」に該当するとして3人の元従業員に合計2200万円の損害賠償を請求した事件。地裁、高裁が発した「賠償金350万円(利息を含めると410万円)を支払え」という不当判決を最高裁がそのまま追認したのだ。
フジビ(富士美術印刷)は、子会社のフジビ製版に労働組合ができたのを嫌って倒産させ、従業員18人を退職金も払わず放りだしてしまった。このこと自体許せない酷い仕打ちだが、まあ世間にはよくある話だ。しかしこの会社、その後解雇された組合員が「荒川区の〝印刷御三家〟フジビは責任を取れ」「億万長者の社長が給料・退職金を踏み倒すな」と掲げた横断幕を不当な恫喝だとして提訴する挙に出た。
この話を聞いておれは十数年前におれも関わっていた「AIG」争議を思い出した。世界的な多国籍企業の保険会社AIGが長年勤めていた女性嘱託社員4人の首を切った。彼女たちは当時の銀産労(現金融ユニオン)に加盟して解雇反対闘争に入る。おれはその頃銀産労顧問をしていて団交要員だった。
争議が固定してなかなか解決の見通しが出てこない苦しい時期だったが、会社側が突如組合活動への新たな妨害訴訟を起こしてきた。組合が社屋前で撒いたビラが会社の名誉棄損に当たるとして500万円の損害賠償金を支払えというのだ。こんなイチャモンが裁判で認められては他の争議にも影響する。組合はそれまでの上条貞夫弁護士を中心にした弁護団に徳住堅治弁護士を補強して裁判に対処した。
結局一審も二審も会社主張が退けられ、会社は上告を諦めて組合側の全面勝利に終わる。この裁判は将棋で言えば会社の「指し過ぎ」で、膠着した争議を組合有利の解決へ向かわせるひとつの契機になった。
あの時の徳住弁護士が今日本労働弁護団団長になっている。徳住団長は今回のフジビ「恫喝」事件の最高裁決定について「許しがたい判決。これでは普通の組合活動が出来なくなる。時代がここまで来てしまったのか。あるいは時代を先取りしているのか」と慨嘆している。
たった10年で裁判所が様変わりしているということだろう。それはそうだが、おれとしてはこれは裁判所による組合活動への支配介入だと言いたい。いつかしっぺ返しがありそうな気がする。いやしっぺ返しをしなければならない。