戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)

22年前ベトナムで台風に遭う 18/08/09

明日へのうたより転載

 台風13号が房総半島をかすめて北東へ抜けた。台風一過の晴天とはいかないが、一応雨も風も収まった。夕方有楽町まで出かけるのでほっとした。もう10年以上続いている江草晋二さんのグループ展。交通会館のエメラルドルームに友人たちで集まって絵を鑑賞した後食事することになっている。

 台風と言えばもう20年以上前になるが心底コワイ思いをしたことがある。日本でなくベトナムでだ。1996年8月、映画の堀江さん、印刷の川村さん、民放の川村女史らと10日間のベトナム旅行をした。18日に成田を発って最初はホーチミン市、ベトナム戦争の戦跡巡りをした後北ベトナムへ。

 22日、ホーチミンからベトナム第3の都市ハイホンへ国内便で飛ぶ。昼飯を食ってからバスでハロン湾へ向かった。もの凄い雨と風だ。ガイド氏は「強い台風が近づいています」と平然と言う。バスがしばらく走るとかなり大きい川が。橋がなくてフェリーで対岸に渡るという。ところがフェリーとは名ばかりで言ってみれば水に浮いた鉄板だ。エンジンもついてない。エンジン付き小舟で後ろから押して進む。

 バスから降ろされ、鉄板フェリーの舳先に乗客が集められた。雨風に晒され放題だ。滑って転んだりしたら荒波の川にドボン。とうてい命の保証はない。ベトナム人も乗っているが、彼らは平然としている。このくらいの嵐には慣れっこなのか。おれたち日本人グループはひと塊になってお互いの衣服を掴んで川への転落を防ぐ。船着き場が見えたが風雨のために容易に接岸できない。

 ようやく接岸して濡れネズミでバスに乗る。一路ハロン湾の見える炭鉱の町フォンガイへ。着いたらもう夕方だった。ホテルで夕食をとり早めに寝たのだが、一晩中雨と風が吹き荒れていて深夜に目が覚めた。翌朝もまだ台風の余波で風が強かったが雨は止んでいた。朝食後、露天掘りの炭鉱見学へ。

 バスで炭鉱へ向かう途中、昨日の台風の中で泳いでいて水死したというロシア人男性の死体を見た。ロウのよな顔色、海水パンツだけの腹が異様に膨らんでいた。あの鉄板フェリーから転落したらおれもこんな死体になっていたんだ、と思うともう一度あの時の恐怖がよみがえった。

 これは22年前の話だから今はあの川には橋が架かっていることだろう。できれば渡ってみたいものだ。