戸塚章介(元東京都労働委員会労働者委員)
朝ドラの「ひよっこ」が面白い。茨城県が舞台なんて初めてなんじゃないかな。主人公のみね子さんが高校を出て東京・向島の電機工場に就職。トランジスタラジオの組み立てが仕事。一定の速さで回るコンベアに組み立てるラジオの原型が乗っていて自分の前にある間に部品を差し込まなければならない。みね子さんは不器用なため、差し込みが間に合わなくて緊急ストップボタンを押してコンベアを止める。
そんな場面を見ていて、おれの61年前を思い出した。1956年4月、茨城県の高校を出て毎日新聞東京本社印刷局に入社。輪転職場に配属された。仕事は「紙取り」といって輪転機で刷られた新聞を揃えて発送に渡す役目。刷り上がって輪転機から吐き出された新聞は、ワイヤベルトに挟まれて2階の発送場に上がる。おれたちも発送場へはしごで上って紙取り台に流れてくる新聞を手で揃えるのだ。
なにしろ輪転機はこちらの都合は考えてくれない。おれは不器用だからスムースに新聞を取って揃えることができない。慌てるとますます揃え方が雑になる。そうすると発送部員から「こんなんじゃ梱包できない」といって叱られる。あの頃の発送部員は梱包する縄を切るため腰に鎌を刺していた。怖かったな。
この紙取りという作業は、64年の東京オリンピックあたりで終わりになった。カウンターステッカーという機械が導入されて、紙揃え、梱包が自動化されたからだ。不器用なおれも最後の頃はきれいに新聞を揃えられるようになった。おれの手の甲には当初毛が生えていたが、そのうち右手の甲は毛が擦り減ってなくなってしまった。新聞と新聞の間に右手を差し込んで紙を取っていたためである。
朝ドラに話は戻るが、みね子さんは自分のドジさ加減に自己嫌悪に陥るが、上司も現場監督も「そのうちできるようになる」と暖かい目で励ましてくれる。実際彼女は見事にコンベア仕事をこなすようになるのだが、現実はそんなに甘いものではなかったと思う。おれもそうだったからだ。
この工場には合唱サークルがあって、新入りのみね子さんたちを「手のひらのうた」で歓迎してくれる。その場面はあの吉永小百合の「キューポラのある街」を思い出させる。あの映画でも女子工員たちが合唱していた。当時うたごえ運動が盛んだったんだよな。それが労働者の団結になり、組合運動が沸き起こる。そんな若者躍動の時代だった。「ひよっこ」がこれからどんな展開になるか知らないが、期待が高まってくる。